106 / 121
105. 見つけた
しおりを挟む
静まり返った礼拝堂。
地下から1階のホールへ行く階段は、泉を周って1周するような螺旋階段になっています。1階の床が透かし彫りの様な床になっている場所があるので、地下にも光が注がれているのです。
「この階段は、ホールの脇の扉に通じる。パイプオルガンの真正面に当たるから、こちらの通路から入って行こう」
レイシル様が左側にある通路に進みます。よくこんな通路の事までお判りになりますわね?
「昔、学院に通っていたころ、移動魔法の実験でよく使ってたからな。この辺は良く知ってるんだ」
私の疑問が通じたのか、小さな声で教えてくれました。この方もこの学院に通っていたことがあるのですね。
「ここから入ろう。そっとな」
そっと扉を開けてホールに足を踏み入れます。すると金色に磨き上げられたパイプオルガンがすぐ横に見えました。かなり迫力のある大きさですわ。
足音を忍ばせて、注意深くパイプオルガンの正面に向かいます。彼女が見ていれば、きっと声を上げるはずです。
ほぼほぼ正面に差し掛かった頃、2階に当たる高さの所に何かがあります。
僅かに空間の開いた柱と金管の間に、丸まった何かがいました。
「ローナ様?」
私はレイシル様を制して、声を掛けました。
蹲った膝の上から顏を上げて、ローナ様が私の方を見ました。驚いたその顔は、泣いていたのでしょう。目元が赤くなっています。
「ど、どうしてここに……」
「貴方を探しに来ました」
今の私に、嘘偽りを言うことはありません。
「何で? 何でここが判ったの?」
「貴方の気配を感じました。もう少ししたら、フェリックス殿下とロイ様がここにいらっしゃいます。その前に、そこから降りて来て下さいな?」
なるべく平静を保って、静かに話し掛けます。
「い、嫌よ。もう、私何も無いモノ。フェリックス殿下にも嫌われてしまったし、家にも帰れないわ」
「殿下は嫌っていないと思いますわよ?」
ローナ様の顔色が変わりました。やっぱり、この方本音を引っ張り出すのは、フェリックス殿下を使った方が早いですわね。
「嘘よ!! だって、貴方の所で結界に弾かれて、セドリック様に大怪我させて、殿下から謹慎しろって言われたわ!! 見たことも無い冷たい顔で、私をご覧になったのよ!」
ローナ様が大きな声で言い放ちました。やらかしたという自覚はあるのですね。なら良かった。まだ救いはありますわ。
「ローナ様。セドリック様は貴方を責めてなどいませんわ。逆に心配していました。怪我は無いかって、ロイ様に聞いていましたわ。セドリック様は、話が出来るほど回復されたのよ? 貴方の事を心配していたわ」
「セドリック様…お怪我は……?」
心配そうな小さな声です。
「大丈夫。多分。もう大丈夫よ。怪我は治ってきているわ」
「……よ、良かった……」
ほっとした様に胸の前で手を組みました。神への感謝を表してローナ様は表情を少しだけ緩めました。
「ローナ様。貴方は私に言いたいことがあるのでしょう? 折角ですから、おっしゃったら如何ですか? 私も言いたいことがありますし。どうかしら?」
「言いたい事?」
「ええ。遡れば5年前から。私は覚えていませんけど、貴方は私の隣に並んでいたのですよね」
「貴方のそういう所が嫌いよ!!」
話している途中でぶった切られました。そういう所って? どういう所?
