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第14話 夜会警備の打ち合わせ
③
***
騎士団宿舎で軽い食事を取ったあと、セルジュは定刻より少し早めに王太子の執務室に向かった。
広々とした廊下を背に豪奢な扉の前に立つと、室内には既に人がいるようで、扉の向こうから話し声が微かに聞こえてきた。
ドアノックを軽く打ち鳴らし、扉を押し開ける。部屋の中をちらりと覗くと、いつもなら入口手前に置かれている応接セットが壁際まで追いやられていた。部屋の中央には会議用の大テーブルが置かれており、その上に地図と屋敷の見取り図が広げられている。
テーブル越しにヴィルジールと向かい合うロランの陰で、白いフリルのキャップがぴょこぴょこと見え隠れしていた。
「コレット……」
思わず口にした名前を、セルジュは慌てて咳払いで誤魔化した。ロランがセルジュに気が付いて顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべる。
「お待ちしていましたよ、セルジュ。以前にも増して精悍な顔つきになりましたね」
「殿下の護衛がないと何もすることがないからな。毎日ひたすらトレーニングと剣の手合わせをしていれば、嫌でもこうなる」
セルジュが自嘲するように答えると、ふたりの会話を聞いたヴィルジールが「あっ」と小さな声をあげた。
「そうだよ、忘れてた! セルジュ、もう護衛の任務に戻ってくれて良いよ。リュシエンヌは平気なんだろう?」
ちらりとコレットを気にかけているあたり、大まかな事情はロランから伝わっているらしい。
セルジュが小さく頭を下げて、「えぇ、まぁ……」とうやむやな返事をすると、ヴィルジールはくすりと笑い、
「これまでどおり、よろしく頼むよ」
そう言って和かに笑ってみせた。
深々と頭を下げて、セルジュはヴィルジールとロランのあいだに立ち、テーブルの上に広げられた地図と見取り図を見下ろした。
「それで、何をお話しでしたか」
「近頃、城下で物騒な噂が流れてるみたいでね」
ヴィルジールがテーブルに両手をついて、セルジュと同じく視線を地図の上に落とし、瞳を翳らせる。ここ最近、騎士団宿舎でちらほらと耳にしていた噂話が、セルジュの脳裏を過った。
「……革命軍、ですか?」
「ご名答。さすがですね、セルジュ」
「軍とは名ばかりの小規模な組織ではあるけれど、彼らは過激派だからね」
薄く笑ってそう言うと、ヴィルジールは視線をロランのほうへ――正確には、ロランの隣に立つコレットへと向けた。
「夜会警備の打ち合わせをするにあたって、コレットさんにグランセル公爵邸について教えていただいていたんですよ」
言いながらロランがさりげなく身を引いたので、セルジュの目には嫌でもコレットの姿が映ってしまった。
いつもと変わらない黒いドレスに白いエプロン姿のコレットは、セルジュの顔を見てにこりと笑うと、グランセル領の地図の横に広げられた公爵邸の見取り図を指で差した。
「グランセルのお屋敷って面白いんですよ。外観はかの有名なブルレック城にとても似ているんですけど、構造はこっちの……」
コレットが一度口を止めてセルジュの前に身を乗り出す。テーブルの端から分厚い本を手に取ってぺらぺらとページを捲ると、セルジュが見やすいようにテーブルの上に本を広げ、
「これ! イヴェール城に倣っていて、海側だけじゃなくて森の奥に出られる脱出口もあるんです」
得意げにそう言って、海岸沿いに建つ古城の景観が描かれた図を指差した。
ブルレック城をはじめとする海沿いの城塞には、大抵の場合、城の地下から直接海に出る地下水道が設けられている。岸壁に秘密の出入り口が隠されており、有事の際には脱出口として利用されるのだ。
それに対し、イヴェール城は森と海に挟まれた丘に建つ城塞で、海に繋がる地下水道の他に、森にも脱出口が隠されていると噂されていた。
興味深い仕掛けが記された図に、思わず「ほぉ」と感心の息が洩れる。
セルジュがまじまじと古城の図面に見入っていると、コレットの指差す先を覗き込むようにしてロランが口を挟んだ。
「こちらの隠し通路を知っているのは?」
「屋敷で暮らす極一部の人だけだったと思います」
「なるほど……」
「でも確か、今は封鎖されていて使われていないって話で」
ちょうどそのとき、コレットの言葉尻に被さるように執務室のドアノックが力強く打ち鳴らされた。
定刻どおり騎士団副団長と隊長各位がやってきたのだろう。ロランがテーブルを離れて扉を開くと、セルジュが考えたとおり、部屋の外には屈強な騎士たちが並んでいた。
「では、わたしはこれで……」
澄ました顔でぺこりとお辞儀をして、ちらりとセルジュを見上げると、コレットはそそくさとテーブルを離れ、すれ違う騎士たちに無言で頭を下げながら、しずしずと部屋を出て行った。
