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39. 売られたら買いますわよ?
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「それではお嬢様、帰り時間にお迎えに参ります」
マリから受け取った鞄と手提げ袋を持って、白のクラスに向かいます。
「おはようございます。ロイ様、ローナ様?」
さすがに今日は遅刻をしていないようですわ。玄関ロビーで一緒になったお二人に声を掛けました。
早速作戦開始ですね。
「あっ! お、おはようシュゼット殿! た、体調は、良くなりましたか?」
ロイ様です。栗色の巻き毛がくるふわの仔犬さんみたいです。少し垂れ気味の愛嬌のある茶色い目は、突然の声掛けに驚いたようで真ん丸ですわ。私は、彼に向かって天使度130%の笑顔で微笑みかけます。
「ええ。昨日はローナ様にご迷惑をお掛けしてしまって。静養室迄ご案内して頂いたり、本当にありがとう。助かりましたわ」
彼女に向かって同じく昨日のことなど、無かった様に笑い掛けます。
まさか、話しかけられてお礼を言われるとは思っていなかったようですわね。一瞬ですが、少し困ったように眉根が寄ったように見えましたもの。でも、私としてはロイ様とお二人ですから良いチャンスだと思いました。
「それで、これ、我が家の自慢のお菓子と、頂き物ですけど人気のキャンディーです。昨日のお礼と思いまして、宜しければ少しですけど、お二人でどうぞ?」
ローナ様は手を出す気配はありませんから、ロイ様にお渡しします。差し上げる理由もちゃんと言いましたよ? 召し上がろうが、捨てようがは、ローナ様に掛かっています。
「あ、ありがとう。遠慮なく頂きます。ねっ? ローナもお礼を」
ロイ様に促されてローナ様は小さな声でお礼を言われました。まあ、私としては、ロイ様が貰って下さればそれでイイのですけど。
私達は、教室に向かって3人で歩きます。ロイ様を挟んで左右に私とローナ様です。身長差があるせいか、私とロイ様の歩調から少し遅れてローナ様が歩きます。
「そうだ。あの、学院から馬車で出る時に、順番に割り込ませて頂いたの、覚えていらっしゃいますか?」
ええ。覚えていますとも。想定外にヤツと遭遇した時ですね。
「あの時、お礼を言いそびれてしまって……シュゼット嬢、改めてありがとう。助かりました」
律儀にお礼を口にするロイ様の顔が赤く見えます。
「いいえ。それよりロイ様? シュゼットとお呼び下さいな? 仲の良い方は皆さんそう呼んで下さいますから。ね?」
そうですわ。この方油断すると誰かさんのように、フルネーム呼びしますもの。そんな方はお一人で十分ですからね!
「良いのですか?」
「ええ。だって、ロイ様はこの学院で、初めて言葉を交わしたお友達ですもの?」
さあ、教室の扉の前まで来ました。私は一旦止まると、彼の顔を見詰めてもう一度にっこり微笑みました。
「ローナ様も、私の事はシュゼットとお呼び下さいな?」
ようやく追いついたローナ様にも振り返ってそう言いました。
教室に入ると、すでに登校していたカテリーナ様に突進されました。ああ、懐かしいですわ。テレジア学院でも朝の恒例行事でしたもの。そして、必ずこう声が掛かるのです。
「おはよう、シュゼット。今日は元気そうだね? カテリーナ! いい加減にしたら?」
エーリック殿下が、爽やかな笑顔と挨拶で迎えて下さいます。カテリーナ様を戒めることも忘れていませんわ。ありがたいことです。
「シュゼット? 具合はどう? 大丈夫?」
カテリーナ様が私の両手を握り締めて聞いてきますが……心配をお掛けしました。
「本当に大丈夫なのか? 君は真面目なのは良い事だが、すぐに無理をしてしまうからな。何かあれば遠慮無く僕に言いたまえ! 助けてやるから! 判ったか? シュゼット?」
