幼馴染みに初めてを奪われた騎士はトラウマを克服したい

柴咲もも

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第7話 不名誉な噂

***


 セルジュとロランが書類整理を終えたのは、コレットが部屋を出て行って一時間ほど経ってからのことだった。

「ご苦労様でした。とても助かりました」

 すっきりと片付いた執務机を満足げに見下ろして、ロランはセルジュを振り返り、ふっと表情を和らげる。
 部屋の中央で腕を組み、仁王立ちしていたセルジュは、「当然だ」と大きく頷いて、それから皮肉を込めてロランに告げた。

「そういえばロラン、このあいだはよくも嵌めてくれたな。まさか殿下の惚気話をひとりで延々と聞かされることになるとは思いもしなかったぞ」

 片方の口の端を吊り上げて、セルジュは意地悪く笑ってみせる。一瞬目を丸くしたロランがくすりと含み笑って肩を竦めた。

「一度くらい良いじゃないですか。私なんてリュシエンヌ様がいらしてから毎日のようにアレを聞かされているのですよ」
「知るか。それがお前の仕事だろう」

 そう言ってセルジュが笑い飛ばすと、ロランはやれやれと肩を落として苦笑した。そのまま窓の外へと視線を動かし、灰色の瞳をすっと細める。ロランの視線は、庭園の向こう側に建つ騎士団宿舎に向けられていた。
 ややあって、ロランは徐に口を開いた。

「そんなことより、セルジュ、貴方が夜な夜な自室に女性を連れ込んでいると、城内のあちこちで噂になっていますよ」
「否定はしない。だが、彼女が俺の部屋に居るのはほんの十分程度だ。何も問題ないだろう」
「ええ、その通りです。報告では彼女が部屋に入ってから出てくるまでは精々十五分。しかし、手短に前戯を済ませて挿入と同時に果てるのであれば充分に性交渉が可能な時間でもあります。故に皆のあいだではこう噂されています。『王太子護衛騎士のセルジュはデュラン王国一の早漏だ』と」
「ふざけるな」

 心底うんざりしながら吐き捨てると、セルジュは応接用ソファにどさりと腰を落とし、大きな溜め息をついた。
 過去にも似たような経験をした覚えがあった。悪意のある渾名を付けられ陰口を叩かれ続けた、寄宿学校時代に受けた子供の虐めとまるで同じだ。
 けれど、あの頃ほど精神的ダメージを受けた気がしないのは、セルジュ自身が多少なりとも成長したということなのだろうか。
 肘掛に頬杖をつき、セルジュが不機嫌を露わにしていると、向かい合うソファに腰を下ろし、ロランは穏やかな口調で続けた。

「先日の騎士団宿舎の痴女騒ぎの際に、相当ご立派な姿を皆に見せ付けたそうじゃないですか。貴方は硬派で実直で若くして王太子の護衛騎士に任命された。それだけでも妬まれる要因は充分なのに、ご立派な男性の象徴まで見せ付ければ、可笑しな噂を立てる輩が現れても何ら不思議ではありません」
「……馬鹿馬鹿しい!」

 セルジュは声を荒げた。
 シモの話で馬鹿にされるのも不服ではあった。だがそれ以上に、この不名誉な噂に巻き込まれてコレットにあらぬ誤解が生じるほうが不愉快だった。
 不能も同然のセルジュからすれば早漏のほうがある意味マシな気さえするが、純潔であることが重要視される貴族令嬢のコレットにとってはそうではない。セルジュと男女の関係があると誤解されるだけで、彼女の名誉は酷く傷付くことになる。
 決断することは容易かった。真っ直ぐにロランと向かい合い、セルジュはその言葉を口にした。

「俺は女性恐怖症だ。コレットには女性に慣れるための手伝いをして貰っている。それだけだ」

 ロランの灰色の瞳が丸くなる。己の女性恐怖症について、セルジュはロランに全て打ち明けた。


「それは……それが本当なら、なかなかに問題ではありませんか?」
「殿下にはすでにお伝えしてある。俺がこうして暇している理由もそれだ」
「……なるほど」

 口元を手のひらで覆い、ロランが視線を落とす。ちらりと窓の外を見やると、青々と広がる空を鳥の群れが横切っていった。
 部屋を満たす重い空気を退けるように、セルジュは唸り声に似た低音で続けた。

「頼むロラン、俺の女性恐怖症については口外して構わない。これ以上くだらない噂が広まらないように早急に対処してくれ。不能だろうが早漏だろうが、俺に対する醜聞が立つのは一向に構わんが、ただ俺を手伝っているだけのあいつまで不名誉な噂に巻き込むわけにはいかないんだ」

 言い切って、頭を垂れる。セルジュの言葉を聞き届け、ロランは驚いたように目を瞬かせた。

「意外です、貴方がコレットさんを庇うようなことを言うなんて。てっきり貴方は彼女を毛嫌いしているものだと思っていました」
「毛嫌いしていたとしても――」

 ロランの言葉を復唱して、セルジュはその言葉に微かな違和を感じた。
 確かに少年時代のあの件以来、セルジュはずっとコレットのことが嫌いだった。再会してからも、セルジュの人生を狂わせておきながら無邪気に笑う彼女に苛立ちを覚えた。
 だが、果たして現在も以前と同様に彼女を嫌っているのかと問われれば、今のセルジュには、はっきりと答えられる自信がなかった。

「……借りがある以上、義理は果たすものだろう」
「そういうものでしょうか」

 絞り出すようなセルジュの呟きに、ロランはくすりと微笑んだ。胸の内を見透すように灰色の瞳が細められる。
 若干の居心地の悪さを感じながら、セルジュはもう一度、窓の外へと目を向けた。

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