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番外編 1. 私と彼女 -エーリック-
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王立学院に編入してから、二度目の学院バザーを迎える前日。
バザーのハンカチを預ける為、中庭を横切って展示用ホールに向かっていた。
「それで、今年の刺繍は何枚になったの?」
隣に並ぶシュゼットに聞いた。何でも昨年人気があり過ぎて、購入出来なかった一部の客からクレームが来たのだと。大体、女子生徒は皆同じ枚数の刺繍のハンカチを用意していたはずだが、男子学生や後輩達、適齢期の男性貴族から人気がある令嬢の物は直ぐに買い手がついてしまった。
当然、隣の彼女はそんなことは知らなかったようだが、際どい争奪戦が行われたらしい。そして手に入れられなかったどこぞの神官長様やら、男子学生、とか多数から苦情が出たんだろう。
全く、神官長様は大人気ない。
「今年は20枚です。昨年が女性向けでしたので、今年は男性向けの図柄も加えました」
結構大変でした。と微笑む彼女は、昨年も私には特別に用意してくれていた。幸い私は争奪戦に加わること無く、彼女のお手製の刺繍を手に入れていたけど。
「私には? 今年はくれないの?」
彼女が持っていた手提げ袋を代わりに持ってやる。この中に件のハンカチが入っている。
「うふふ。ありますわ。昨年より少し凝ってみました。色はエーリック殿下の瞳の紫で、ダリナスの紋章を刺繍したのですけど、アスコットタイに刺繍してみました」
この1年で、私の身長は随分伸びた。だから、隣に並ぶシュゼットの頭が丁度肩くらいにある。話をするのに、シュゼットは必然的に上目遣いで私を見てくる。
うん。口には出さないけど、とっても可愛い。
「本当? それは見るのが楽しみだ」
「後でお渡ししますね。自信作ですから」
にっこり微笑んで廊下を進む。
シュゼットが婚約者候補から外れてすぐに、私はグリーンフィールド公爵に会いに行った。
理由は一つ。シュゼットと婚約させて欲しいと、結婚したいという気持ちを伝えるために。
なんでこんなに急いだか。決まっている。シュゼットが自由になったからだ。
いや。自由になったのとは少し違う。彼女は稀有な光の識別者になったので、自ら相手を選べる立場になった。コレール王国にいることが条件であるが、この国いる限り自分の意志で伴侶を選べる権利を得た。
随分強引に。
フェリックス殿の4人の婚約者候補達は、制度の撤廃と共に改めて自身の伴侶を探すことになった。通常であればもっと幼い時に婚約者を決めている場合が多いので、15歳を過ぎてから見つけるのは大変だからと、王家が出来る限りの協力をするといったらしい。
尤も、4人ともコレール王国の中では高位貴族であるから、そうそう苦労はしないと思われた。のだが、当人たちが声を上げた。
『私達は、陛下とお妃様の様な結婚がしたいです。お互いに愛し愛される結婚がしたいのです。どうか、その望みをお聞き下さいませ!』
ドロシア嬢、イザベラ嬢、そしてシュゼット。コレールの王と王妃は、近隣でも知らない者はいない位の大恋愛で結婚している。このお二人は特別な存在だろう。
まあ、もしかしたらどこぞの宰相とか? 神官とか? 大臣とかの暗躍があったかもしれないが、お二人にとっては、それすらも出会いのきっかけにしか過ぎない。
つまり三人は、
『何年も婚約者候補として学問もマナーもダンスも頑張って来たのに、いきなり無しになって、これから頑張って婚活しろってか? それって無くね? 責任取って協力しろや!!』
と国王に詰め寄ったらしい。まあ、気合だけはこのまま、実際はこんな言葉では無く、涙ながらにさめざめと訴えたらしい。(本人がそう言っていた)
結果、イザベラ嬢はフェリックス殿の従兄弟であるオーランド殿と婚約が決まった。
武闘派として剣術に秀でているイザベラ嬢と、いずれは近衛騎士団に入団されるだろうオーランド殿は、家格も合うし何よりも気も合っていた。
思い起こせば、確かにフェリックス殿の傍にいつもオーランド殿はいた。当然彼女の視界の中にはオーランド殿も映っていた訳で、陰に日向に王子に従う姿は何年も見られていたって事か。
イザベラ殿のハント侯爵家は陸軍大臣を務めているし、未来の近衛騎士団長が身内に加わるのは願ったり叶ったりだろう。何よりも、オーランド殿も少なからずイザベラ嬢を想っていたらしい。主君の婚約者候補という事もあって、その思いはおくびにも出さず……
……全然違う。全然私達と違う。
私とセドリックとの関係だ。幼い時から私の傍にいたし、コレールに来てからは私の一応側近の役割だったはず。
側近か? 側近だったか? 何か違うような気がする。
主君の想い人を忍んで? いや、全く?
