悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

文字の大きさ
44 / 60
建国祭(後半)

第9話ー3

しおりを挟む
 リティアはしばらく恋人たちの様子を眺めていた。こんなに人が多いのにまるでお互いの事しか見えていないようで、褒められた様子ではないのに、なぜだかとても羨ましかった。

 ぼんやりしていると飲み物を買いに行ったヴェルターの帰りが遅い事に気が付いた。店は近くにあるはずなのに。リティアは目を走らせたが、リティアの目の届く範囲にはいなかった。不安になったリティアは立ち上がり、ヴェルターを探すことにした。彼の身の安全に不安を覚えたわけではなかった。

 さっきみたいに女性に足止めされているのかもしれない。彼は優しいから無下に出来ないだろうし。

 そう考えるとリティアの胸の内が穏やかではなくなって、つい足が急ぐ。ヴェルターは意外にもすぐに見つかった。近くにいるのが女性じゃなくてほっとする。ヴェルターはそこで古い友人と立ち話をしていた。横にはランハートとレオンがいた。二人も祭りを見に来たのか、たまたまここで会ったのだろう。だが軽装とはいえ貴族だとわかる二人と、平民服のヴェルターが気さくに話していると異質であるからか、物陰で話していた。リティアは見知った顔に自分も話に加わろうと近寄った。

 私のこの髪、二人はなんて言うかしら。そう思うとわくわくする気持ちだった。

 リティアは驚かしてやろうとそっと近づいた。
「……俺は……お前はどうなったんだ、ラン」
 内容はよく聞き取れなかったがヴェルターの声が聞こえた。ヴェルターはごく近い関係の友人とプライベートな話をする時は砕けた話し方をする。
 
「……本人にプロポーズした」
 ランハートが答えるとレオンがひゅーと口笛を吹く。
「最近は貴族でも政略結婚ではないのか? 」
 ヴェルターが驚きの声を上げる。
「ああ。愛ある結婚も少なくないな。さすがに身分や国境を超えることは難しいがな。それも前例がないわけじゃない」
「言ってもランは、政治的にも問題ない家門の令嬢を選んで恋愛してるけどな。ランらしいぜ」
「……まあな。だが、愛は本物だ」
 珍しいランハートの惚気にリティアはつい顔が緩む。声を掛けようともう一歩近づいた時だった。
「そうか。俺は……。結婚相手さえ自分で選べなかったな」
 ヴェルターが呟いた。
「ああ。でも、」
 レオンが口を挟もうとしたが、ヴェルターはふっと笑ったようだった。
「好きな子と結婚出来るってどんな気分なんだ、ラン」
 リティアに背を向けているヴェルターの表情はわからなかったが、声は明るいものでは無かった。リティアはさーっと血の気が引くのを感じた。

 リティアは誰にも気づかれないうちに背を向け早足でその場を去った。自分自身もヴェルターと同じ意見だった。物心ついた時には結婚相手は自分の意思なく決まっていて、全国民が知ることとなっている。婚約破棄を望み、すべての手筈を整えて自分の位置を悪女に譲るつもりだった。だが、それを目前にしてヴェルターに同じことを言われて傷つくのは身勝手だ。じわりと涙が滲み前が霞む。

 涙と早足のせいで前をよく見ていなかった。バンッと誰かにぶつかってリティアは顔を上げた。
「失礼、お嬢さん。大丈夫ですか」
 聞き覚えのある声に、誰であるかを確認しようとパチパチと瞬きをして涙を乾かす。相手も同じように瞬きを繰り返した。ゆっくりと脳が相手を認識した。漆黒の髪、ミステリアスな瞳。ウォルフリック・シュベリーだ。
「リティア! 髪色が違うから君だって気づくのに時間がかかったよ」
「ウォルフリック。あなたまでここに来ているなんて」

 リティアが言うと、生真面目なウォルフリックは目に見えて動揺した。
「ああ、ちょっとね」
 服は軽装だが、もしかして、とリティアは思った。
「ウォル、もしかして警備なの? 」
 図星だったのかウォルフリックは目を泳がせた。
 
「いや、公の命ではなく、用が無い者は自主的にここにいる。非番だが用も無くて……」
「なるほど。だからレオンもいたのね」
「う、そうなんだ。不自然に見えないように、いや、半分は自分も楽しめるように誰かを誘って行けばいいと上官からアドバイスがあった」
「じゃあ、レオンたら、ランハートを誘ったの? なんて仲良しなの」
「……いや、そうじゃなくて。フリューリング卿は令嬢たちに連れて行ってくれってせがまれてね。たまたま通りかかったアルデモート卿と行くことになってると逃げたんだ」
「ふふふ、レオンたら。ランもなにも本当に来なくても。おかしいわ」
「うーん、あのままじゃ令嬢たちがつかみ合いの喧嘩でもし兼ねない雰囲気だったよ。いや、大変だね、彼も」
「何言ってるのあなただって……。あ、もしかして、どなたかと来ているの」
「その、たまたま通りかかった彼女を運良く誘えたんだ。勿論彼女を危険にさらしたりしないし、いざとなれば君と殿下のことは……」
「ストップ、ウォル。私たちは大丈夫よ。ちゃんと警備も厳重だわ。それに、平和な街で楽しい時間を台無しにしたい人なんていないわよ。非番の人まで出番はないはずよ。どうか楽しんで」
「ああ。君も。ブラウンの髪も素敵だね。リティ。じゃあ、もう行くね」

 ウォルフリックはあっさりとリティアの元を去る。リティアは彼女の元へと急ぐウォルフリックを見送った。彼もさっきは彼女の元へ急ぎ過ぎて前を向いていなかったのだろうか。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...