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第1話 トラウマがやってきた
③
***
振り下ろされた切っ先を受け流し、鍔迫り合いに持ち込む。しばらく拮抗状態を続け、相手の集中が途切れた一瞬を見計らって柄を捻ると、甲高い金属音とともに弾き飛ばされた剣が石畳に転がった。
手首を抑えて膝をつく相手の眼前に剣先を突き付け、セルジュはにやりと笑ってみせる。
「勝負あったな」
「……あー、またかよ。くそー」
したり顔でセルジュが勝利を告げると、稽古相手の騎士は気の抜けた声とともに両手両足を投げ出して地面に伸びた。
「相変わらず強ぇな。俺の前に十人相手してたから今日はイケると思ったんだけどなー」
「相手の疲労を当てにしてるようでは高が知れるぞ」
騎士の言葉をふんと鼻で笑い飛ばし、一度剣を振ると、セルジュはその場を離れ、訓練場の隅でこちらを見据える男の元へ向かった。
黒い燕尾服に身を包んだ赤銅色の髪の青年は、腕を組んで眼前に立つセルジュと向かい合うと、灰色の瞳を細めて優雅に微笑んだ。
「朝から精が出ますね」
「これが仕事だからな。それより何の用だ、ロラン」
汗を拭いながら要件を尋ねる。ロランと呼ばれた青年は懐から手帳を取り出すと、すらすらと言葉を連ねはじめた。
「本日のスケジュールの確認に来ました。午後から王太子殿下に剣術の稽古をつけるお約束は覚えていますね?」
「覚えている。安心しろ、この程度の訓練の疲れなど午後には響かん。殿下の訓練でも全力でお相手するつもりだ」
「……それです。それが困るんです。貴方は何かと勝ちに拘る。殿下は良いと仰いますが、それでは困るのです」
深々と溜め息をつかれ、セルジュは太い眉を露骨に顰めた。
「手を抜く方が失礼に当たるだろう。第一、殿下の剣の腕は俺と互角だ。手を抜けばこちらがやられる」
腕を組んで踏ん反り返るセルジュの言葉に、ロランは首を振って顔を伏せ、眉間を抑えた。
「本日の訓練には殿下の婚約者であらせられるグランセル公爵令嬢リュシエンヌ様が同席なさるんですよ」
「それがなんだ」
「鈍感ですね。こういった場合、殿下に格好良く勝たせて差し上げるのも臣下の勤めだと言っているのです」
「……なるほど」
要するに、惚れた相手に良いところを見せるための引き立て役になれということか。それならそうとわかりやすく言えば良いだろうに。
「善処しよう」
ため息混じりにそう応えると、セルジュはずかずかと王宮に向かって歩き出した。やれやれと肩を竦ませて、ロランが後を追ってきた。
ロランはセルジュが仕えるべき主であるデュラン王国王太子ヴィルジールの従者だ。セルジュが王太子の護衛騎士に任命された同日に王宮に上がったらしく、文官と武官という別の所属でありながらも、王太子付きという立場上、ふたりはなにかと行動を共にすることが多い。子爵家の次男という似たような環境で育ったこともあり、互いに身の上話をすることも度々あった。
「婚約者と言えば、セルジュ、貴方も特定の相手がいたりするのですか?」
王太子の私室に向かう途中、それまで黙って隣を歩いていたロランが徐に切り出した。今朝の悪夢のこともあり、無意識にごくりと生唾を飲むと、セルジュは平静を装いながら曖昧に問いに応えた。
「……今はいない」
「親に縁談を持ち掛けられたりは……?」
「ない」
「そうですか、羨ましいですね」
微かに含みをもたせてそう呟くと、それきりロランは口を噤んだ。大方、親に縁談でも薦められたのだろう。憂鬱な溜息をこぼすロランに僅かに同情しながらも、女性関係の話題がすぐに済んだことに、セルジュはほっと胸を撫で下ろした。
女性恐怖症のことはまだ誰にも話していない。幸い騎士団には男しか所属しておらず、教育の行き届いた女中達は決まった時間にしか姿を見せない。そのため、王宮では意図的に女性と接することなく暮らすことが可能だった。
言ってみれば、この王宮はセルジュがトラウマに思い悩むことなく暮らせる貴重な場所だったのだ。
