悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

文字の大きさ
40 / 60
建国祭(前半)

第8話ー7

しおりを挟む
「そう。責めてるわけじゃないのよ。私も似たような立場だからよくわかる。それに、今からだってしようと思えば出来るわ。あなたの夫になる人はあなたが剣術を始めたって反対しないと思うわ」

 アンはにっこりと微笑んだ。

「ええ、そうね」
 リティアも微笑みを返した。“夫になる人”はそうだといいなと思った。どんな人と自分が結婚するのかまでは考えたくなかった。リティアは何とか話を逸らせたくて話題を探した。幸いにもタイミングよく休憩の時間になり、運ばれてきたお茶やお菓子に子供たちが歓声をあげた。リティアはほっとしたことを誰にも悟られないように努めた。
「まぁ、私たちもいただきましょう」
 そう言ってアンとともに輪の中に向かった。ヴェルターが二人にも飲み物をすすめる。
「……楽しいものだね」
「そうね、あなたは教えるのも上手だわ」
 アンがヴェルターを褒めるとヴェルターは返事をせずに数秒アンを見つめ、二人は見つめ合うことになった。
「……ありがとう、君よりはね」
 アンがカッと顔を赤くした。ヴェルターの肩が小刻みに揺れ、笑い出してしまった。
「ひどいわ、ヴェルター! 」
「だって、君の様子だとかなりの腕前のように期待するじゃないか。まさか、剣もまともに持ち上げられないだなんて、見掛け倒しもいいとこで……君の顔ったら」
 アンはヴェルターを睨んでいたが、ついには吹き出し、二人は顔を見合わせて、子供のように笑った。このまま笑い転げるのではないかと思うほどだった。

 落ち着いた頃、ヴェルターは笑い過ぎて出た涙を拭いながら、リティアに賞賛の言葉を掛けた。
「リティ。君はアンとは違う意味でみんな驚いたと思うよ」
「あ、ええ。ありがとう。もう腕が痛いのだけどね」
「……大丈夫かい。もし、酷く痛むのなら……」
 リティアはヴェルターの心配して伸ばした腕をすっと避けた。ヴェルターの顔がわずかにひきつる。
「違うの、触ると痛いのよ。ただの筋肉痛。随分早くきたみたいで」
 リティアは言い訳すると、ヴェルターはうん、と頷き今度は躊躇わずにリティアの腕に触れた。リティアは驚きでビクリと肩を震わせた。それが、痛むと思われたのか、ヴェルターは眉間に皺を寄せた。
「痛むの? 」
「あ、思ったより平気。きっと明日の方がもっと痛くなるんじゃないかしら」
 ヴェルターのリティアの腕に触れる力は弱かったが、リティアは痛がったふりをするしかなかった。なぜ、無意識にヴェルターを避けてしまったのか。いたたまれないような気持ちがヴェルターを前に何度もやって来る。放っておいてほしいような気分だった。

「リティア、平気? もう少し子供たちに稽古をつけて欲しいのだけど、あなたは休んでいても構わないわ。ごめんなさい、慣れないことをさせてしまったわね」
 アンまでが心配そうにリティアを見つめる。ヴェルターにも見つめられて、リティアはますますいたたまれない気持ちになった。

「もう、運動不足で情けないことが子供たちにも悟られてしまうわ。平気よ。恥ずかしいからやめて」
 リティアは二人の綺麗な顔に迫られて逃げる思いで顔を覆った。リティアの憔悴した様子にアンがふっと笑った。
「ごめんなさい。大袈裟にしてしまったわね。では少し休んで」
 アンはそう言ってペールや子供たちの方へと歩いて行った。残されたのはまだ気まずい思いをしているリティアと、本当に大丈夫なのかリティアを気遣うヴェルターだけだった。
「リティ、様子が変だけど、やっぱり、」
「大丈夫! 恥ずかしいのよ、ヴェル。わかってちょうだい」

 リティアがそう言うと、ヴェルターもふっと笑った。
「わかったよ、リティア。無理はしないで。なんせ建国祭は始まったばかりで長い日程になるからね。僕たちの自由時間は二日ほど。後は公務になる」
「ええ、わかってる」
 じっと至近距離で見つめて来るヴェルターに更にいたたまれなくなる。ヴェルターの視線から逃れようと何度も視線を外す姿がヴェルターの目には不審に映ったのだろう。ため息を吐かれてしまった。
「僕にくらい弱音を吐いても構わないんだよ、リティア」
「ええ、わかってる」
 じっと見つめて来るヴェルターの目が綺麗で、リティアはなぜだか泣きたくなってしまった。
「ヴェル、少しお腹がすいたわ。クッキーでも頂かない? 」
「ああ、そうだね。取って来る」
 ヴェルターはすっと立ち上がり、戻って来た時にはいくつかのお菓子を乗せた皿を持っていた。その様子に、リティアは微笑んだ。全てリティアの好みに添ったものだったからだ。ごく自然にリティアの好みを把握している。ヴェルターのこういう気遣いがなによりヴェルターらしい。
「どうしたの? 」
「ふふ、この国の王太子にお菓子を取りに行かせるだなんて、とんだ不敬だわ」
「あー……、今日は無礼講。いや、僕に給仕をさせるなんて君が特別ってことかな」
 ヴェルターはパチンとリティアにウインクしてみせた。その王子らしからぬ軽薄な動作にリティアは信じられないものでも見た気分だった。
 驚くリティアを気にすることなくヴェルターはリティアにクッキーをすすめた。
「ありがとう」
 リティアは無礼講ということにしておこうと軽薄な態度を呑み込んだ。動揺してはいけない、と自らを律しながら。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうぞお好きになさってください

みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。 婚約者の第一王子殿下は言った。 「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」 公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。 「好きになさればよろしいわ」

処理中です...