【更新中】悪役令嬢は天使の皮を被ってます!! -5年前「白パンダ」と私を嗤った皆様に今度は天使の姿でリベンジします! 覚悟は宜しくて?-

薪乃めのう

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73. サルベージ -2-

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 魔法科学省の医術院は、5階建ての瀟洒な白い建物だ。

 昨日来た時と何も変わらないように見えるが、シュゼットが眠る最上階には結界魔法が施されているはずだ。
 小さな馬車が玄関横の馬車停めにある。グリーンフィールド公爵家から、シュゼットの世話係が到着しているらしい。公爵夫妻も見舞いに訪れたと聞いているが、すでに夫妻用の馬車は無かった。

『彼女に悪意を持っている人間は、入れないようにしました。その度合いによっては、吹き飛ばされるかもしれません。師長が嬉しそうに重ね掛けをしていましたから。一応釘は差しましたが、どの程度に抑えたかは判りません』

 カイル副師長から水魔法の通信があった。結界魔法は良い。鑑定とw錬金による結界魔法が掛かっているならまずは安心だ。結界を通る判定基準が、レイシルの鑑定によるシュゼットへの悪意ならば万全だと思われる。そこは、心配していなかった。

 しかし、

『レイシル師長のサルベージが……』







「あの、馬鹿が!」

 医術院の正面玄関の前に立つと、シルヴァは最上階を見上げて呟いた。

「? 叔父上? 何かおっしゃいましたか?」

 隣に立つエーリックには、シュゼットの状況を掻い摘んで話してある。優和な表情でいるが、こんな顔の時こそ彼が怒っていることをシルヴァは知っている。この甥っ子は、表情に感情を出さないという特技に長けている。そして、その涼やかな顔に見合わない激しさを持っていることを。

「とにかく行こう。我々が結界に阻まれる事は無いと思うが、念のため注意をしよう」

 エーリックの肩に手を掛け玄関に入る。カイルが移動魔法陣のある小部屋に案内してくれた。各階にある担架が入れられる程度の、窓も何も無い円形の小部屋だ。木の床には所々石が埋め込まれているように見える。鑑定石なのかもしれない。


「5階まで一気に移動します」

 カイルの杖によって、床の石に魔法陣がなぞられたように見えた。白い光の粒子が陣を紡いだように光った。

「うっ」

 エーリックの髪が、ふわりと浮き上がった。


「着きました。エーリック殿下、大丈夫ですか?」

 多分、結界を超えた時の違和感のことを尋ねられたのだと思った。

「大丈夫。でも、なかなかこの感覚には慣れないですね」

 にっこりと微笑むエーリックに、カイルは安堵したように頷いた。他人の掛けた魔法術の結界や、術の干渉を抜けるには訓練と経験が必要になる。流石のエーリックもそこまでの力はまだ無かった。

「あちらの病室が、シュゼット嬢の病室です。レイシル師長も中にいるはずです」

 小部屋の扉を開けたカイルが、言い終わらない内にシルヴァが飛び出した。

「あっ!? お、叔父上?」

 後を追うエーリックとカイルがシルヴァが飛び込んだ病室に続く。





 バシッ!!





 大きく音がした。




「お、叔父上……」「師長……」

 病室に飛び込んだシルヴァが、レイシルの頬を打った音だった。

「貴様! あれほど言ったのに。彼女を傷つける事はするなと言ったはずだ!!」
「「「……」」」

 打たれた頬に手を当て、レイシルはそのグリーントルマリンの瞳を大きく見開いていた。カイルもエーリックも、対峙するように立っているレイシルとシルヴァに声を掛けることも出来ずに扉の前で立ち竦んだ。
 二人とも普段は比較的親しい関係だと思っていた。無茶をしがちなレイシルに、落ち着いて口数の少ないシルヴァが時には友人、時には兄の様に接していたのを見ていたからだ。

「何か、言うことはあるのか」

 シルヴァはそう言うと腕を組み、レイシルを見据えている。

「……済まない。俺の落度だ……」

 打たれて赤くなった頬が痛々しい。しかし、この場にいた者は、誰もそれに構うことは無かった。

「そうですね。叔父上がしなければ、私がヤッてました。叔父上? よく一発で我慢しましたね」

 エーリックが底冷えがするような笑顔で言い放つ。

「ボッコボコにしましたよ。

 カイルは思わず心の中でガッツポーズをした。ダリナスの王族である彼ら以外、この上司にこんなことが出来る者も、言える者もいないからだ。日頃のストレスが昇華されたように感じた。

(よくぞ言って下さいました! そして、出来ればシュゼット嬢の分としてもう一発)

 可憐な眠り姫を、更なる深淵に落とし込ませた報いを受けるよう願った。

「これは、シュゼットの分だ!」





 ゴンッ!!





 シルヴァの拳がレイシルの頭に落とされた。拳骨げんこつという奴だ。良い音がした。多分、人生初のゲンコツを食らったのだろう。

「っつう~」

 レイシルが思わず蹲うずくって、頭を抱えた。確かにあれは痛かったと思う。

(ナイスです!! シルヴァ様!!)

