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手のひらおじさん
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「あっ」
ユウキが小銭を落とした。500円玉がコロコロと自販機の下に転がっていく。
「あーー!?」
悲痛な叫びが右から左からの歩行者の視線を集めた。しかし、ユウキは気にも止めずにしゃがみ込み、自販機の下を覗き込んだ。汚いとわかっている場所に手を入れる行為は勇気のいることだったが、ユウキは迷わずに手を突っ込んだ。
手や腕に当たるジャリジャリとした感触やゾワっとするような感覚に背筋を震わせながら、手を動かす。
「……見つからない」
どうしよう、と思った。
母からもらったなけなしの五百円。これでお茶を買おうと、財布を取り出したのにこの有様。ユウキは乾いていた喉が、ますます乾いて引っ付きそうだった。
「もし、どうかされましたか?」
ユウキが半泣きになって手探りしていると、優しそうな男性の声が背中から耳へと昇ってくる。
「えっ?」
ユウキは恐る恐る背後を振り返り、ゆっくりと見上げた。黒い革靴、黒いスーツ、黒いジャケットと徐々に視線を上げてついに顔へと辿り着く。
そこには男性が、心配そうにユウキを覗き込んでいた。
年は40歳ぐらいだろうか。少し薄くなった髪と深いほうれい線のある優しそうな顔立ちだ。
「えっ、と。実は500円玉を落としてしまって……」
ユウキは自然と地面に這いつくばっている理由を話していた。もしかしたら男性の優しそうな雰囲気がそうさせたのかもしれないし、ユウキよりも背の高い男性に見下ろされて恐怖を感じたのかもしれない。
「ああ。そうだったんだね。なに、おじさんに任せておきなさい」
そう言う男性は、やはり優しそうに微笑むと、右手首をいじり始めた。
「?」
ユウキは不思議に思った。しゃがみ込みもせずに、どうやって取るつもりなんだろう。心の中で危ない人かもという疑念が生まれ始めた時、カチッという音が聞こえた。まるでパズルが噛み合ったかのような小気味いい音だった。
しかし、ユウキの意識を奪ったのはその音ではなく、右手首から離れた手のひらだった。
「おじっ、おじさんそれ――!」
ユウキは驚きのあまりバランスを崩し、尻餅をつく。それでも視線は手のひらから離れず、立ち上がることもできない。
「はははっ、驚いたかい? 実はおじさん、手を分けることができるんだ」
男性はなんでもないように笑うと、離れた右手を左手に持ち、自販機の方へと放り投げる。
どさっという音を立ててユウキの隣へ着地した手のひらは壊れたロボットのように動かない。
ユウキは触ってみたい好奇心に駆られ、手を伸ばそうとして、
「わっ!!」
突然、電池がついたかのように動き出した。5本の指をうまく動かして蜘蛛のように移動する様子は、ユウキの視線はさらに奪う。
そのまま、手のひらは自販機の下に潜り込んだかと思うと、五百円を手の甲に乗せて帰ってくる。
「あっ、僕の五百円!」
手のひらはユウキの隣を横切っていき男性の元へ帰っていく。男性はその手を左手で拾い上げ、
「はいこれ」
五百円玉を差し出してくる。
「わあっ、ありがとうおじさん!」
ユウキは五百円を受け取り、目を輝かせながらお礼をいう。すでに彼の心は、手のひらしか見えなくなっていて、周囲の人が彼らの事を見ていないことなど気づいていない。
「もう落としちゃダメだよ?」
男性はそう言うと、右手を手首にはめてユウキの頭を撫でる。
「うん!」
ユウキが大きく頷くと、男性は頷いて笑う。そうして男性はくるりと振り返り、ユウキに背を向けて去っていく。
「おじさんありがとう!」
ユウキは、男性が人混みに消えていくまでの間、ずっとずっと手を振り続けた。
ユウキが小銭を落とした。500円玉がコロコロと自販機の下に転がっていく。
「あーー!?」
悲痛な叫びが右から左からの歩行者の視線を集めた。しかし、ユウキは気にも止めずにしゃがみ込み、自販機の下を覗き込んだ。汚いとわかっている場所に手を入れる行為は勇気のいることだったが、ユウキは迷わずに手を突っ込んだ。
手や腕に当たるジャリジャリとした感触やゾワっとするような感覚に背筋を震わせながら、手を動かす。
「……見つからない」
どうしよう、と思った。
母からもらったなけなしの五百円。これでお茶を買おうと、財布を取り出したのにこの有様。ユウキは乾いていた喉が、ますます乾いて引っ付きそうだった。
「もし、どうかされましたか?」
ユウキが半泣きになって手探りしていると、優しそうな男性の声が背中から耳へと昇ってくる。
「えっ?」
ユウキは恐る恐る背後を振り返り、ゆっくりと見上げた。黒い革靴、黒いスーツ、黒いジャケットと徐々に視線を上げてついに顔へと辿り着く。
そこには男性が、心配そうにユウキを覗き込んでいた。
年は40歳ぐらいだろうか。少し薄くなった髪と深いほうれい線のある優しそうな顔立ちだ。
「えっ、と。実は500円玉を落としてしまって……」
ユウキは自然と地面に這いつくばっている理由を話していた。もしかしたら男性の優しそうな雰囲気がそうさせたのかもしれないし、ユウキよりも背の高い男性に見下ろされて恐怖を感じたのかもしれない。
「ああ。そうだったんだね。なに、おじさんに任せておきなさい」
そう言う男性は、やはり優しそうに微笑むと、右手首をいじり始めた。
「?」
ユウキは不思議に思った。しゃがみ込みもせずに、どうやって取るつもりなんだろう。心の中で危ない人かもという疑念が生まれ始めた時、カチッという音が聞こえた。まるでパズルが噛み合ったかのような小気味いい音だった。
しかし、ユウキの意識を奪ったのはその音ではなく、右手首から離れた手のひらだった。
「おじっ、おじさんそれ――!」
ユウキは驚きのあまりバランスを崩し、尻餅をつく。それでも視線は手のひらから離れず、立ち上がることもできない。
「はははっ、驚いたかい? 実はおじさん、手を分けることができるんだ」
男性はなんでもないように笑うと、離れた右手を左手に持ち、自販機の方へと放り投げる。
どさっという音を立ててユウキの隣へ着地した手のひらは壊れたロボットのように動かない。
ユウキは触ってみたい好奇心に駆られ、手を伸ばそうとして、
「わっ!!」
突然、電池がついたかのように動き出した。5本の指をうまく動かして蜘蛛のように移動する様子は、ユウキの視線はさらに奪う。
そのまま、手のひらは自販機の下に潜り込んだかと思うと、五百円を手の甲に乗せて帰ってくる。
「あっ、僕の五百円!」
手のひらはユウキの隣を横切っていき男性の元へ帰っていく。男性はその手を左手で拾い上げ、
「はいこれ」
五百円玉を差し出してくる。
「わあっ、ありがとうおじさん!」
ユウキは五百円を受け取り、目を輝かせながらお礼をいう。すでに彼の心は、手のひらしか見えなくなっていて、周囲の人が彼らの事を見ていないことなど気づいていない。
「もう落としちゃダメだよ?」
男性はそう言うと、右手を手首にはめてユウキの頭を撫でる。
「うん!」
ユウキが大きく頷くと、男性は頷いて笑う。そうして男性はくるりと振り返り、ユウキに背を向けて去っていく。
「おじさんありがとう!」
ユウキは、男性が人混みに消えていくまでの間、ずっとずっと手を振り続けた。
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