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第1話 トラウマがやってきた
④
***
青く澄み渡る空の下、広々とした庭園に剣撃を交わす甲高い音が木霊する。一介の騎士達が使用する訓練場とは似ても似つかない整然とした広場の中央で、セルジュはお得意の剣技を奮っていた。
対するは、このデュラン王国の王太子ヴィルジール。さらさらと揺れる蜂蜜色の髪と澄んだ空色の瞳が美しい絵に描いたような王子の姿をしているが、細身の身体には不似合いな剣撃と神懸かりなセンスを備え、この国の騎士達の羨望を一身に集める人物だ。彼は護衛騎士を務めるセルジュすらもときに捩じ伏せる、剣術の天才だった。
長く続いた打ち合いの最中、ふたりの攻撃の手が同時に止まる。互いに視線を交わし、小さく頷きあうと、ふたりは剣を収め、王宮に続く石畳の道を振り返った。
小道の向こうから人影がふたりの元へ向かってきていた。先頭を歩くのはロラン、その後ろのドレスの女性がヴィルジールの婚約者だろう。さらに後に二名程控えているようだが、姿はよく見えなかった。
「リュシエンヌ!」
婚約者の名を呼んで、ヴィルジールが大きく腕を振る。普段は人に見せない無邪気な笑顔は、先程までの鋭い剣術の使い手とはおよそ思えない。駆け出したヴィルジールの後を、セルジュは早足で追った。
「お招きありがとうございます、ヴィルジール殿下」
ドレスの裾を持ち上げ、軽く足を引いて、グランセル公爵令嬢リュシエンヌが淑女の礼を取ると、薄い紅茶色の柔らかな髪がふわりと揺れた。
儚げな印象を与える透きとおる白い肌は頬だけにほんのりと赤みがさして、翠玉のようなつぶらな瞳が愛らしい。瑞々しく潤った唇には薄らと紅が引いてある。可憐で淑やかで美しい彼女は、一言で言ってしまえば、これ以上ないほどセルジュの好みのタイプだった。
王太子に仕える身でありながら、その存在すら忘れてしまうほどに、セルジュはリュシエンヌに魅入っていた。それ故に、彼女の側に控えるふたつの影に気が付いていなかった。
「私の護衛騎士を務めるセルジュだ。今日の手合わせの相手をしてもらう」
ご機嫌なヴィルジールがセルジュを紹介すると、リュシエンヌはセルジュを見上げ、ふわりと微笑んだ。
あまやかな笑顔にだらしなく表情が緩んでしまう。何か一言とセルジュが口を開いた瞬間――その声は恐ろしいほどはっきりとセルジュの耳に届いた。
「セルジュさん?」
鼓膜を震わせるその声に、ぞくりと悪寒が走る。
あれから何年経ったのか、声変わりもしているだろうに、姿を確認しなくてもセルジュには声の主がわかってしまった。
間違いようもない、この女は――。
「コレット・マイヤール……」
からからに渇いた喉で少女の名前を絞り出す。
亜麻色の髪に榛色の瞳をもつ小悪魔は、苦々しく呟くセルジュを見上げ、にっこりと微笑んでいた。
青く澄み渡る空の下、広々とした庭園に剣撃を交わす甲高い音が木霊する。一介の騎士達が使用する訓練場とは似ても似つかない整然とした広場の中央で、セルジュはお得意の剣技を奮っていた。
対するは、このデュラン王国の王太子ヴィルジール。さらさらと揺れる蜂蜜色の髪と澄んだ空色の瞳が美しい絵に描いたような王子の姿をしているが、細身の身体には不似合いな剣撃と神懸かりなセンスを備え、この国の騎士達の羨望を一身に集める人物だ。彼は護衛騎士を務めるセルジュすらもときに捩じ伏せる、剣術の天才だった。
長く続いた打ち合いの最中、ふたりの攻撃の手が同時に止まる。互いに視線を交わし、小さく頷きあうと、ふたりは剣を収め、王宮に続く石畳の道を振り返った。
小道の向こうから人影がふたりの元へ向かってきていた。先頭を歩くのはロラン、その後ろのドレスの女性がヴィルジールの婚約者だろう。さらに後に二名程控えているようだが、姿はよく見えなかった。
「リュシエンヌ!」
婚約者の名を呼んで、ヴィルジールが大きく腕を振る。普段は人に見せない無邪気な笑顔は、先程までの鋭い剣術の使い手とはおよそ思えない。駆け出したヴィルジールの後を、セルジュは早足で追った。
「お招きありがとうございます、ヴィルジール殿下」
ドレスの裾を持ち上げ、軽く足を引いて、グランセル公爵令嬢リュシエンヌが淑女の礼を取ると、薄い紅茶色の柔らかな髪がふわりと揺れた。
儚げな印象を与える透きとおる白い肌は頬だけにほんのりと赤みがさして、翠玉のようなつぶらな瞳が愛らしい。瑞々しく潤った唇には薄らと紅が引いてある。可憐で淑やかで美しい彼女は、一言で言ってしまえば、これ以上ないほどセルジュの好みのタイプだった。
王太子に仕える身でありながら、その存在すら忘れてしまうほどに、セルジュはリュシエンヌに魅入っていた。それ故に、彼女の側に控えるふたつの影に気が付いていなかった。
「私の護衛騎士を務めるセルジュだ。今日の手合わせの相手をしてもらう」
ご機嫌なヴィルジールがセルジュを紹介すると、リュシエンヌはセルジュを見上げ、ふわりと微笑んだ。
あまやかな笑顔にだらしなく表情が緩んでしまう。何か一言とセルジュが口を開いた瞬間――その声は恐ろしいほどはっきりとセルジュの耳に届いた。
「セルジュさん?」
鼓膜を震わせるその声に、ぞくりと悪寒が走る。
あれから何年経ったのか、声変わりもしているだろうに、姿を確認しなくてもセルジュには声の主がわかってしまった。
間違いようもない、この女は――。
「コレット・マイヤール……」
からからに渇いた喉で少女の名前を絞り出す。
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