ほよっ? セドリック様が、元通りです。それにまあ、相変わらずの上から目線はありますけど、褒められてるし? でも、どうしたのでしょう。フルネーム呼びではありませんわ。シュゼットだけですわ。
「皆様にはご心配をお掛けしました。もう大丈夫ですわ」
この方たちは、本当に私の事を大切に思って下さる、ありがたい方々です。感謝ですわ。
ランチの時間になったので、また4人で食堂ホールに向かいます。昨日まで可笑しかったセドリック様の様子が、元に戻ったように見えます。
「シュゼット? その手提げ袋は何かしら? 何か入っているの?」
右手はカテリーナ様に繋がれていますから、左手で手提げ袋を持っていました。
「ええ。ランチの後のお楽しみです。昨日ご心配をお掛けしたので、そのお礼に」
ぱあぁっとカテリーナ様の顔が明るくなりました。お菓子ね? と満面の笑みを浮かべました。
カテリーナ様は、どちらかというと大人っぽいというか、綺麗系のちょいキツメな華やかな美貌です。こんなふうにスイーツを思い浮かべて蕩ける様な笑顔を浮かべると、本当にこちらが恥ずかしくなるくらい可愛くなるのです。ご本人は知らないと思いますよ? エーリック殿下もご存じかどうか……私としては、この笑顔を皆さんにも見て頂きたいと思いますけど、タイミングが難しいのですわ。
「あの、ハート先生は普段どこにいらっしゃるのでしょう?」
ランチが来るまでの間、エーリック殿下に向かって尋ねました。
「ハート先生? 用事があるの?」
エーリック殿下に、少しそっけない感じに逆質問されました。昨日、静養室で水を魔法術で出して頂いたことと、心配を掛けたことに対するお礼がしたいと答えました。
「うーん。そうか。多分、もう少ししたらランチに来るんじゃないかな? 来なければ研究室か、静養室で昼寝かな? 探しに行くなら一緒に行くよ」
そう言ってもらえると、助かります。マリとの約束は厳守ですから。
「僕も一緒に行こう! 二人より三人の方が早く見つけられる!!」
「セドリックはダメよ! 私と一緒に戻るのよ」
カテリーナ様が、サンドイッチを一口齧ってセドリック様に言いました。
「なっ、なんで!?」
「だって、貴方は昨日シュゼットを送って行ったでしょう? だから今日はエーリックの番なの。私、公平な人間なの」
カテリーナ様はそう言って、パクパクとサンドイッチを食べ始めました。エーリック殿下とセドリック様が顔を見合わせています。お二人は何か思い当たる事があるのでしょうか?
「それでは、エーリック殿下、ご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いしますわ」
私達は、各々ランチを食べ始めました。
ランチを食べ終わるまでに、ハート先生が食堂ホールにいらっしゃることはありませんでした。私達は中庭にあるテーブルに移動して、お茶と共にクッキーを頂いています。エーリック殿下は、この前のクッキーだと、大変喜ばれました。カテリーナ様とセドリック様もお気に召したようです。
「このキャンディー、お土産に頂いたキャンディーです。うちの侍女が、大変人気のあるお店の品だと教えてくれました。折角なので、皆さんで頂こうと少し持ってきました」
ピンク色の包み紙がラブリーですわ。エーリック殿下とセドリック様が『ああ』と思い出したように声を上げました。お二人が一瞬遠い目をされましたけど……
「苺キャラメルが人気なのですって? さすがセドリック様ですね」
皆で一斉に口に含みます。香ばしいキャラメルに苺の酸味と香りが仄かすかにして、とっても美味しいです。
「それでは、エーリック様、ご一緒して頂いて宜しいですか?」
私とエーリック殿下は、お二人と別れてハート先生を探すため、学舎の西側にある研究室に向かったのです。
「そう言えば、カリノの双子達は知っていたの?」
廊下を歩きながら、エーリック殿下が話しかけてきました。そんな素振りをしたでしょうか?
