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第三夜 伝説の贋作
銀閃の交錯
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「白谷、透? ……――?」
飛び込んできた白谷を認識した烏丸は先ほどの狂声とは打って変わって、驚いたように白谷を茫然と見つめる。白谷の名前を口ずさんだ後、口が動いたことから何か言っていたことは分かったが、何を呟いたかは彼には聞こえなかった。
その様子を見た白谷は苦しそうに目を瞑り、もう一度、烏丸を見据える。その目には義兄を見るような情や2秒前の苦しみの表情は無く、獲物を見定めた狼のような鋭い光が灯っていた。
「……烏丸宗吾。お前を殺人罪で逮捕する。……大人しく両手を出せ」
「あ、あああああああ!! 怜理、れんりぃ、怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理」
「白谷さん!」
ただひたすら自分が殺した女の名前をただひたすら声に出し続ける狂人。彼はそこに、ある種の危険を、今までとは違った脅威を感じ取った。前は狂っていながらもまだ理性的に話ができていたが、今は先ほどの冷静さとは打って変わって、自分を含めたこの世界そのものを壊してしまいそうな、そんな感じがした。
……分かりやすく例えるなら、戦いの末の、死にかけの獣だ。だがこういう獣は半矢と言われており、何をしてくるか予想ができない。ある者は牙で、ある者は爪でそして、ある者は骨で最期の抵抗に挑んでくる。それで殺された狩人は数えきれないほどいた。
白谷もそれを感じ取ったのか、無言で警棒を取り出す。がしゃこんという音が反響する。
「怜理、怜理……。うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫び、狂乱しながらナイフを白谷に向け、勢いよく突進してくる烏丸。白谷はそこから目をそらさず、警棒を構える。
殺人者と復讐者が、交錯する。
白谷は警棒を烏丸の顔面に叩きつけようとするが、寸前で避けられる。その避けた体制のまま、烏丸は白谷にナイフを突き刺そうとした。自分に一直線に向かってくるナイフを、鍛え上げられた反射神経で後ろに飛び退って躱した白谷は、その勢いを残したまま、ナイフを突き出した烏丸の懐に飛び込む。そしてナイフの間合いに一気に入り込み、烏丸の脇腹に警棒をぶち込んだ。
「ぐふっ!」と烏丸の口から苦悶の声が漏れるが、倒れない。
烏丸はナイフを振り回しながら後退。一回両者は距離を取る。それなりに武闘派とはいえ、ガタイの良い烏丸が相手だと苦戦を強いられる。
「……しぶといな」
「援護の刑事達はもうすぐそこまで来ています。それまで……耐えてください」いつにも増して彼の声音に心配の響きが混じっている。その姿は戦闘では無力な自分を責め続けているようだった。
白谷はその彼の姿を見て、笑みを浮かべる。
「ならそれまでに倒さないとね。これは、この戦いは、僕が決着をつける」
今度は烏丸が仕掛ける番だった。白谷目がけてナイフを振り回しながら突進してくる。まるで赤い布に反応した闘牛のようだった。
振り回されるナイフをなんとか警棒や身をよじって避け続けているものの、やはりすべてはいなしきれず、白谷の黒のミリタリージャケットに切り傷ができる。
「くっ!」
「怜理、怜理怜理怜理……」
白谷はナイフを避けつつ、警棒で相手を無力化させようとするが、なかなかそう簡単には行かなかった。ナイフは一撃でも相手に当てたら、戦闘不能とまでは行かなくとも、不利な状況を作り出すことは可能だ。だがそれに対して警棒は、リーチが長い分脅威ではあるものの、過度に相手を傷つけることが難しい構造になっており、相手を戦闘不能までに追い込むには狙いすました正確な一撃が不可欠。
これが映画やアニメなら手に汗握るようなアクロバティックな戦闘シーンとなっているはずだが、実際は、攻撃して避けての繰り返しだ。それでも、その繰り返しを見るだけでも、両者の技術や日頃の鍛錬の成果が見て取れる。
彼は、この2人の戦いをただ傍観するしかできなかった。ナイフに月明かりが反射し、銀閃となって彼の目に映る。金属と金属がぶつかる澄んだ音が彼の耳に反響する。
今の彼にはどうあがいても、この戦闘に参戦できるような技術はない。この2人には自分にはない膂力があり、ナイフや警棒を見ても怯まない勇気がある。鍛え上げられた体と体、研ぎ澄まされた感覚と技術、そして強固な譲れぬ意志を持ったぶつかり合い。
彼は無力感を感じながらも、この舞台の一幕、最後の決着となるであろう戦いを見て、ただただこう思わざるを得なかった。
