悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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疑似恋愛

第7話ー4

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「もうこんな時間ではないか。私はこれで失礼致します。では。では。では」

 ウォルフリック赤くなったままその場をそそくさと去って行った。途中オイルが気になるのか手袋をはめるのに立ち止まっていた。ぶっとレオンが吹き出し、それを戒めたランハートの肩もわずかに揺れている。

「“では”って何回言うんだよ。かっわいいな。あんな人だとは思わなかった」
「ああ、なんだろうな。彼を見ていると胸がぎゅっとなる」
 ランハートはレオンに同意し、頬を染めて心臓あたりをぎゅっと掴んだ。
「わかる。そうなの、そうなのよ! 彼を見ていると応援したくなっちゃって、疑似恋愛が味わえるの」
「疑似恋愛? 」
 レオンとランハートはリティアの方を見つめた。リティアは、気持ちがその疑似恋愛で昂ったままに言った。

「そう。私も恋をした気分を味わえるの。あの喜びが溢れた瞳を見た? 」
「ああ、そうか。人の恋愛話は面白いよな」
 レオンはすんなり同意してくれたが、ランハートは複雑な笑みを浮かべた。
「リティ、別に疑似ではなく……」
 ランハートの言葉の意味がわかったのか、レオンも取り繕うような笑みに変わった。
「いいえ、私は今はまだ恋愛がが出来ないからこうやって話を聞くのが楽しくって」

 二人は顔を見合わせて恐る恐るという風に口を開いては閉じた。普段は何も考えてないかのように軽口をたたくレオンも、慎重に言葉を選んでいる。頭の回転が速いランハートさえすぐには言葉が出てこない様子だった。リティアは二人の顔を交互に見ながら、なぜ変な顔をしているのか首を傾げた。が、自分の言葉を頭の中で反芻するうちに失言だったと慌てた。
「あ! 私は、物心ついた時から結婚相手が決まっていたでしょうだから、片思いというのを経験したことが無くて」
 リティアは慌てて言い訳めいた補足をしたが、二人は真顔で「俺もない」「俺もだ」と頷いた。

「レオンもランハートも引く手あまたでしょうに。まだ、話はまとまらないの? 」
 貴族の結婚は契約結婚が主で、いわば家同士の利害の一致だ。
「話は、親がまとめるんじゃないか。知らないけど。俺は来るもの拒まず、去る者追わず。だから、片思いなんてしたことないね」
「そうだった、レオン、あなたってそうだったわね」
「まあね。次男の俺に継ぐ爵位もないし、もう少し好きにするかな」
「じゃあ、ラン、あなたは? 」
 リティアがランハートに尋ねるとランハートはふん、と鼻を鳴らした。ランハートの自信に満ちた顔はリティアは嫌いでは無かった。
「近々正式に婚姻の申し入れをするつもりだ」
「ラン!! どういうこと、ヴェッティン家からどこの家門へ? 家同士が決めたのよね? どんな方なの? 」
 リティアは矢次早に質問をした。ランハートの得意げな顔の訳を早く聞きたかった。レオンはすでに知っていたのか、横で白い歯をきらめかせて笑っている。
「相手は俺の恋人、だよ。だが、根回しをして家同士の利害を一致させた」
「つまり、こいつは前もって周りから固めたってことだ。まぁ、有能なランハート・ヴェッティンから求婚されて断るバカはいないと思うけどね」
「念には念をだ。ああ、リティ、まだ内密に頼む」
「わかったわ」

 リティアはランハートに恋人が出来たことも知らなかった。つい、ふさいだ顔をしてしまったのか、ランハートが笑う。
「寂しがる必要ないだろ、リティ。君の方が先に結婚するだろうしね。ああ、そうなるとここで気軽に話しかけることも出来なくなるかもな」
「そんなことないわよ」
 リティアはそう言った。“ヴェルターと結婚することはないのかもしれないのだから”そう言う事は出来なかったが、リティアはその覚悟を持たなければいけないと思った。ヴェルターと結婚しなければ、こうやって気軽に友人と話せるか、それはまた状況が変わって来るのだ。
「とにかく! この中の誰も片思いはしたことがないってことだな。……ちなみに、シュベリー卿だって、片思いをしたことはないぞ」
 
 リティアはレオンの言葉を理解するとぱっと顔を明るくした。
「そうなの、ああよかった。ウォルフリック! 」
「そうだな。彼、あれが初恋なのかなー。初恋はこじらせると……まぁ、大変だ」
「……そうなの? 」
「え、ああ。なあ、ラン」
「そうだな。元々立場上恋愛も平民ほど自由ではないからな。だが、幼少期やアカデミー時代の初恋は大人になってからの男女における関係に大きな役割を担っているのは事実だ」
「……最初の恋が? 」
「そう。自分の好みを形成する時期であるのだろう」
「あ、わかるな。それ。母親、親族、講師、幼馴染……級友」
 レオンも同意した。リティアはなるほどと思う。異性を意識するということか……。
「最初の恋、かぁ」
「さ、行こうか。今日は殿下のところには? 」
 リティアは緩くかぶりを振った。リティアはそっとヴェルターの執務室のある方向へ顔を向けた。
「そっか、ヴェルターも忙しいからな」
 レオンはリティアを立たせるのに手を差し出した。レオンが申し出たエスコートを断ると、リティアは馬車へと乗り込んだ。
 
 
 馬車の中、リティアは窓の外を見ていた。美しい庭園には何人か紳士の姿も見える。リティアとそう変わらない若いどこかの子息。宮廷に入ることが許されているということはそれなりの家門である。リティアは「はぁ」とため息を吐く。

 何が、ヒロインだろうか。ヒロインにありがちな特徴がリティアには全く無かった。でいる時にも無かったのだ。
「全然モテない」
 リティアの呟きは馬車の走る音でかき消された。……別に、いいのだけど。心中複雑だった。
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