「いいえ。話をしたのはここに来てからですわ。でも、私は覚えていませんが、ローナ様は以前私を見かけたことがあるそうです」
本当の事です。
「そうなんだ。いや、ロイ殿がクッキーの包みと同じ物を朝持っていたから」
もしかして、エーリック殿下?
「……ヤキモチですか?」
「……っ!」
初めてこんなに真っ赤になったエーリック殿下を見ました。お隣を歩いているのに、顔を背けていますけど、髪の隙間から見える耳も真っ赤です!!
「エーリック殿下? あれはローナ様に差し上げた昨日の感謝の気持ちです。彼女が受け取って下さらなかったので、たまたま隣にいたロイ様にお渡ししただけです」
まだ赤いままです。
「あのクッキーは、この前エーリック殿下がお気に召して下さったからお持ちしたのです。美味しいと言って下さいましたでしょう?」
コホンと咳を一つして、エーリック殿下がこちらを向きました。そして、まだ少し赤い頬でゴメンと小さくおっしゃいました。
なに!?エーリック殿下ったら、かわいい!!
こんな殿下を初めて見ましたわ! 何と言うか……その、超ド級の可愛いさデス!!
西側にある教授たちの研究室は、同じような部屋がずらっと並んでいました。
「ここだよ? 先生、いらっしゃいますか?」
エーリック殿下が扉をノックしますが、返事がありません。でも、外出中の札も掛かっていませんから、中にいるはずですけど。
二人で顔を見合わせて、頷き合って扉を開けようとしました。
「いらっしゃいますか?」
すると、私達が開けるより先に扉がゆっくりと開きました。
「なんだ? 君達か」
長い髪を一つに結わえていらっしゃいます。結わえ残した髪が一筋額に落ちています。何だかお疲れの様子ですわ。それに今日はモノクルでなくて両眼鏡です。若干不機嫌そうに眉根を寄せていらっしゃいますが、部屋の中に入れて下さいました。
部屋の中には、大きな括りつけの本棚があって沢山の本がびっしり入っています。それに、何に使うか判らない魔法具? のような物が壁に沢山掛かっていました。部屋の中央には、かろうじてソファセットがあるようですから、そこを指差して座るように促されました。
「何か用か?」
どっかりとソファに座ると、ハート先生は眼鏡をはずして目頭を押さえながら言いました。大分お疲れの様ですわね。さっさと用事を済ませましょう。
「あの、昨日はご心配をお掛けしました。それに、お水もありがとうございました。それで、お礼にクッキーとキャンディーをお持ちしたのですけど」
「クッキー?」
「はい。あまり甘くないと思います。どうぞ宜しければ召し上がって下さい」
包みを手渡すとガサゴソと開けて、一枚パクリと召し上がりました。
「叔父上、行儀が悪いですよ?」
呆れたようにエーリック殿下が言うと、ちらっと眼を上げて
「ほらっ」
と、エーリック殿下の口にクッキーを放り込みました。
「旨いだろう? ありがとうシュゼット。さあ、午後の授業が始まるから、もう行きなさい」
エーリック殿下は放り込まれたクッキーのせいで、怒るに怒れ無いようです。もぐもぐと咀嚼しながら、ムッとしたように席を立つと、私の腕を引っ張って立ち上がらせました。
「叔父上! もう子供にするような事は止めて下さい! 行こうシュゼット!」
ようやく飲み込んだエーリック殿下が怒り口調でそう言うと、少しだけ微笑んだように見えました。
「それでは、失礼します」
部屋から出ようとした時です。
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド。君の鑑定式が来週に決まったから」
足を組んだ姿勢で、ゆったりとこちらを見ていらっしゃいます。
おお。編入試験の時に言っていた魔法の鑑定式ですね。早速日程を決めて下さったのですね。
感謝の意味を込めて、私は腰を落としてご挨拶をしました。
さあ、午後の授業に間に合うように教室に戻りましょう。
「シュゼット、急ぐから手を貸して?」
エーリック殿下は私の右手を優しく取ると、手をしっかり繋いで廊下を走り始めました。
「ここから教室までは、走らないと間に合わないからね」
私の心臓がドキドキしています。でも、きっとこれは走っているからですよね?