……美しい、と。
「もう、ここで終わらせよう」
そう高らかに宣言すると、なんと白谷は警棒をしまい、完全な素手となった。そして、構えを取ると、一気に烏丸の方へと走り出す。素手でナイフに挑むなど危険極まりない。烏丸もナイフを構えて白谷の方へと突進する。
彼はこの様子がスローモーションのように、ゆっくり、ゆっくりと見えていた。これで終わる。決着がつく。
だからこそ、彼の中に衝撃が走った。それは誰の目に明らかだっただろう。
白谷が、転んだように見えたのだ。それも敵の目の前で。
靴が砂利をこする音が響く。白谷の全身は徐々に地面と平行になりつつある。そのおかげか横への斬撃は避けられたのかもしれないが、戦闘中に転ぶということはすなわち負けを意味することと同義になると誰もが理解していることだろう。
だが、彼はもう一度目を瞠った。
白谷はその転びかけた体勢で左ひざを曲げ、そして跳ね上がるようにして左膝を伸ばして推進力を生みだし、その推進力をそのままに、右足を踏み出して、その超低姿勢のまま、烏丸の腹に掌底を食い込ませたのだ。乾いた音が反響する。
勢いのついた掌底を食らった烏丸は後ろに吹っ飛び、ごみ箱にぶち当たった。白谷はその隙を逃さず、両手でパンチを高速で繰り出す。烏丸の急所という急所に白谷の拳が激突し、「ごしゃ、ばき」という音が響き渡る。が、烏丸も最後の力を振り絞って、顔を上げ、反撃に出ようとした。その手にはまだナイフがしっかりと握られている。
「ぬおおおおおおらああああああああああ!!!!!!!!!!」
が、その機会も与えず、その顔を目がけて、白谷は渾身の右ストレートを繰り出した。その拳は烏丸の顎に直撃し、烏丸は声も上げずに白目を剥いて崩れ落ちた。ナイフがむなしい音を立てて地面に落下した。
「はあ、はあ、はあ。……ふぅ……」
白谷は息を弾ませながらも、気絶した烏丸を眺めていた。その顔に姉の仇を討ったという達成感は無く、ただただ無表情で目の前の男を見下ろしている。
「白谷刑事」
「……ああ、わかっている」
手錠をポケットから取り出し、犯人の手にかける。ガシャン、という音を立てて、烏丸は完全に拘束された。
全てが終わったと判断した彼は白谷に無線機を渡す。それを受け取った白谷は電源を入れ、新宿にいるすべての刑事にゆっくりと、だが堂々と報告した。
「21時34分。烏丸宗吾を、殺人罪で逮捕」
切り裂きジャック、伝説の犯罪者とも呼べる男の贋作は、ここに沈んだ。他ならぬ自分が殺した女性の、弟によって。
飛び込んできた白谷を認識した烏丸は先ほどの狂声とは打って変わって、驚いたように白谷を茫然と見つめる。白谷の名前を口ずさんだ後、口が動いたことから何か言っていたことは分かったが、何を呟いたかは彼には聞こえなかった。
その様子を見た白谷は苦しそうに目を瞑り、もう一度、烏丸を見据える。その目には義兄を見るような情や2秒前の苦しみの表情は無く、獲物を見定めた狼のような鋭い光が灯っていた。
「……烏丸宗吾。お前を殺人罪で逮捕する。……大人しく両手を出せ」
「あ、あああああああ!! 怜理、れんりぃ、怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理怜理」
「白谷さん!」
ただひたすら自分が殺した女の名前をただひたすら声に出し続ける狂人。彼はそこに、ある種の危険を、今までとは違った脅威を感じ取った。前は狂っていながらもまだ理性的に話ができていたが、今は先ほどの冷静さとは打って変わって、自分を含めたこの世界そのものを壊してしまいそうな、そんな感じがした。
……分かりやすく例えるなら、戦いの末の、死にかけの獣だ。だがこういう獣は半矢と言われており、何をしてくるか予想ができない。ある者は牙で、ある者は爪でそして、ある者は骨で最期の抵抗に挑んでくる。それで殺された狩人は数えきれないほどいた。
白谷もそれを感じ取ったのか、無言で警棒を取り出す。がしゃこんという音が反響する。
「怜理、怜理……。うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫び、狂乱しながらナイフを白谷に向け、勢いよく突進してくる烏丸。白谷はそこから目をそらさず、警棒を構える。
殺人者と復讐者が、交錯する。
白谷は警棒を烏丸の顔面に叩きつけようとするが、寸前で避けられる。その避けた体制のまま、烏丸は白谷にナイフを突き刺そうとした。自分に一直線に向かってくるナイフを、鍛え上げられた反射神経で後ろに飛び退って躱した白谷は、その勢いを残したまま、ナイフを突き出した烏丸の懐に飛び込む。そしてナイフの間合いに一気に入り込み、烏丸の脇腹に警棒をぶち込んだ。
