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第3話 魔女の媚薬
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ハーブ園に行った翌日から、ロッテはさっそく調薬の準備に取り掛かった。葉や花びらや取り出した種子を丁寧に取り分けて、精油を作ったり乾燥させて粉にしたり、花びらから成分を煮出したり。一日中研究室に篭って地道な作業を繰り返した。
ディアナは毎日研究室に顔を出して調薬の様子を監視していたけれど、薬草学の知識がなくては何を作っているかまではわからないようで。薬の効能を訊ねられるたびに、ロッテは美味しいハーブティーを勧めて返答を誤魔化した。
「私を懐柔するつもりでしょう?」
ディアナはいつもそう言ってロッテを疑っていたけれど、この程度のことでディアナを懐柔できるとは、ロッテも思っていなかった。単純に、客人を得意のハーブティーでもてなすのが好きだったということもあるけれど、リーゼロッテの媚薬を調薬するあいだ、ディアナの注意を引いておけるなら、なんだってよかったのだ。
ディアナはいつも窓辺に置かれたソファに座り、つんと澄まして、けれどもどこか嬉しそうに、ロッテが淹れたハーブティーを飲んでいた。やましさを見せずに堂々としていれば、疑われることもなかった。
調薬の準備が着々と進みつつあったある日のこと。
その日、ディアナは朝食のあとに少しだけロッテの部屋に顔を出すと、妙なことは考えないようにと念を押して、足早に部屋を去った。
ついに疑いが晴れたのかとちょっぴり嬉しくなって、ロッテが朝食の食器を厨房に下げにいくと、階下で働く使用人達もいつもより忙しなくて。ロッテは不思議に思いながら部屋に戻り、気を取り直して黙々と調薬作業に勤しんだ。
魔獣討伐に出ていた騎士団が帰還したことをロッテが知ったのは、その日の午後のことだった。
ふと作業の手を止めて窓の外を確認すると、すでに陽は空のてっぺんまで昇っていて、お腹がぐうと鳴いたことで昼も過ぎていたことに気が付いた。朝は慌ただしかった階下もいつの間にか落ち着いていて、厨房に顔を出すと、キッチンメイドがトマトとチーズのサンドウィッチを分けてくれた。
研究室に戻ってサンドウィッチを頬張りながら学術書のページをめくる。ほどなくして、部屋の扉がノックされた。食事の手を止めて顔を上げ、ロッテは小首を傾げた。
来客なんてめずらしい。と言うか、ディアナを除けば初めてだった。
ディアナは抜き打ちチェックだなんだと言って、ロッテの部屋に入る前に扉をノックしないから、今、扉の外にいるのが彼女ではないことは明らかだった。ロッテは席を立って扉の前に向かい、ほんの少し緊張しながらドアノブに手を掛けた。同時にもう一度、こんこんと軽いノック音が響く。
「どちら様ですか」
半開きにした扉の陰から顔をのぞかせてみると、部屋の前に立っていたのは、赤銅色の髪の無愛想で大柄な男だった。片翼の鷹の腕章が上腕に付いた黒い軍服に身を包み、大きな木箱を両腕で抱えている。
「工房から荷物が届いていた」
名前を名乗りもせずにそう言うと、ゲオルグは何やらくいと顎で指し示した。
どうやら扉を開けろと言いたいらしい。ロッテが察して扉を開くと、彼はずかずかと部屋のなかに踏み入って、ちらりとロッテを振り返った。
「ここ……この、テーブルの上でお願いします」
テーブルに広げていた本や道具をロッテが慌てて片付ける。すると、ゲオルグは黙って空いたスペースに木箱を下ろした。
箱の中には、先日工房で注文した道具がひとつひとつ紙に包まれて、一式揃って詰められていた。美しく透きとおった硝子のビーカーやフラスコ、精巧に造られた遠心分離機や蒸留器など、箱から取り出した新品の調薬器具を、ロッテはうきうきとテーブルに並べていった。全ての道具を並べ終えたところで、それまで黙っていたゲオルグがタイミングを見計らったように口を開いた。
「親父さんが助かったと言っていた」
「……はい?」
ぼそりと一言告げられてロッテがゲオルグを振り返ると、彼はロッテの斜め後ろで腕を組んで突っ立っていた。威圧的な態度でロッテを見下ろして、ゲオルグがぶっきらぼうに告げる。
「火傷の薬だ」
「ああ、職人さんの。お役に立てたならよかったです」
ロッテはにっこりと笑ってみせると、手元の調薬器具に視線を戻した。
なにせ実際に目にするのは初めての代物ばかりなのだ。ロッテは夢中になって新しい道具の点検と確認を続けた。
