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第8話 さよなら、わたしの初恋の人
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『シャルロッテの血液内でエッケハイドの抗体が産生されている』
ロッテが立てた仮説は、すぐさまユリウスからホラント医師へと伝達され、数日後、王都の医療研究施設でシャルロッテの血液検査が行われた。結果は言うまでもなく。シャルロッテの血液から採取されたエッケハイドの抗体はホラント医師の指揮下の元、施設内で培養・増殖され、一月後には国営の医薬局の協力でワクチンの量産体制に入った。数ヶ月の療養期間こそ要したものの、患者の多くは無事回復し、それから半年の後、国王も国政の場に復帰した。
こうして、フィオラント全土を恐怖に陥れた疫病『エッケハイド』は、多くの犠牲者を生んだ悪魔の病として歴史書に名を刻み、フィオラント王国にはふたたび平穏な日々が訪れたのだった。
***
簡易コンロの火にかけたポットの蓋がかたかたと音をたて、細く伸びた注ぎ口から蒸気があがる。戸棚から取り出した乾燥ハーブの小瓶をテーブルに置くと、ロッテは慌ててコンロに向かい、火を止めた。窓辺で中庭を眺めていたゲオルグが、ふとロッテを振り返る。
「何か面白いものでもありますか?」
硝子のポットでハーブを蒸らしながらロッテが尋ねると、ゲオルグは「いや」と首を振って、窓辺に凭れて腕を組んだ。
「少し考え事をしていただけだ」
「任務のことですか? それともユリウス様の……」
「いや、仕事は関係ない。個人的なことだ」
ゲオルグはそう言うと、ぎこちなく口の端を上げてみせた。
最近のゲオルグは何か変だ、とロッテは思う。どこがと尋ねられると困ってしまうけれど、一見落ち着いているように見えるのに、何かとそわそわしていることが多い。理由はなんとなく想像がつく。
特効薬が完成したことで、ロッテは当初の役割を終えた。騎士団や階下で働く人たちからの依頼が残っていることもあり、ユリウスの許可の元王宮に滞在してはいるものの、いずれはファナの森に帰らなければならない身だ。
だからきっと、ゲオルグは気になっているのだと思う。これからのふたりのことが。
エッケハイドの件が終息して以来、ゲオルグは魔獣討伐から戻るたびに一番にロッテに会いにくるようになった。美味しそうにお茶を飲んで、退屈なロッテの調薬を見守って、夕方になると騎士団宿舎に帰っていく。ときどき箍が外れることもあるけれど、それはそれで。とにかくロッテは王宮での暮らしをとても気に入っていたし、すぐにどうこうしようとも思っていなかった。
ゲオルグはしばらくのあいだ、黙ってロッテが淹れたハーブティーを飲んでいた。ゲオルグの言葉数が少ないのは今にはじまったことでもなかったから、ロッテも特に気にすることなくお茶とお菓子を愉しんだ。
そうして時計の針が半周した頃、ゲオルグがふと手を止めて、おもむろに口を開いた。
「……その、次の任務を終えたら、いつもより長めに休暇があるんだが……都合がつくようなら、一緒にファナの森に行かないか……?」
「ファナの森に?」
「ああ、お前さえ良ければ」
——どうして急に?