寧ろ、最初から駄々洩れだった。垂れ流しだった。あまつさえ、指摘されても気が付かず、尚且つ背中まで押して貰っている……それもライバルでもある私にだ。
「全然違うじゃないか」
「はい?」
「ああ、ごめん。少し昔を思い出してた。ところで、ソレは?」
頭を振ってセドを追い出す。折角二人でいるのだから、アイツにはさっさと退場を願おう。
「こっちは皆さんのです。カテリーナ様、フェリックス殿下、シルヴァ様、勿論セドリック様の。あっ! それからレイシル様の分の刺繍です」
ニコニコと微笑みながら別の袋を開けて見せてくれる。そこには薄い箱が幾つかあった。それぞれに色と形が違うカードも添えられている。
「皆にもあるの? それもレイシル様の分も……」
「はい。レイシル様からどうしても頼まれました。正直、あんまりウザいので、承知しました」
毒が出た。たまにシュゼットの口から出る毒。普通なら諫めるところだろうけど、私は結構これが気に入っている。だって、凄く尤もで私と同じ気持ちだったりするから。
「確かに。ウザそうなのが目に浮かぶね? でも、きっとそれは君にしか見せないんだろう? まったくあの方は」
「「おとなげない」」
二人の言葉が被った。思わずシュゼットを見ると、嬉しそうなドヤ顔をしている。
「私もそう思います」
そう言って先を歩く。照れているのか少し速足になっている。
幾ら私が彼女を好きでも、伴侶に望んでも、すんなりとは了承を貰えない。私がダリナスの王子である事。遠くない王位継承権を持つ者だから。
でも、王位継承権を返上したシルヴァ叔父上の前例もあるし、第三王子である自分の責は、王家を支え、国を支える事だから自国にいなくてもやりようはあると思う。
シュゼットと結婚できる条件は、彼女がこの国に留まる事。それが出来れば、彼女は自分の意志で伴侶を決めることが出来る。だったら、私がここに来ればいい。そう思っている。ダリナスを支えるのは、コレールにいても出来る事がある。
ただ簡単にはいかない。シルヴァ叔父上でさえ、数年がかりで成し得たんだから。
シュゼットに信じて貰うにしても、グリーンフィールド公爵を説得するためにも避けて通れない。重要な門だ。
「シュゼット、今度の夏季休暇なんだけど、私はダリナスに帰るよ」
少し前を歩くシュゼットが後ろを振り向いた。驚いた様な真ん丸の瞳が猫の様で可愛い。
「ダリナスに帰るのですか?」
「うん。父上に直接話をしてくる。私の気持ちは変わらないからね」
立ち止まったシュゼットの瞳をじっと見つめる。
「君の傍にいたい。君と一緒に生きて行きたいから」
真っ直ぐに向かい合った。お互いの瞳にお互いの顔が映っている。
「エーリック殿下。貴方はダリナス王国の第三王子です。簡単にそんな事言わないで下さい」
困った様に眉根を寄せるシュゼット。私が無理をしていると思っているのか。それとも私には君を望む事が無謀な望みなのか。
「シュゼット。確かに簡単では無いよ。でも、私は国を離れても良いと思っている。ダリナスを離れても君との人生を共に歩みたいと思っている。
1年掛けて君のお父上にも私の気持ちはご理解頂けた。でも、肝心な私の所在があやふやなままだ。このままでは正式に君と婚約も出来ないし、第一君に信じて待って欲しいとも言えない。だから、私は父上に直接会って話をしてくる。
でも、君が嫌なら……君が私との人生を望まないのなら……」
「私、ダリナスに行くことは出来ないのですよ?」
「私がコレールに来る」
「私、まだまだ魔法術も一生懸命鍛錬しなければならないですよ?」
「私も一緒に鍛錬する」
「私、エーリック殿下が思って下さるような、素直な女の子では無いかもしれませんよ?」
「私は、少し毒を吐く君を可愛いと思っているけど?」
ぶわっとシュゼットの顔が赤くなった。唇を結んで、何か我慢している様に眉根を寄せている。
「私、エーリック殿下が少し意地悪なのを知っています」
「うん。君にだけね」
シュゼットの瞳がみるみる潤むのが見えた。
「シュゼット。私は君を愛しているけど、君は私をどう思ってくれているの?」
開いていた片手を繋いで、手の甲に唇を寄せる。
「えっ!?」
「え?」
ポロリと大粒の涙が頬を伝う。見開かれた瞳が、溢れてた涙でうるうるになっている。
「ふっ。泣き顔も可愛いね?」
「うっ! え、エーリック殿下は意地悪です! もう、絶対言いませんよ!! 愛しているなんて絶対に言いませんからね!!」
睫毛の先に小さな雫を湛えて、真っ赤になって怒っている。うん。怒っている顔もとても可愛いね。
何も言わずに顔を緩ませていたら、通りすがりの生徒が興味深そうに視線を送って来た。
「まずいな」
「まずい? 何ですの、こんな時に!?」
揶揄われたと思ったシュゼットが、少し怒った口調で言う。だって、君の泣き顔を誰彼構わず見せる訳にはいかないだろう?
