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第16話 囚われの偽公爵令嬢
③
***
王太子ヴィルジール率いる王国正規軍は、警備主任であるデュヴァリエ副団長の指揮の元、夜明けとともにグランセル公爵邸内の革命軍を鎮圧した。
犠牲のない迅速な対応を可能にした大きな要因は、革命軍がグランセル公爵邸の内部構造を把握しきれておらず、森に隠された地下通路からの王国軍の侵入を許したことだった。
セルジュが公爵夫妻の寝室に乗り込み、革命軍の主導者を確保する裏側で、ロランとともに邸内に潜入した村の自警団が、人質として囚われていた階下の者たちの解放のために動いていたのだ。
主導者を拘束され、階下の人質も解放された革命軍は、王太子ヴィルジールとの交渉の末、降伏。同時刻、王都地下に潜んでいた革命軍の本拠地を王国第四騎士団が制圧した。
こうして、革命軍によるグランセル公爵邸襲撃事件は、無血のまま幕を下ろしたのだった。
騒がしい騎士団の野営地の片隅で、村の婦人会が配給用のスープを配っていた。
ふたり分のスープを受け取って、セルジュは野営地の中心に建つ天幕へと向かった。
デュラン王家の紋章が掲げられた大天幕。その中には今、王太子ヴィルジールと解放されたグランセル公爵夫妻、そしてリュシエンヌがいる。
セルジュは先ほど、今回の事件に関する報告を終えてこの天幕を出てきたばかりだった。
忙しなく動き回る人々で溢れかえった野営地をぐるりと見回すと、人混みからすこし離れた場所に、丘の上に建つグランセル公爵邸をぼんやりと見上げるコレットの姿があった。
セルジュが足早に近付くと、砂利を踏みしめる足音に気がついて、コレットがセルジュを振り返った。
「スープを貰ってきた」
手にしたカップを軽く掲げて見せる。コレットは小さく頭を下げて、両手で包み込むようにカップを受け取った。
白い湯気にふうふうと息を吹きかけて、熱いスープを一口すすって。コレットはぽつりと呟いた。
「階下にいた使用人のみんなは……」
「心配ない。隠密行動はロランの本業だからな。見張りの処理なら俺よりもよほど上手くやっただろうさ」
「そうですか……」
セルジュの答えを聞いたコレットが、ほっと安堵の息を吐く。さりげなく寄り添うようにコレットの傍に立つと、セルジュは少し躊躇いがちにコレットに尋ねた。
「どうしてリュシエンヌ様の身代わりになろうなどと無謀なことを考えたんだ」
――俺がどれだけ心配したと思っているんだ。
答えはわかりきっていたから、本当に伝えたい言葉を口にすることは出来なかった。
コレットは目を丸くしてセルジュの顔を見上げると、
「リュシーはヴィルジール殿下の婚約者だから、何かあったら大事になっちゃいますし……それに、人質になるのもある意味貴重な体験だから、小説を書くのに活かせるかなって」
へらへらと笑ってそう言ったので、セルジュはいつものように溜め息をついて、素っ気なく言い捨てた。
「お前は馬鹿か。それでお前の身に何かあれば、リュシエンヌ様は一生このことを悔いることになるんだぞ」
「そうですね、リュシーは優しいから。ごめんなさい、気を付けます」
うなずいてそう言うと、コレットはセルジュにぺこりと頭を下げて、ちょうど天幕から出てきたリュシエンヌとジゼルの元にぱたぱたと駆けていった。
「素直じゃないですね」
唐突に、ロランの声が響く。
セルジュは遠ざかるコレットの後ろ姿を眺めたまま、振り返りもせずに応えた。
「何の話だ」
「リュシエンヌ様の代わりに人質になったのがコレットさんだと知ったときの貴方の顔、コレットさんにお見せできなかったのが残念だと思いまして」
「うるさい」
セルジュが少し声を荒げてみせると、ロランはやれやれと肩を竦めて口を噤んだ。
公爵夫妻の寝室で怯えるように震えていたコレットの声が、今になっても忘れられない。
幼い頃のコレットをよく知るセルジュだからこそ、今もなお気丈に振る舞うコレットの性分は痛いほどにわかっていた。
例えどんなに辛い目にあったとしても、コレットは絶対にセルジュに弱音を吐いたりしない。コレットがセルジュを頼ることはない。
改めて思い知らされたその事実に、セルジュは胸を引き裂かれるような痛みを覚えていた。
コレットが身を呈して大切なものを守ろうとしていたときに、側にいることもできず、ちからを貸すことすらできなかった。
そんな不甲斐ない自分が嫌で嫌で堪らない。
青く晴れ渡った真昼の空を仰いで、セルジュは制服の胸元を硬く握り締めた。
