13 / 67
第5話 とてもご立派でした
①
ヴィルジールがセルジュを執務室に呼び出したのは、セルジュがリュシエンヌの護衛の任を放棄した翌日、昼中のことだった。
上背のあるセルジュでも優に通り抜けることができる背の高い豪奢な扉。その前に立ち、セルジュは深々と息を吐いた。
いつもは見上げるだけの扉の奥で、ヴィルジールが今、セルジュの到着を待っている。昨日セルジュが犯した不始末に沙汰を下すために。
覚悟こそしてきたものの、任務を放棄した理由を問い詰められることや、ようやく手にした護衛騎士の任を解かれる可能性を考えると、胃の奥がきりきりと痛んだ。意を決して軽くドアノックを打ち付けると、小気味良い音が廊下に響き、 程無くして重い扉が開かれた。
いつもと変わらない、赤銅色の髪の燕尾服の男が顔を覗かせる。
「殿下がお待ちですよ」
セルジュの顔を見て優美な笑みを浮かべると、ロランはセルジュを室内に通し、静かに扉を閉めた。
広い室内に紙の上をはしる羽根ペンの心地よい音が響く。中央に置かれた執務机にうず高く積まれた書類の向こう側で、蜂蜜色の髪が揺れていた。
姿勢を正したセルジュを扉の前で待たせ、ロランは執務に没頭するヴィルジールの元へと向かう。ややあって、書類の向こう側からヴィルジールが端整な顔を覗かせた。
「遅かったね。今日は騎士団との合同訓練だったっけ?」
気さくに微笑むヴィルジールの様子は、いつもと変わらない。セルジュが黙って頭を下げると、彼は机の上の書類の山を退けて視界を確保し、ゆったりと椅子の背に身を預けた。
無言で一礼したロランが部屋を出る。これからヴィルジールが告げる言葉の深刻さが嫌でも伝わってくる。空色の瞳を真っ直ぐに向けられて、意識せずとも喉がなった。硬く身を強張らせてセルジュは王太子の言葉を待った。
「堅苦しい挨拶をする仲でもない。手短に言わせてもらうよ」
慣れ親しみつつあったはずの砕けた物言いにも不安が煽られ、セルジュは拳を硬く握り締めると、目を逸らしたくなる衝動をぐっと堪えた。
昨夜から幾度となく脳内で再現し続けた言葉が、いよいよヴィルジールの口から告げられるのだ。判決を待つ被告人の気分で、ぎりと奥歯を噛み締める。
緊迫した空気の中、ヴィルジールは徐に口を開いた。
「昨日は助かった。リュシエンヌもとても喜んでいたよ」
予想外の言葉に、セルジュは赤褐色の瞳を見開いた。満足気な様子で告げて、ヴィルジールは更に話を続ける。
美しく整った庭園の植木や花畑に興奮してリュシエンヌが庭師を褒め称えていたこと、紅茶と茶菓子を気に入って料理人についてまで詳しく聞かれたこと、それらの話を瞳を輝かせて語るリュシエンヌがいつもよりいっそう輝いて見えたこと……。
リュシエンヌと交わしたであろう会話の一部始終を、ヴィルジールは悦に入って語り続けた。
「……ってリュシエンヌが言うわけ。セルジュ、ちゃんと聞いてる?」
「ええ、まあ……」
どの辺りが手短なのだろうか。
うんざりするような惚気話の数々を聞き流しながら、セルジュはロランが席を外した意味を今更ながらに理解したのだった。
結局のところ、リュシエンヌは昨日のことをうまく誤魔化してくれていたようだ。最初から最後まで、ヴィルジールの口からセルジュの職務放棄を指摘する言葉が出ることはなかった。
だが、不可抗力とはいえ、セルジュは実際にリュシエンヌに手を上げたのだ。事実を誤魔化して護衛を続け、いざという時に失態を犯すわけにもいかない。結果として、セルジュは惚気話を聞き流しながら脳内で昨日の不祥事の話を簡潔に纏め、ヴィルジールに全てを打ち明けた。
女性恐怖症の所為で、このままでは王太子護衛騎士の任務にも支障が出る可能性が高いこと、女性恐怖症を克服するために努力することを説明し、そのうえで、期日内に克服できなかったそのときは、護衛騎士を辞任することを約束したのだ。
セルジュの話に黙って耳を傾けていたヴィルジールは、「少し考える時間をくれ」と言って、セルジュに暇を出した。
