幼馴染みに初めてを奪われた騎士はトラウマを克服したい

柴咲もも

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第15話 グランセル公爵邸襲撃

***


 蒼白い月明かりに凍て付く荒野。
 吹き荒ぶ風の中を、デュラン王家の紋章が刻まれた分厚い外套をはためかせながら、セルジュは無心で馬を駆った。二馬身ほど遅れてロランが付いてきていたが、セルジュには後方を気にかける余裕などない。

 伝令によれば、グランセル公爵邸を制圧した革命軍は、公爵夫妻とその令嬢、及び、屋敷の使用人を人質にして公爵邸に立て籠っており、要求は未だ不明のままだという。
 王城からグランセル公爵領まで馬車で三日ほどの距離がある。乗り潰す勢いで馬を駆っても一昼夜はかかる距離だ。
 その間、革命軍の手に落ちた公爵夫妻やリュシエンヌが――側仕えであるコレットが、無事でいられる保障はない。

 不安と焦りで気が逸る。
 馬の尻をさらに打とうとセルジュが鞭を振り上げると、ロランがすぐ隣まで追い上げてきて、良く通る声を張り上げた。

「おやめなさいセルジュ! それ以上は馬の脚が保ちませんよ!」

 振り上げた手が止まる。ぐっと歯を食いしばり、セルジュは前方へと目を向けた。

 グランセル公爵の伝令を受けたのが昨日夕刻のこと。すぐさまヴィルジールの命で王城を発ってから四半日が過ぎていた。既に日付は変わり、遠方の街の灯りも消え失せて、目の前には薄ら寒い月明かりの荒野だけが広がっている。
 一刻も早くグランセル公爵邸に駆け付けなければならないのに、と。
 セルジュはやりきれない思いのまま、馬の手綱を握り締めた。


 夜明けと共に姿を現した太陽が、ふたたび水平線の向こうへと沈む頃、セルジュはようやくグランセル公爵領に辿り着いた。
 警察の詰め所へと向かう道中、すれ違う人々は皆、不安に怯え、疲れ切った表情をしていた。
 無理もない。公爵邸に雇われている使用人の多くはこの村の出身であり、彼等は人質として革命軍に捕らわれている。それなのに、公爵邸が制圧されてから既に丸二日、未だ革命軍からの要求はなく、人質の安否も不明なのだから。

 警察の詰め所は、海岸沿いの小高い丘に建つグランセル公爵邸がよく見える村の外れにあった。
 詰め所の中には警官と村の自警団の面々が集まっており、彼等は王国軍の制服を着たセルジュを見ると、憔悴しきった顔で深々と頭を下げた。

「王太子護衛騎士のセルジュだ」
「王太子従者のロランです。ヴィルジール殿下の命令で状況の確認に来ました」

 セルジュは手短に名を名乗ると、警官から報告を受けるロランを置いて、ずかずかと詰め所の奥に踏み込んだ。
 自警団員に囲まれた広いテーブルの上には、グランセル公爵邸周辺の地図と屋敷の見取り図が広げられていた。
 団員のひとりがセルジュを振り返り、小さく敬礼してみせる。テーブルに広がる見取り図を見下ろして、セルジュは説明を促した。

「現況を説明してくれ」
「屋敷は革命軍により制圧。グランセル公爵夫妻とご令嬢、他使用人が人質として屋敷に捕らわれております。内部で交渉が行われたようで、先ほど侍女二名が解放され、奥の部屋で保護しております」
「交渉……? 革命軍の上層部はテレジア人のはず。一体誰が――」

 いつの間にやら隣に立っていたロランが呟いて、はっと顔を上げる。セルジュは既に広間を飛び出していた。
 狭い廊下を駆け抜けて、建てつけの悪い扉を勢いよく開け放つ。

「コレット……!」

 薄暗い室内に、セルジュの声が反響した。
 頭から毛布を被った使用人服の女性がふたり、暖かい湯気の立つカップを手に椅子に座っていた。奥の椅子に掛けていた女性が、顔を上げ、ぽつりと呟きを洩らす。

「セルジュさん……?」

 弱々しい声を耳にして、セルジュは弾かれるように女性に駆け寄った。震える肩に手を伸ばし――はっとして動きを止める。
 顔を隠す毛布の陰から紅茶色の柔らかな髪が覗く。それが誰のものなのか、セルジュはすぐに理解できた。

「リュシエンヌ様……」

 分厚い毛布がはらりと落ちる。
 不安に揺れる翡翠の瞳でセルジュを見上げたのは、黒いドレスに白いエプロン姿のリュシエンヌだった。

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