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56. 銀の王子は苦悩する
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フェリックスは自分の部屋で溜息を吐く。
はっきりと自分で意思表示をした。
話がしたいと。
なのに、即却下だった。言い訳も、理由も一切無かった。
「つまりは、そういう事なんだな」
そう。つまり、彼女は自分に対して怒っている。謝罪の言葉も口にさせない程に。
5年前のお茶会で、居並ぶ令嬢達にウンザリしていた。
示し合わせたような可愛らしいピンク色のふわふわドレスなのに、それに似合わない化粧をしている者が多かった。10歳の少女に危なっかしいアンバランスさを纏わせた様子は、完全に大人の視線を意識していた。その様子は、大人の目から見たら蠱惑的かもしれないが、たかが10歳のクソ餓鬼には、
(なんか、化粧品臭いんだけど。なんで、オトナみたいな化粧をしているワケ?)
としか思えなかった。
将来自分の妻、王妃になる候補者を選ぶと聞いていた。
それから、これから王立学院に通うために側近も選ぶのだと。
(友達では無いという事なんだ)
ずらりと横一列に並ぶ、女の子、おんなのこ、オンナノコ……
(この女の子達から婚約者候補を選ぶのか? でも、どうやって? 何が基準だ? 金髪? 青い目?それとも緑? でも、茶色の髪も赤い髪もいる。可愛い顔? キレイな顔? 化粧のせいで、元の顔が判らないじゃないか? みんな同じに見えるけど!)
一段高い王族の席から見ている。初めて会う子がほとんどだった。区別がつかない。
(あっ)
化粧っ気の無い少女がいた。緩やかな波打つ金髪が艶々としている。でも……両隣に並ぶ少女達と比べて倍ほどの大きさに見える。主に横幅が。
丸々した身体つきに、丸々した顔。 白い顔は滑らかそうだが、ぷくぷくのほっぺがまあるく盛り上がっていて、表情は良く見えない。
(瞳の色がワカラナイ。目、開いているよな?)
明らかに他の少女達と違う見た目。
(パンダだ。白いパンダ)
丸々した身体を縮めるように、幼いカーテシーをしている。凄く緊張している様子は伺えた。
事典や絵本でしか、見たこと無い異国の動物。
パンダはモフモフの白い毛に、目の周りと耳、腕と足が黒い毛で覆われている丸々とした珍獣だ。顔も身体も手足も丸く、愛くるしい姿に描かれていた。
随分昔に、本物のパンダの毛皮を使ったという抱き人形を貰ったことがあった。幼い頃に異国の土産に貰ったソレは、コレールに一つしかない貴重な物だった。柔らかな毛がみっしりと生えている毛皮が、手触りが良くて、いつも抱きしめて眠っていた……と思う。
温かくてモフモフの手触り。
彼女を見た時、第一印象がそれだった。白パンダ。白黒パンダでなく真っ白いパンダ。彼女の白い顔がそう連想させた。
「お前、白パンダみたいだな?」
気が付いた時には、口から出ていた。
そして、壇上から降りて彼女の傍にいた。無意識のうちにあの手触りを思い出すように、頬を触っていた。丸くて、温かくて、滑らかで白いそのほっぺを。
「ひっ!?」
小さな引きつった声が聞こえた。
(あっ!! マズイ!!)
目の前にいる彼女の喉が鳴った。さっきまで糸目で目の色もはっきり見えなかったその瞳が、思いきり見開かれて自分を見返していた。
(青い瞳。南の海の色!)
