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64. そして、新たな
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「「シュゼットお姉様! お迎えに来ました!」」
木曜日、クラスの授業は5時限まで。6時限目は自由活動になっている。ある者は剣術の稽古、ある者はダンスの練習、そしてある者は、
「「さあ、魔法術の授業に行きましょう!」」
そう、魔法術の授業も行われる。
「元気な双子だね。シュゼットオ・ネ・エ・サ・マ・?」
高等部の白のクラス。高位貴族の他、コレールとダリナスの王族迄が集うため、気軽に迎えに来る者など見かけることは無い。無いのだが……
「エーリック殿下! 揶揄うのは止めて下さいな。もう!」
ぷうっと頬を膨らませて、シュゼットがこちらを見た。
うん。ふくれっ面も可愛い。思わず頬を突っつきたくなるが、そこをグッと堪えた。
偉いぞ。私。
「膨れてる。マシュマロ菓子だ」
セドリックが、ツンとシュゼットの頬を突っついた。
「!?」
おい! おい! おい! 何だお前!? キャラ変わり過ぎじゃないか?
「もう! お二人とも揶揄うのは止めて下さい!! じゃあ、行ってきますわ。カテリーナ様、失礼致しますね」
笑顔でシュゼットを送り出す。
出入り口の扉の前では、双子の王子達に兄であるフェリックス殿が何か話している。双子の王子達は、背の高い兄王子の腕にじゃれついている。
銀色の緩い巻き毛がフワフワしている、よく似た銀色の子猫。兄のフェリックス殿がストレートの銀髪なので兄弟と言っても随分とイメージが違って見えた。
シュゼットが近くまで来ると、双子王子達は飛びつくように彼女に近づいた。本当に猫の様だ。飼い主にデレる猫。嬉しそうに、楽しそうに、にゃおにゃおとシュゼットに話しかけている。それに笑顔で応えている彼女。
そして……
その様子を、穏やかな笑顔で見ているフェリックス殿。時折、何か言っているようで、子猫二匹とシュゼットの目線が彼の方を向く。
で、クスクスとお互いの顔を見合わせて、笑い合っている?
「オカシイデスネ。明らかに変わりましたよね?」
同じようにシュゼットの姿を、目で追っていたセドリックが呟いた。さすがに気が付いたのだろう。
気のせいか数日前から、フェリックス殿の態度が変わった。今までシュゼットの行動範囲には近づかなかったし、視野の範囲にも敢あえて、入らないようにしていたと思うが。
「そうだな。今、私達が見ているのは幻か? それにシュゼットも態度が違う。多少のぎこちなさはあるが、今までのような拒絶感が無い?」
「で・す・よ・ねー?」
ほぼほぼ空気を読まないセドリックにも判るようだ。イヤ違うな。意外にセドリックは、変な空気には鋭かった。やっぱり気が付いていたのか。
腑に落ちない。何とも腑に落ちない。そんなことを言っている間に、シュゼットは子猫二匹に連れられて教室を出て行った。出て行く前に私達の方をチラッと見て、にっこり微笑んで軽く手を振ってー。
手を振るタイミングを逃した私とセドリックに代わって、カテリーナが両手を振って三人を送り出した。
「……」
「……」
カテリーナが振り向いた。アーモンド形の大きな目が、若干吊り上がっていないか?
「ちょっと!! エーリックもセドリックもヘタレてる場合じゃなくってよ! 何で今日が、フェリックス様の番になっているの!?」
ああ。カテリーナも気付いている。
これは、ちょっと。イヤ、かなり不味い? んじゃないか?