教室には間一髪間に合いましたが、さすがに息が整うまでにはいきませんでした。息を乱しながら席に着くと、にんまり顔のカテリーナ様と、振り返って後ろの席のエーリック殿下をジト目でみているセドリック様と目が合いました。
因みに、ローナ様は私の方を一切ご覧になることはありませんですわ。まあ、イイのですけど。
授業が終わると、すぐにセドリック様の先生質問責めを見ることになりました。ああ。ここでもやっているのですね? 懐かしいですわ。
「シュゼット様?」
呼ばれました。
「シュゼット様? 少し宜しいかしら?」
何でしょう? 後ろを振り返ります。
「ドロシア様?」
例の婚約者候補のお一人ですわね。
「初めまして、コントルー公爵家の次女のドロシア・ミレーヌ・コントルーですわ」
真っ赤な髪と紅茶色の瞳がとても印象的な方です。キリっとした美人さんです。
「シュゼット様は、コレールに戻られて間もないでしょう? それで、親睦を深めるためにぜひ、私のお茶会にいらして頂きたくて。如何かしら?」
そうおっしゃると、鞄から綺麗な浮彫のされた封筒を出されました。表面には私の名前が書かれた、略式の招待状です。
「社交界デビューはこれからですけど、クラスメートと軽いお茶会ですから。ご遠慮なさらないで?」
そう言って、ドロシア様が私の手に招待状を握らせました。
『来て下さるでしょう?』
耳元で、何やら秘密っぽく囁かれました。
「・・・ええ。喜んで、伺いますわ」
もしかして、コレ、売られたのでしょうか? 売られたら買いますわよ?
マリから受け取った鞄と手提げ袋を持って、白のクラスに向かいます。
「おはようございます。ロイ様、ローナ様?」
さすがに今日は遅刻をしていないようですわ。玄関ロビーで一緒になったお二人に声を掛けました。
早速作戦開始ですね。
「あっ! お、おはようシュゼット殿! た、体調は、良くなりましたか?」
ロイ様です。栗色の巻き毛がくるふわの仔犬さんみたいです。少し垂れ気味の愛嬌のある茶色い目は、突然の声掛けに驚いたようで真ん丸ですわ。私は、彼に向かって天使度130%の笑顔で微笑みかけます。
「ええ。昨日はローナ様にご迷惑をお掛けしてしまって。静養室迄ご案内して頂いたり、本当にありがとう。助かりましたわ」
彼女に向かって同じく昨日のことなど、無かった様に笑い掛けます。
まさか、話しかけられてお礼を言われるとは思っていなかったようですわね。一瞬ですが、少し困ったように眉根が寄ったように見えましたもの。でも、私としてはロイ様とお二人ですから良いチャンスだと思いました。
「それで、これ、我が家の自慢のお菓子と、頂き物ですけど人気のキャンディーです。昨日のお礼と思いまして、宜しければ少しですけど、お二人でどうぞ?」
ローナ様は手を出す気配はありませんから、ロイ様にお渡しします。差し上げる理由もちゃんと言いましたよ? 召し上がろうが、捨てようがは、ローナ様に掛かっています。
「あ、ありがとう。遠慮なく頂きます。ねっ? ローナもお礼を」
ロイ様に促されてローナ様は小さな声でお礼を言われました。まあ、私としては、ロイ様が貰って下さればそれでイイのですけど。
私達は、教室に向かって3人で歩きます。ロイ様を挟んで左右に私とローナ様です。身長差があるせいか、私とロイ様の歩調から少し遅れてローナ様が歩きます。
「そうだ。あの、学院から馬車で出る時に、順番に割り込ませて頂いたの、覚えていらっしゃいますか?」
ええ。覚えていますとも。想定外にヤツと遭遇した時ですね。
「あの時、お礼を言いそびれてしまって……シュゼット嬢、改めてありがとう。助かりました」
律儀にお礼を口にするロイ様の顔が赤く見えます。
「いいえ。それよりロイ様? シュゼットとお呼び下さいな? 仲の良い方は皆さんそう呼んで下さいますから。ね?」
そうですわ。この方油断すると誰かさんのように、フルネーム呼びしますもの。そんな方はお一人で十分ですからね!