しかし小さな丸い瞳が、みるみる涙で膨らんできた。すぐにぶわっと音がするように満杯になって零れ落ちた。
そこで初めて我に返った。
女の子を泣かせた。初めて会った女の子を泣かせた。
でも、何で泣いたのか判らなかった。
自分にとって、白パンダは彼女を貶める比喩では無かった。揶揄からかって言った言葉でも無かった。
その後すぐに彼女は、泣きながら広間を出て行ってしまった。声を出さず押し殺すように口元を押え下を向いたまま。
後に取り残された自分には、何が何だか判らなかった。ただ、彼女がいなくなった空間がぽっかりと空いていた。
彼女が広間から出て行った後、よく覚えていないが令嬢達の挨拶は、特にナニも無く普通に終わったと思う、多分。
正直、泣かせてしまった白パンダ嬢のことが気になって、聞いていなかったのかもしれないが。
今なら判る。本当に悪いことをしたと思う。お茶会の後、あの女の子が公爵家の令嬢であったこと、それから両親の推しだったことを聞いた。
そして、自分がやったことが、どんなに彼女を傷つけたか父と母、そして姉からみっちりと叱られた。姉からは、
『フェリって、・サイテー!! 女の子にあんなこと言って! それに、初対面なのにほっぺを触るなんて、なんて失礼なの!!』
と。
そうだけど。そうなんだけど。
でも、両親や姉、それから乳母や女官長、騎士団長の剣術の先生にも叱られたけど、腑に落ちないことがあった。
彼等からは、
『あんなに太って、可哀そうな女の子に何て事を言ったのだ。何て酷い事を本人を前にしてはっきりと言ったのだ!!』
そう言っているように聞こえた。イヤ、確かにそう言っていた。
(あの子の見た目が変だとか、太っているからとか、そういことに対して言ったんじゃない!!)
物凄く、不満だった。彼女を貶めるような気持などこれっポッチも無かった。寧ろ、懐かしいような温かい思いと、化粧っ気のない瑞々しい10歳の少女の雰囲気にほっとしたのだ。
(謝らないからな! 皆の思っているような事を考えていた訳でも無いし、いじめようと思って言ったわけでもないし!!)
もう、その頃になると、自分のやったことに対してより、悪意を持ってやったと思われていることに腹が立っていた。そう、クソ餓鬼のへそが曲がってしまった。
王室から、彼女に対してお詫びの花束や品を届ける時に、お詫びのカードを書くように言われた。
自分のやったことに言い訳はしたくないが、皆の言っているように思われるのが嫌だった。だから心を込めてちゃんと理由を書こうとした。
『フェリ! ちゃんと謝りなさいよ! まったくお子ちゃまなんだから」
姉のチェリアーナが大人ぶって言うのにイラっとした。
そして、書かれたカードが、
『昨日は、シツレイな態度をとってゴメンナサイ F 』
拗こじれて……現在に至る。
「参った。でも、そうも言ってられない。とにかく、ちゃんと話をしないと駄目だ」
窓際にある机の小引き出し。日記帳に挟まれた、少し角のヨレたカード。
5年前に渡せなかった、あの時の気持ち。
相手に届かないまま、ずっと自分の手元に留められていた。
毎年新しい日記帳に挟まれながら、引き継がれていた幼い頃の気持ちがそこにあった。
「とにかく、少し強引にでもいかないと駄目かもしれない。でも、彼女の周りにはエーリックもセドリックもいる。無理強いすればあの二人が黙っていないだろう……かと言って、仲介を頼むなんてお門違いだし」
悶々と考える。ふっと頭を過よぎる二人の人物。
「シルヴァ殿」
彼の無表情な顔から想像出来なかった甘い行動。意識的にやっているのか?
「あの、頭ポン! には何の意味があるんだ? それに、レイ叔父上のあの笑顔。あの二人は何を考えているのか判らない。判らないけど、巻き込まれる前に行動しないと絶対拗れる。あの二人が関わって拗れない訳がない!」
普段は見せない顔を見せた二人の大人には警戒心しか湧かない。多分、気のせいでは無いと思う。
「明日。彼女と話をして、謝る。絶対に」
フェリックスはそう決心すると、5年前のカードを制服の胸ポケットに大事にしまった。
学院の馬車寄せは、始業に丁度良い時間帯はかなり込み合う。それでも、コレールとダリナスの王族関係者が乗る馬車は、玄関に近い指定場所に停められるので混雑は関係ない。シュゼットの乗るグリーンフィールド公爵家の馬車は、上位貴族の馬車寄せのスペースに停めることができるが、少し手前で停めてもらい歩くようにしている。季節の良い今頃は、樹々や花々で彩られて学院の庭園も通路も大変美しい。
「じゃあ、マリ。この辺りで良いわ。歩いても少しですもの。庭を見ながら玄関まで行くわ」
正面玄関まで真っ直ぐ伸びる馬車道と並行するように歩道がある。花壇や樹々を愛でるには歩道の方がずっと近い。
「承知致しました。それではお気をつけて。いつもの時間にお迎えに上がりますね」
マリから鞄を受け取って、ゆっくりと歩道を歩き始めた。
気持ちの良い朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。今の時期ならではの心地よさ。
「良い気持ち。空気が美味しいですわね」
シュゼットは独り言を言ってゆっくりと歩く。まだたっぷりと時間があるから。
隣の馬車道を数台の馬車が通り過ぎた。まだ少し早いので、カラカラと車輪が廻る音もリズミカルだ。
ふと見ると、少し先に通り過ぎたはずの馬車が停まった。黒い立派な馬車だ。
「?」
キラキラしい何かが降りてくると、小走りで近づいて来た。
「おはよう。シュゼット嬢、教室までご一緒して良いだろうか?」
立ち止まっていたシュゼットの前まで来ると、彼はそう言って膝を折った。
グリーントルマリンの瞳は伏せられ、銀色の睫毛が頬に淡い影を落とす。走って来たせいで少し息が乱れている。癖の無い銀髪が肩先から流れて落ちている。
「お願いだ。頼むから、少し話をさせて欲しい」
小さな声ではあったが、はっきりと聞こえた。ぱちりと見上げられた瞳には、戸惑いと懇願と、恥じらいが見える。声も少し震えているかのようだった?
