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28. どうしても言いたい
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「いらっしゃいませ。エーリック殿下。昨日振りですわね?」
玄関で出迎えてくれたシュゼットに、昨日の酒の影響は見えない。今日は、この前と違い先ぶれを出した正式な訪問だ。目の前で優雅にカーテシーをする彼女は、誰が見ても立派な公爵令嬢に見える。
「体調は大丈夫? まあ、叔父上が付いていたから問題ないと思うけど?」
「……はい、そうですね。ご心配をお掛けしました」
なんだ? 少し妙な間が空いたけど? 何かあったか?
「そう。大丈夫なら良いんだ。それで、話があるのだけど」
ちゃんと話がしたかった。
「そうでしたら、こちらにどうぞ。今日は良いお天気ですから、サンルームでお話ししましょう」
シュゼットはニッコリと微笑むと、執事に向かって合図をした。そして、どうぞ。と廊下を先導してくれた。
グリーンフィールド公爵家の中庭は、東側にガラス張りのサンルームを有していた。サンルームの中心には、公爵家のシンボルツリーがあって、その下にはお茶のできるテーブルセットが置かれていた。季節に先駆けた美しい花々が咲いている。名前も知らない花が良い香りを漂わせていた。
「さあ、こちらのお席にどうぞ。今、お茶をご用意いたしますね」
向かいの席に腰かけたシュゼットは、相変わらず可愛らしい。昨日の正装したドレス姿も美しかったけれど、今の様なワンピース姿も、緩く編み込んだ金色の髪も可愛らしくてドキッとする。
いつもの侍女が、ワゴンを運んできてお茶を淹れてくれる。シュゼットにずっとついている、マリと呼ばれている侍女だ。
「ありがとう」
目の前にティーカップを置くと、彼女はスッとワゴンを押して、シュゼットの後方に控えた。彼女になら何を聞かれていても大丈夫だと思う。
ふっと息を吐いた。落ち着こう。
「お話を伺う前に、昨日はご迷惑をお掛けいたしました。殿下にもカテリーナ様にも、シルヴァ様にも……あっと、それからセドリック様には掛けたかしら? とにかく、きちんとご挨拶も出来ずに帰ってしまったようですし……」
「いや。それは気にしなくて良いよ」
私がそう言ってお茶を一口飲むと、じっと見ていたシュゼットが、安心したように顔を綻ばせた。
「それでは、エーリック様のお話というのは?」
「君が帰ってから、少しあってね。明日から学院に通うなら、その前に伝えておこうと思って」
シュゼットが帰った後、フェリックスがラウンジに来たこと。そして、セドリックがシュゼットの名前を周囲に教えたことを伝えた。
「そうなのですか……。それで、私はシルヴァ様のパートナーになっている訳ですね?」
シュゼットは申し訳なさそうな顔をした。叔父上が女性を伴って社交に出られることは滅多に無い。今までは、カテリーナが王室関係の社交のみ幾つか付き合った位だ。だから、今回シュゼットをパートナーにしたのは本当に珍しい。というか、初めての事ではないか?
「それで、セドリックの声が結構大きかったから、周囲の客達にも君の名前が知られてしまったよ。
これから、いろんな誘いが来るんじゃないかな? 最初は私達と一緒にいたから、ダリナスの人間かと思われたんだろうな。それが名前を聞いたらグリーンフィールド公爵家の令嬢だって判ったんだ。外務大臣のグリーンフィールド公爵家なら、近づきたい者は多いからね。気を付けた方が良いと思う」
5年間情報が無かった美貌の公爵令嬢が、いきなり社交の場に出現したのだ。縁を繋ぎたい家は幾らでもある。まして、今はまだフェリックス殿下の婚約者候補も公にはされていないから。
「シュゼット。君はフェリックス殿下の婚約者にはなりたくないって言ったよね? 酷い事をされたことが忘れられないって」
「はい。私はフェリックス殿下の婚約者ましては妃などには、なりたくありません」
「でも、2ヶ月後のガーデンパーティーで候補者の顔合わせがあるって聞いたよ? 君の父上が昨日、ダリナスの大使館にカテリーナ宛の招待状を持って話に来てた。君も出席するんでしょ?」
シュゼットは気が付いているのだろうか。多分、フェリックスの婚約者はカテリーナになるはずだ。国同士の関係から考えてみても、現在カテリーナがコレール王国に来ている以上確定だろう。
まあ、ダリナスとしては、王室の問題児とされるカテリーナを、行儀見習いを兼ねた留学として、ダリナスから嫁いだフェリックスの祖母である王太后に預けたようになっている。
確かに、王太后の教育の賜物か随分大人しく、まあまあ普通になってきたとは思う。あと2年掛けて更に磨かれれば、カテリーナで十分務まるはずだ。資質は十分あるのだから。そうだ、彼女は自分のやるべきことを理解しているから。
「まったく、迷惑な事ですわ。いくら国王陛下と王妃様が恋愛結婚だからって、無理に出会いのシチュエーションを作らなくても良いと思いますわ」
そうなのだ。仮にも隣国の王族の姫が婚約者候補に名を連ねている以上、他の婚約者候補の立ち位置は微妙だ。当人達にしたら随分失礼な話に聞こえないか?
