悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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建国祭(後半)

第9話ー2

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 あちこちでいい香りがする。どれも美味しそうに思えてヴェルターとリティアは何を食べるか真剣に悩んだ。どれも初めて食べる物ばかりだった。こんな楽しいことがあるだろうか。

「あれは何かしら」
 リティアがパイのようなものを指さすと、買うと決まっていなくても店主が快く答えてくれる。
「肉を細かく叩いたものと野菜を中に入れて焼いたものだ。美味しいよ」
「へぇ、では……」

 リティアが一つと言おうとする前にさっと割り込む者があった。呆気に取られているうちにその男は店主からそれを受け取ると一口含み、じっくりと噛む。
「うむ。この食べ物は問題ない。いや、問題なくうまい」
 ヴェルターがぶっと吹き出した。
「僕たちにも一つ」
 ヴェルターが笑いをこらえながら料金を支払い、店主は奇妙な客に首を傾げた。

「……ヴェル、もしかして今の男性……」
「ああ、どこかで見たことがある」
「くっ、ふふ」
 リティアがおかしくなって吹き出す。ヴェルターが見たことあるといことは、宮廷に従事する誰か、なのだ。それからも、二人が何か買おうとするたび横入りする者が現れ、時に男性で時に女性であった。大勢の物がここへ遊びに来ているのだろう。

 ある店主は「毎年ここまで厳しくないが、今年は店を持つ者の検査や管理が非常に厳しかった」と愚痴を溢し、ヴェルターが申し訳ないと謝罪し店主は首を傾げた。

「ヴェルったら、お忍びでしょう? 」
「どこがだよ。いったい何人がついて来てるんだ。さっき入った店なんて半分が見知った顔だった」
「仕方がないわよ、ヴェル」
 リティアは慰めたが
「治安が良い王都さえ信じられないのか、全くあの者たちは」

 ヴェルターは一瞬何かを思いついたように真顔になると、ニッと笑う。そしてさっとリティアの耳に口寄せた。
「走るよ、リティア」
 リティアの手を取ると、人ごみの中へと走った。広場の真ん中では音楽に合わせて多くの人が立ち止まり、語り合い踊り、祭りを楽しんでいた。

 軽く息の上がるところでヴェルターは足を止めた。
「どうせ、どこにでも配置してるんだろうけどね。ちょっとくらい困らせてやりたい」
「そうね」
 ヴェルターらしからぬ行動だった。繋がれた手は直ぐに離され、リティアの手にいつまでも余韻を残した。もう少し触れていたかった。そう思って自分で驚いた。リティアはいくら気づかない振りをしようと日に日に現実が辛くなっていた。

 そうか、私はヴェルターをちゃんと特別に思っていたんだ……。

 大きな音で演奏される音楽、賑やかな雑踏の中にいるのに音が遠のいていった。
「リティ? 急に走ったから疲れた? 」
「あ、い、いいえ。賑やかで楽しいわね」
「そうだね」
 若い恋人たちが、音楽にあわせ自由に体を揺らしている。リティアたちの知ってるダンスとは違い、楽しめばいいといった決まりのないものだった。
 
 気持ちが昂って来るのだろうか、恋人たちの距離感や仕草にリティアは目のやり場に困った。時々はやし立てる声が聞こえるが、彼らはお互いしか見えていないようだった。自由に恋愛が出来るここではよくある光景なのだろうか。

「リティ、僕たちも行ってみよう」
 すっと手をリティアに差し出す。ヴェルターの誘いにリティアはどきりとした。リティアとヴェルターは婚約している。だが、今となっては先が不透明で、幼馴染といった方がしっくりくる。恋人ならば、あのように近づいても自然なのだろう。ダンスのようにお互いの動きや距離が決まっていない。どうすればいいのだろうか。ヴェルターはどうするつもりなのだろうか。

 リティアの躊躇に、ヴェルターはふっと困った顔のまま作り笑いをした。リティアのヴェルターが触れなかった手はきゅっと強く結ばれ、ヴェルターは「じゃ、先に行くね」そう言って輪の中に入って行った。

 ヴェルターは一人で踊り出した。適当に音楽に合わせているだけなのだろうが、ヴェルターはそこにいるだけで品が良く他の人たちとは違う。ブラウンの髪であろうといるだけで目が追ってしまう。街の女の子たちがチラチラとヴェルターに熱視線を送っている。熱視線だけでなく、声を掛けようとしている子に気が付いた時だった。

 リティアは体が勝手に動いていた。気づけばその子を阻止するようにヴェルターの元へ駆け寄ったのだ。ヴェルターは驚いた様子だったが、直ぐに笑顔でリティアの手を取った。他の恋人たちは合わせた手の指を絡めていたがヴェルターは社交界でのダンスと変わりなくリティアの手を取るだけ。それがかえって疎遠であるように感じさせた。不慣れでぎこちないリティアをヴェルターはリードしてくれた。失敗してもここではどうでもいいのだ。ヴェルターはまるでタガが外れたかのように笑いながら踊っていた。

 曲が変わったタイミングで二人は輪から外れた。
「ああ、楽しかった。休憩しよう。リティ、座っていて。飲み物でも買ってくるよ」
「ええ」

 リティアは近くの噴水付近の石段に腰を下ろした。マナーもドレスの汚れも気にせず腰掛ける自分にすっかり馴染んでいるものだと思い、つい顔が緩んだ。

 リティアは、自分の衝動がどのような感情からきているか自覚せざるを得なかった。嫌だと思った。ヴェルターが他の女性に触れることが。……ヴェルターの横に他の女性が並ぶことを、リティアは嫌だと思ったのだ。
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