(どうしよう。聞きたくないけど、この状態で断れるの?)
周りに誰もいない。馬車も通らない。この場所にいるのはシュゼットと彼だけだった。
(何で、誰もいないの? 何と言うタイミングなの!?)
真剣な瞳で見つめる彼の目を避けるように目を逸らした。
「っ! ゴメン、シュゼット嬢!」
彼が慌てたように、シュゼットの手を引いた。
「えっ? えっ!?」
驚いて視線を戻すと、彼はシュゼットの右手を引いて歩道を走った。
「な、何ですの!? ちょっと、や、止めて下さい!」
走りながら、訴える。何でこうなるのか判らない。いきなり走り出して、歩道脇の芝生のところまで引っ張られた。
(げっ。手を繋がれている?)
立ち止まった彼の背にぶつかりそうになって、危うく体勢を崩すところだった。それを見た彼が、つまずき掛けたシュゼットを支えるように手を伸ばした。
「おっと! 大丈夫? あっ、失礼した! ごめん。急に走り出したりして。本当にゴメン」
彼が真っ赤になって手を離すと、シュゼットは面食らった。
(なに? この普通の男の子加減。こんな表情を見るのも初めてだわ)
年相応の声と言葉に新鮮さがあった。王子でなく、15歳の少年の言葉だったから。
「シュゼット嬢。急に済まない。でも、どうしても話がしたくて……君が歩いているのが見えたから、このチャンスを逃せないと思って。いきなりで申し訳ないけど」
一気に話す彼の勢いは、切羽詰まった感じがした。本当にそう思っているかもしれない。
でも、素直な気持ちで話をするなど、今のシュゼットには無理に思えた。
それに、二人きりでいつまでもこの場にはいられない。もう少ししたら始業の鐘が鳴る時間だ。
仮面のような微笑を浮かべて彼の顔を見上げた。
「……で? フェリックス第一王子様が、私に何の御用ですの?」
第一王子様と呼ばれたことに、彼は少し片眉を寄せたように見えた。見ようによっては、悲しそうな、寂しそうな表情になった。
(でも、私からしたら最大の譲歩ですわ)
二人きりのこの状況を変えるためには、何も言わずに逃げ去るか、こう聞くしかないと思った。
(私だって5年前のように、何も言わずに逃げ去ったりはしませんわ!)
「……」
(何よ? 何かおっしゃれば良いでしょう?)
意を決したように彼が口を開いた。
「シュゼット嬢。5年前は本当に済まなかった。貴方を傷つける様な事を言ってしまった。でも、傷付けようとして言った言葉では無いんだ。それだけは、信じて欲しい。しかし結果的に、貴方を傷つけてしまったけれど……本当に済まなかった」
彼はそう言うと、再びシュゼットの前に膝を付くと頭を下げた。
麗しい銀髪の王子が、天使のように可愛らしい少女に騎士の礼を執っている。ように見える。
事情を知らなければ、このまま童話の挿絵になるような、甘々夢々なツーショットだろう。
「……許してくれないだろうか?」
彼がそっと顔を上げて、シュゼットの目を見詰めた。グリーントルマリンの瞳がうっすら赤くなっているように見える。
(どうする私!? こんなところ誰かに見られたら、マズイですわ!)
