【更新中】悪役令嬢は天使の皮を被ってます!! -5年前「白パンダ」と私を嗤った皆様に今度は天使の姿でリベンジします! 覚悟は宜しくて?-

薪乃めのう

文字の大きさ
85 / 121

84. 彼らの夜

しおりを挟む
 もう眠ったろうか……

 医術院からエーリックを大使館邸に送り届け、漸ようやくシルヴァは自分の屋敷に帰って来た。
 湯浴みをして、一息吐くとシルヴァは窓辺に置いてあった椅子に腰を下ろし、琥珀色に揺らぐグラスを煽った。
 強張っていた肩の力が抜けて、とろりとした甘さと苦みに頭の芯がじんわりと温かくなる。

 たった数日しか経っていないのに、想定外の事が起こり過ぎた。
 事の起こりは魔法術の導入教育の授業から始まった。魔力の引き出しの最中に、シュゼットが気を失って意識不明になった。それから、レイシルを呼んで……グリーンフィールド公爵夫妻に説明に行った。

 それから……

 医術院で文献の調査をしていたはずが、セドリックの転落事故により急遽サルベージを行う事になった。

「セドリックのお陰と言うべきか……」

 くるりとグラスを回して中に入った氷を眺めた。フッと口の端が持ち上がった。

「まさか、魔力の無いセドリックが、彼女を引き上げる一番の原動力になるとはな」

 皮肉な事だ。あの場所には、コレールとダリナス両国でも力のある魔法術士が4人もいたのに。それなのに、最深部から浮上させたのはセドリックだったらしい。自分達には感じることが出来なかった、セドリックの

 シュゼットが言うには、温かい赤い糸。それが落ちて来て彼女を包み込んで浮上したという。そして、はっきりと聞こえたらしいセドリックの声。

 一番欲しい言葉。それをセドリックが彼女に言ったという。







 無垢な心が彼女を救ったのか。


 それこそが、光の魔力に値する力ではないのか。

「……」

 グラスの底に残った酒を飲み干すと、傍にあった美しいカットガラスの瓶から継ぎ足しをした。普段なら寝酒は一杯で十分だったが、今夜はそうはいかなかった。

 セドリックが大怪我を負ったのは、コレール王国の財務大臣の娘を庇ったせいだ。本来なら、そこにいるはずのない二人が出会った事で事故は起きてしまった。

 シュゼットの病室があった5階のフロア―には、レイシルの容赦ない結界魔法が張られていた。それも、鑑定と錬金、魔法科学省の師長と副師長による厳重な重ね掛けが施されていたのだ。

 結界のキーワードはシュゼットにだ。意識の無い彼女に悪意を持っている人間は近づけない様にしていた。

 なのに、結界に弾かれたのは、クラスメイトの少女だった。
 少女は、シュゼットと同じ婚約者候補の一人だと聞いている。シュゼットやカテリーナ、他の候補者もそれぞれに華やかな見た目の高位貴族だが、その5人の中では珍しいタイプだった。悪意を持ってシュゼットに近づくなど考えられなかったが。

「見た目では判らないという事か。しかし、レイシルや陛下はどうするつもりだ。セドリックの怪我をどう責任取る? あれでもダリナスの外交大使で公爵家の跡取りだ」

 グラスの中の氷がカランと音を立てた。
 この事故を使うか。

「セドリックとはえらい違いだな。アイツが起きたら泣かれそうだ。いや、その前にエーリックに殴られるかもしれないな……」

 無垢なモノからどんどん遠ざかる。だから、清らかな光が欲しくなるのか。そう思うと溜息が出た。





 シルヴァは誰にも聞こえない声で呟く。

「どうか、今夜は安らかに眠れ……」

 そう言うと、グラスの残りを一気に煽った。
















 エーリックがシルヴァに大使館邸まで送って貰うと、深夜にも関わらず官邸は煌々と明かりが灯っていた。セドリックの両親である、マラカイト公爵夫妻が走り寄る様に二人を出迎えた。
 心配するマラカイト公爵夫妻には、シルヴァからセドリックの容態が説明され、治療は問題無く終わった事と、それでも落ち着きはしたが絶対安静であることが告げられた。

「ご心配をお掛けいたします。エーリック殿下……」

 アッシュブロンドの髪とアイスブルーの瞳が、公爵譲りである事が良く判る。セドリックの色素は父親である公爵からだが、目元の黒子は母親である夫人と同じ位置にあった。流石に二人とも疲れた表情で、夫人の方は泣きはらした真っ赤な目をしていた。