「私の事なんて眼中に無いでしょう! いつもいつも貴方は特別な女の子だったわ。あの時だって、フェリックス殿下は、貴方だけに話しかけ、頬に触れて。それに、殿下の特別なパンダと呼ばれたのよ? 私は知っているもの! 殿下は決して貴方の事を悪く言ったのじゃないって事を‼」
おう。白パンダの本当の意味をご存じだったのですか。
「ローナ様。あの時の私は物凄く緊張していました。人の目が怖くて怖くて……それこそ手足が冷たくなる程でした。そんな時、白パンダって呼ばれて、良い意味には取れませんでした。だってそうでしょう? あの時の私は誰が見ても白パンダの容貌だったのですもの」
思い出せば、やっぱり胸の奥がツキンと痛みます。フェリックス殿下からの誤解は解けましたが、あの時確かに私を笑った方々もいたのですから。ただ単に、私の見た目、姿を笑ったのですから。
「で、でも帰って来たら、貴方は全然変わっていた! 以前と全く違う姿で現れたわ。皆が憧れる天使になって!!」
それは努力の賜物ですわ。血が滲むような努力の結果です。
「悔しさって、一番のパワーになるのですよ? 白パンダと呼ばれた私もそうでした。私は痩せて、勉強もダンスも馬術もとにかく色んな事を頑張って、どなたが見ても立派な令嬢と言われるように努力しました。本当、悔しさってパワーなのですわ」
「悔しさ?」
そこまで話をしていると、レイシル様の後ろにシルヴァ様とエーリック殿下もいらっしゃいました。そこはローナ様からは死角になるので見えません。
「ええ。あの時に集まった令嬢達は皆さん可愛らしくて、綺麗で、自分と比べたら雲泥の差だったのです。
私が白パンダなら、白兎や白猫位の差があったでしょう。幾ら可愛いと言われてもそれは家族の欲目でしたわ。唯々甘やかされて丸々してしまった私は、誰が見ても良家の令嬢という風には見えなかったでしょうね。
だから、私はその時に笑った方々や、笑われる元を作ったフェリックス殿下を見返してやろうと。いいえ、仕返しをしようと別人のようになって帰って来たのです」
そうです。帰国当初はそのことばかり考えていましたわ。
ローナ様が言葉に詰まりました。言いたいのに、言えないもどかしさ。でしたら、私が言いましょう。
「ローナ様。今の貴方ってその時の私みたいです。甘やかされて丸められた心は、真っ直ぐに物事に向かえないのですよ。もう、お判りになっているのでしょう?」
ああ。別の扉からロイ様とフェリックス殿下もいらしたようです。レイシル様の指が奥の扉を指していますもの。
「私とフェリックス殿下が仲良くなったと思ったのかしら? 全くの勘違いよ? 婚約者候補にも側室にもなりたくないって、ご本人に言ったのですもの。5年前の謝罪を受け取っただけですもの。もしかしたら、まだ執念深く恨んでいるのかもしれなくてよ?」
「恨んでる? フェリックス殿下を?」
「ローナ様がフェリックス殿下をどんなに神格化しても、あの方が10歳の時はガキで気の利かない(失礼)子供だったのですよ。女の子の気持ちなんてこれっポッチも判らない。もしかして、今も貴方の気持ちも判っていないかも知れませんわ」
「私の気持ち? 私の気持ちは、フェリックス殿下の傍にいたい。それだけよ。
だって、カテリーナ様がいるもの。婚約者に何てなれないわ。でも、側室になら選んでくれるかもしれない。小さな頃からずっとお慕いしていたら、もしやと思っていた。
でも、貴方が編入して来たわ。フェリックス殿下は何も気にしない様にしていたでしょうけど、私には判ったわ。殿下も貴方の事を凄く気にしていたもの。
それに、最近は話もする様になったし、笑い合うこともあったわ。側室は望まれてなるものでしょう。フェリックス殿下は貴方の事を側室に選ぶと思ったのよ!!」
「……」
私の所からフェリックス殿下の姿は見えません。でも、多分、盛大に首を振って否定したでしょう。
「でも、制度自体が無くなりましたわ。私も貴方もイザベラ様もドロシア様も婚約者候補にも、側室にもなりません」
これは今決まっている事実です。
「もう……フェリックス殿下の傍にいられない……」
小さくそう言って、ローナ様が立ち上がりました。
「ローナ様? 危ないですわ。こちらに降りて来て下さい」
ローナ様が立ち上がった場所は、2階付近に当たる高さの狭いスペースです。よくあんな狭い所に、丸コロのローナ様(失礼)が収まっていました。でも、どこからあそこ迄行ったのでしょう。
「ああ、何だか身体が軽くなっちゃった。言いたいことが言えたのかな……」
そう言って、ふらりと手を離しました!!
「ローナ様‼」「「「ローナッ!!」」」
一斉に声がして、ローナ様が驚きで目を見開くのが見えました。でも、それは一瞬の事で、バランスを崩したローナ様の身体が、斜めに大きく傾いて……!