「でも、今の陛下と王妃様は特別ですけど、もしかしたら側室選びを兼ねているのかもしれませんわね」
「側室?」
初めて聞いた。コレールには側室制度があったのか?
「はい。今の陛下にはいらっしゃいませんが、その前の国王様にはいらっしゃったとか。今の王大后様の時代にはお二人ほどいらっしゃったと伺っています」
ということは、婚約者候補者は側室候補でもあるということか? だから、カテリーナ以外の婚約者候補の振る舞いに違和感が生まれたのか……
「そうなんだ。側室制度……」
知らなかった。それはそうだ。誰も15歳の留学に来た第三王子に、そんな情報は教えてくれなかった。
今の国王陛下と王妃が、恋愛結婚で一夫一婦制でいるから気が付かなかった。そうか。コレールでは暗黙の了解なのか。
「ですから、婚約者も嫌ですけど、側室なんて冗談ではありませんわ!! 側室には望まれた方がなれば宜しいのですわ」
そうだろう。公爵家令嬢なら敢えて側室にならなくても良い。まして、グリーンフィールド公爵家は外務大臣を代々輩出している名門公爵家だ。正室としての嫁ぎ先も、婿取りでも困ることは無いだろう。
それなら。言っても良いかもしれない。いや、言っておきたい。
「シュゼット、君はフェリックス殿の婚約者には、なりたくないと言ったね?」
「はい。言いましたわ」
息をついて、平静を装って言う。
「シュゼット。私は君の事が好きだよ」
「……はい?」
「エーリック・レイン・ダリナスは、君の事が好きだと言っている」
「……あの?」
「婚約者になって欲しいと思っている。その位君が好きだ」
「!?」
「何度も言うよ。私は、君の事が好きだよ。多分、君に会った時からずっと気になっていた。でも、この気持ちにはっきり気付いたのは最近だ。君が戸惑うのも判る。だから、考えて欲しいんだ」
椅子に掛けている彼女の傍に膝をついて見上げる。驚いて目が真ん丸に開かれている。
「考えて欲しい。無理強いはしたくないし、君の気持ちが一番大切だから」
「……考えたこともありませんでした……」
うん。そうだろうね。私達はいつでも友人だったから。
「それでね、私は今後そのつもりで行動するから。他の誰かが君に選ばれることが無いように、私は私で頑張るから。見ていて欲しい。いいかな?」
「は……い」
まだ驚いたままのシュゼットの手の甲に、キスを落として立ち上がる。
「それじゃ、明日学校で」
彼女には気持ちを伝えた。少しフライングかもしれないが、これから多分彼女の周辺は騒がしくなる。そうなる前に伝えたかった。実際、シュゼットはコレールの第一王子の婚約者候補の一人だ。彼女から良い返事を貰ったとしても、自分の婚約者にするには、王族としての段取りを踏まなければならない。だから時間も欲しい。
問題は、アイツだ。それに、あの方もいつもと違って読めない。
「さて、どう言うかな……」
面倒な相手に説明するのも骨が折れる。でも、こればかりは避けて通れない。
「抜け駆けしたと怒るかな? それとも泣くかな?」
馬車はゆっくりと進んでいた。
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グリーンフィールド公爵家の中庭は、東側にガラス張りのサンルームを有していた。サンルームの中心には、公爵家のシンボルツリーがあって、その下にはお茶のできるテーブルセットが置かれていた。季節に先駆けた美しい花々が咲いている。名前も知らない花が良い香りを漂わせていた。
「さあ、こちらのお席にどうぞ。今、お茶をご用意いたしますね」
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いつもの侍女が、ワゴンを運んできてお茶を淹れてくれる。シュゼットにずっとついている、マリと呼ばれている侍女だ。
「ありがとう」
目の前にティーカップを置くと、彼女はスッとワゴンを押して、シュゼットの後方に控えた。彼女になら何を聞かれていても大丈夫だと思う。
ふっと息を吐いた。落ち着こう。
「お話を伺う前に、昨日はご迷惑をお掛けいたしました。殿下にもカテリーナ様にも、シルヴァ様にも……あっと、それからセドリック様には掛けたかしら? とにかく、きちんとご挨拶も出来ずに帰ってしまったようですし……」
「いや。それは気にしなくて良いよ」
私がそう言ってお茶を一口飲むと、じっと見ていたシュゼットが、安心したように顔を綻ばせた。
「それでは、エーリック様のお話というのは?」
「君が帰ってから、少しあってね。明日から学院に通うなら、その前に伝えておこうと思って」
シュゼットが帰った後、フェリックスがラウンジに来たこと。そして、セドリックがシュゼットの名前を周囲に教えたことを伝えた。
「そうなのですか……。それで、私はシルヴァ様のパートナーになっている訳ですね?」
シュゼットは申し訳なさそうな顔をした。叔父上が女性を伴って社交に出られることは滅多に無い。今までは、カテリーナが王室関係の社交のみ幾つか付き合った位だ。だから、今回シュゼットをパートナーにしたのは本当に珍しい。というか、初めての事ではないか?