王立学院の中等部は5時限で授業が終わる。
但し、魔法術の識別者だけは、毎週木曜日に特別授業が行われる。今日は先日行われた鑑定式で、識別判定がされた3人の導入教育の授業になっていた。
新たに識別されたのは3人。コレール王国のパリス第二王子、カルン第三王子。そして同じくコレール王国の公爵令嬢のシュゼット。3人は貴重な鑑定、錬金、光といった希少3種の識別保持者だった。
放課後になった中等部教室棟の一番端、魔法術専用の教室に向かう。
「「ハート先生、さようなら~!」」
通り過ぎる女生徒たちが挨拶をしていく。
「気を付けて帰りなさい」
静かに声を掛けて見送る。キャラキャラと笑いながら廊下を走っていく、その姿はまだまだ子供だ。転ばなければ良いが、とそっと案じた。
魔法術教室の扉は、通常の教室と違って鍵が掛かっている。貴重な書物や器具などがあるからだ。錠前替わりのプレートに掌を合わせる。鑑定石を特殊加工したプレートが虹色から白色に変わった。シルヴァの魔法術を識別すると、扉が開錠された。
「さあ、入りなさい」
教室の前で待っていた3人に声を掛けると、大きく扉を開いた。
これから初めての魔法術の授業が始まる。
導入教育は、鑑定式の後最初に受ける授業だ。今まで、魔法術と関わりなく生活してきた訳だが、これからは自分の識別に合った魔法術を使えるようにしていく。魔法術があっても、引き出して展開しなければ使うことは出来ない。
授業では、内に秘められた魔力を引き出して、術式として展開させる方法を学ぶ。
導入教育では、まず身の内にある魔力を認識し、高めて増幅させる。そして身の外に光ちからとして実現させる。魔法術の展開はそれが出来なければ始まらない。しかし、それが出来るまでにも、結構な時間も掛かる。
レイシルのように指先一つ、視線を向けただけで、多くの属性を兼ねた複式の、魔法術展開が出来る人間などそうそういない。いや、あのレベルは近隣諸国を探してもいない。まあ、レイシル程でなくてもそれに近く魔法術を扱える人間は数名いる。かく言う自分と、エーリックだ。
「それでは、実践を行おう。鑑定石の前に一人づつ出て」
鑑定式で使用された大きな石では無い。掌で包めるくらいの大きさの石が三個、鳥かごのような金属製の籠の中に浮かんでいる。
鑑定石を一つ取り出して、一番最初に出て来たパリスに渡す。
「両手で身の内に巡る魔力の流れを捕まえる」
パリスは頷くと両手で鑑定石を包んで目を瞑った。
二つ目の石をカルンに渡す。彼も同じように両手で包んでパリスの隣に並んだ。
身の内にある魔力の流れが捕まえられれば、石は反応する。どんな反応かは、感じられた魔力の識別や属性によって違う。
二人に変化は見えない。最初から出来る者は少ない。それ故に鍛錬が必要なのだ。
「シュゼット。次は君だ」
席から立ったシュゼットは、緊張した顔で傍まで来ると、
手を出すのを一瞬躊躇したように見えた。光の識別者の反応が、どんなものか判らない不安だろう。
そうだろう。その変化を見た者は100年以上いないのだから。
掌に置いたまま、鑑定石をじっと見つめているシュゼットに声を掛ける。
「不安があるだろうが、何が起きても私がいる」
鑑定石を載せた手に、そっと手を添える。少し指先が冷たく感じるのは気のせいか?
「やってみなさい」
両手で石を包ませると、その上から自分の手を重ねる。彼女の手を通じて鑑定石に自分の魔力を触媒として流す。希少な光の魔力が呼び出せるように。
「「あぁ!」」
見ていたパリスとカルンが、驚いたように口を開けている。
光の雫が、両手から滴り落ちている。シュゼットの両手を包む自分の手の隙間から、小さな光が雫のように零れている。床に落ちる直前にその光は滲むように溶けて消えた。
「えっ? えっ?」
当のシュゼットもどうしたら良いか判らず、困惑した表情で自分を見上げている。
初めて見る光の識別者の魔力。金色にも虹色にも見える淡い光の雫。溢れてくる温かさ。
「これが、光の魔力?」
そう言うとシュゼットの身体がゆらりと傾いだ。
思わず腕を伸ばして身体を支えると、彼女の身体は脱力したように凭れ掛かって来た。
「シュゼット?」
「「お姉様!!」」
パリスとカルンも慌てて近寄って来たが、片手でそれを制した。
シュゼットがぐったりと意識を無くして、自分の胸に凭れ掛かって来た。そして、握っていた鑑定石が小さな欠片になってその手からパラパラと零れ落ちた。
「シュゼット? 大丈夫か?」
シュゼットを横抱きして、長椅子の上にそっと寝かせた。しかし、その瞳は閉ざされ、ピクリとも動かない。
「パリス、カルン。フェリックスに言って、レイシルを直ぐに呼ぶように言ってくれ。それからエーリックをここに呼んでくれ」
双子達は大きく頷くと、教室を走って出て行った。フェリックスもエーリックも高等部の魔法術の授業に出ているはずだ。
「何が起きた? シュゼット? 目を開けてくれ!」
『不安があるだろうが、何が起きても私がいる』
そう言ったのに。そう自分は言ったのに。この有様だ。何が起きたのだ!?