「今は眠らせてやろう。セドはきっと治る。治して見せる。貴方達が倒れたら、私がセドに叱られる。私の両親に何て事を言ったのですか!? って。さあ、もう休んでくれ。そして明日また面会に行こう」

 そう言うとエーリックは、夫妻の両手を握った。同じ者を心配する同志、心は同じ様に痛み疼いているから。せめて、少しでも和らぐようにと思う。

「セドの回復を祈ろう……」

 部屋で一人きりになると、エーリックは着替えることも無くベッドに突っ伏した。すべすべしたシーツが毛羽だった心をほんの少し癒してくれた。

 目の奥に浮かぶのは、血色に染まったセドリックのアッシュブロンドの髪。蒼白い顔に跳ねたように散った血の雫。生気を感じない不自然に曲がった腕と足……



 そして、もう一つ。



 天使の祝福を受ける、セドリックの姿。伏せられた左目の瞼に、シュゼットがキスをした。

「初めて見た」

 口に出してみると、思いのほか気分がざわついた。
 いや、傷ついた。

 結局、シュゼットのサルベージはセドリックがキーマンになった。彼がいなかったら成功しなかったかもしれない。意識の無いセドリックは、シュゼットを引き上げる赤い糸になって、彼女が欲しい言葉を言ったという。

 自分もその場所にいたのに。サルベージを行うという強い意志を以て望んでいたはずなのに。
 自分とシュゼットの関係は、意識を失っているセドリックよりも希薄なんだろうか?


「シュゼットは、セドリックの事が……」

 そこまで言って、エーリックは口を噤んだ。
 全部言ってしまえば、その通りになりそうな気がしたからだった。

















 レイシルは王宮の廊下を足早に歩いていた。

 フェリックスと共に王宮に帰って来ると、深夜にも関わらず国王との謁見を申し込んだ。本来ならば考えられないが、今回は特別だった。

「レイ叔父上、私もご一緒致します」

 前を歩くレイシルが、静かに振り返ってフェリックスを見た。

「……そうだな。関係者は皆、お前のクラスメイトだ。それにローナについては、お前にも聞きたい事があるしな」

 レイシルはそう言ってフェリックスの肩を引き寄せた。仮にも、自分の婚約者候補の一人が引き起こした事故。その理由に、自分が関係しているとなれば事は重大だ。

「セドリック殿は……大丈夫かな……もし、もしも元通りにならないなんて事になったら……」

 セドリックにもしものことがあれば、大変な事になる。ダリナスのマラカイト公爵家にも、エーリックにも、カテリーナにも、シルヴァにも……謝っても謝りきれない。

 当然、シュゼットにも。
 自分を引き上げてくれたセドリックに、彼女は友情以上の気持ちを持ったのではないのか?

 ……だとしたら、一生恨まれるだろう。今までの5年間の比では無い。

「大丈夫だ。きっと……良くなる。必ず直す。コレール全ての力を以て対処しよう」

 そこまで言って、レイシルは口を噤んだ。ここから先はフェリックスには酷だと思ったからだ。




 大きな借りをダリナスに作ってしまった。
 多分、フェリックスも感じているはずだ。口に出さないだけで。

 王の執務室で、主が来るのを待った。暫くすると王が夜着にガウンを羽織っただけの姿を現した。そして、黙ったまま頷くと奥の小部屋の扉を開けた。
 王に続き、王弟と第一王子が部屋に吸い込まれた。



 そして三人が部屋から出て来たのは、薄っすらと辺りが明るくなり始めた頃だった。



 ……いつもとは違う朝が始まった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は今夜を持って破棄させて貰おう!』  学園卒業祝いの夜会の場に、凛と響いた王太子殿下の一声。  その瞬間、私は全てを思い出した。  私が前世ではただの手芸とゲームが好きなインドア派女子大生だったこと。そして、ゲーム世界に転生して尚も趣味は変わらず、ライバルキャラですらないモブになってしまっていたことを。  幼い頃に一度出会ったきりの初恋の彼と学園で再会出来たらなぁ、なんて淡い期待を抱いて通っていたのに、道理で卒業式までなんにも起きなかったわけだ。  ーーなんて、ひとり納得していたら。  何故だが私が悪役令嬢の断罪イベントの目撃者として名指しされ、一気に渦中の人物に!?  更に、王太子以外の男性陣は皆様悪役令嬢に骨抜き。なので自然と私には、彼女の潔白に繋がる証言が求められる。  しかしながら、私は肝心の事件の日の記憶が訳あって曖昧だったので、致し方なく記憶を呼び覚ます治療を受けさせられる羽目に。  タイムリミットは1年間。  その1年間の私への護衛につけられたのは、悪役令嬢に心奪われた初恋の彼でした。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...