「それで、セドリックの声が結構大きかったから、周囲の客達にも君の名前が知られてしまったよ。
これから、いろんな誘いが来るんじゃないかな? 最初は私達と一緒にいたから、ダリナスの人間かと思われたんだろうな。それが名前を聞いたらグリーンフィールド公爵家の令嬢だって判ったんだ。外務大臣のグリーンフィールド公爵家なら、近づきたい者は多いからね。気を付けた方が良いと思う」
5年間情報が無かった美貌の公爵令嬢が、いきなり社交の場に出現したのだ。縁を繋ぎたい家は幾らでもある。まして、今はまだフェリックス殿下の婚約者候補も公にはされていないから。
「シュゼット。君はフェリックス殿下の婚約者にはなりたくないって言ったよね? 酷い事をされたことが忘れられないって」
「はい。私はフェリックス殿下の婚約者ましては妃などには、なりたくありません」
「でも、2ヶ月後のガーデンパーティーで候補者の顔合わせがあるって聞いたよ? 君の父上が昨日、ダリナスの大使館にカテリーナ宛の招待状を持って話に来てた。君も出席するんでしょ?」
シュゼットは気が付いているのだろうか。多分、フェリックスの婚約者はカテリーナになるはずだ。国同士の関係から考えてみても、現在カテリーナがコレール王国に来ている以上確定だろう。
まあ、ダリナスとしては、王室の問題児とされるカテリーナを、行儀見習いを兼ねた留学として、ダリナスから嫁いだフェリックスの祖母である王太后に預けたようになっている。
確かに、王太后の教育の賜物か随分大人しく、まあまあ普通になってきたとは思う。あと2年掛けて更に磨かれれば、カテリーナで十分務まるはずだ。資質は十分あるのだから。そうだ、彼女は自分のやるべきことを理解しているから。
「まったく、迷惑な事ですわ。いくら国王陛下と王妃様が恋愛結婚だからって、無理に出会いのシチュエーションを作らなくても良いと思いますわ」
そうなのだ。仮にも隣国の王族の姫が婚約者候補に名を連ねている以上、他の婚約者候補の立ち位置は微妙だ。当人達にしたら随分失礼な話に聞こえないか?
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「側室?」
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「はい。今の陛下にはいらっしゃいませんが、その前の国王様にはいらっしゃったとか。今の王大后様の時代にはお二人ほどいらっしゃったと伺っています」
ということは、婚約者候補者は側室候補でもあるということか? だから、カテリーナ以外の婚約者候補の振る舞いに違和感が生まれたのか……
「そうなんだ。側室制度……」
知らなかった。それはそうだ。誰も15歳の留学に来た第三王子に、そんな情報は教えてくれなかった。
今の国王陛下と王妃が、恋愛結婚で一夫一婦制でいるから気が付かなかった。そうか。コレールでは暗黙の了解なのか。
「ですから、婚約者も嫌ですけど、側室なんて冗談ではありませんわ!! 側室には望まれた方がなれば宜しいのですわ」
そうだろう。公爵家令嬢なら敢えて側室にならなくても良い。まして、グリーンフィールド公爵家は外務大臣を代々輩出している名門公爵家だ。正室としての嫁ぎ先も、婿取りでも困ることは無いだろう。
それなら。言っても良いかもしれない。いや、言っておきたい。
「シュゼット、君はフェリックス殿の婚約者には、なりたくないと言ったね?」
「はい。言いましたわ」
息をついて、平静を装って言う。
「シュゼット。私は君の事が好きだよ」
「……はい?」
「エーリック・レイン・ダリナスは、君の事が好きだと言っている」
「……あの?」
「婚約者になって欲しいと思っている。その位君が好きだ」
「!?」
「何度も言うよ。私は、君の事が好きだよ。多分、君に会った時からずっと気になっていた。でも、この気持ちにはっきり気付いたのは最近だ。君が戸惑うのも判る。だから、考えて欲しいんだ」
椅子に掛けている彼女の傍に膝をついて見上げる。驚いて目が真ん丸に開かれている。
「考えて欲しい。無理強いはしたくないし、君の気持ちが一番大切だから」
「……考えたこともありませんでした……」
うん。そうだろうね。私達はいつでも友人だったから。
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彼女には気持ちを伝えた。少しフライングかもしれないが、これから多分彼女の周辺は騒がしくなる。そうなる前に伝えたかった。実際、シュゼットはコレールの第一王子の婚約者候補の一人だ。彼女から良い返事を貰ったとしても、自分の婚約者にするには、王族としての段取りを踏まなければならない。だから時間も欲しい。
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