思わず言葉にしそうになって、ロッテは慌てて口を噤んだ。
ゲオルグの任務状況から考えて、自然に休暇が出来るとは考えにくい。それが長い期間に渡るものなら尚更だ。十中八九、その長めの休暇とやらは彼が意図的にユリウスに申請し、予定をやり繰りして作り上げたものだろう。そうまでして作り上げた休暇でファナの森に行きたいだなんて、よほど大切な用事でもあるのだろうか。それとも、特に重要な意味はなくて、エリクシアの採取に向かう途中にロッテと交わしたあの約束を思い出しただけなのだろうか。
ロッテが考え込んでいると、ゲオルグはふっと小さく笑い、
「そう深刻な表情をするな。以前約束した気がしたから言ってみただけで、行き先はファナの森でなくとも構わない。お前とふたりで出掛けてみたい。それだけだ」
そう言って、冷めてしまったハーブティーを一口啜った。
ふたりで出掛けてみたい。その気持ちが嬉しくて、胸の奥がくすぐったくて。ほんのりと熱を帯びた頬を両手で覆い、ロッテは膝の上に視線を落とした。
彼が自分のために苦労して休暇を取ってくれた。そう考えるだけで、不思議と面映ゆい。
「それって……なんだかデートみたいですね」
「みたいじゃなくて、デートだろう」
ゲオルグが素っ気ない態度で応えた。その耳が赤く染まっているのが見えて、胸がきゅんと締め付けられる。
「行きます。ゲオルグさんが連れて行ってくれるなら、どこへでも」
ロッテがそう約束すると、ゲオルグはちらりとロッテの顔を窺って、それから改めてロッテに向き直り、穏やかに笑ってみせた。
忙しなくて、でも穏やかで。そんな何気ない日々が、これからも続いていくものなのだと。
そのときはまだ、ロッテは信じきっていた。
***
鐘楼の鐘の音が風に乗って聞こえてくる。作業台の上の調薬器具を片付けながら、ロッテはちらりと壁掛け時計に目を向けた。長さの違う二本の針がぴったりと重なって正午を指し示しているのを確認すると、手早く服の乱れを改めて、逸る思いで長い廊下を歩き出した。
今日の昼過ぎにゲオルグが率いる討伐隊が帰還する。ディアナからその情報を知らされてから——いや、それよりも以前から、ロッテはずっとこのときを心待ちにしていた。
——次の任務が終わったら、一緒にファナの森に行く。
ゲオルグが、そう約束してくれたから。
玄関扉を開くとすぐに、ポーチの支柱の側に立っていたディアナがロッテを振り返った。
「ぎりぎりね」
そう言ってくすりと微笑むと、ディアナはロッテを手招いて、それから白い道の先を指差した。見ると、門前には既に荷馬車が停められており、帰還したばかりの騎士達が馬に騎乗したまま整列していた。
ずらりと並ぶ騎士達の先頭には、黒い軍馬に跨る黒鉄の鎧の騎士の姿があった。初めてファナの森を出たあの日、街道で出会ったときと同じ姿だったから、ロッテにはそれがゲオルグなのだと一目でわかった。
ゲオルグはしばらくのあいだ、数人の騎士と何やら話し込んでいた。けれども、ふと玄関前に目を向けてロッテとディアナに気が付くと、一緒に居た騎士達に一言二言言葉を掛けて、足早に玄関前にやってきた。
「ゲオルグさん、おかえりなさい!」
ロッテが声を弾ませると、ゲオルグは一瞬階段を上る足を止めて、ちらりとディアナに目を向けて、それからロッテに言った。
「お前が迎えに出てくるなんて珍しいな」
「お昼過ぎに戻るってディアナさんが教えてくれたから、今朝は急ぎの依頼だけにして、お昼前に仕事を終わらせたんです」
「そうか。いつも通り部屋で待っていてくれれば、こちらから顔を出しに行ったんだが……気を遣わせて悪かったな」
素っ気なくそう言うものの、ゲオルグはやたらとそわそわしているようで。ロッテが不思議に思って首を傾げていると、ディアナが隣で呆れたように肩を竦めた。
「まったく……嬉しいなら嬉しいって素直にそう言いなさいよ。ちらちら人の顔窺って。私が邪魔してるみたいじゃない」
「……すまん」
困ったようにゲオルグが笑う。ディアナは小さく溜め息を吐き、ロッテを軽く小突くと、さっさと建物の中に戻ってしまった。
ディアナの背中をぼんやりと見送って、ロッテは改めてゲオルグと向かい合った。
「おとなしく部屋で待っていたほうが良かったですか?」
「いや、戻ってすぐにお前の顔が見れて嬉しかった。ただ……」
「……ただ?」
「ディアナが居なかったら……迎えに出ていたのがお前だけだったら、この場ですぐに抱き潰していた気がする」
「そういうことはもうしないって、約束……!」
頬を真っ赤に染め上げて、ロッテは非難の目をゲオルグに向けた。ゲオルグの真面目くさった表情が緩む。それから軽く吹き出して、彼は「冗談だ」と笑った。まったく冗談になってない、とロッテは思う。