「君の泣き顔。私以外が見るのは嫌だなって、そう思った。それに、この場面はどう見ても私が、君を虐めているみたいだしね。虐められているのは私の方なのに」
自分のポケットからハンカチを出して、シュゼットの頬を押えてやる。真っ赤になったままのシュゼットが慌ててハンカチをもぎ取った。されている事に気が付いて恥ずかしくなったようだ。
「う、嘘です。エーリック殿下の方が意地悪です!」
「じゃあ、私の事をどう思っているか、教えて? じゃないと、私は頑張れない。もうエネルギーが無い……倒れそうだ」
ふらりとよろける動作で、彼女から一歩遠ざかる。
「エーリック殿下!」
心配? した彼女が駆け寄る様に近づいた。きっと、私が欲しかった言葉をくれるはず……
なのだが、
「決まったら、またあの草原に連れて行ってください。バシリスも一緒に、海の時期に。ねっ?」
そう言って、蕩ける様な、輝く綺麗な笑顔を向けられた。
この天使は……結構、小悪魔だ。天使の皮を被った小悪魔だ!
そして、それから1年後、
私達は再びあの草原に、行くことが出来たのだった。
バザーのハンカチを預ける為、中庭を横切って展示用ホールに向かっていた。
「それで、今年の刺繍は何枚になったの?」
隣に並ぶシュゼットに聞いた。何でも昨年人気があり過ぎて、購入出来なかった一部の客からクレームが来たのだと。大体、女子生徒は皆同じ枚数の刺繍のハンカチを用意していたはずだが、男子学生や後輩達、適齢期の男性貴族から人気がある令嬢の物は直ぐに買い手がついてしまった。
当然、隣の彼女はそんなことは知らなかったようだが、際どい争奪戦が行われたらしい。そして手に入れられなかったどこぞの神官長様やら、男子学生、とか多数から苦情が出たんだろう。
全く、神官長様は大人気ない。
「今年は20枚です。昨年が女性向けでしたので、今年は男性向けの図柄も加えました」
結構大変でした。と微笑む彼女は、昨年も私には特別に用意してくれていた。幸い私は争奪戦に加わること無く、彼女のお手製の刺繍を手に入れていたけど。
「私には? 今年はくれないの?」
彼女が持っていた手提げ袋を代わりに持ってやる。この中に件のハンカチが入っている。
「うふふ。ありますわ。昨年より少し凝ってみました。色はエーリック殿下の瞳の紫で、ダリナスの紋章を刺繍したのですけど、アスコットタイに刺繍してみました」
この1年で、私の身長は随分伸びた。だから、隣に並ぶシュゼットの頭が丁度肩くらいにある。話をするのに、シュゼットは必然的に上目遣いで私を見てくる。
うん。口には出さないけど、とっても可愛い。
「本当? それは見るのが楽しみだ」
「後でお渡ししますね。自信作ですから」
にっこり微笑んで廊下を進む。
シュゼットが婚約者候補から外れてすぐに、私はグリーンフィールド公爵に会いに行った。
理由は一つ。シュゼットと婚約させて欲しいと、結婚したいという気持ちを伝えるために。
なんでこんなに急いだか。決まっている。シュゼットが自由になったからだ。
いや。自由になったのとは少し違う。彼女は稀有な光の識別者になったので、自ら相手を選べる立場になった。コレール王国にいることが条件であるが、この国いる限り自分の意志で伴侶を選べる権利を得た。
随分強引に。
フェリックス殿の4人の婚約者候補達は、制度の撤廃と共に改めて自身の伴侶を探すことになった。通常であればもっと幼い時に婚約者を決めている場合が多いので、15歳を過ぎてから見つけるのは大変だからと、王家が出来る限りの協力をするといったらしい。
尤も、4人ともコレール王国の中では高位貴族であるから、そうそう苦労はしないと思われた。のだが、当人たちが声を上げた。
『私達は、陛下とお妃様の様な結婚がしたいです。お互いに愛し愛される結婚がしたいのです。どうか、その望みをお聞き下さいませ!』