少なくとも、このときまでは――。
振り下ろされた切っ先を受け流し、鍔迫り合いに持ち込む。しばらく拮抗状態を続け、相手の集中が途切れた一瞬を見計らって柄を捻ると、甲高い金属音とともに弾き飛ばされた剣が石畳に転がった。
手首を抑えて膝をつく相手の眼前に剣先を突き付け、セルジュはにやりと笑ってみせる。
「勝負あったな」
「……あー、またかよ。くそー」
したり顔でセルジュが勝利を告げると、稽古相手の騎士は気の抜けた声とともに両手両足を投げ出して地面に伸びた。
「相変わらず強ぇな。俺の前に十人相手してたから今日はイケると思ったんだけどなー」
「相手の疲労を当てにしてるようでは高が知れるぞ」
騎士の言葉をふんと鼻で笑い飛ばし、一度剣を振ると、セルジュはその場を離れ、訓練場の隅でこちらを見据える男の元へ向かった。
黒い燕尾服に身を包んだ赤銅色の髪の青年は、腕を組んで眼前に立つセルジュと向かい合うと、灰色の瞳を細めて優雅に微笑んだ。
「朝から精が出ますね」
「これが仕事だからな。それより何の用だ、ロラン」
汗を拭いながら要件を尋ねる。ロランと呼ばれた青年は懐から手帳を取り出すと、すらすらと言葉を連ねはじめた。
「本日のスケジュールの確認に来ました。午後から王太子殿下に剣術の稽古をつけるお約束は覚えていますね?」
「覚えている。安心しろ、この程度の訓練の疲れなど午後には響かん。殿下の訓練でも全力でお相手するつもりだ」
「……それです。それが困るんです。貴方は何かと勝ちに拘る。殿下は良いと仰いますが、それでは困るのです」
深々と溜め息をつかれ、セルジュは太い眉を露骨に顰めた。
「手を抜く方が失礼に当たるだろう。第一、殿下の剣の腕は俺と互角だ。手を抜けばこちらがやられる」
腕を組んで踏ん反り返るセルジュの言葉に、ロランは首を振って顔を伏せ、眉間を抑えた。
「本日の訓練には殿下の婚約者であらせられるグランセル公爵令嬢リュシエンヌ様が同席なさるんですよ」
「それがなんだ」
「鈍感ですね。こういった場合、殿下に格好良く勝たせて差し上げるのも臣下の勤めだと言っているのです」
「……なるほど」
要するに、惚れた相手に良いところを見せるための引き立て役になれということか。それならそうとわかりやすく言えば良いだろうに。
「善処しよう」
ため息混じりにそう応えると、セルジュはずかずかと王宮に向かって歩き出した。やれやれと肩を竦ませて、ロランが後を追ってきた。
ロランはセルジュが仕えるべき主であるデュラン王国王太子ヴィルジールの従者だ。セルジュが王太子の護衛騎士に任命された同日に王宮に上がったらしく、文官と武官という別の所属でありながらも、王太子付きという立場上、ふたりはなにかと行動を共にすることが多い。子爵家の次男という似たような環境で育ったこともあり、互いに身の上話をすることも度々あった。
「婚約者と言えば、セルジュ、貴方も特定の相手がいたりするのですか?」
王太子の私室に向かう途中、それまで黙って隣を歩いていたロランが徐に切り出した。今朝の悪夢のこともあり、無意識にごくりと生唾を飲むと、セルジュは平静を装いながら曖昧に問いに応えた。
「……今はいない」
「親に縁談を持ち掛けられたりは……?」
「ない」
「そうですか、羨ましいですね」
微かに含みをもたせてそう呟くと、それきりロランは口を噤んだ。大方、親に縁談でも薦められたのだろう。憂鬱な溜息をこぼすロランに僅かに同情しながらも、女性関係の話題がすぐに済んだことに、セルジュはほっと胸を撫で下ろした。
女性恐怖症のことはまだ誰にも話していない。幸い騎士団には男しか所属しておらず、教育の行き届いた女中達は決まった時間にしか姿を見せない。そのため、王宮では意図的に女性と接することなく暮らすことが可能だった。
言ってみれば、この王宮はセルジュがトラウマに思い悩むことなく暮らせる貴重な場所だったのだ。
少なくとも、このときまでは――。
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