ああ。初めて見ました。
床が大きく波打って、パイプオルガンの金管がまるで飴細工の様にうねりました。そして、ローナ様の腕や胴に巻き付いて、床に叩きつけられると思った身体を支えました。それは生きている植物の様に、生きている動物の様に。気を失ってぐったりとした彼女を、そろそろと床に横たえました。
レイシル様が片手を床に当て、反対の手に持った金の杖で金管の端を突いていました。
同じようにカイル様も、シルヴァ様も、エーリック殿下も、フェリックス殿下も床や金管に手を当てています‼
「これって、錬金の魔法術……!?」
一斉にそれぞれの魔法術が展開して、ローナ様が転落するのを防いだのです。気を失っているローナ様が無事な事を確認すると、嘘のように床も金管も元に戻ったのです。あんなにくねくねしていた金管が、今は真っ直ぐに伸びていて、もちろん金属のカッチカチの硬度です。
「シュゼット。済まなかった。君に全部任せてしまったな」
ローナ様をちらりと見てから、フェリックス殿下が私に向かってそう言いました。
「あんなに感情的になったローナを初めて見た」
「そうでしょう? 女の子は、目に見えている姿が本当の姿とは限らないのですわ」
私は少しお道化た様に言いました。思いの外、フェリックス殿下がダメージを受けている感じでしたから。
「とにかく、ローナはロイに任せて、自宅謹慎も解除する。少し静かに生活させた方が良いかもしれない。今まで、私や私の周囲の事が彼女の世界すべてだったのかな……」
「そうですわね。ローナ様を支えていた制度が無くなるんですもの。それ以外にも色んなことがあるのを自分から見つけなければいけませんね」
カイル様がローナ様を抱き上げて馬車に運びます。さすが、騎士風魔術師様です。レイシル様も見習って貰いたいですわ。
エーリック殿下とシルヴァ様も近くまで来て下さいました。そう言えば、お二人にも白パンダ事件を知られてしまいました。それに、今まで見せたことの無い事まで見られたような?
「お疲れ様、シュゼット」
変わらぬ柔らかな笑顔で、エーリック殿下が肩をポンとしました。シルヴァ様も何でしょうか、笑いを堪えている様に見えますけど?
「白パンダ」
シルヴァ様がぽつりと一言。
「ちょっと!? シルヴァ様! 何ですの!?」
こればかりは聞き捨ててはいられません。私はキッとシルヴァ様を見上げます。
「きっと、可愛かったろうな」
そう言って微笑むと、私の頭にポンと手を載せたのでした。
地下から1階のホールへ行く階段は、泉を周って1周するような螺旋階段になっています。1階の床が透かし彫りの様な床になっている場所があるので、地下にも光が注がれているのです。
「この階段は、ホールの脇の扉に通じる。パイプオルガンの真正面に当たるから、こちらの通路から入って行こう」
レイシル様が左側にある通路に進みます。よくこんな通路の事までお判りになりますわね?
「昔、学院に通っていたころ、移動魔法の実験でよく使ってたからな。この辺は良く知ってるんだ」
私の疑問が通じたのか、小さな声で教えてくれました。この方もこの学院に通っていたことがあるのですね。
「ここから入ろう。そっとな」
そっと扉を開けてホールに足を踏み入れます。すると金色に磨き上げられたパイプオルガンがすぐ横に見えました。かなり迫力のある大きさですわ。
足音を忍ばせて、注意深くパイプオルガンの正面に向かいます。彼女が見ていれば、きっと声を上げるはずです。
ほぼほぼ正面に差し掛かった頃、2階に当たる高さの所に何かがあります。
僅かに空間の開いた柱と金管の間に、丸まった何かがいました。
「ローナ様?」
私はレイシル様を制して、声を掛けました。
蹲った膝の上から顏を上げて、ローナ様が私の方を見ました。驚いたその顔は、泣いていたのでしょう。目元が赤くなっています。
「ど、どうしてここに……」
「貴方を探しに来ました」
今の私に、嘘偽りを言うことはありません。
「何で? 何でここが判ったの?」
「貴方の気配を感じました。もう少ししたら、フェリックス殿下とロイ様がここにいらっしゃいます。その前に、そこから降りて来て下さいな?」
なるべく平静を保って、静かに話し掛けます。
「い、嫌よ。もう、私何も無いモノ。フェリックス殿下にも嫌われてしまったし、家にも帰れないわ」
「殿下は嫌っていないと思いますわよ?」
ローナ様の顔色が変わりました。やっぱり、この方本音を引っ張り出すのは、フェリックス殿下を使った方が早いですわね。
「嘘よ!! だって、貴方の所で結界に弾かれて、セドリック様に大怪我させて、殿下から謹慎しろって言われたわ!! 見たことも無い冷たい顔で、私をご覧になったのよ!」
ローナ様が大きな声で言い放ちました。やらかしたという自覚はあるのですね。なら良かった。まだ救いはありますわ。
「ローナ様。セドリック様は貴方を責めてなどいませんわ。逆に心配していました。怪我は無いかって、ロイ様に聞いていましたわ。セドリック様は、話が出来るほど回復されたのよ? 貴方の事を心配していたわ」
「セドリック様…お怪我は……?」
心配そうな小さな声です。
「大丈夫。多分。もう大丈夫よ。怪我は治ってきているわ」
「……よ、良かった……」
ほっとした様に胸の前で手を組みました。神への感謝を表してローナ様は表情を少しだけ緩めました。
「ローナ様。貴方は私に言いたいことがあるのでしょう? 折角ですから、おっしゃったら如何ですか? 私も言いたいことがありますし。どうかしら?」
「言いたい事?」
「ええ。遡れば5年前から。私は覚えていませんけど、貴方は私の隣に並んでいたのですよね」
「貴方のそういう所が嫌いよ!!」
話している途中でぶった切られました。そういう所って? どういう所?
