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92. 二人の目覚め
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草原の海からの帰り道、バシリスの背に揺られながら私は色々と考えていました。
自分の知らなかった光の識別者の事。多くを明らかにされていないその魔法術は、100年経った今でもこの地に影響を及ぼしていました……
その力は想像していたよりも、ずっとずっと大きなモノでした。
戦の炎を一掃したという魔法術は、あの広大な土地を草原に還し、100年間変わらぬ姿を保っていました。
まるで、変わることを是としない強い意志を持っているかのよう。それほどの力を持っていた先代の光の識別者は、どのような方だったのでしょうか……
死してなお、その魔力であの地を守っている。
私もそうなることが出来るのでしょうか。
瀕死の王太子を救った力とは、どうすれば身に着くのでしょうか。
負の気持ちを持った私が、光の識別者等と呼ばれるに値する力を得るには……
どの位時間が掛かるのでしょうか。
白い貌、白い包帯、血の滲んだ頬や額。冷たい指先に、堅く閉じられた瞳。
セドリック様の姿を思い浮かべれば、胸がズキンと疼いて涙が出そうになります。
癒しの力で身体を直す事が出来るのは、光の魔術が展開できる真の光の識別者でしょう。
セドリック様が治るのならば、治せるのならば、今すぐ力を使いたい!!
今すぐに、使える様になりたい!!
その為には、私が光の識別者にならなくてはいけない事など、最初から判っていました。
でも、負の気持ちをコントロールしなければいけない。それはどうするのでしょうか。私の中の何かを失くさなければいけないのでしょうか。
私は変わってしまうのでしょうか。
疑問で一杯になった私は、深呼吸をして前を見ます。レイシル様なら答えて下さるのでしょうか? それともシルヴァ様なら判るのでしょうか?
お二人さえも会ったことが無い人になる……怖い気持ちが無い訳ではありません。
でも、それでも、変わらない気持ちがあります。
セドリック様を救いたい。それだけは、はっきりと言えるのです。
「お帰り」
セドリック様の病室に戻ると、レイシル様とカイル様がいらっしゃいました。テーブルに沢山の書物を持ち込んで研究に余念がありません。
「ただいま戻りました」
「レイシル様、セドリック様のご様子は如何ですか?」
エーリック殿下と私は静かにご挨拶をすると、セドリック様の容態を聞きます。そろそろお昼になりますから、お医者様がおっしゃった麻酔薬の切れる頃ですけど。
「まだ起きる気配は無いな。医師も診察では変化は無いと言っていた。でも、呼吸も脈も安定しているし、熱は傷の状態からもう少し続くと言っていた」
私はセドリック様の顔が、少しだけ見える左側に周り込みました。呼吸は穏やかですけど、朝よりも顔が赤いように見えました。首筋を触ると、確かに熱が高くなっているようです。
「熱が出ているのは、身体が治そうとしているからだと医師は言っていました。ただ余りにも熱が高くなると危険な事もあるので、コレで解熱します」
そう言ってカイル様が、掌に載る大きさのクッション? の様なモノを幾つも箱から出してきました。
「これは?」
「魔法術で作った、冷却袋です。これを首筋や脇の下に挟んで熱を冷まします」
ぽとりと私の掌に置いて下さりました。
「冷たい。ですわ」
魔法には、こんなモノを作り出す力があるのですね。一般に出回っている冷却袋は水が入っているのですが、これは柔らかいのに冷たい、不思議な感触がします。
「これも、魔法術の産物なのですね? 氷の識別魔法でしょうか?」
カイル様は頷くと、冷却袋を箱ごと寝台の傍に控えていた看護師に渡しました。彼女はテキパキとセドリック様の身体に当てると、腕に刺さっていた薬液の針を抜いて部屋から出て行きました。昼の治療が一区切りついたところでしょう。
「気分転換になった?」
セドリック様を挟んで向こう側に立つレイシル様。穏やかなその顔は、まるで草原での事も私の頭の中の事も全てお見通しの様な感じです。
「はい。レイシル様、時間を頂いてありがとうございました。エーリック殿下も感謝致します。大切なお話を伺えましたもの」
そう。と頷いたレイシル様。じっと私を見詰めるグリーントルマリンの静かな瞳。
ああ、確かにこの方は、魔法科学省の師長で、神官長で、何よりこの国の誰よりも魔法術を理解されている識別者なのです。
「レイシル様」
私はまっすぐレイシル様の視線を受け止めます。
「セドリック様を治す力が欲しいのです」
はっきりと伝えます。そして、隠すことの無い本心も言葉にしました。
「今、それしか考えられない私が、光の識別者になれるのでしょうか?」
もう一言伝えなければ。
「レイシル様。私は、光の識別者に」
「……めだ……」
「!?」
私とレイシル様の間から、掠れた小さな声が聞こえました。
「セ、セドリックさ、ま?」
僅かに見える顔に眼を向けます。薄っすらと、本当に薄っすらと開いたアイスブルーの瞳。
「シュゼ……駄目……だ。ひかり……者……なる……駄目だ」
掠れた声が、振り絞る様に伝えてきます。微かに震えるその声は、私に向かって発せられています。だって、うつろな輝きの瞳は、確かに私を見詰めていますもの!!
