幼馴染みに初めてを奪われた騎士はトラウマを克服したい

柴咲もも

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第13話 好きな人とするべきだと、思うから

「むぐっ……」

 突然鼻と口を塞がれて、セルジュは咄嗟に目を開けた。大きく見開かれた榛色の瞳が眼に映り、次いでセルジュの顔の下半分を手のひらで覆い、後方に倒れそうなほどに上体を仰け反らせるコレットの姿が眼に入った。慌ててコレットの手を引き剥がし、抱き寄せた身体を解放する。

「わ、悪かった。そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと思って……もうしないから、そんなに嫌がらないでくれ」

 おろおろとしながらセルジュが弁解すると、コレットはセルジュから目を逸らし、少し顔をうつむかせて言った。

「い、嫌じゃないです。でも、こういうことは好きな人とするべきだと、思うから……」
「――正論だ」

 ごくりと息を飲み、セルジュは一歩退いた。コレットはおそらく正しい。少なくとも、セルジュにはそう思えたからだ。
 コレットの価値観がセルジュのものと近しいことは、とても幸いなことだった。けれど、それは同時に、セルジュの心を深い闇のどん底まで突き落とす事実でもあった。
 愕然とするセルジュに気付いてか否か、コレットはうつむいたままセルジュに訊ねた。

「あ、の……訓練って、やっぱりもするんですか?」
……?」
「その……えっちな……性的な行為というか……」

 困ったように呟いて、それからちらりとセルジュを見上げる。
 コレットの態度が最初の夜とあまりにも違いすぎたので、セルジュには解ってしまった。
 セルジュが大切に想っていたあの頃と、今のコレットは全く変わっていない。口先では強がっていても、相変わらず真面目で純情なままなのだ。
 頬を紅く染めあげたコレットがたどたどしく口にしたその言葉に、セルジュは耳を傾けた。

「せ……せっくす、とか……」

 ふっと笑いが漏れる。

「それはしない、と初めに言っただろう」
「でも……」

 セルジュは否定したけれど、コレットは下唇をきゅっと噛み締めて、そのまま視線を彷徨わせた。
 コレットが戸惑うのも当然だ。セルジュの股間が堂々と存在を主張して、ズボンの前をはち切れんばかりに突きあげているのだから。

「言いたいことはわかる。このとおり、俺の身体も女性に対して正常な反応を示すようになったしな。お前のおかげだ……などと言われても、気持ち悪いだけだろうが」

 苦笑して、セルジュは棚の上に目をやった。砂時計は昨夜時を刻み終えたそのままで、棚の上に静かに佇んでいた。
 潮時か、と溜め息をつき、セルジュはコレットに告げた。

「女性に触れても然程緊張もしなくなったし、訓練はもう必要ないだろう。今まで付き合ってくれて助かった。感謝する」

 はっと顔を上げたコレットを、有無を言わさず廊下へと送り出す。閉ざした扉に寄り掛かり、セルジュは宙を見上げた。

「好きな人と、か……」

 落ち込んでいる自分がおかしかった。
 コレットが言い返さないのをいい事に散々ひどい言葉を浴びせておきながら、キスを拒まれるとは考えもしていなかった。久しぶりの再会のあとも昔と変わらず懐いてくれていたから、勝手に好かれていると思っていたのだ。
 コレットは立派に良識ある女性へと成長していた。内気な少女だったあの頃とは違い、苦手だった人付き合いも見事に克服して。元婚約者というだけの赤の他人の胡散臭い訓練に、嫌な顔ひとつせずに付き合うことができるほどに。

「馬鹿か……俺は……」

 盛大な溜め息が漏れる。前髪を掻き毟り、セルジュは床に座り込んだ。
 キスを迫って、そのあとどうするつもりだったのだろう。コレットはセルジュの女性恐怖症に責任を感じて訓練に付き合ってくれていただけなのに。厚意に甘えて、勝手に欲望に駆られて、押し倒すつもりだったのか。――いきり勃った欲望の塊を、あの華奢な身体に突き立てて、手篭めにでもするつもりだったのか。

 棚の上の砂時計を、セルジュはちらりと見上げる。頬を染めて困ったように俯いていたコレットの顔が、まぶたの裏に焼き付いていた。
 訓練が終わった以上、コレットがこの部屋を訪れることはなくなるはずだ。もう二度と、この腕で彼女を抱き締めることもないだろう。

 あのときセルジュが無理にでも迫っていれば、コレットはセルジュに抱かれたのかもしれない。けれど、それでは何の意味もない。
 コレットの言うとおり、セルジュもその行為を、愛し合うふたりだけに許される神聖なものだと思っているのだから。

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