「私の事なんて眼中に無いでしょう! いつもいつも貴方は特別な女の子だったわ。あの時だって、フェリックス殿下は、貴方だけに話しかけ、頬に触れて。それに、殿下の特別なパンダと呼ばれたのよ? 私は知っているもの! 殿下は決して貴方の事を悪く言ったのじゃないって事を‼」
おう。白パンダの本当の意味をご存じだったのですか。
「ローナ様。あの時の私は物凄く緊張していました。人の目が怖くて怖くて……それこそ手足が冷たくなる程でした。そんな時、白パンダって呼ばれて、良い意味には取れませんでした。だってそうでしょう? あの時の私は誰が見ても白パンダの容貌だったのですもの」
思い出せば、やっぱり胸の奥がツキンと痛みます。フェリックス殿下からの誤解は解けましたが、あの時確かに私を笑った方々もいたのですから。ただ単に、私の見た目、姿を笑ったのですから。
「で、でも帰って来たら、貴方は全然変わっていた! 以前と全く違う姿で現れたわ。皆が憧れる天使になって!!」
それは努力の賜物ですわ。血が滲むような努力の結果です。
「悔しさって、一番のパワーになるのですよ? 白パンダと呼ばれた私もそうでした。私は痩せて、勉強もダンスも馬術もとにかく色んな事を頑張って、どなたが見ても立派な令嬢と言われるように努力しました。本当、悔しさってパワーなのですわ」
「悔しさ?」
そこまで話をしていると、レイシル様の後ろにシルヴァ様とエーリック殿下もいらっしゃいました。そこはローナ様からは死角になるので見えません。
「ええ。あの時に集まった令嬢達は皆さん可愛らしくて、綺麗で、自分と比べたら雲泥の差だったのです。
私が白パンダなら、白兎や白猫位の差があったでしょう。幾ら可愛いと言われてもそれは家族の欲目でしたわ。唯々甘やかされて丸々してしまった私は、誰が見ても良家の令嬢という風には見えなかったでしょうね。
だから、私はその時に笑った方々や、笑われる元を作ったフェリックス殿下を見返してやろうと。いいえ、仕返しをしようと別人のようになって帰って来たのです」
そうです。帰国当初はそのことばかり考えていましたわ。
ローナ様が言葉に詰まりました。言いたいのに、言えないもどかしさ。でしたら、私が言いましょう。
「ローナ様。今の貴方ってその時の私みたいです。甘やかされて丸められた心は、真っ直ぐに物事に向かえないのですよ。もう、お判りになっているのでしょう?」
ああ。別の扉からロイ様とフェリックス殿下もいらしたようです。レイシル様の指が奥の扉を指していますもの。
「私とフェリックス殿下が仲良くなったと思ったのかしら? 全くの勘違いよ? 婚約者候補にも側室にもなりたくないって、ご本人に言ったのですもの。5年前の謝罪を受け取っただけですもの。もしかしたら、まだ執念深く恨んでいるのかもしれなくてよ?」
「恨んでる? フェリックス殿下を?」
「ローナ様がフェリックス殿下をどんなに神格化しても、あの方が10歳の時はガキで気の利かない(失礼)子供だったのですよ。女の子の気持ちなんてこれっポッチも判らない。もしかして、今も貴方の気持ちも判っていないかも知れませんわ」
「私の気持ち? 私の気持ちは、フェリックス殿下の傍にいたい。それだけよ。
だって、カテリーナ様がいるもの。婚約者に何てなれないわ。でも、側室になら選んでくれるかもしれない。小さな頃からずっとお慕いしていたら、もしやと思っていた。
でも、貴方が編入して来たわ。フェリックス殿下は何も気にしない様にしていたでしょうけど、私には判ったわ。殿下も貴方の事を凄く気にしていたもの。
それに、最近は話もする様になったし、笑い合うこともあったわ。側室は望まれてなるものでしょう。フェリックス殿下は貴方の事を側室に選ぶと思ったのよ!!」