一国の王子に跪かせて、許しを請われているこの状況。
「こんなところで、何をしているのですか?」
芝生を踏みしめて近づいてくる人影に、驚いた二人は慌てて姿勢を正した。
はっきりと自分で意思表示をした。
話がしたいと。
なのに、即却下だった。言い訳も、理由も一切無かった。
「つまりは、そういう事なんだな」
そう。つまり、彼女は自分に対して怒っている。謝罪の言葉も口にさせない程に。
5年前のお茶会で、居並ぶ令嬢達にウンザリしていた。
示し合わせたような可愛らしいピンク色のふわふわドレスなのに、それに似合わない化粧をしている者が多かった。10歳の少女に危なっかしいアンバランスさを纏わせた様子は、完全に大人の視線を意識していた。その様子は、大人の目から見たら蠱惑的かもしれないが、たかが10歳のクソ餓鬼には、
(なんか、化粧品臭いんだけど。なんで、オトナみたいな化粧をしているワケ?)
としか思えなかった。
将来自分の妻、王妃になる候補者を選ぶと聞いていた。
それから、これから王立学院に通うために側近も選ぶのだと。
(友達では無いという事なんだ)
ずらりと横一列に並ぶ、女の子、おんなのこ、オンナノコ……
(この女の子達から婚約者候補を選ぶのか? でも、どうやって? 何が基準だ? 金髪? 青い目?それとも緑? でも、茶色の髪も赤い髪もいる。可愛い顔? キレイな顔? 化粧のせいで、元の顔が判らないじゃないか? みんな同じに見えるけど!)
一段高い王族の席から見ている。初めて会う子がほとんどだった。区別がつかない。
(あっ)
化粧っ気の無い少女がいた。緩やかな波打つ金髪が艶々としている。でも……両隣に並ぶ少女達と比べて倍ほどの大きさに見える。主に横幅が。
丸々した身体つきに、丸々した顔。 白い顔は滑らかそうだが、ぷくぷくのほっぺがまあるく盛り上がっていて、表情は良く見えない。
(瞳の色がワカラナイ。目、開いているよな?)
明らかに他の少女達と違う見た目。
(パンダだ。白いパンダ)
丸々した身体を縮めるように、幼いカーテシーをしている。凄く緊張している様子は伺えた。
事典や絵本でしか、見たこと無い異国の動物。
パンダはモフモフの白い毛に、目の周りと耳、腕と足が黒い毛で覆われている丸々とした珍獣だ。顔も身体も手足も丸く、愛くるしい姿に描かれていた。
随分昔に、本物のパンダの毛皮を使ったという抱き人形を貰ったことがあった。幼い頃に異国の土産に貰ったソレは、コレールに一つしかない貴重な物だった。柔らかな毛がみっしりと生えている毛皮が、手触りが良くて、いつも抱きしめて眠っていた……と思う。
温かくてモフモフの手触り。
彼女を見た時、第一印象がそれだった。白パンダ。白黒パンダでなく真っ白いパンダ。彼女の白い顔がそう連想させた。
「お前、白パンダみたいだな?」
気が付いた時には、口から出ていた。
そして、壇上から降りて彼女の傍にいた。無意識のうちにあの手触りを思い出すように、頬を触っていた。丸くて、温かくて、滑らかで白いそのほっぺを。
「ひっ!?」
小さな引きつった声が聞こえた。
(あっ!! マズイ!!)
目の前にいる彼女の喉が鳴った。さっきまで糸目で目の色もはっきり見えなかったその瞳が、思いきり見開かれて自分を見返していた。
(青い瞳。南の海の色!)