実際、ゲオルグには前科がある。図書館での一件もそうだったけれど、その後も二度ほどロッテを抱いたというのに、彼は未だにベッドまで待ってくれたことがないのだ。普段はとても紳士で、必要以上にロッテに触れようともしないくせに、任務の後は気持ちが昂ぶっているのか、ときどき箍が外れたように求めてくるから心臓に悪い。それを受け入れてしまうロッテの流されやすい性格も困ったものだけれど。
ロッテがじっとゲオルグの顔を睨め付けていると、ゲオルグは気不味そうに視線を泳がせて、そして言った。
「……宿舎に荷物を置いてくる」
「それなら、わたしは部屋に戻ってお茶の準備を」
「そこの娘!」
地を震わすような冷徹な声が唐突に響き渡る。ロッテは咄嗟に開け放たれた扉の向こう——玄関ホールを振り返った。
ホールを見下ろす大階段の上に、上位騎士の礼装を身に纏った威厳ある騎士の姿があった。撫で付けられた髪はゲオルグと良く似た赤銅色で、黒曜石の瞳から放たれる射抜くような視線に背筋がぞくりと凍り付いた。
「ファナの森の魔女リーゼロッテの弟子を名乗る娘とはお前のことか」
「は……はい」
「ではついて来い。玉座の間で陛下がお待ちだ」
「陛下……って」
突然のことでわけがわからなくて、ロッテは目を白黒させながら隣に立つゲオルグに眼を向けた。ゲオルグは強張った表情で、上階からふたりを見下ろす騎士の姿を見上げている。ややあって落ち着いた、けれどもいつもより幾分低い声で、ゲオルグが言った。
「失礼を承知で申し上げますが」
「ゲオルグ、お前もだ」
ぴしゃりと遮られて、ゲオルグの眉間に深々と皺が刻まれる。ロッテがつんとゲオルグの袖を引っ張ると、彼はちらりとロッテに眼を向けて、それからほんの少しだけ、険しかった表情を和らげた。
ロッテが立てた仮説は、すぐさまユリウスからホラント医師へと伝達され、数日後、王都の医療研究施設でシャルロッテの血液検査が行われた。結果は言うまでもなく。シャルロッテの血液から採取されたエッケハイドの抗体はホラント医師の指揮下の元、施設内で培養・増殖され、一月後には国営の医薬局の協力でワクチンの量産体制に入った。数ヶ月の療養期間こそ要したものの、患者の多くは無事回復し、それから半年の後、国王も国政の場に復帰した。
こうして、フィオラント全土を恐怖に陥れた疫病『エッケハイド』は、多くの犠牲者を生んだ悪魔の病として歴史書に名を刻み、フィオラント王国にはふたたび平穏な日々が訪れたのだった。
***
簡易コンロの火にかけたポットの蓋がかたかたと音をたて、細く伸びた注ぎ口から蒸気があがる。戸棚から取り出した乾燥ハーブの小瓶をテーブルに置くと、ロッテは慌ててコンロに向かい、火を止めた。窓辺で中庭を眺めていたゲオルグが、ふとロッテを振り返る。
「何か面白いものでもありますか?」
硝子のポットでハーブを蒸らしながらロッテが尋ねると、ゲオルグは「いや」と首を振って、窓辺に凭れて腕を組んだ。
「少し考え事をしていただけだ」
「任務のことですか? それともユリウス様の……」
「いや、仕事は関係ない。個人的なことだ」
ゲオルグはそう言うと、ぎこちなく口の端を上げてみせた。
最近のゲオルグは何か変だ、とロッテは思う。どこがと尋ねられると困ってしまうけれど、一見落ち着いているように見えるのに、何かとそわそわしていることが多い。理由はなんとなく想像がつく。
特効薬が完成したことで、ロッテは当初の役割を終えた。騎士団や階下で働く人たちからの依頼が残っていることもあり、ユリウスの許可の元王宮に滞在してはいるものの、いずれはファナの森に帰らなければならない身だ。
だからきっと、ゲオルグは気になっているのだと思う。これからのふたりのことが。
エッケハイドの件が終息して以来、ゲオルグは魔獣討伐から戻るたびに一番にロッテに会いにくるようになった。美味しそうにお茶を飲んで、退屈なロッテの調薬を見守って、夕方になると騎士団宿舎に帰っていく。ときどき箍が外れることもあるけれど、それはそれで。とにかくロッテは王宮での暮らしをとても気に入っていたし、すぐにどうこうしようとも思っていなかった。
ゲオルグはしばらくのあいだ、黙ってロッテが淹れたハーブティーを飲んでいた。ゲオルグの言葉数が少ないのは今にはじまったことでもなかったから、ロッテも特に気にすることなくお茶とお菓子を愉しんだ。
そうして時計の針が半周した頃、ゲオルグがふと手を止めて、おもむろに口を開いた。
「……その、次の任務を終えたら、いつもより長めに休暇があるんだが……都合がつくようなら、一緒にファナの森に行かないか……?」
「ファナの森に?」
「ああ、お前さえ良ければ」
——どうして急に?