 一部始終を見ながら、カイルのストレスゲージが一気に低くなった。

「そろそろシュゼットの状況を教えて下さい。これからどうするのか考えるのでしょう? その為に集まったのですから」

 一番年下のエーリックが冷静に声を掛ける。彼は寝台の方に眼を向けると、心配そうに眉根を寄せた。
 そうだ。深淵に沈んだシュゼットの意識をサルベージするには、作戦を立てなければいけない。無暗に引き上げようとすれば、レイシルの二の舞になってしまう。かと言って、長くこの状況が続けば身体の衰弱が心配だ。意識より身体が先に駄目になる。



「レイシル、お前が行ったサルベージを話せ」



 諦めたように頷くレイシルを、カイルが急かすように隣室に引っ張って行く。エーリックが後ろ髪を引かれる様にシュゼットの眠る寝台に眼を向けた。

「待っていて、シュゼット」

 小さな声で呟いた。













 病室の奥に設しつらえてある洗面所から、洗面器を持ったマリが姿を現した。シュゼットの世話をする為、許可が出てすぐに病室を訪れていたのだ。

 公爵夫妻も一緒に来たが、眠っているような娘の姿に、夫人は倒れそうな顔で泣いていた。流石に公爵は毅然とした態度でいたが、自分達に出来る事が無いと理解すると、邪魔になるからと夫人を伴って帰って行った。くれぐれも娘を頼むと。出来る限りの協力をするから、何でも言ってくれと潤んだ目で訴えていた。







「お嬢様、シルヴァ様がレイシル様を殴りましたよ。結構良い音がしましたわ。それから、拳骨一発。手を上げるタイプには見えませんでしたけど、お嬢様の為ですわね。意外と良い奴なのかもしれませんわ? 聞こえていますか? シュゼットお嬢様」



 洗面器の湯に柔らかな布を浸して、キュッと絞る。熱さを確かめて眠るシュゼットの顔を優しく拭った。

「お嬢様、皆さんお嬢様の事を大事に思っているのですよ。 早く目を覚まして下さいな? 私達に、病床の令嬢と看病する侍女のバリエーションは無かったはずですよ?」

 マリは、制服のままだったシュゼットの身体を清めて、柔らかな寝間着に着替えをさせた。するとタイミングを計ったように扉がノックされた。

(どこかに覗き穴でもあるのかしら?)

 誰じゃい? と思いつつ返事を返した。





「……シルヴァ様」
「……君か」

 黄身か。ってナニ? 私は卵か? という突っ込みは置いておく。
 仮にも隣国の王族だし、仮にも高名な魔術師だし、お嬢様を目覚めさせるための要人だし。

 それに、レイシル様を殴ってくれたし。

「はい。私がお嬢様のお世話を致します。全身全霊を掛けて、お守りしますので。ご安心くださいませ」

 にっこり笑顔で、但しまだ100%信用していない。だって、コイツは酔っ払って眠ってしまったお嬢様に……この、不埒者め! さっきのレイシル様を殴った事で、ようやく評価ゲージがゼロになった位だ。いや、まだマイナスか?

「……こんなことになって済まない。私達は隣の部屋にいる。何かあったらすぐ知らせてくれ。それから、強力な結界魔法が掛かっているから、この階層には彼女に害成す者は、入れないはずだ。しかし、万が一ということもあるから、用心はして欲しい」
「承知致しました」

 真剣な表情のシルヴァに、マリも真剣に答える。

「君にも迷惑を掛けるが、宜しく頼む」

 そう言うと、シュゼットの眠る寝台に近づいた。眠っている彼女の顔を眺めると、ためらいがちに手が伸ばされた。が、その手はシュゼットに触れることなく降ろされた。

 マリが見たのは、思い詰めた様なシルヴァの黒い瞳だった。確か、シュゼットが倒れたのは彼の授業中だったと聞いている。責任を感じているのだろう。何と言っても王国の至宝となるべき、光の識別者なのだから。

(でも、それだけでは無い様な感じですけど……)

 暫くシュゼットの顔を見ていたシルヴァが、我に返ったように踵を返した。

「それでは、我々は隣にいる。何かあればで呼べばいい。直ぐに判るから」

 そう言って、自らの指から指輪を外してマリの掌に載せた。



は?」
「私の識別章の指輪だ。何かあればそれを握り締めて念を伝えてくれ。私のこれに連動するから、直ぐに駆け付けられる」

 そう言って、長い髪をさらりと分けて耳にあるピアスを見せた。中央の黒曜石の周りを小さな鑑定石で囲んでいる、凝った造りのピアスだった。


(識別章って大切な物で、絶対他人に預ける物では無かったはず……)

 掌にシルヴァの指輪が残った。マリは首に掛けていたネックレスにそれを通すと服の下に隠した。

「お嬢様。シルヴァ様はお嬢様の事を、どう思っていらっしゃるんでしょうね?」

 マリはベッドの脇に腰を掛けると、シュゼットの髪を直しながらそう声を掛けた。

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