***
テーブルに並んだ調薬器具の数々が、窓から差す陽の光を浴びてきらきらと輝いている。美しく整然としたその光景を満足げに見下ろして、ロッテは幸せな溜め息を吐いた。
これでようやくリーゼロッテのレシピを試すことができる。メモ用紙を片手に早速作業に取り掛かろうとしたところで、傍に立つ黒い影に気がついて、ロッテはこくりと息を飲んだ。
今日の監視役はゲオルグらしい。部屋に荷物を運んできてから、彼はずっとロッテの斜め後ろに控えていたようだ。新品の調薬器具に興奮していたせいで、ロッテは今の今まで彼の存在をすっかり忘れてしまっていた。
毎日ディアナに監視されていたとはいえ、彼女はいつも窓辺のソファから遠巻きにロッテを見ていたし、私物を持ち込んで余所事をしたりもしていた。だから監視と言われても、ロッテはそれほど気にしていなかった。けれどもこれは——ゲオルグの監視下では、今までと状況が大きく異なり過ぎていた。
軍に所属していると言うだけあって、罪人や危険な魔獣の監視を任されることもあるのだろう。ゲオルグの監視は、まさしく文字通りのものだった。こんなに至近距離で行動の一部始終をじっくりと観察されていては、息が詰まって仕方がない。唯一の救いは、ゲオルグはディアナと同様、薬草学の知識が無いらしいということだ。
気不味い思いは拭いきれないけれど、ロッテは気を取り直して精油の瓶に手を伸ばした。
「魔獣討伐で怪我をした際、すり潰した薬草で傷の手当てをしているのだが、傷薬程度でそんなに傷の治りに違いが出るものなのか?」
唐突に低音で問われ、びくりと心臓が跳ねる。落としかけた精油の瓶を慌てて掴み、ロッテが後ろを振り返ると、ゲオルグが神妙な面持ちでロッテを真っ直ぐ見下ろしていた。
——聞きたいことがあったから、こんなに側に立っていたのね。
大きく息を吸って胸の鼓動を落ちつかせて、ロッテはゲオルグに向き直った。
「殺菌作用や炎症を抑える成分の配合なんかも考えて効き目が良くなるように調合してるんですから、ただ薬草をすり潰して患部に塗布するよりは効果が出てくれないと困ります。傷の種類によって治療に必要な成分も変わるから、その都度薬草の種類や配合を考えているわけですし」
「随分と自信がありそうだな」
「それしか取り柄がないので」
「魔女を名乗るくらいだから、怪我も病気も魔法で治すものだと思っていた」
「そんな便利な魔法は使えません」
唇を尖らせて、ロッテはぷいとそっぽを向いた。
嫌な話をする男だ。傷を癒す魔法どころか、物探しや天気を読むといった初歩的な魔法すら、ロッテは使うことができないというのに。
ちょっぴり不貞腐れて頬を膨らませていると、ロッテの身体を覆うように机の上に影が落ちた。背を屈め、ロッテの顔を覗き込んで、ゲオルグがおもむろに口を開く。
「騎士団の連中に傷薬を作ってやってくれないか」
意外な言葉に、ロッテは眼をまるくして顔を上げた。てっきりゲオルグは、ロッテのことを魔女の名を騙る詐欺師だと決めつけていると思っていたのに。
思いのほか真剣なゲオルグに少しばかり躊躇いながら、ロッテは応えた。
「……騎士団の連中って簡単に言いますけど、具体的にどのくらいの量が必要なんですか?」
「そうだな……この大きさの瓶に……二十個は必要だな」
テーブルの上に並ぶ硝子の容器の中から、ロッテの手のひらにようやく底の部分が収まるほどの大きさの三角フラスコを指差して、ゲオルグが大真面目に答えた。
「ひとりでそんなにたくさん作れるわけないじゃないですか」
「そうなのか」
「そうです」
ロッテがはっきりと否定すると、ゲオルグは「うーん」と低く唸って眉間に皺を寄せた。
傷薬を作るのは簡単でも時間のかかる作業だ。ゲオルグの注文どおりに作っていたら、時間がいくらあっても足りない。けれどロッテにだって、この国で暮らす人々のために西へ東へ奔走し、魔獣討伐の任務にあたる騎士達の助けになりたい気持ちはある。
ほんの少し考えて、ロッテはぽんと手のひらを合わせた。
「自分で作ってみたらどうですか?」
「冗談だろう。薬を作った経験なんてないぞ」
「簡単だから大丈夫ですよ。ゲオルグさんが作りかたを覚えて、訓練の合間にでも皆さんに教えてあげてください」
ゲオルグは反対したけれど、ロッテは構うことなく壁際に置かれた戸棚に向かい、引き出しから予備の乳鉢を取り出した。木製のスツールを部屋の隅から引っ張ってきて、ロッテの作業用スツールの隣に置く。ロッテが席について空いたスツールをぽんぽんと叩いてみせると、一連の行動を見ていたゲオルグは、渋々スツールに腰を下ろした。