見開いた私の目から、涙がぶわっと一気に溢れ出ました。止められない勢いで頬を伝います。
「セドリック様! しゃべらないで下さい。ああ! 気が付かれたのですね?」
私の声に、エーリック殿下が寝台に駆け寄って来られ、カイル様は医師様を呼びに部屋を飛び出して行きました。
「セドリック! 気が付いたのか?」
エーリック殿下が私の後ろから、セドリック様の視界に入って声を掛けます。セドリック様が、震える様に僅かに瞬きをし、問いかけに返事をした様に見えました。
「良かった……セド……気が付いた……」
エーリック殿下が安堵した様に呟きました。
「……シュ、ゼ……」
小さく聞こえるセドリック様が、私の名を呼んだように聞こえました。彼の言葉を聞き取ろうと、思わず私はセドリック様に近づきました。
「シュゼット……光の……識別者……にならなくていい。なっては……駄目だ……」
「セドリック様?」
小さな声ですが、はっきりと聞こえました。
「皆さん! 場所を開けて下さい!!」
駆け込んできた医師様達に、寝台周りから追い立てられると、忙しく動き回るその様子を茫然と見ていました。
頬を伝い流れる涙が、ぽたぽたと床に落ちています。
『シュゼット。光の識別者にならなくて良い。なっては駄目だ』
セドリック様は、確かにそう言ったのです。
自分の知らなかった光の識別者の事。多くを明らかにされていないその魔法術は、100年経った今でもこの地に影響を及ぼしていました……
その力は想像していたよりも、ずっとずっと大きなモノでした。
戦の炎を一掃したという魔法術は、あの広大な土地を草原に還し、100年間変わらぬ姿を保っていました。
まるで、変わることを是としない強い意志を持っているかのよう。それほどの力を持っていた先代の光の識別者は、どのような方だったのでしょうか……
死してなお、その魔力であの地を守っている。
私もそうなることが出来るのでしょうか。
瀕死の王太子を救った力とは、どうすれば身に着くのでしょうか。
負の気持ちを持った私が、光の識別者等と呼ばれるに値する力を得るには……
どの位時間が掛かるのでしょうか。
白い貌、白い包帯、血の滲んだ頬や額。冷たい指先に、堅く閉じられた瞳。
セドリック様の姿を思い浮かべれば、胸がズキンと疼いて涙が出そうになります。
癒しの力で身体を直す事が出来るのは、光の魔術が展開できる真の光の識別者でしょう。
セドリック様が治るのならば、治せるのならば、今すぐ力を使いたい!!
今すぐに、使える様になりたい!!
その為には、私が光の識別者にならなくてはいけない事など、最初から判っていました。
でも、負の気持ちをコントロールしなければいけない。それはどうするのでしょうか。私の中の何かを失くさなければいけないのでしょうか。
私は変わってしまうのでしょうか。
疑問で一杯になった私は、深呼吸をして前を見ます。レイシル様なら答えて下さるのでしょうか? それともシルヴァ様なら判るのでしょうか?