「良いのですか?」
「ええ。だって、ロイ様はこの学院で、初めて言葉を交わしたお友達ですもの?」
さあ、教室の扉の前まで来ました。私は一旦止まると、彼の顔を見詰めてもう一度にっこり微笑みました。
「ローナ様も、私の事はシュゼットとお呼び下さいな?」
ようやく追いついたローナ様にも振り返ってそう言いました。
教室に入ると、すでに登校していたカテリーナ様に突進されました。ああ、懐かしいですわ。テレジア学院でも朝の恒例行事でしたもの。そして、必ずこう声が掛かるのです。
「おはよう、シュゼット。今日は元気そうだね? カテリーナ! いい加減にしたら?」
エーリック殿下が、爽やかな笑顔と挨拶で迎えて下さいます。カテリーナ様を戒めることも忘れていませんわ。ありがたいことです。
「シュゼット? 具合はどう? 大丈夫?」
カテリーナ様が私の両手を握り締めて聞いてきますが……心配をお掛けしました。
「本当に大丈夫なのか? 君は真面目なのは良い事だが、すぐに無理をしてしまうからな。何かあれば遠慮無く僕に言いたまえ! 助けてやるから! 判ったか? シュゼット?」
ほよっ? セドリック様が、元通りです。それにまあ、相変わらずの上から目線はありますけど、褒められてるし? でも、どうしたのでしょう。フルネーム呼びではありませんわ。シュゼットだけですわ。
「皆様にはご心配をお掛けしました。もう大丈夫ですわ」
この方たちは、本当に私の事を大切に思って下さる、ありがたい方々です。感謝ですわ。
ランチの時間になったので、また4人で食堂ホールに向かいます。昨日まで可笑しかったセドリック様の様子が、元に戻ったように見えます。
「シュゼット? その手提げ袋は何かしら? 何か入っているの?」
右手はカテリーナ様に繋がれていますから、左手で手提げ袋を持っていました。
「ええ。ランチの後のお楽しみです。昨日ご心配をお掛けしたので、そのお礼に」
ぱあぁっとカテリーナ様の顔が明るくなりました。お菓子ね? と満面の笑みを浮かべました。
カテリーナ様は、どちらかというと大人っぽいというか、綺麗系のちょいキツメな華やかな美貌です。こんなふうにスイーツを思い浮かべて蕩ける様な笑顔を浮かべると、本当にこちらが恥ずかしくなるくらい可愛くなるのです。ご本人は知らないと思いますよ? エーリック殿下もご存じかどうか……私としては、この笑顔を皆さんにも見て頂きたいと思いますけど、タイミングが難しいのですわ。
「あの、ハート先生は普段どこにいらっしゃるのでしょう?」
ランチが来るまでの間、エーリック殿下に向かって尋ねました。
「ハート先生? 用事があるの?」
エーリック殿下に、少しそっけない感じに逆質問されました。昨日、静養室で水を魔法術で出して頂いたことと、心配を掛けたことに対するお礼がしたいと答えました。
「うーん。そうか。多分、もう少ししたらランチに来るんじゃないかな? 来なければ研究室か、静養室で昼寝かな? 探しに行くなら一緒に行くよ」
そう言ってもらえると、助かります。マリとの約束は厳守ですから。
「僕も一緒に行こう! 二人より三人の方が早く見つけられる!!」
「セドリックはダメよ! 私と一緒に戻るのよ」
カテリーナ様が、サンドイッチを一口齧ってセドリック様に言いました。
「なっ、なんで!?」
「だって、貴方は昨日シュゼットを送って行ったでしょう? だから今日はエーリックの番なの。私、公平な人間なの」
カテリーナ様はそう言って、パクパクとサンドイッチを食べ始めました。エーリック殿下とセドリック様が顔を見合わせています。お二人は何か思い当たる事があるのでしょうか?