思わず言葉にしそうになって、ロッテは慌てて口を噤んだ。
ゲオルグの任務状況から考えて、自然に休暇が出来るとは考えにくい。それが長い期間に渡るものなら尚更だ。十中八九、その長めの休暇とやらは彼が意図的にユリウスに申請し、予定をやり繰りして作り上げたものだろう。そうまでして作り上げた休暇でファナの森に行きたいだなんて、よほど大切な用事でもあるのだろうか。それとも、特に重要な意味はなくて、エリクシアの採取に向かう途中にロッテと交わしたあの約束を思い出しただけなのだろうか。
ロッテが考え込んでいると、ゲオルグはふっと小さく笑い、
「そう深刻な表情をするな。以前約束した気がしたから言ってみただけで、行き先はファナの森でなくとも構わない。お前とふたりで出掛けてみたい。それだけだ」
そう言って、冷めてしまったハーブティーを一口啜った。
ふたりで出掛けてみたい。その気持ちが嬉しくて、胸の奥がくすぐったくて。ほんのりと熱を帯びた頬を両手で覆い、ロッテは膝の上に視線を落とした。
彼が自分のために苦労して休暇を取ってくれた。そう考えるだけで、不思議と面映ゆい。
「それって……なんだかデートみたいですね」
「みたいじゃなくて、デートだろう」
ゲオルグが素っ気ない態度で応えた。その耳が赤く染まっているのが見えて、胸がきゅんと締め付けられる。
「行きます。ゲオルグさんが連れて行ってくれるなら、どこへでも」
ロッテがそう約束すると、ゲオルグはちらりとロッテの顔を窺って、それから改めてロッテに向き直り、穏やかに笑ってみせた。
忙しなくて、でも穏やかで。そんな何気ない日々が、これからも続いていくものなのだと。
そのときはまだ、ロッテは信じきっていた。
***
鐘楼の鐘の音が風に乗って聞こえてくる。作業台の上の調薬器具を片付けながら、ロッテはちらりと壁掛け時計に目を向けた。長さの違う二本の針がぴったりと重なって正午を指し示しているのを確認すると、手早く服の乱れを改めて、逸る思いで長い廊下を歩き出した。
今日の昼過ぎにゲオルグが率いる討伐隊が帰還する。ディアナからその情報を知らされてから——いや、それよりも以前から、ロッテはずっとこのときを心待ちにしていた。
——次の任務が終わったら、一緒にファナの森に行く。
ゲオルグが、そう約束してくれたから。
玄関扉を開くとすぐに、ポーチの支柱の側に立っていたディアナがロッテを振り返った。
「ぎりぎりね」
そう言ってくすりと微笑むと、ディアナはロッテを手招いて、それから白い道の先を指差した。見ると、門前には既に荷馬車が停められており、帰還したばかりの騎士達が馬に騎乗したまま整列していた。
ずらりと並ぶ騎士達の先頭には、黒い軍馬に跨る黒鉄の鎧の騎士の姿があった。初めてファナの森を出たあの日、街道で出会ったときと同じ姿だったから、ロッテにはそれがゲオルグなのだと一目でわかった。
ゲオルグはしばらくのあいだ、数人の騎士と何やら話し込んでいた。けれども、ふと玄関前に目を向けてロッテとディアナに気が付くと、一緒に居た騎士達に一言二言言葉を掛けて、足早に玄関前にやってきた。
「ゲオルグさん、おかえりなさい!」
ロッテが声を弾ませると、ゲオルグは一瞬階段を上る足を止めて、ちらりとディアナに目を向けて、それからロッテに言った。
