半月の探偵

山田湖

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第三夜 伝説の贋作

紺碧色の追求

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 言い切った。もう目の前の男の顔など見たくない。彼はただ質問への回答が欲しい。
 その表情は見なくても想像できる。すべて見抜かれたことに対しての憤怒か見当違いの推測を嘲笑う表情を浮かべているに違いない。

 どちらにしてもここで情報を抹消しにかかるだろうか。だとすれば、彼は殺される。この5件の被害者たちより、より凄惨に。多分、烏が餌としてどっかから持ってきた生肉をボロボロにして路上に落とした、と言われても納得できるほど。

 ここまで考えを巡らせた後、彼は自衛のために、灰色のコートに隠されたホルスターに縛り付けられている得物のグリップを握る。
 正直、これを人に向けるのはものすごく気が引ける。情報屋の男から新しく届いたその新装備は、弾丸の構造や銃そのものから結論付けるに、その威力は佐倉洋子の乗るバイクに向け放った、スミスアンドウェッソンの M&P 9の弾とは比較にならないほど強い。最悪撃たれた相手の当たりどころが悪ければ死に至る。

 ……だが最後の切り札であるが飛び出してくるまでに、目の前のジャックは彼の、のどを切り裂くことぐらいはできるはずだ。

 彼は、深呼吸をして、ホルスターで拘束された化け物の鎖を解き放つ。あとは引き抜いて、相手に照準を合わせて引き金を引くだけ、という段階になった瞬間。

 ……この世の、狂気が沸騰する。
 
 最初はどこかの喧騒が漏れ出してきているのかと思った。それぐらい、細い、小さい……笑い声だった。その笑い声が目の前の殺人犯から流れ出したものだと分かった時、彼は確かに銃を抜こうと思ったのだ。引き抜いて、目の前の男に向けて引き金を絞ろうとそう思っていた。
 しかし、彼はこの一挙動で終わる動作を成し遂げることができなかった。グリップを握った手が震え、いつまでもこの一挙動を完結することができなかった。他ならぬ、彼自身の恐怖心によって。

「切り、替わったか」

 彼の目の前の男の表情の予測は完全に外れた。憤怒や嘲笑の表情ではない。それで済むような話ではなかった。彼はこの恐怖心によって絶対的なことを思い出す。目の前にいる男はそんな当たり前の感情を出すような正常な人間ではなく、狂気に染まり切った人間なのだ。

 ……目の前の男は、嗤っていた。本当に、心の奥底から。

「あ、あああ」
 それだけなのに、彼の全身を恐怖の鎖が走り回り、拘束する。鎖に締め上げられた瞬間、目の前に迫る大災害を目前としたような、言葉にならぬ声が出る。

「あははははははははぁぁぁぁぁぁぁ!!! よく!! 分かったなあ!! あれれえ? おっかしいなあ? あの仲介業者の見立てだと、ばれるはずないんだったけどなあ!!!!! ふふふ、あはははははははははははははははははははは」
「……仲介、業者?」
 彼の呟きにも、目の前の男は反応しなかった。そのままケタケタと嗤い続けていた。
 しかし、急にその嗤いを収めると、底冷えするような空洞の瞳を彼に向けてきた。瞳孔が開ききっているのか、猫の目のように、とても大きく見えた。

「あーあ、ばれちまったし、とりあえず……消すか」

 目の前の男が一歩ずつ迫ってくる。その距離、約4メートル。まだ、彼の手の震えは収まらない。このままだと、銃は抜けず、彼は烏の食い荒らしたごみとして、処理されてしまう。

「動け、動け。あの人なら、きっとあの人なら動いているはず、なのにい」

 距離が縮まっていく。体が震えで動かない。狂気とはここまで、怖いものなのだと理解する。
 
 あと2歩。烏丸はナイフを取り出した。銀色に鈍く光る刃が音を立てて現れる。それが彼の命を刈り取るものなのだという実感が湧かなかった。


 あと1歩半。ナイフの間合いに入りかけた時、2つの出来事がほぼ同時に起こる。

 一つは彼に追い風が吹いたこと。強いビル風によって彼のコートが大きくたなびき、コートから薔薇の香りが広がり出す。この薔薇の香りは、彼の師匠が、薔薇から育てて作った香水の香りだ。この香りが鼻腔をくすぐった瞬間、彼の体に巻き付いていた鎖が音を立てて崩れ去り、彼は後ろに飛び退るようにしてナイフの間合いから逃げだすことに成功する。まるで師匠に助けられたようだった。


 そして、2つ目。それはようやく、彼が待ち望んだ狩人が飛び出してきたことだ。強力で、そして復讐に燃える虎が如く恐ろしい狩人が。

「もう、止まれ」

 その声が響いた瞬間、烏丸は虎の気配を察知した草食動物のように、本能的に横に避けた。その判断は正しい。
 なぜなら、そのコンマ数秒も経たずに、虎が土石流の爆発的な流れが如く、猛烈に突っ込んできたからだ。540°の回転を添えた蹴りと共に。その威力は推して知るべしだろう。風を切る音が響き渡る。

「もう、決心はつきましたか?」
「ああ。充分だ」

 その虎、白谷透はまっすぐ目の前の義兄を見据える。

「姉さんの仇だ。僕が必ず、お前を豚箱にぶち込んでやる」
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