騎士団宿舎で軽い食事を取ったあと、セルジュは定刻より少し早めに王太子の執務室に向かった。
広々とした廊下を背に豪奢な扉の前に立つと、室内には既に人がいるようで、扉の向こうから話し声が微かに聞こえてきた。
ドアノックを軽く打ち鳴らし、扉を押し開ける。部屋の中をちらりと覗くと、いつもなら入口手前に置かれている応接セットが壁際まで追いやられていた。部屋の中央には会議用の大テーブルが置かれており、その上に地図と屋敷の見取り図が広げられている。
テーブル越しにヴィルジールと向かい合うロランの陰で、白いフリルのキャップがぴょこぴょこと見え隠れしていた。
「コレット……」
思わず口にした名前を、セルジュは慌てて咳払いで誤魔化した。ロランがセルジュに気が付いて顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべる。
「お待ちしていましたよ、セルジュ。以前にも増して精悍な顔つきになりましたね」
「殿下の護衛がないと何もすることがないからな。毎日ひたすらトレーニングと剣の手合わせをしていれば、嫌でもこうなる」
セルジュが自嘲するように答えると、ふたりの会話を聞いたヴィルジールが「あっ」と小さな声をあげた。
「そうだよ、忘れてた! セルジュ、もう護衛の任務に戻ってくれて良いよ。リュシエンヌは平気なんだろう?」
ちらりとコレットを気にかけているあたり、大まかな事情はロランから伝わっているらしい。
セルジュが小さく頭を下げて、「えぇ、まぁ……」とうやむやな返事をすると、ヴィルジールはくすりと笑い、
「これまでどおり、よろしく頼むよ」
そう言って和かに笑ってみせた。
深々と頭を下げて、セルジュはヴィルジールとロランのあいだに立ち、テーブルの上に広げられた地図と見取り図を見下ろした。
「それで、何をお話しでしたか」
「近頃、城下で物騒な噂が流れてるみたいでね」
ヴィルジールがテーブルに両手をついて、セルジュと同じく視線を地図の上に落とし、瞳を翳らせる。ここ最近、騎士団宿舎でちらほらと耳にしていた噂話が、セルジュの脳裏を過った。
「……革命軍、ですか?」
「ご名答。さすがですね、セルジュ」
「軍とは名ばかりの小規模な組織ではあるけれど、彼らは過激派だからね」
薄く笑ってそう言うと、ヴィルジールは視線をロランのほうへ――正確には、ロランの隣に立つコレットへと向けた。
「夜会警備の打ち合わせをするにあたって、コレットさんにグランセル公爵邸について教えていただいていたんですよ」
言いながらロランがさりげなく身を引いたので、セルジュの目には嫌でもコレットの姿が映ってしまった。
いつもと変わらない黒いドレスに白いエプロン姿のコレットは、セルジュの顔を見てにこりと笑うと、グランセル領の地図の横に広げられた公爵邸の見取り図を指で差した。
「グランセルのお屋敷って面白いんですよ。外観はかの有名なブルレック城にとても似ているんですけど、構造はこっちの……」
コレットが一度口を止めてセルジュの前に身を乗り出す。テーブルの端から分厚い本を手に取ってぺらぺらとページを捲ると、セルジュが見やすいようにテーブルの上に本を広げ、
「これ! イヴェール城に倣っていて、海側だけじゃなくて森の奥に出られる脱出口もあるんです」
得意げにそう言って、海岸沿いに建つ古城の景観が描かれた図を指差した。
ブルレック城をはじめとする海沿いの城塞には、大抵の場合、城の地下から直接海に出る地下水道が設けられている。岸壁に秘密の出入り口が隠されており、有事の際には脱出口として利用されるのだ。
それに対し、イヴェール城は森と海に挟まれた丘に建つ城塞で、海に繋がる地下水道の他に、森にも脱出口が隠されていると噂されていた。
興味深い仕掛けが記された図に、思わず「ほぉ」と感心の息が洩れる。
セルジュがまじまじと古城の図面に見入っていると、コレットの指差す先を覗き込むようにしてロランが口を挟んだ。
「こちらの隠し通路を知っているのは?」
「屋敷で暮らす極一部の人だけだったと思います」
「なるほど……」
「でも確か、今は封鎖されていて使われていないって話で」
ちょうどそのとき、コレットの言葉尻に被さるように執務室のドアノックが力強く打ち鳴らされた。
定刻どおり騎士団副団長と隊長各位がやってきたのだろう。ロランがテーブルを離れて扉を開くと、セルジュが考えたとおり、部屋の外には屈強な騎士たちが並んでいた。
「では、わたしはこれで……」
澄ました顔でぺこりとお辞儀をして、ちらりとセルジュを見上げると、コレットはそそくさとテーブルを離れ、すれ違う騎士たちに無言で頭を下げながら、しずしずと部屋を出て行った。
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