しかし小さな丸い瞳が、みるみる涙で膨らんできた。すぐにぶわっと音がするように満杯になって零れ落ちた。
そこで初めて我に返った。
女の子を泣かせた。初めて会った女の子を泣かせた。
でも、何で泣いたのか判らなかった。
自分にとって、白パンダは彼女を貶める比喩では無かった。揶揄からかって言った言葉でも無かった。
その後すぐに彼女は、泣きながら広間を出て行ってしまった。声を出さず押し殺すように口元を押え下を向いたまま。
後に取り残された自分には、何が何だか判らなかった。ただ、彼女がいなくなった空間がぽっかりと空いていた。
彼女が広間から出て行った後、よく覚えていないが令嬢達の挨拶は、特にナニも無く普通に終わったと思う、多分。
正直、泣かせてしまった白パンダ嬢のことが気になって、聞いていなかったのかもしれないが。
今なら判る。本当に悪いことをしたと思う。お茶会の後、あの女の子が公爵家の令嬢であったこと、それから両親の推しだったことを聞いた。
そして、自分がやったことが、どんなに彼女を傷つけたか父と母、そして姉からみっちりと叱られた。姉からは、
『フェリって、・サイテー!! 女の子にあんなこと言って! それに、初対面なのにほっぺを触るなんて、なんて失礼なの!!』
と。
そうだけど。そうなんだけど。
でも、両親や姉、それから乳母や女官長、騎士団長の剣術の先生にも叱られたけど、腑に落ちないことがあった。
彼等からは、
『あんなに太って、可哀そうな女の子に何て事を言ったのだ。何て酷い事を本人を前にしてはっきりと言ったのだ!!』
そう言っているように聞こえた。イヤ、確かにそう言っていた。
(あの子の見た目が変だとか、太っているからとか、そういことに対して言ったんじゃない!!)
物凄く、不満だった。彼女を貶めるような気持などこれっポッチも無かった。寧ろ、懐かしいような温かい思いと、化粧っ気のない瑞々しい10歳の少女の雰囲気にほっとしたのだ。
(謝らないからな! 皆の思っているような事を考えていた訳でも無いし、いじめようと思って言ったわけでもないし!!)
もう、その頃になると、自分のやったことに対してより、悪意を持ってやったと思われていることに腹が立っていた。そう、クソ餓鬼のへそが曲がってしまった。
王室から、彼女に対してお詫びの花束や品を届ける時に、お詫びのカードを書くように言われた。
自分のやったことに言い訳はしたくないが、皆の言っているように思われるのが嫌だった。だから心を込めてちゃんと理由を書こうとした。
『フェリ! ちゃんと謝りなさいよ! まったくお子ちゃまなんだから」
姉のチェリアーナが大人ぶって言うのにイラっとした。
そして、書かれたカードが、
『昨日は、シツレイな態度をとってゴメンナサイ F 』
拗こじれて……現在に至る。
「参った。でも、そうも言ってられない。とにかく、ちゃんと話をしないと駄目だ」
窓際にある机の小引き出し。日記帳に挟まれた、少し角のヨレたカード。
5年前に渡せなかった、あの時の気持ち。
相手に届かないまま、ずっと自分の手元に留められていた。
毎年新しい日記帳に挟まれながら、引き継がれていた幼い頃の気持ちがそこにあった。
「とにかく、少し強引にでもいかないと駄目かもしれない。でも、彼女の周りにはエーリックもセドリックもいる。無理強いすればあの二人が黙っていないだろう……かと言って、仲介を頼むなんてお門違いだし」
悶々と考える。ふっと頭を過よぎる二人の人物。
「シルヴァ殿」
彼の無表情な顔から想像出来なかった甘い行動。意識的にやっているのか?
「あの、頭ポン! には何の意味があるんだ? それに、レイ叔父上のあの笑顔。あの二人は何を考えているのか判らない。判らないけど、巻き込まれる前に行動しないと絶対拗れる。あの二人が関わって拗れない訳がない!」
普段は見せない顔を見せた二人の大人には警戒心しか湧かない。多分、気のせいでは無いと思う。
「明日。彼女と話をして、謝る。絶対に」
フェリックスはそう決心すると、5年前のカードを制服の胸ポケットに大事にしまった。
学院の馬車寄せは、始業に丁度良い時間帯はかなり込み合う。それでも、コレールとダリナスの王族関係者が乗る馬車は、玄関に近い指定場所に停められるので混雑は関係ない。シュゼットの乗るグリーンフィールド公爵家の馬車は、上位貴族の馬車寄せのスペースに停めることができるが、少し手前で停めてもらい歩くようにしている。季節の良い今頃は、樹々や花々で彩られて学院の庭園も通路も大変美しい。
「じゃあ、マリ。この辺りで良いわ。歩いても少しですもの。庭を見ながら玄関まで行くわ」
正面玄関まで真っ直ぐ伸びる馬車道と並行するように歩道がある。花壇や樹々を愛でるには歩道の方がずっと近い。
「承知致しました。それではお気をつけて。いつもの時間にお迎えに上がりますね」
マリから鞄を受け取って、ゆっくりと歩道を歩き始めた。
気持ちの良い朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。今の時期ならではの心地よさ。
「良い気持ち。空気が美味しいですわね」
シュゼットは独り言を言ってゆっくりと歩く。まだたっぷりと時間があるから。
隣の馬車道を数台の馬車が通り過ぎた。まだ少し早いので、カラカラと車輪が廻る音もリズミカルだ。
ふと見ると、少し先に通り過ぎたはずの馬車が停まった。黒い立派な馬車だ。
「?」
キラキラしい何かが降りてくると、小走りで近づいて来た。
「おはよう。シュゼット嬢、教室までご一緒して良いだろうか?」
立ち止まっていたシュゼットの前まで来ると、彼はそう言って膝を折った。
グリーントルマリンの瞳は伏せられ、銀色の睫毛が頬に淡い影を落とす。走って来たせいで少し息が乱れている。癖の無い銀髪が肩先から流れて落ちている。
「お願いだ。頼むから、少し話をさせて欲しい」
小さな声ではあったが、はっきりと聞こえた。ぱちりと見上げられた瞳には、戸惑いと懇願と、恥じらいが見える。声も少し震えているかのようだった?