「それでは、エーリック殿下、ご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いしますわ」
私達は、各々ランチを食べ始めました。
ランチを食べ終わるまでに、ハート先生が食堂ホールにいらっしゃることはありませんでした。私達は中庭にあるテーブルに移動して、お茶と共にクッキーを頂いています。エーリック殿下は、この前のクッキーだと、大変喜ばれました。カテリーナ様とセドリック様もお気に召したようです。
「このキャンディー、お土産に頂いたキャンディーです。うちの侍女が、大変人気のあるお店の品だと教えてくれました。折角なので、皆さんで頂こうと少し持ってきました」
ピンク色の包み紙がラブリーですわ。エーリック殿下とセドリック様が『ああ』と思い出したように声を上げました。お二人が一瞬遠い目をされましたけど……
「苺キャラメルが人気なのですって? さすがセドリック様ですね」
皆で一斉に口に含みます。香ばしいキャラメルに苺の酸味と香りが仄かすかにして、とっても美味しいです。
「それでは、エーリック様、ご一緒して頂いて宜しいですか?」
私とエーリック殿下は、お二人と別れてハート先生を探すため、学舎の西側にある研究室に向かったのです。
「そう言えば、カリノの双子達は知っていたの?」
廊下を歩きながら、エーリック殿下が話しかけてきました。そんな素振りをしたでしょうか?
「いいえ。話をしたのはここに来てからですわ。でも、私は覚えていませんが、ローナ様は以前私を見かけたことがあるそうです」
本当の事です。
「そうなんだ。いや、ロイ殿がクッキーの包みと同じ物を朝持っていたから」
もしかして、エーリック殿下?
「……ヤキモチですか?」
「……っ!」
初めてこんなに真っ赤になったエーリック殿下を見ました。お隣を歩いているのに、顔を背けていますけど、髪の隙間から見える耳も真っ赤です!!
「エーリック殿下? あれはローナ様に差し上げた昨日の感謝の気持ちです。彼女が受け取って下さらなかったので、たまたま隣にいたロイ様にお渡ししただけです」
まだ赤いままです。
「あのクッキーは、この前エーリック殿下がお気に召して下さったからお持ちしたのです。美味しいと言って下さいましたでしょう?」
コホンと咳を一つして、エーリック殿下がこちらを向きました。そして、まだ少し赤い頬でゴメンと小さくおっしゃいました。
なに!?エーリック殿下ったら、かわいい!!
こんな殿下を初めて見ましたわ! 何と言うか……その、超ド級の可愛いさデス!!