お二人さえも会ったことが無い人になる……怖い気持ちが無い訳ではありません。
でも、それでも、変わらない気持ちがあります。
セドリック様を救いたい。それだけは、はっきりと言えるのです。
「お帰り」
セドリック様の病室に戻ると、レイシル様とカイル様がいらっしゃいました。テーブルに沢山の書物を持ち込んで研究に余念がありません。
「ただいま戻りました」
「レイシル様、セドリック様のご様子は如何ですか?」
エーリック殿下と私は静かにご挨拶をすると、セドリック様の容態を聞きます。そろそろお昼になりますから、お医者様がおっしゃった麻酔薬の切れる頃ですけど。
「まだ起きる気配は無いな。医師も診察では変化は無いと言っていた。でも、呼吸も脈も安定しているし、熱は傷の状態からもう少し続くと言っていた」
私はセドリック様の顔が、少しだけ見える左側に周り込みました。呼吸は穏やかですけど、朝よりも顔が赤いように見えました。首筋を触ると、確かに熱が高くなっているようです。
「熱が出ているのは、身体が治そうとしているからだと医師は言っていました。ただ余りにも熱が高くなると危険な事もあるので、コレで解熱します」
そう言ってカイル様が、掌に載る大きさのクッション? の様なモノを幾つも箱から出してきました。
「これは?」
「魔法術で作った、冷却袋です。これを首筋や脇の下に挟んで熱を冷まします」
ぽとりと私の掌に置いて下さりました。
「冷たい。ですわ」
魔法には、こんなモノを作り出す力があるのですね。一般に出回っている冷却袋は水が入っているのですが、これは柔らかいのに冷たい、不思議な感触がします。
「これも、魔法術の産物なのですね? 氷の識別魔法でしょうか?」
カイル様は頷くと、冷却袋を箱ごと寝台の傍に控えていた看護師に渡しました。彼女はテキパキとセドリック様の身体に当てると、腕に刺さっていた薬液の針を抜いて部屋から出て行きました。昼の治療が一区切りついたところでしょう。
「気分転換になった?」
セドリック様を挟んで向こう側に立つレイシル様。穏やかなその顔は、まるで草原での事も私の頭の中の事も全てお見通しの様な感じです。
「はい。レイシル様、時間を頂いてありがとうございました。エーリック殿下も感謝致します。大切なお話を伺えましたもの」
そう。と頷いたレイシル様。じっと私を見詰めるグリーントルマリンの静かな瞳。
ああ、確かにこの方は、魔法科学省の師長で、神官長で、何よりこの国の誰よりも魔法術を理解されている識別者なのです。
「レイシル様」
私はまっすぐレイシル様の視線を受け止めます。
「セドリック様を治す力が欲しいのです」
はっきりと伝えます。そして、隠すことの無い本心も言葉にしました。
「今、それしか考えられない私が、光の識別者になれるのでしょうか?」
もう一言伝えなければ。
「レイシル様。私は、光の識別者に」
「……めだ……」
「!?」
私とレイシル様の間から、掠れた小さな声が聞こえました。
「セ、セドリックさ、ま?」
僅かに見える顔に眼を向けます。薄っすらと、本当に薄っすらと開いたアイスブルーの瞳。
「シュゼ……駄目……だ。ひかり……者……なる……駄目だ」
掠れた声が、振り絞る様に伝えてきます。微かに震えるその声は、私に向かって発せられています。だって、うつろな輝きの瞳は、確かに私を見詰めていますもの!!
見開いた私の目から、涙がぶわっと一気に溢れ出ました。止められない勢いで頬を伝います。
「セドリック様! しゃべらないで下さい。ああ! 気が付かれたのですね?」
私の声に、エーリック殿下が寝台に駆け寄って来られ、カイル様は医師様を呼びに部屋を飛び出して行きました。
「セドリック! 気が付いたのか?」
エーリック殿下が私の後ろから、セドリック様の視界に入って声を掛けます。セドリック様が、震える様に僅かに瞬きをし、問いかけに返事をした様に見えました。
「良かった……セド……気が付いた……」
エーリック殿下が安堵した様に呟きました。
「……シュ、ゼ……」
小さく聞こえるセドリック様が、私の名を呼んだように聞こえました。彼の言葉を聞き取ろうと、思わず私はセドリック様に近づきました。
「シュゼット……光の……識別者……にならなくていい。なっては……駄目だ……」
「セドリック様?」
小さな声ですが、はっきりと聞こえました。
「皆さん! 場所を開けて下さい!!」
駆け込んできた医師様達に、寝台周りから追い立てられると、忙しく動き回るその様子を茫然と見ていました。
頬を伝い流れる涙が、ぽたぽたと床に落ちています。
『シュゼット。光の識別者にならなくて良い。なっては駄目だ』
セドリック様は、確かにそう言ったのです。
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