(どうしよう。聞きたくないけど、この状態で断れるの?)
周りに誰もいない。馬車も通らない。この場所にいるのはシュゼットと彼だけだった。
(何で、誰もいないの? 何と言うタイミングなの!?)
真剣な瞳で見つめる彼の目を避けるように目を逸らした。
「っ! ゴメン、シュゼット嬢!」
彼が慌てたように、シュゼットの手を引いた。
「えっ? えっ!?」
驚いて視線を戻すと、彼はシュゼットの右手を引いて歩道を走った。
「な、何ですの!? ちょっと、や、止めて下さい!」
走りながら、訴える。何でこうなるのか判らない。いきなり走り出して、歩道脇の芝生のところまで引っ張られた。
(げっ。手を繋がれている?)
立ち止まった彼の背にぶつかりそうになって、危うく体勢を崩すところだった。それを見た彼が、つまずき掛けたシュゼットを支えるように手を伸ばした。
「おっと! 大丈夫? あっ、失礼した! ごめん。急に走り出したりして。本当にゴメン」
彼が真っ赤になって手を離すと、シュゼットは面食らった。
(なに? この普通の男の子加減。こんな表情を見るのも初めてだわ)
年相応の声と言葉に新鮮さがあった。王子でなく、15歳の少年の言葉だったから。
「シュゼット嬢。急に済まない。でも、どうしても話がしたくて……君が歩いているのが見えたから、このチャンスを逃せないと思って。いきなりで申し訳ないけど」
一気に話す彼の勢いは、切羽詰まった感じがした。本当にそう思っているかもしれない。
でも、素直な気持ちで話をするなど、今のシュゼットには無理に思えた。
それに、二人きりでいつまでもこの場にはいられない。もう少ししたら始業の鐘が鳴る時間だ。
仮面のような微笑を浮かべて彼の顔を見上げた。
「……で? フェリックス第一王子様が、私に何の御用ですの?」
第一王子様と呼ばれたことに、彼は少し片眉を寄せたように見えた。見ようによっては、悲しそうな、寂しそうな表情になった。
(でも、私からしたら最大の譲歩ですわ)
二人きりのこの状況を変えるためには、何も言わずに逃げ去るか、こう聞くしかないと思った。
(私だって5年前のように、何も言わずに逃げ去ったりはしませんわ!)
「……」
(何よ? 何かおっしゃれば良いでしょう?)
意を決したように彼が口を開いた。
「シュゼット嬢。5年前は本当に済まなかった。貴方を傷つける様な事を言ってしまった。でも、傷付けようとして言った言葉では無いんだ。それだけは、信じて欲しい。しかし結果的に、貴方を傷つけてしまったけれど……本当に済まなかった」
彼はそう言うと、再びシュゼットの前に膝を付くと頭を下げた。
麗しい銀髪の王子が、天使のように可愛らしい少女に騎士の礼を執っている。ように見える。
事情を知らなければ、このまま童話の挿絵になるような、甘々夢々なツーショットだろう。
「……許してくれないだろうか?」
彼がそっと顔を上げて、シュゼットの目を見詰めた。グリーントルマリンの瞳がうっすら赤くなっているように見える。
(どうする私!? こんなところ誰かに見られたら、マズイですわ!)
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