上背のあるセルジュでも優に通り抜けることができる背の高い豪奢な扉。その前に立ち、セルジュは深々と息を吐いた。
いつもは見上げるだけの扉の奥で、ヴィルジールが今、セルジュの到着を待っている。昨日セルジュが犯した不始末に沙汰を下すために。
覚悟こそしてきたものの、任務を放棄した理由を問い詰められることや、ようやく手にした護衛騎士の任を解かれる可能性を考えると、胃の奥がきりきりと痛んだ。意を決して軽くドアノックを打ち付けると、小気味良い音が廊下に響き、 程無くして重い扉が開かれた。
いつもと変わらない、赤銅色の髪の燕尾服の男が顔を覗かせる。
「殿下がお待ちですよ」
セルジュの顔を見て優美な笑みを浮かべると、ロランはセルジュを室内に通し、静かに扉を閉めた。
広い室内に紙の上をはしる羽根ペンの心地よい音が響く。中央に置かれた執務机にうず高く積まれた書類の向こう側で、蜂蜜色の髪が揺れていた。
姿勢を正したセルジュを扉の前で待たせ、ロランは執務に没頭するヴィルジールの元へと向かう。ややあって、書類の向こう側からヴィルジールが端整な顔を覗かせた。
「遅かったね。今日は騎士団との合同訓練だったっけ?」
気さくに微笑むヴィルジールの様子は、いつもと変わらない。セルジュが黙って頭を下げると、彼は机の上の書類の山を退けて視界を確保し、ゆったりと椅子の背に身を預けた。
無言で一礼したロランが部屋を出る。これからヴィルジールが告げる言葉の深刻さが嫌でも伝わってくる。空色の瞳を真っ直ぐに向けられて、意識せずとも喉がなった。硬く身を強張らせてセルジュは王太子の言葉を待った。
「堅苦しい挨拶をする仲でもない。手短に言わせてもらうよ」
慣れ親しみつつあったはずの砕けた物言いにも不安が煽られ、セルジュは拳を硬く握り締めると、目を逸らしたくなる衝動をぐっと堪えた。
昨夜から幾度となく脳内で再現し続けた言葉が、いよいよヴィルジールの口から告げられるのだ。判決を待つ被告人の気分で、ぎりと奥歯を噛み締める。
緊迫した空気の中、ヴィルジールは徐に口を開いた。
「昨日は助かった。リュシエンヌもとても喜んでいたよ」
予想外の言葉に、セルジュは赤褐色の瞳を見開いた。満足気な様子で告げて、ヴィルジールは更に話を続ける。
美しく整った庭園の植木や花畑に興奮してリュシエンヌが庭師を褒め称えていたこと、紅茶と茶菓子を気に入って料理人についてまで詳しく聞かれたこと、それらの話を瞳を輝かせて語るリュシエンヌがいつもよりいっそう輝いて見えたこと……。
リュシエンヌと交わしたであろう会話の一部始終を、ヴィルジールは悦に入って語り続けた。
「……ってリュシエンヌが言うわけ。セルジュ、ちゃんと聞いてる?」
「ええ、まあ……」
どの辺りが手短なのだろうか。
うんざりするような惚気話の数々を聞き流しながら、セルジュはロランが席を外した意味を今更ながらに理解したのだった。
結局のところ、リュシエンヌは昨日のことをうまく誤魔化してくれていたようだ。最初から最後まで、ヴィルジールの口からセルジュの職務放棄を指摘する言葉が出ることはなかった。
だが、不可抗力とはいえ、セルジュは実際にリュシエンヌに手を上げたのだ。事実を誤魔化して護衛を続け、いざという時に失態を犯すわけにもいかない。結果として、セルジュは惚気話を聞き流しながら脳内で昨日の不祥事の話を簡潔に纏め、ヴィルジールに全てを打ち明けた。
女性恐怖症の所為で、このままでは王太子護衛騎士の任務にも支障が出る可能性が高いこと、女性恐怖症を克服するために努力することを説明し、そのうえで、期日内に克服できなかったそのときは、護衛騎士を辞任することを約束したのだ。
セルジュの話に黙って耳を傾けていたヴィルジールは、「少し考える時間をくれ」と言って、セルジュに暇を出した。
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389