「もし、このまま彼女が目を覚まさなかったら……」
口に出して、背中がゾワリと冷えた。
血の気の失せた頬に手を滑らせる。温かさは感じる。でも、目を覚まさない。
「シュゼット。目を覚ましてくれ」
冷たい長椅子の上から彼女の身体を引き上げると、そっと胸に抱きしめた。
木曜日、クラスの授業は5時限まで。6時限目は自由活動になっている。ある者は剣術の稽古、ある者はダンスの練習、そしてある者は、
「「さあ、魔法術の授業に行きましょう!」」
そう、魔法術の授業も行われる。
「元気な双子だね。シュゼットオ・ネ・エ・サ・マ・?」
高等部の白のクラス。高位貴族の他、コレールとダリナスの王族迄が集うため、気軽に迎えに来る者など見かけることは無い。無いのだが……
「エーリック殿下! 揶揄うのは止めて下さいな。もう!」
ぷうっと頬を膨らませて、シュゼットがこちらを見た。
うん。ふくれっ面も可愛い。思わず頬を突っつきたくなるが、そこをグッと堪えた。
偉いぞ。私。
「膨れてる。マシュマロ菓子だ」
セドリックが、ツンとシュゼットの頬を突っついた。
「!?」
おい! おい! おい! 何だお前!? キャラ変わり過ぎじゃないか?
「もう! お二人とも揶揄うのは止めて下さい!! じゃあ、行ってきますわ。カテリーナ様、失礼致しますね」
笑顔でシュゼットを送り出す。
出入り口の扉の前では、双子の王子達に兄であるフェリックス殿が何か話している。双子の王子達は、背の高い兄王子の腕にじゃれついている。
銀色の緩い巻き毛がフワフワしている、よく似た銀色の子猫。兄のフェリックス殿がストレートの銀髪なので兄弟と言っても随分とイメージが違って見えた。
シュゼットが近くまで来ると、双子王子達は飛びつくように彼女に近づいた。本当に猫の様だ。飼い主にデレる猫。嬉しそうに、楽しそうに、にゃおにゃおとシュゼットに話しかけている。それに笑顔で応えている彼女。
そして……
その様子を、穏やかな笑顔で見ているフェリックス殿。時折、何か言っているようで、子猫二匹とシュゼットの目線が彼の方を向く。
で、クスクスとお互いの顔を見合わせて、笑い合っている?
「オカシイデスネ。明らかに変わりましたよね?」
同じようにシュゼットの姿を、目で追っていたセドリックが呟いた。さすがに気が付いたのだろう。
気のせいか数日前から、フェリックス殿の態度が変わった。今までシュゼットの行動範囲には近づかなかったし、視野の範囲にも敢あえて、入らないようにしていたと思うが。
「そうだな。今、私達が見ているのは幻か? それにシュゼットも態度が違う。多少のぎこちなさはあるが、今までのような拒絶感が無い?」
「で・す・よ・ねー?」
ほぼほぼ空気を読まないセドリックにも判るようだ。イヤ違うな。意外にセドリックは、変な空気には鋭かった。やっぱり気が付いていたのか。
腑に落ちない。何とも腑に落ちない。そんなことを言っている間に、シュゼットは子猫二匹に連れられて教室を出て行った。出て行く前に私達の方をチラッと見て、にっこり微笑んで軽く手を振ってー。
手を振るタイミングを逃した私とセドリックに代わって、カテリーナが両手を振って三人を送り出した。
「……」
「……」
カテリーナが振り向いた。アーモンド形の大きな目が、若干吊り上がっていないか?
「ちょっと!! エーリックもセドリックもヘタレてる場合じゃなくってよ! 何で今日が、フェリックス様の番になっているの!?」
ああ。カテリーナも気付いている。
これは、ちょっと。イヤ、かなり不味い? んじゃないか?