「お前が迎えに出てくるなんて珍しいな」
「お昼過ぎに戻るってディアナさんが教えてくれたから、今朝は急ぎの依頼だけにして、お昼前に仕事を終わらせたんです」
「そうか。いつも通り部屋で待っていてくれれば、こちらから顔を出しに行ったんだが……気を遣わせて悪かったな」
素っ気なくそう言うものの、ゲオルグはやたらとそわそわしているようで。ロッテが不思議に思って首を傾げていると、ディアナが隣で呆れたように肩を竦めた。
「まったく……嬉しいなら嬉しいって素直にそう言いなさいよ。ちらちら人の顔窺って。私が邪魔してるみたいじゃない」
「……すまん」
困ったようにゲオルグが笑う。ディアナは小さく溜め息を吐き、ロッテを軽く小突くと、さっさと建物の中に戻ってしまった。
ディアナの背中をぼんやりと見送って、ロッテは改めてゲオルグと向かい合った。
「おとなしく部屋で待っていたほうが良かったですか?」
「いや、戻ってすぐにお前の顔が見れて嬉しかった。ただ……」
「……ただ?」
「ディアナが居なかったら……迎えに出ていたのがお前だけだったら、この場ですぐに抱き潰していた気がする」
「そういうことはもうしないって、約束……!」
頬を真っ赤に染め上げて、ロッテは非難の目をゲオルグに向けた。ゲオルグの真面目くさった表情が緩む。それから軽く吹き出して、彼は「冗談だ」と笑った。まったく冗談になってない、とロッテは思う。
実際、ゲオルグには前科がある。図書館での一件もそうだったけれど、その後も二度ほどロッテを抱いたというのに、彼は未だにベッドまで待ってくれたことがないのだ。普段はとても紳士で、必要以上にロッテに触れようともしないくせに、任務の後は気持ちが昂ぶっているのか、ときどき箍が外れたように求めてくるから心臓に悪い。それを受け入れてしまうロッテの流されやすい性格も困ったものだけれど。
ロッテがじっとゲオルグの顔を睨め付けていると、ゲオルグは気不味そうに視線を泳がせて、そして言った。
「……宿舎に荷物を置いてくる」
「それなら、わたしは部屋に戻ってお茶の準備を」
「そこの娘!」
地を震わすような冷徹な声が唐突に響き渡る。ロッテは咄嗟に開け放たれた扉の向こう——玄関ホールを振り返った。
ホールを見下ろす大階段の上に、上位騎士の礼装を身に纏った威厳ある騎士の姿があった。撫で付けられた髪はゲオルグと良く似た赤銅色で、黒曜石の瞳から放たれる射抜くような視線に背筋がぞくりと凍り付いた。
「ファナの森の魔女リーゼロッテの弟子を名乗る娘とはお前のことか」
「は……はい」
「ではついて来い。玉座の間で陛下がお待ちだ」
「陛下……って」
突然のことでわけがわからなくて、ロッテは目を白黒させながら隣に立つゲオルグに眼を向けた。ゲオルグは強張った表情で、上階からふたりを見下ろす騎士の姿を見上げている。ややあって落ち着いた、けれどもいつもより幾分低い声で、ゲオルグが言った。
「失礼を承知で申し上げますが」
「ゲオルグ、お前もだ」
ぴしゃりと遮られて、ゲオルグの眉間に深々と皺が刻まれる。ロッテがつんとゲオルグの袖を引っ張ると、彼はちらりとロッテに眼を向けて、それからほんの少しだけ、険しかった表情を和らげた。
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