「……」
私の所からフェリックス殿下の姿は見えません。でも、多分、盛大に首を振って否定したでしょう。
「でも、制度自体が無くなりましたわ。私も貴方もイザベラ様もドロシア様も婚約者候補にも、側室にもなりません」
これは今決まっている事実です。
「もう……フェリックス殿下の傍にいられない……」
小さくそう言って、ローナ様が立ち上がりました。
「ローナ様? 危ないですわ。こちらに降りて来て下さい」
ローナ様が立ち上がった場所は、2階付近に当たる高さの狭いスペースです。よくあんな狭い所に、丸コロのローナ様(失礼)が収まっていました。でも、どこからあそこ迄行ったのでしょう。
「ああ、何だか身体が軽くなっちゃった。言いたいことが言えたのかな……」
そう言って、ふらりと手を離しました!!
「ローナ様‼」「「「ローナッ!!」」」
一斉に声がして、ローナ様が驚きで目を見開くのが見えました。でも、それは一瞬の事で、バランスを崩したローナ様の身体が、斜めに大きく傾いて……!
ああ。初めて見ました。
床が大きく波打って、パイプオルガンの金管がまるで飴細工の様にうねりました。そして、ローナ様の腕や胴に巻き付いて、床に叩きつけられると思った身体を支えました。それは生きている植物の様に、生きている動物の様に。気を失ってぐったりとした彼女を、そろそろと床に横たえました。
レイシル様が片手を床に当て、反対の手に持った金の杖で金管の端を突いていました。
同じようにカイル様も、シルヴァ様も、エーリック殿下も、フェリックス殿下も床や金管に手を当てています‼
「これって、錬金の魔法術……!?」
一斉にそれぞれの魔法術が展開して、ローナ様が転落するのを防いだのです。気を失っているローナ様が無事な事を確認すると、嘘のように床も金管も元に戻ったのです。あんなにくねくねしていた金管が、今は真っ直ぐに伸びていて、もちろん金属のカッチカチの硬度です。
「シュゼット。済まなかった。君に全部任せてしまったな」
ローナ様をちらりと見てから、フェリックス殿下が私に向かってそう言いました。
「あんなに感情的になったローナを初めて見た」
「そうでしょう? 女の子は、目に見えている姿が本当の姿とは限らないのですわ」
私は少しお道化た様に言いました。思いの外、フェリックス殿下がダメージを受けている感じでしたから。
「とにかく、ローナはロイに任せて、自宅謹慎も解除する。少し静かに生活させた方が良いかもしれない。今まで、私や私の周囲の事が彼女の世界すべてだったのかな……」
「そうですわね。ローナ様を支えていた制度が無くなるんですもの。それ以外にも色んなことがあるのを自分から見つけなければいけませんね」
カイル様がローナ様を抱き上げて馬車に運びます。さすが、騎士風魔術師様です。レイシル様も見習って貰いたいですわ。
エーリック殿下とシルヴァ様も近くまで来て下さいました。そう言えば、お二人にも白パンダ事件を知られてしまいました。それに、今まで見せたことの無い事まで見られたような?
「お疲れ様、シュゼット」
変わらぬ柔らかな笑顔で、エーリック殿下が肩をポンとしました。シルヴァ様も何でしょうか、笑いを堪えている様に見えますけど?
「白パンダ」
シルヴァ様がぽつりと一言。
「ちょっと!? シルヴァ様! 何ですの!?」
こればかりは聞き捨ててはいられません。私はキッとシルヴァ様を見上げます。
「きっと、可愛かったろうな」
そう言って微笑むと、私の頭にポンと手を載せたのでした。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる