魔女見習いのロッテ

柴咲もも

文字の大きさ
4 / 47
第1話 王子様との出会い

しおりを挟む
 旅支度を理由にユリウスをその場に待たせると、リーゼロッテはロッテを広間から連れ出して、廊下の片隅に乱雑に置かれた荷物の中から大きめの旅行鞄を手渡して、ロッテを奥の階段へと追い立てた。
 ロッテの部屋は屋敷の二階にある。こじんまりとした部屋ではあるけれど、日中は大きめの窓から陽の光があふれて開放的だ。リーゼロッテに手渡された旅行鞄を床に置くと、ロッテは小さく溜め息を吐き、ぐるりと部屋のなかを見渡した。
 綺麗に片付いた部屋の隅には机と椅子とベッドが収まり良く配置されており、物置棚や本棚にはリーゼロッテが使わなくなった書物や道具の数々が並べられている。ベッドの下には箱型の衣装ケースが三つ並べて置いてあった。
 しばらくのあいだ、ロッテは部屋の真ん中に黙って立ち尽くした。

 物心ついてから、ロッテは一度もファナの森を出たことがなかった。だから、旅支度と言っても何が必要なのか、全く思いつきもしなかった。筆記用具と薬草学をまとめたノート、調薬器具一式と、それから最後にお気に入りの木彫りの櫛を手に取って、着替えと一緒に旅行鞄に詰め込んだ。そうこうしているうちに階段をのぼる靴音が聞こえて、ノック音ひとつなく部屋の扉が開け放たれた。
 ロッテの部屋の入り口で、リーゼロッテは腰に手を当てて片脚に重心をのせて立っていた。旅行鞄の前にしゃがみ込むロッテを満足そうに見下ろして、それからずかずかと部屋のなかを横切って、漆黒のドレスのスリットから覗く長い脚を隠そうともせずに、ベッドの上に腰を下ろした。
「準備は出来たか?」
 膝の上に片肘をつき、リーゼロッテが意地悪に笑う。ロッテはぷうっと頬を膨らませると、ちょっぴり不機嫌に愚痴をこぼした。
「ひどいですお師匠様。そうやって、厄介ごとは全部わたしに押し付けるんだから」
「ははは、悪い悪い。でもお前、私の許しなく結界を出ただろう? こうなるのも必然だと思わないか?」
 先ほどの、広間での口調とは打って変わった砕けた物言いで、リーゼロッテがけらけらと笑う。ユリウスの前では猫を被っていたけれど、これが本来のリーゼロッテだ。妖艶な美女の姿をしているが、がさつでぐうたらでものぐさで、ロッテを召使いのようにこき使う。けれども魔法の腕は超が付くほど一流で、国外にまでその名を轟かせている、フィオラント王国の偉大なる森の魔女だ。
「それにしたってひどいです。わたしがこれっぽっちも魔法を使えないこと、知ってるくせに」
 ロッテが不満をあらわにすると、リーゼロッテはベッドの上に後ろ手をついて踏ん反り返り、ロッテの訴えをかるく笑い飛ばした。
「馬鹿かお前は。王子が必要としているのは疫病の特効薬だ。魔法なんて必要ないんだから私が出向くまでもない。お前はただ疫病の感染経路を突き止めて、治療薬を開発すればいいんだ」
他人事ひとごとだと思って簡単に言いますね」
 ロッテの不満は治らなかった。当然だ。リーゼロッテは簡単に言うけれど、それがどれほど難しいことなのか、外の世界を全く知らないロッテにだって理解できる。
 ロッテがいつまでも膨れっ面でいたからだろうか。リーゼロッテはようやく笑うのをやめると、やれやれと肩を竦めて宥めるようにロッテに言った。
「まあそう言うな。私が面倒ごとを嫌うのなんて分かりきったことだろう?」
「その言葉、その態度、ユリウス様にお見せしたいです」
「お前にとっても良いことづくしだろう。お前みたいな娘っ子が王宮に上がれるなんて、そうそう出来ない経験だぞ」
「別に、王宮に興味なんてないですし」
「初恋の王子様に会えるかもしれないじゃないか」
 リーゼロッテに指をさされて、ロッテはハッと顔を上げた。
 そうだった。ユリウスの身のこなしと剣捌きはあのときの——八年前にロッテを助けてくれたあの騎士とそっくりだったのだ。もしかしたら、ユリウスがロッテの初恋の王子様なのかもしれない。
 陰鬱だった思いが晴れやかな思いに塗り替えられていく。ロッテが期待に胸を膨らませていると、その様子をにやにやと眺めていたリーゼロッテがおもむろに腰の後ろに手を回し、何かをロッテに向かって差し出した。
「餞別にくれてやる」
 ぱちくりと目を瞬かせて、ロッテはそれを受け取った。手渡されたのは古びた一冊の本だった。中を見なくてもわかる。それは、ロッテがずっと欲しがっていた、リーゼロッテが大切にしていた、第一言語で書かれた薬草学の学術書だった。
「これっ……この本、ほんとうに良いんですか!?」
「ああ。特効薬を作るなら必要になるだろうし、お前、以前まえからずっと欲しがってただろ」
「ありがとうございますっ!」
 まさか、リーゼロッテがこんな素敵なプレゼントをくれるなんて!
 それまでの不満がひと息に吹き飛んで、ロッテは嬉しくなって学術書をぎゅっと胸に抱きしめた。
 実のところ、リーゼロッテはつい先日、この学術書を現代語に訳し終えて不要になっただけだったのだが、そこは敢えて伏せておき、恩を売るのがリーゼロッテのやり方だ。ロッテはいつも、こうして知らないうちにまんまとリーゼロッテに乗せられてしまうのだ。

「わたし頑張ります! お師匠様の名前に恥じないように、この仕事をやり遂げてみせます!」
 学術書を片腕で抱きしめたまま、ロッテはもう片方の手で拳をぎゅっと握りしめた。そのとき、学術書からひらりと紙切れが舞い落ちた。ロッテはきょとんと目を丸くして、床にしゃがみこみ、紙切れを拾い上げた。紙切れには整然とした文字がびっしりと記されていた。
「なんですかこれ……」
「リーゼロッテ特製ブレンドの媚薬のレシピだ」
「媚薬……?」
「あのクソ真面目な王子に使ってやれ。玉の輿も夢じゃないぞ」
 楽しそうにそう言って、リーゼロッテがにこりと笑う。要するに、既成事実を作って責任を取らせてしまえと言いたいらしい。
 なんてものを寄越すのだろう。せっかく見直しかけていたのに、リーゼロッテは相変わらずいつものリーゼロッテだったようだ。けれどまあ、ユリウスにそんなものを使うつもりはないにしても、せっかくリーゼロッテが師匠らしく弟子ロッテのために用意してくれたのだし。
 紙切れを四つに折りたたんで学術書に挟むと、ロッテは旅行鞄に学術書を詰め込んだ。ぱんぱんになった旅行鞄はずっしりと重く、ロッテはそれを両手で抱えて扉の前でもう一度、部屋の中を振り返った。
「それじゃ、いってきます。ご飯、ちゃんと作って食べてくださいね。掃除も洗濯も、さぼっちゃダメですよ」
「はいはい」
 ベッドの上でくつろぎながら、適当な返事と共にひらひらと手を振るリーゼロッテに見送られて、ロッテはユリウスが待つ広間へと向かったのだった。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

処理中です...