王太子ヴィルジール率いる王国正規軍は、警備主任であるデュヴァリエ副団長の指揮の元、夜明けとともにグランセル公爵邸内の革命軍を鎮圧した。
犠牲のない迅速な対応を可能にした大きな要因は、革命軍がグランセル公爵邸の内部構造を把握しきれておらず、森に隠された地下通路からの王国軍の侵入を許したことだった。
セルジュが公爵夫妻の寝室に乗り込み、革命軍の主導者を確保する裏側で、ロランとともに邸内に潜入した村の自警団が、人質として囚われていた階下の者たちの解放のために動いていたのだ。
主導者を拘束され、階下の人質も解放された革命軍は、王太子ヴィルジールとの交渉の末、降伏。同時刻、王都地下に潜んでいた革命軍の本拠地を王国第四騎士団が制圧した。
こうして、革命軍によるグランセル公爵邸襲撃事件は、無血のまま幕を下ろしたのだった。
騒がしい騎士団の野営地の片隅で、村の婦人会が配給用のスープを配っていた。
ふたり分のスープを受け取って、セルジュは野営地の中心に建つ天幕へと向かった。
デュラン王家の紋章が掲げられた大天幕。その中には今、王太子ヴィルジールと解放されたグランセル公爵夫妻、そしてリュシエンヌがいる。
セルジュは先ほど、今回の事件に関する報告を終えてこの天幕を出てきたばかりだった。
忙しなく動き回る人々で溢れかえった野営地をぐるりと見回すと、人混みからすこし離れた場所に、丘の上に建つグランセル公爵邸をぼんやりと見上げるコレットの姿があった。
セルジュが足早に近付くと、砂利を踏みしめる足音に気がついて、コレットがセルジュを振り返った。
「スープを貰ってきた」
手にしたカップを軽く掲げて見せる。コレットは小さく頭を下げて、両手で包み込むようにカップを受け取った。
白い湯気にふうふうと息を吹きかけて、熱いスープを一口すすって。コレットはぽつりと呟いた。
「階下にいた使用人のみんなは……」
「心配ない。隠密行動はロランの本業だからな。見張りの処理なら俺よりもよほど上手くやっただろうさ」
「そうですか……」
セルジュの答えを聞いたコレットが、ほっと安堵の息を吐く。さりげなく寄り添うようにコレットの傍に立つと、セルジュは少し躊躇いがちにコレットに尋ねた。
「どうしてリュシエンヌ様の身代わりになろうなどと無謀なことを考えたんだ」
――俺がどれだけ心配したと思っているんだ。
答えはわかりきっていたから、本当に伝えたい言葉を口にすることは出来なかった。
コレットは目を丸くしてセルジュの顔を見上げると、
「リュシーはヴィルジール殿下の婚約者だから、何かあったら大事になっちゃいますし……それに、人質になるのもある意味貴重な体験だから、小説を書くのに活かせるかなって」
へらへらと笑ってそう言ったので、セルジュはいつものように溜め息をついて、素っ気なく言い捨てた。
「お前は馬鹿か。それでお前の身に何かあれば、リュシエンヌ様は一生このことを悔いることになるんだぞ」
「そうですね、リュシーは優しいから。ごめんなさい、気を付けます」
うなずいてそう言うと、コレットはセルジュにぺこりと頭を下げて、ちょうど天幕から出てきたリュシエンヌとジゼルの元にぱたぱたと駆けていった。
「素直じゃないですね」
唐突に、ロランの声が響く。
セルジュは遠ざかるコレットの後ろ姿を眺めたまま、振り返りもせずに応えた。
「何の話だ」
「リュシエンヌ様の代わりに人質になったのがコレットさんだと知ったときの貴方の顔、コレットさんにお見せできなかったのが残念だと思いまして」
「うるさい」
セルジュが少し声を荒げてみせると、ロランはやれやれと肩を竦めて口を噤んだ。
公爵夫妻の寝室で怯えるように震えていたコレットの声が、今になっても忘れられない。
幼い頃のコレットをよく知るセルジュだからこそ、今もなお気丈に振る舞うコレットの性分は痛いほどにわかっていた。
例えどんなに辛い目にあったとしても、コレットは絶対にセルジュに弱音を吐いたりしない。コレットがセルジュを頼ることはない。
改めて思い知らされたその事実に、セルジュは胸を引き裂かれるような痛みを覚えていた。
コレットが身を呈して大切なものを守ろうとしていたときに、側にいることもできず、ちからを貸すことすらできなかった。
そんな不甲斐ない自分が嫌で嫌で堪らない。
青く晴れ渡った真昼の空を仰いで、セルジュは制服の胸元を硬く握り締めた。
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