幼馴染みに初めてを奪われた騎士はトラウマを克服したい

柴咲もも

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第4話 責任の取らせかた

***


「ここに砂時計がある」

 そう言って棚の上の砂時計を手に取ると、セルジュは机の上でそれをひっくり返してみせた。
 淡く色付けられた砂が小さな穴からさらさらと零れ落ちていく。榛色の瞳を輝かせて、コレットは愉しそうにその様子に見入っていた。

「お前には、毎晩この砂が全て落ちきるまでの十分間、俺の手を握ってもらう」
「そんなことで良いならお安い御用です」

 セルジュがぶっきらぼうに告げると、コレットはぱっと顔を上げて躊躇いなく頷いてみせた。

 口先だけならどうとでも言える。
 少年の頃、ダンスのレッスンで大声で馬鹿にされた屈辱を思い出しながら、ベッドに腰掛けたままのコレットと向かい合う。差し出された小さな手に恐る恐る手を伸ばし、セルジュはごくりと息を飲んだ。
 ほっそりとした指先とかたちの良い薄桃色の爪。触れた指先は少し冷たく、包み込んだ手のひらはしっとりと柔らかかった。
 セルジュの額に汗が滲む。部屋にふたりきりという状況に今更緊張してきたのか、それとも手が触れ合っているせいか、心臓が耳障りなほどにばくばくと音を立てていた。
 じっとりと背筋を伝う汗が気持ち悪く、嫌な汗がシャツの脇や背中をぐっしょりと濡らしていた。握り締めた手のひらは既に汗だくで、コレットの指が手の内でぬるりと滑った気がした。

「……手汗すごいですよ」

 あっさりと指摘され、セルジュはぎくりと身を強張らせた。
 予測できていたものの、その言葉はセルジュが苛立ちを覚えるには充分すぎるもので、セルジュのこめかみにうっすらと血管が浮かび上がった。

 ――万が一にも気持ち悪いなどと口にして手を放そうものなら、無理矢理にでも捕まえて、指の先から上腕まで手汗を塗りたくって、それこそトラウマになるほどぬるぬるにしてやる!

 そう息巻いたセルジュだったが、事態は予想外の展開を迎えた。繋いだ手を黙ってみつめていたコレットが、あろうことかセルジュの指に自分の指先を絡めたのだ。
 指と指のあいだにぬるりと指先が滑り込み、肌の表面を親指が丁寧になぞる。ぞくりと肌が粟立って、思わず熱い吐息を漏らしそうになった。

「座らないんですか?」

 空いたベッドを視線で指され、セルジュはハッと我に返った。大きく首を振り、コレットの隣に腰を下ろす。木製のベッドがぎしりと軋んだ音を立てた。

 砂時計の砂が流れる清らかな音が室内に響く。
 手を繋いでからの数分間、セルジュはひたすら前方の壁を睨み、シミの数を数えていた。相変わらず全身が不快な汗をかいているが、決して嫌な気分ではない。
 隣に座るコレットは暇を持て余すように脚をぱたぱたと動かしているものの、先程から黙りこくったままだ。普段が騒がしいだけに、大人しくされると余計に調子が狂う気がした。

「その……小説を書いていると言っていたが、どんな話を書くんだ」

 視線を壁に向けたまま、セルジュが思い切って口を開く。ぱたぱたと動いていたコレットの脚が止まり、榛色の瞳がセルジュの顔に向けられた気がした。
 ややあって、セルジュの耳に緊張感のかけらもないコレットの声が届いた。

「期間限定とはいえせっかくの王宮勤めですし、この経験を活かして嫉妬と陰謀に塗れたどろっどろの人間関係を巡るめくるめく官の――恋愛小説でも書こうかと思ってるところです」
「お前今官能小説って言いかけただろう」

 呆れたように呟くと、コレットは「えへっ」と肩を竦ませて悪戯っぽく微笑んだ。
 不愉快なだけの相手だと思っていた。それなのに、不思議と憎めない気がして。
 セルジュはふたたび口を閉ざし、壁のシミの数を数えはじめた。
 
「……本当に手汗すごいですね」
「うるさい黙れ」

 素っ気ない言葉を返すたびに、彼女は愉しそうにくすくすと笑う。
 胸の鼓動は未だ落ち着きを取り戻してはいなかった。けれど、セルジュはいつの間にか、この状況に不思議な心地良さを感じはじめていた。

 砂時計の砂がすべて零れ落ちるまで、あと少し。



 この日から、セルジュの毎日におかしな日課が加わった。

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