西側にある教授たちの研究室は、同じような部屋がずらっと並んでいました。
「ここだよ? 先生、いらっしゃいますか?」
エーリック殿下が扉をノックしますが、返事がありません。でも、外出中の札も掛かっていませんから、中にいるはずですけど。
二人で顔を見合わせて、頷き合って扉を開けようとしました。
「いらっしゃいますか?」
すると、私達が開けるより先に扉がゆっくりと開きました。
「なんだ? 君達か」
長い髪を一つに結わえていらっしゃいます。結わえ残した髪が一筋額に落ちています。何だかお疲れの様子ですわ。それに今日はモノクルでなくて両眼鏡です。若干不機嫌そうに眉根を寄せていらっしゃいますが、部屋の中に入れて下さいました。
部屋の中には、大きな括りつけの本棚があって沢山の本がびっしり入っています。それに、何に使うか判らない魔法具? のような物が壁に沢山掛かっていました。部屋の中央には、かろうじてソファセットがあるようですから、そこを指差して座るように促されました。
「何か用か?」
どっかりとソファに座ると、ハート先生は眼鏡をはずして目頭を押さえながら言いました。大分お疲れの様ですわね。さっさと用事を済ませましょう。
「あの、昨日はご心配をお掛けしました。それに、お水もありがとうございました。それで、お礼にクッキーとキャンディーをお持ちしたのですけど」
「クッキー?」
「はい。あまり甘くないと思います。どうぞ宜しければ召し上がって下さい」
包みを手渡すとガサゴソと開けて、一枚パクリと召し上がりました。
「叔父上、行儀が悪いですよ?」
呆れたようにエーリック殿下が言うと、ちらっと眼を上げて
「ほらっ」
と、エーリック殿下の口にクッキーを放り込みました。
「旨いだろう? ありがとうシュゼット。さあ、午後の授業が始まるから、もう行きなさい」
エーリック殿下は放り込まれたクッキーのせいで、怒るに怒れ無いようです。もぐもぐと咀嚼しながら、ムッとしたように席を立つと、私の腕を引っ張って立ち上がらせました。
「叔父上! もう子供にするような事は止めて下さい! 行こうシュゼット!」
ようやく飲み込んだエーリック殿下が怒り口調でそう言うと、少しだけ微笑んだように見えました。
「それでは、失礼します」
部屋から出ようとした時です。
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド。君の鑑定式が来週に決まったから」
足を組んだ姿勢で、ゆったりとこちらを見ていらっしゃいます。
おお。編入試験の時に言っていた魔法の鑑定式ですね。早速日程を決めて下さったのですね。
感謝の意味を込めて、私は腰を落としてご挨拶をしました。
さあ、午後の授業に間に合うように教室に戻りましょう。
「シュゼット、急ぐから手を貸して?」
エーリック殿下は私の右手を優しく取ると、手をしっかり繋いで廊下を走り始めました。
「ここから教室までは、走らないと間に合わないからね」
私の心臓がドキドキしています。でも、きっとこれは走っているからですよね?
教室には間一髪間に合いましたが、さすがに息が整うまでにはいきませんでした。息を乱しながら席に着くと、にんまり顔のカテリーナ様と、振り返って後ろの席のエーリック殿下をジト目でみているセドリック様と目が合いました。
因みに、ローナ様は私の方を一切ご覧になることはありませんですわ。まあ、イイのですけど。
授業が終わると、すぐにセドリック様の先生質問責めを見ることになりました。ああ。ここでもやっているのですね? 懐かしいですわ。
「シュゼット様?」
呼ばれました。
「シュゼット様? 少し宜しいかしら?」
何でしょう? 後ろを振り返ります。
「ドロシア様?」
例の婚約者候補のお一人ですわね。
「初めまして、コントルー公爵家の次女のドロシア・ミレーヌ・コントルーですわ」
真っ赤な髪と紅茶色の瞳がとても印象的な方です。キリっとした美人さんです。
「シュゼット様は、コレールに戻られて間もないでしょう? それで、親睦を深めるためにぜひ、私のお茶会にいらして頂きたくて。如何かしら?」
そうおっしゃると、鞄から綺麗な浮彫のされた封筒を出されました。表面には私の名前が書かれた、略式の招待状です。
「社交界デビューはこれからですけど、クラスメートと軽いお茶会ですから。ご遠慮なさらないで?」
そう言って、ドロシア様が私の手に招待状を握らせました。
『来て下さるでしょう?』
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