37 / 67
第13話 好きな人とするべきだと、思うから
④
「むぐっ……」
突然鼻と口を塞がれて、セルジュは咄嗟に目を開けた。大きく見開かれた榛色の瞳が眼に映り、次いでセルジュの顔の下半分を手のひらで覆い、後方に倒れそうなほどに上体を仰け反らせるコレットの姿が眼に入った。慌ててコレットの手を引き剥がし、抱き寄せた身体を解放する。
「わ、悪かった。そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと思って……もうしないから、そんなに嫌がらないでくれ」
おろおろとしながらセルジュが弁解すると、コレットはセルジュから目を逸らし、少し顔をうつむかせて言った。
「い、嫌じゃないです。でも、こういうことは好きな人とするべきだと、思うから……」
「――正論だ」
ごくりと息を飲み、セルジュは一歩退いた。コレットはおそらく正しい。少なくとも、セルジュにはそう思えたからだ。
コレットの価値観がセルジュのものと近しいことは、とても幸いなことだった。けれど、それは同時に、セルジュの心を深い闇のどん底まで突き落とす事実でもあった。
愕然とするセルジュに気付いてか否か、コレットはうつむいたままセルジュに訊ねた。
「あ、の……訓練って、やっぱりそういうこともするんですか?」
「そういうこと……?」
「その……えっちな……性的な行為というか……」
困ったように呟いて、それからちらりとセルジュを見上げる。
コレットの態度が最初の夜とあまりにも違いすぎたので、セルジュには解ってしまった。
セルジュが大切に想っていたあの頃と、今のコレットは全く変わっていない。口先では強がっていても、相変わらず真面目で純情なままなのだ。
頬を紅く染めあげたコレットがたどたどしく口にしたその言葉に、セルジュは耳を傾けた。
「せ……せっくす、とか……」
ふっと笑いが漏れる。
「それはしない、と初めに言っただろう」
「でも……」
セルジュは否定したけれど、コレットは下唇をきゅっと噛み締めて、そのまま視線を彷徨わせた。
コレットが戸惑うのも当然だ。セルジュの股間が堂々と存在を主張して、ズボンの前をはち切れんばかりに突きあげているのだから。
「言いたいことはわかる。このとおり、俺の身体も女性に対して正常な反応を示すようになったしな。お前のおかげだ……などと言われても、気持ち悪いだけだろうが」
苦笑して、セルジュは棚の上に目をやった。砂時計は昨夜時を刻み終えたそのままで、棚の上に静かに佇んでいた。
潮時か、と溜め息をつき、セルジュはコレットに告げた。
「女性に触れても然程緊張もしなくなったし、訓練はもう必要ないだろう。今まで付き合ってくれて助かった。感謝する」
はっと顔を上げたコレットを、有無を言わさず廊下へと送り出す。閉ざした扉に寄り掛かり、セルジュは宙を見上げた。
「好きな人と、か……」
落ち込んでいる自分がおかしかった。
コレットが言い返さないのをいい事に散々ひどい言葉を浴びせておきながら、キスを拒まれるとは考えもしていなかった。久しぶりの再会のあとも昔と変わらず懐いてくれていたから、勝手に好かれていると思っていたのだ。
コレットは立派に良識ある女性へと成長していた。内気な少女だったあの頃とは違い、苦手だった人付き合いも見事に克服して。元婚約者というだけの赤の他人の胡散臭い訓練に、嫌な顔ひとつせずに付き合うことができるほどに。
「馬鹿か……俺は……」
盛大な溜め息が漏れる。前髪を掻き毟り、セルジュは床に座り込んだ。
キスを迫って、そのあとどうするつもりだったのだろう。コレットはセルジュの女性恐怖症に責任を感じて訓練に付き合ってくれていただけなのに。厚意に甘えて、勝手に欲望に駆られて、押し倒すつもりだったのか。――いきり勃った欲望の塊を、あの華奢な身体に突き立てて、手篭めにでもするつもりだったのか。
棚の上の砂時計を、セルジュはちらりと見上げる。頬を染めて困ったように俯いていたコレットの顔が、まぶたの裏に焼き付いていた。
訓練が終わった以上、コレットがこの部屋を訪れることはなくなるはずだ。もう二度と、この腕で彼女を抱き締めることもないだろう。
あのときセルジュが無理にでも迫っていれば、コレットはセルジュに抱かれたのかもしれない。けれど、それでは何の意味もない。
コレットの言うとおり、セルジュもその行為を、愛し合うふたりだけに許される神聖なものだと思っているのだから。