ドロシア嬢、イザベラ嬢、そしてシュゼット。コレールの王と王妃は、近隣でも知らない者はいない位の大恋愛で結婚している。このお二人は特別な存在だろう。
まあ、もしかしたらどこぞの宰相とか? 神官とか? 大臣とかの暗躍があったかもしれないが、お二人にとっては、それすらも出会いのきっかけにしか過ぎない。
つまり三人は、
『何年も婚約者候補として学問もマナーもダンスも頑張って来たのに、いきなり無しになって、これから頑張って婚活しろってか? それって無くね? 責任取って協力しろや!!』
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結果、イザベラ嬢はフェリックス殿の従兄弟であるオーランド殿と婚約が決まった。
武闘派として剣術に秀でているイザベラ嬢と、いずれは近衛騎士団に入団されるだろうオーランド殿は、家格も合うし何よりも気も合っていた。
思い起こせば、確かにフェリックス殿の傍にいつもオーランド殿はいた。当然彼女の視界の中にはオーランド殿も映っていた訳で、陰に日向に王子に従う姿は何年も見られていたって事か。
イザベラ殿のハント侯爵家は陸軍大臣を務めているし、未来の近衛騎士団長が身内に加わるのは願ったり叶ったりだろう。何よりも、オーランド殿も少なからずイザベラ嬢を想っていたらしい。主君の婚約者候補という事もあって、その思いはおくびにも出さず……
……全然違う。全然私達と違う。
私とセドリックとの関係だ。幼い時から私の傍にいたし、コレールに来てからは私の一応側近の役割だったはず。
側近か? 側近だったか? 何か違うような気がする。
主君の想い人を忍んで? いや、全く?
寧ろ、最初から駄々洩れだった。垂れ流しだった。あまつさえ、指摘されても気が付かず、尚且つ背中まで押して貰っている……それもライバルでもある私にだ。
「全然違うじゃないか」
「はい?」
「ああ、ごめん。少し昔を思い出してた。ところで、ソレは?」
頭を振ってセドを追い出す。折角二人でいるのだから、アイツにはさっさと退場を願おう。
「こっちは皆さんのです。カテリーナ様、フェリックス殿下、シルヴァ様、勿論セドリック様の。あっ! それからレイシル様の分の刺繍です」
ニコニコと微笑みながら別の袋を開けて見せてくれる。そこには薄い箱が幾つかあった。それぞれに色と形が違うカードも添えられている。
「皆にもあるの? それもレイシル様の分も……」
「はい。レイシル様からどうしても頼まれました。正直、あんまりウザいので、承知しました」
毒が出た。たまにシュゼットの口から出る毒。普通なら諫めるところだろうけど、私は結構これが気に入っている。だって、凄く尤もで私と同じ気持ちだったりするから。
「確かに。ウザそうなのが目に浮かぶね? でも、きっとそれは君にしか見せないんだろう? まったくあの方は」
「「おとなげない」」
二人の言葉が被った。思わずシュゼットを見ると、嬉しそうなドヤ顔をしている。
「私もそう思います」
そう言って先を歩く。照れているのか少し速足になっている。
幾ら私が彼女を好きでも、伴侶に望んでも、すんなりとは了承を貰えない。私がダリナスの王子である事。遠くない王位継承権を持つ者だから。
でも、王位継承権を返上したシルヴァ叔父上の前例もあるし、第三王子である自分の責は、王家を支え、国を支える事だから自国にいなくてもやりようはあると思う。
シュゼットと結婚できる条件は、彼女がこの国に留まる事。それが出来れば、彼女は自分の意志で伴侶を決めることが出来る。だったら、私がここに来ればいい。そう思っている。ダリナスを支えるのは、コレールにいても出来る事がある。
ただ簡単にはいかない。シルヴァ叔父上でさえ、数年がかりで成し得たんだから。
シュゼットに信じて貰うにしても、グリーンフィールド公爵を説得するためにも避けて通れない。重要な門だ。
「シュゼット、今度の夏季休暇なんだけど、私はダリナスに帰るよ」
