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最終話 幼馴染みに初めてを奪われた騎士は
②
***
何もかもが昔と変わらない。マイヤール邸は今も、コレットとの幸せな記憶に残るあの日のままだった。
ひとつ、ふたつと広間を抜けて、父がいつもマイヤール辺境伯と歓談していた応接室へと向かう。硝子窓に細工が施された豪奢な扉を開き、室内に踏み込むと、セルジュは声を張り上げた。
「失礼します」
壁に飾られた幾つもの名画、立ち並ぶ書架、マントルピースの上には花瓶と燭台が並び、暖炉の周りをソファが囲む。
いつか見慣れた部屋の真ん中で、コレットのまんまるい榛色の瞳がセルジュの姿を映していた。
おそらく縁談の相手であろう向かいのソファに座る男は微動だにしない。
一人掛けのソファに身を沈めて葉巻の煙を燻らせていたマイヤール辺境伯は、意外な人物の登場に驚きを隠せない様子だった。
「セルジュ君か。見違えたよ。随分と久しぶりだな」
「お久しぶりです、マイヤール卿」
「すまないが、今は大切な話の最中でね。日を改めて出直してくれないか」
「いえ、今でなければ間に合いませんので」
皮肉に口を歪ませるマイヤール辺境伯に軽く頭を下げると、制止しようとする女中の声に耳を貸すこともなく、セルジュは堂々とコレットの前に進み出た。
「コレット」
跪き、薄い手袋に包まれた小さな手を取って。そして告げる。
「結婚してくれ」
コレットは応えなかった。
ただ呆然とつぶらな瞳を瞬かせて、セルジュと、その後ろのソファに掛ける人物を見比べていた。
誰もが無言で、暖炉の火が薪を焦がす音だけが微かに響く中、ようやく沈黙を破ったのは、聞き慣れた男の声だった。
「遅すぎますよ、セルジュ。求婚するにしても、もう少し早い段階で出来なかったんですか?」
振り向くと、向かいのソファに腰掛けて、やれやれと肩を竦めるロランがいた。
「ロラン……? お前……ここで何を」
「見てわかりませんか。縁談です」
「……は?」
「私がコレットさんの縁談相手だと言っているんです」
「はぁ!?」
――道理で! 夜会当日から見かけないと思ったら、一足先にここへ向かっていたのか!
納得しつつセルジュがちらりとコレットに目を向けると、コレットはセルジュを見上げてふるふると首を振っていた。
どうやらコレットも、まさか縁談の相手がロランだとは思ってもいなかったようだ。
「それにしてもセルジュ、随分と酷い格好ですね。見た目だけで言えば完全に好感度マイナスです。淑女に結婚を申し出る服装だとは思えません」
よれよれの外套に皺の入った礼服姿のセルジュを指差して、ロランが愉快そうにくすりと笑う。
「ですがまあ、それだけ必死なのだと考えればプラスになり得るのかもしれませんね」
最後にそう付け加えると、ロランはセルジュとコレットの手元を指差した。
釣られるようにセルジュが手元へ視線を向けると、さきほど手に取ったコレットの小さな手がしっかりとセルジュの手を握り返していた。
うつむいたコレットの頬が、ほんのりと紅く染まっている。
「……まあ、いいでしょう。なんとなくこうなることは予想出来ていましたし。マイヤール卿、申し訳ありませんが、この縁談は無かったことにしていただけますか」
「……いや、こちらこそ本当に申し訳ない。すぐに帰りの馬車を用意しよう」
外套を手に颯爽と席を立ったロランに続き、マイヤール辺境伯が席を立つ。
応接室を去る間際、扉の前で脚を止めると、マイヤール辺境伯はコレットを振り返って言った。
「コレット」
「はい」
「後で説明してもらうよ」
コレットがこくりと小さくうなずいてみせる。
マイヤール辺境伯が最後に見せたのは、それは穏やかな笑顔だった。
何もかもが昔と変わらない。マイヤール邸は今も、コレットとの幸せな記憶に残るあの日のままだった。
ひとつ、ふたつと広間を抜けて、父がいつもマイヤール辺境伯と歓談していた応接室へと向かう。硝子窓に細工が施された豪奢な扉を開き、室内に踏み込むと、セルジュは声を張り上げた。
「失礼します」
壁に飾られた幾つもの名画、立ち並ぶ書架、マントルピースの上には花瓶と燭台が並び、暖炉の周りをソファが囲む。
いつか見慣れた部屋の真ん中で、コレットのまんまるい榛色の瞳がセルジュの姿を映していた。
おそらく縁談の相手であろう向かいのソファに座る男は微動だにしない。
一人掛けのソファに身を沈めて葉巻の煙を燻らせていたマイヤール辺境伯は、意外な人物の登場に驚きを隠せない様子だった。
「セルジュ君か。見違えたよ。随分と久しぶりだな」
「お久しぶりです、マイヤール卿」
「すまないが、今は大切な話の最中でね。日を改めて出直してくれないか」
「いえ、今でなければ間に合いませんので」
皮肉に口を歪ませるマイヤール辺境伯に軽く頭を下げると、制止しようとする女中の声に耳を貸すこともなく、セルジュは堂々とコレットの前に進み出た。
「コレット」
跪き、薄い手袋に包まれた小さな手を取って。そして告げる。
「結婚してくれ」
コレットは応えなかった。
ただ呆然とつぶらな瞳を瞬かせて、セルジュと、その後ろのソファに掛ける人物を見比べていた。
誰もが無言で、暖炉の火が薪を焦がす音だけが微かに響く中、ようやく沈黙を破ったのは、聞き慣れた男の声だった。
「遅すぎますよ、セルジュ。求婚するにしても、もう少し早い段階で出来なかったんですか?」
振り向くと、向かいのソファに腰掛けて、やれやれと肩を竦めるロランがいた。
「ロラン……? お前……ここで何を」
「見てわかりませんか。縁談です」
「……は?」
「私がコレットさんの縁談相手だと言っているんです」
「はぁ!?」
――道理で! 夜会当日から見かけないと思ったら、一足先にここへ向かっていたのか!
納得しつつセルジュがちらりとコレットに目を向けると、コレットはセルジュを見上げてふるふると首を振っていた。
どうやらコレットも、まさか縁談の相手がロランだとは思ってもいなかったようだ。
「それにしてもセルジュ、随分と酷い格好ですね。見た目だけで言えば完全に好感度マイナスです。淑女に結婚を申し出る服装だとは思えません」
よれよれの外套に皺の入った礼服姿のセルジュを指差して、ロランが愉快そうにくすりと笑う。
「ですがまあ、それだけ必死なのだと考えればプラスになり得るのかもしれませんね」
最後にそう付け加えると、ロランはセルジュとコレットの手元を指差した。
釣られるようにセルジュが手元へ視線を向けると、さきほど手に取ったコレットの小さな手がしっかりとセルジュの手を握り返していた。
うつむいたコレットの頬が、ほんのりと紅く染まっている。
「……まあ、いいでしょう。なんとなくこうなることは予想出来ていましたし。マイヤール卿、申し訳ありませんが、この縁談は無かったことにしていただけますか」
「……いや、こちらこそ本当に申し訳ない。すぐに帰りの馬車を用意しよう」
外套を手に颯爽と席を立ったロランに続き、マイヤール辺境伯が席を立つ。
応接室を去る間際、扉の前で脚を止めると、マイヤール辺境伯はコレットを振り返って言った。
「コレット」
「はい」
「後で説明してもらうよ」
コレットがこくりと小さくうなずいてみせる。
マイヤール辺境伯が最後に見せたのは、それは穏やかな笑顔だった。
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