悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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建国祭(前半)

第8話ー6

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 リティアが剣を持って修練場へ出ると、子供たちは適切にアンからではなくヴェルターから剣を教わっていた。リティアの背後にはぴったりとペールが付き、高い位置から監視されている。

「ペール、大丈夫よ。私、これでも昔は剣術が得意だったの」
 ペールはただでさえ低い視線を更に低くしてリティアの全身を確認すると、今までで一番変な顔をした。
「本当だってば、ペール。見ていて」
 リティは昔習った通りに剣術の型式を披露した。ひゅっと空気が綺麗に割れる音がする。しばらく、リティアの地面に強く踏み込む音と空気を割く音だけが聞こえた。あくまで、実践ではなく見せる方の剣術だったが、子供たちに見せるには十分だった。が、長く使っていなかったリティアの筋肉は直ぐに悲鳴を上げた。

「ああ、ダメだわ。腕が攣りそう」
 リティアが全部言い終わらないうちにペールがさっと剣を引き取った。だが、子供たちもヴェルターもペールまでも褒め湛えてくれた。

「リティ、まだ健在じゃないか」
「ふふ、体は覚えているのもね。三つ子の魂百まで……。」
「……三つ子の魂? なんだい、それ」
「あ、はは。何でもないわ。ああでも、たったこれだけで明日は太ももと腕が筋肉痛でしょうね」
「そうかい。えー……そうか、それは心配だな」
 ヴェルターの瞳が“たったこれだけで?”と驚愕している。
「仕方ないじゃない。もう何年もティーカップより重いものは持ったことがないんだもの」
「……そうだね。時々はこうやって動けたらいいんだけど。気分転換にもなるし」
「ええ、そうね」

 ええ、そうね。でも色白で儚いことが良しとされる貴族間で、王太子妃になる私には剣なんて必要ないのよ。ましてや傘もささずに外にでるなんて許されることじゃないわ。リティアはぐっと唇を噛んで言葉を呑む。

 バンっと体に弾力のある衝撃を感じて、俯いて唇を噛んでいたリティアは、唇を噛み切ってしまうところだった。
「いっ」
「リティアー!! なんって素敵なの!! ありがとう、ありがとう、ありがとう!! 」
 アンが全力で抱きついてきたのだ。リティアは状況が読めず、この人、豊満なものまでお持ちだわ、と体感していた。

「お礼を三度も言われるようなことは何もしていないわ」
 ようやくアンの弾力から解放されたリティアは息も絶え絶えで言った。すっと指で自身の唇を確かめたが無事でほっとした。アンは、うっとりリティアを見つめると子供たちには聞こえないように声を落とした。リティアはアンに見つめられ胸がどきどきした。同性でも見つめられると恥ずかしくなるくらいアンは美しかった。至近距離ではなおさらだ。

「子供たちを見て]
 アンに言われた通りに子供たちを見る。元気いっぱいだ。なんだろうか、とリティアは意図がわからずアンに答え求めた。
「男の子も女の子も同じくらいの比率でいるの」
 言われればそうだ。それぞれが剣を持って真剣な顔をしている。そうか、と悟った。
「確か、もう少し幼い時は剣を持つことに抵抗はありませんでした。けれど、年齢が上がるにつれて剣を持つことななくなりました。
 アンはその通り、とばかり頷いた。
「わが国でもそうなのです。だから、女性だからといって剣を持ってはいけないということはない。そう教えたかったのですが……。失敗してしまいましたわ。代わりにあなたが素晴らしい技を見せてくれた。女でも出来てもいいし、出来なくてもいい。それぞれ目指すところに行けばいいのです。その見本になってくれた」
 アンは自分のさっきの姿を醜態とばかり頬を赤らめたが、お忍びとはいえこの外交に身分も性別も能力さえばらばらの子どもたちを連れて来るにはそんな思惑があったのだろう。

「でも、私の剣術なんて幼いころのもので、今は全然」
「ええ、でも、無駄ではなかったわ。ほら女の子たち、あなたみたいな可愛らしい人が剣を持ったことで俄然やる気をだしてくれた。だから、あなたには、ありがとう」
 そうか、女の子だって剣を持っていいという意識だけでも向けられたなら、役に立ったのかもしれない。リティアは少しばかり明るい気持ちになった。あの頃のリティアには剣を続けるという選択肢が無かった。だが、それを当たり前だと受け入れていたリティアにとって剣を置くことが辛いとも悲しいとも思わなかった。本当は続けたかったのだろうか。剣を置くことを惜しむ人もいなかった。自分には大して才能が無かったのだ。
「いいえ、お役に立てて良かったわ」
 リティアはそう気持ちに折り合いをつけるとやっと笑顔を作ることが出来た。
「リティア、あなたはどうして剣術をやめたの? 」
 今まさに自分に問いかけていたことを聞かれて、リティは直ぐに応えた。
「王太子妃教育に剣術は入っていなかった。それに、才能もなかった」
「そう……。では、あなたはやめたかった? それとも続けたかった? 」

 リティアは言葉に詰まった。そうだからそうした。でも、あの時自分はどう思っていたのだろうか。剣術だけでなく、手放したことは多い。剣術も大人になるにつれて無くなる興味の移行の一つだったのだろうか。
「わからない」
 リティアはわからなかったのだ。
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