王立学院の中等部は5時限で授業が終わる。
但し、魔法術の識別者だけは、毎週木曜日に特別授業が行われる。今日は先日行われた鑑定式で、識別判定がされた3人の導入教育の授業になっていた。
新たに識別されたのは3人。コレール王国のパリス第二王子、カルン第三王子。そして同じくコレール王国の公爵令嬢のシュゼット。3人は貴重な鑑定、錬金、光といった希少3種の識別保持者だった。
放課後になった中等部教室棟の一番端、魔法術専用の教室に向かう。
「「ハート先生、さようなら~!」」
通り過ぎる女生徒たちが挨拶をしていく。
「気を付けて帰りなさい」
静かに声を掛けて見送る。キャラキャラと笑いながら廊下を走っていく、その姿はまだまだ子供だ。転ばなければ良いが、とそっと案じた。
魔法術教室の扉は、通常の教室と違って鍵が掛かっている。貴重な書物や器具などがあるからだ。錠前替わりのプレートに掌を合わせる。鑑定石を特殊加工したプレートが虹色から白色に変わった。シルヴァの魔法術を識別すると、扉が開錠された。
「さあ、入りなさい」
教室の前で待っていた3人に声を掛けると、大きく扉を開いた。
これから初めての魔法術の授業が始まる。
導入教育は、鑑定式の後最初に受ける授業だ。今まで、魔法術と関わりなく生活してきた訳だが、これからは自分の識別に合った魔法術を使えるようにしていく。魔法術があっても、引き出して展開しなければ使うことは出来ない。
授業では、内に秘められた魔力を引き出して、術式として展開させる方法を学ぶ。
導入教育では、まず身の内にある魔力を認識し、高めて増幅させる。そして身の外に光ちからとして実現させる。魔法術の展開はそれが出来なければ始まらない。しかし、それが出来るまでにも、結構な時間も掛かる。
レイシルのように指先一つ、視線を向けただけで、多くの属性を兼ねた複式の、魔法術展開が出来る人間などそうそういない。いや、あのレベルは近隣諸国を探してもいない。まあ、レイシル程でなくてもそれに近く魔法術を扱える人間は数名いる。かく言う自分と、エーリックだ。
「それでは、実践を行おう。鑑定石の前に一人づつ出て」
鑑定式で使用された大きな石では無い。掌で包めるくらいの大きさの石が三個、鳥かごのような金属製の籠の中に浮かんでいる。
鑑定石を一つ取り出して、一番最初に出て来たパリスに渡す。
「両手で身の内に巡る魔力の流れを捕まえる」
パリスは頷くと両手で鑑定石を包んで目を瞑った。
二つ目の石をカルンに渡す。彼も同じように両手で包んでパリスの隣に並んだ。
身の内にある魔力の流れが捕まえられれば、石は反応する。どんな反応かは、感じられた魔力の識別や属性によって違う。
二人に変化は見えない。最初から出来る者は少ない。それ故に鍛錬が必要なのだ。
「シュゼット。次は君だ」
席から立ったシュゼットは、緊張した顔で傍まで来ると、
手を出すのを一瞬躊躇したように見えた。光の識別者の反応が、どんなものか判らない不安だろう。
そうだろう。その変化を見た者は100年以上いないのだから。
掌に置いたまま、鑑定石をじっと見つめているシュゼットに声を掛ける。
「不安があるだろうが、何が起きても私がいる」
鑑定石を載せた手に、そっと手を添える。少し指先が冷たく感じるのは気のせいか?
「やってみなさい」
両手で石を包ませると、その上から自分の手を重ねる。彼女の手を通じて鑑定石に自分の魔力を触媒として流す。希少な光の魔力が呼び出せるように。
「「あぁ!」」
見ていたパリスとカルンが、驚いたように口を開けている。
光の雫が、両手から滴り落ちている。シュゼットの両手を包む自分の手の隙間から、小さな光が雫のように零れている。床に落ちる直前にその光は滲むように溶けて消えた。
「えっ? えっ?」
当のシュゼットもどうしたら良いか判らず、困惑した表情で自分を見上げている。
初めて見る光の識別者の魔力。金色にも虹色にも見える淡い光の雫。溢れてくる温かさ。
「これが、光の魔力?」
そう言うとシュゼットの身体がゆらりと傾いだ。
思わず腕を伸ばして身体を支えると、彼女の身体は脱力したように凭れ掛かって来た。
「シュゼット?」
「「お姉様!!」」
パリスとカルンも慌てて近寄って来たが、片手でそれを制した。
シュゼットがぐったりと意識を無くして、自分の胸に凭れ掛かって来た。そして、握っていた鑑定石が小さな欠片になってその手からパラパラと零れ落ちた。
「シュゼット? 大丈夫か?」
シュゼットを横抱きして、長椅子の上にそっと寝かせた。しかし、その瞳は閉ざされ、ピクリとも動かない。
「パリス、カルン。フェリックスに言って、レイシルを直ぐに呼ぶように言ってくれ。それからエーリックをここに呼んでくれ」
双子達は大きく頷くと、教室を走って出て行った。フェリックスもエーリックも高等部の魔法術の授業に出ているはずだ。
「何が起きた? シュゼット? 目を開けてくれ!」
『不安があるだろうが、何が起きても私がいる』
そう言ったのに。そう自分は言ったのに。この有様だ。何が起きたのだ!?
「もし、このまま彼女が目を覚まさなかったら……」
口に出して、背中がゾワリと冷えた。
血の気の失せた頬に手を滑らせる。温かさは感じる。でも、目を覚まさない。
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