突然鼻と口を塞がれて、セルジュは咄嗟に目を開けた。大きく見開かれた榛色の瞳が眼に映り、次いでセルジュの顔の下半分を手のひらで覆い、後方に倒れそうなほどに上体を仰け反らせるコレットの姿が眼に入った。慌ててコレットの手を引き剥がし、抱き寄せた身体を解放する。
「わ、悪かった。そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと思って……もうしないから、そんなに嫌がらないでくれ」
おろおろとしながらセルジュが弁解すると、コレットはセルジュから目を逸らし、少し顔をうつむかせて言った。
「い、嫌じゃないです。でも、こういうことは好きな人とするべきだと、思うから……」
「――正論だ」
ごくりと息を飲み、セルジュは一歩退いた。コレットはおそらく正しい。少なくとも、セルジュにはそう思えたからだ。
コレットの価値観がセルジュのものと近しいことは、とても幸いなことだった。けれど、それは同時に、セルジュの心を深い闇のどん底まで突き落とす事実でもあった。
愕然とするセルジュに気付いてか否か、コレットはうつむいたままセルジュに訊ねた。
「あ、の……訓練って、やっぱりそういうこともするんですか?」
「そういうこと……?」
「その……えっちな……性的な行為というか……」
困ったように呟いて、それからちらりとセルジュを見上げる。
コレットの態度が最初の夜とあまりにも違いすぎたので、セルジュには解ってしまった。
セルジュが大切に想っていたあの頃と、今のコレットは全く変わっていない。口先では強がっていても、相変わらず真面目で純情なままなのだ。
頬を紅く染めあげたコレットがたどたどしく口にしたその言葉に、セルジュは耳を傾けた。
「せ……せっくす、とか……」
ふっと笑いが漏れる。
「それはしない、と初めに言っただろう」
「でも……」
セルジュは否定したけれど、コレットは下唇をきゅっと噛み締めて、そのまま視線を彷徨わせた。
コレットが戸惑うのも当然だ。セルジュの股間が堂々と存在を主張して、ズボンの前をはち切れんばかりに突きあげているのだから。
「言いたいことはわかる。このとおり、俺の身体も女性に対して正常な反応を示すようになったしな。お前のおかげだ……などと言われても、気持ち悪いだけだろうが」
苦笑して、セルジュは棚の上に目をやった。砂時計は昨夜時を刻み終えたそのままで、棚の上に静かに佇んでいた。
潮時か、と溜め息をつき、セルジュはコレットに告げた。
「女性に触れても然程緊張もしなくなったし、訓練はもう必要ないだろう。今まで付き合ってくれて助かった。感謝する」
はっと顔を上げたコレットを、有無を言わさず廊下へと送り出す。閉ざした扉に寄り掛かり、セルジュは宙を見上げた。
「好きな人と、か……」
落ち込んでいる自分がおかしかった。
コレットが言い返さないのをいい事に散々ひどい言葉を浴びせておきながら、キスを拒まれるとは考えもしていなかった。久しぶりの再会のあとも昔と変わらず懐いてくれていたから、勝手に好かれていると思っていたのだ。
コレットは立派に良識ある女性へと成長していた。内気な少女だったあの頃とは違い、苦手だった人付き合いも見事に克服して。元婚約者というだけの赤の他人の胡散臭い訓練に、嫌な顔ひとつせずに付き合うことができるほどに。
「馬鹿か……俺は……」
盛大な溜め息が漏れる。前髪を掻き毟り、セルジュは床に座り込んだ。
キスを迫って、そのあとどうするつもりだったのだろう。コレットはセルジュの女性恐怖症に責任を感じて訓練に付き合ってくれていただけなのに。厚意に甘えて、勝手に欲望に駆られて、押し倒すつもりだったのか。――いきり勃った欲望の塊を、あの華奢な身体に突き立てて、手篭めにでもするつもりだったのか。
棚の上の砂時計を、セルジュはちらりと見上げる。頬を染めて困ったように俯いていたコレットの顔が、まぶたの裏に焼き付いていた。
訓練が終わった以上、コレットがこの部屋を訪れることはなくなるはずだ。もう二度と、この腕で彼女を抱き締めることもないだろう。
あのときセルジュが無理にでも迫っていれば、コレットはセルジュに抱かれたのかもしれない。けれど、それでは何の意味もない。
コレットの言うとおり、セルジュもその行為を、愛し合うふたりだけに許される神聖なものだと思っているのだから。
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389