「ぐふっ!」と烏丸の口から苦悶の声が漏れるが、倒れない。
烏丸はナイフを振り回しながら後退。一回両者は距離を取る。それなりに武闘派とはいえ、ガタイの良い烏丸が相手だと苦戦を強いられる。
「……しぶといな」
「援護の刑事達はもうすぐそこまで来ています。それまで……耐えてください」いつにも増して彼の声音に心配の響きが混じっている。その姿は戦闘では無力な自分を責め続けているようだった。
白谷はその彼の姿を見て、笑みを浮かべる。
「ならそれまでに倒さないとね。これは、この戦いは、僕が決着をつける」
今度は烏丸が仕掛ける番だった。白谷目がけてナイフを振り回しながら突進してくる。まるで赤い布に反応した闘牛のようだった。
振り回されるナイフをなんとか警棒や身をよじって避け続けているものの、やはりすべてはいなしきれず、白谷の黒のミリタリージャケットに切り傷ができる。
「くっ!」
「怜理、怜理怜理怜理……」
白谷はナイフを避けつつ、警棒で相手を無力化させようとするが、なかなかそう簡単には行かなかった。ナイフは一撃でも相手に当てたら、戦闘不能とまでは行かなくとも、不利な状況を作り出すことは可能だ。だがそれに対して警棒は、リーチが長い分脅威ではあるものの、過度に相手を傷つけることが難しい構造になっており、相手を戦闘不能までに追い込むには狙いすました正確な一撃が不可欠。
これが映画やアニメなら手に汗握るようなアクロバティックな戦闘シーンとなっているはずだが、実際は、攻撃して避けての繰り返しだ。それでも、その繰り返しを見るだけでも、両者の技術や日頃の鍛錬の成果が見て取れる。
彼は、この2人の戦いをただ傍観するしかできなかった。ナイフに月明かりが反射し、銀閃となって彼の目に映る。金属と金属がぶつかる澄んだ音が彼の耳に反響する。
今の彼にはどうあがいても、この戦闘に参戦できるような技術はない。この2人には自分にはない膂力があり、ナイフや警棒を見ても怯まない勇気がある。鍛え上げられた体と体、研ぎ澄まされた感覚と技術、そして強固な譲れぬ意志を持ったぶつかり合い。
彼は無力感を感じながらも、この舞台の一幕、最後の決着となるであろう戦いを見て、ただただこう思わざるを得なかった。
……美しい、と。
「もう、ここで終わらせよう」
そう高らかに宣言すると、なんと白谷は警棒をしまい、完全な素手となった。そして、構えを取ると、一気に烏丸の方へと走り出す。素手でナイフに挑むなど危険極まりない。烏丸もナイフを構えて白谷の方へと突進する。
彼はこの様子がスローモーションのように、ゆっくり、ゆっくりと見えていた。これで終わる。決着がつく。
だからこそ、彼の中に衝撃が走った。それは誰の目に明らかだっただろう。
白谷が、転んだように見えたのだ。それも敵の目の前で。
靴が砂利をこする音が響く。白谷の全身は徐々に地面と平行になりつつある。そのおかげか横への斬撃は避けられたのかもしれないが、戦闘中に転ぶということはすなわち負けを意味することと同義になると誰もが理解していることだろう。
だが、彼はもう一度目を瞠った。
白谷はその転びかけた体勢で左ひざを曲げ、そして跳ね上がるようにして左膝を伸ばして推進力を生みだし、その推進力をそのままに、右足を踏み出して、その超低姿勢のまま、烏丸の腹に掌底を食い込ませたのだ。乾いた音が反響する。
勢いのついた掌底を食らった烏丸は後ろに吹っ飛び、ごみ箱にぶち当たった。白谷はその隙を逃さず、両手でパンチを高速で繰り出す。烏丸の急所という急所に白谷の拳が激突し、「ごしゃ、ばき」という音が響き渡る。が、烏丸も最後の力を振り絞って、顔を上げ、反撃に出ようとした。その手にはまだナイフがしっかりと握られている。
「ぬおおおおおおらああああああああああ!!!!!!!!!!」
が、その機会も与えず、その顔を目がけて、白谷は渾身の右ストレートを繰り出した。その拳は烏丸の顎に直撃し、烏丸は声も上げずに白目を剥いて崩れ落ちた。ナイフがむなしい音を立てて地面に落下した。
「はあ、はあ、はあ。……ふぅ……」
白谷は息を弾ませながらも、気絶した烏丸を眺めていた。その顔に姉の仇を討ったという達成感は無く、ただただ無表情で目の前の男を見下ろしている。
「白谷刑事」
「……ああ、わかっている」
手錠をポケットから取り出し、犯人の手にかける。ガシャン、という音を立てて、烏丸は完全に拘束された。
全てが終わったと判断した彼は白谷に無線機を渡す。それを受け取った白谷は電源を入れ、新宿にいるすべての刑事にゆっくりと、だが堂々と報告した。
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