少し前を歩くシュゼットが後ろを振り向いた。驚いた様な真ん丸の瞳が猫の様で可愛い。
「ダリナスに帰るのですか?」
「うん。父上に直接話をしてくる。私の気持ちは変わらないからね」
立ち止まったシュゼットの瞳をじっと見つめる。
「君の傍にいたい。君と一緒に生きて行きたいから」
真っ直ぐに向かい合った。お互いの瞳にお互いの顔が映っている。
「エーリック殿下。貴方はダリナス王国の第三王子です。簡単にそんな事言わないで下さい」
困った様に眉根を寄せるシュゼット。私が無理をしていると思っているのか。それとも私には君を望む事が無謀な望みなのか。
「シュゼット。確かに簡単では無いよ。でも、私は国を離れても良いと思っている。ダリナスを離れても君との人生を共に歩みたいと思っている。
1年掛けて君のお父上にも私の気持ちはご理解頂けた。でも、肝心な私の所在があやふやなままだ。このままでは正式に君と婚約も出来ないし、第一君に信じて待って欲しいとも言えない。だから、私は父上に直接会って話をしてくる。
でも、君が嫌なら……君が私との人生を望まないのなら……」
「私、ダリナスに行くことは出来ないのですよ?」
「私がコレールに来る」
「私、まだまだ魔法術も一生懸命鍛錬しなければならないですよ?」
「私も一緒に鍛錬する」
「私、エーリック殿下が思って下さるような、素直な女の子では無いかもしれませんよ?」
「私は、少し毒を吐く君を可愛いと思っているけど?」
ぶわっとシュゼットの顔が赤くなった。唇を結んで、何か我慢している様に眉根を寄せている。
「私、エーリック殿下が少し意地悪なのを知っています」
「うん。君にだけね」
シュゼットの瞳がみるみる潤むのが見えた。
「シュゼット。私は君を愛しているけど、君は私をどう思ってくれているの?」
開いていた片手を繋いで、手の甲に唇を寄せる。
「えっ!?」
「え?」
ポロリと大粒の涙が頬を伝う。見開かれた瞳が、溢れてた涙でうるうるになっている。
「ふっ。泣き顔も可愛いね?」
「うっ! え、エーリック殿下は意地悪です! もう、絶対言いませんよ!! 愛しているなんて絶対に言いませんからね!!」
睫毛の先に小さな雫を湛えて、真っ赤になって怒っている。うん。怒っている顔もとても可愛いね。
何も言わずに顔を緩ませていたら、通りすがりの生徒が興味深そうに視線を送って来た。
「まずいな」
「まずい? 何ですの、こんな時に!?」
揶揄われたと思ったシュゼットが、少し怒った口調で言う。だって、君の泣き顔を誰彼構わず見せる訳にはいかないだろう?
「君の泣き顔。私以外が見るのは嫌だなって、そう思った。それに、この場面はどう見ても私が、君を虐めているみたいだしね。虐められているのは私の方なのに」
自分のポケットからハンカチを出して、シュゼットの頬を押えてやる。真っ赤になったままのシュゼットが慌ててハンカチをもぎ取った。されている事に気が付いて恥ずかしくなったようだ。
「う、嘘です。エーリック殿下の方が意地悪です!」
「じゃあ、私の事をどう思っているか、教えて? じゃないと、私は頑張れない。もうエネルギーが無い……倒れそうだ」
ふらりとよろける動作で、彼女から一歩遠ざかる。
「エーリック殿下!」
心配? した彼女が駆け寄る様に近づいた。きっと、私が欲しかった言葉をくれるはず……
なのだが、
「決まったら、またあの草原に連れて行ってください。バシリスも一緒に、海の時期に。ねっ?」
そう言って、蕩ける様な、輝く綺麗な笑顔を向けられた。
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そして、それから1年後、
私達は再びあの草原に、行くことが出来たのだった。
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