「乾燥させたアニシアの葉を乳鉢に入れて、丁寧にすり潰して粉末状にします」
アニシアの葉を一枚ゲオルグに手渡して、口頭で説明しながら乳棒を動かしてみせる。叩いて擦り混ぜてを繰り返し、黄味を帯びた綺麗な粉が出来上がったところで、スプーン一杯の馬油を加え、丁寧に練るように混ぜていく。隣に座るゲオルグも見様見真似で手を動かした。
「意外と大変だな」
ゲオルグがぽつりと弱音をこぼすから、ロッテは思わず笑ってしまった。
「クリームみたいになめらかになるまで練ってくださいね」
緩んだ口元を押さえながら、ちらりと隣に目を向けると、ゲオルグもロッテと同じようにちょっぴり口元を緩ませていた。
それはとてもめずらしい、ロッテが初めて見るゲオルグの笑顔だった。
ディアナは毎日研究室に顔を出して調薬の様子を監視していたけれど、薬草学の知識がなくては何を作っているかまではわからないようで。薬の効能を訊ねられるたびに、ロッテは美味しいハーブティーを勧めて返答を誤魔化した。
「私を懐柔するつもりでしょう?」
ディアナはいつもそう言ってロッテを疑っていたけれど、この程度のことでディアナを懐柔できるとは、ロッテも思っていなかった。単純に、客人を得意のハーブティーでもてなすのが好きだったということもあるけれど、リーゼロッテの媚薬を調薬するあいだ、ディアナの注意を引いておけるなら、なんだってよかったのだ。
ディアナはいつも窓辺に置かれたソファに座り、つんと澄まして、けれどもどこか嬉しそうに、ロッテが淹れたハーブティーを飲んでいた。やましさを見せずに堂々としていれば、疑われることもなかった。
調薬の準備が着々と進みつつあったある日のこと。
その日、ディアナは朝食のあとに少しだけロッテの部屋に顔を出すと、妙なことは考えないようにと念を押して、足早に部屋を去った。
ついに疑いが晴れたのかとちょっぴり嬉しくなって、ロッテが朝食の食器を厨房に下げにいくと、階下で働く使用人達もいつもより忙しなくて。ロッテは不思議に思いながら部屋に戻り、気を取り直して黙々と調薬作業に勤しんだ。
魔獣討伐に出ていた騎士団が帰還したことをロッテが知ったのは、その日の午後のことだった。
ふと作業の手を止めて窓の外を確認すると、すでに陽は空のてっぺんまで昇っていて、お腹がぐうと鳴いたことで昼も過ぎていたことに気が付いた。朝は慌ただしかった階下もいつの間にか落ち着いていて、厨房に顔を出すと、キッチンメイドがトマトとチーズのサンドウィッチを分けてくれた。
研究室に戻ってサンドウィッチを頬張りながら学術書のページをめくる。ほどなくして、部屋の扉がノックされた。食事の手を止めて顔を上げ、ロッテは小首を傾げた。
来客なんてめずらしい。と言うか、ディアナを除けば初めてだった。
ディアナは抜き打ちチェックだなんだと言って、ロッテの部屋に入る前に扉をノックしないから、今、扉の外にいるのが彼女ではないことは明らかだった。ロッテは席を立って扉の前に向かい、ほんの少し緊張しながらドアノブに手を掛けた。同時にもう一度、こんこんと軽いノック音が響く。
「どちら様ですか」
半開きにした扉の陰から顔をのぞかせてみると、部屋の前に立っていたのは、赤銅色の髪の無愛想で大柄な男だった。片翼の鷹の腕章が上腕に付いた黒い軍服に身を包み、大きな木箱を両腕で抱えている。
「工房から荷物が届いていた」
名前を名乗りもせずにそう言うと、ゲオルグは何やらくいと顎で指し示した。
どうやら扉を開けろと言いたいらしい。ロッテが察して扉を開くと、彼はずかずかと部屋のなかに踏み入って、ちらりとロッテを振り返った。
「ここ……この、テーブルの上でお願いします」
テーブルに広げていた本や道具をロッテが慌てて片付ける。すると、ゲオルグは黙って空いたスペースに木箱を下ろした。
箱の中には、先日工房で注文した道具がひとつひとつ紙に包まれて、一式揃って詰められていた。美しく透きとおった硝子のビーカーやフラスコ、精巧に造られた遠心分離機や蒸留器など、箱から取り出した新品の調薬器具を、ロッテはうきうきとテーブルに並べていった。全ての道具を並べ終えたところで、それまで黙っていたゲオルグがタイミングを見計らったように口を開いた。
「親父さんが助かったと言っていた」
「……はい?」
ぼそりと一言告げられてロッテがゲオルグを振り返ると、彼はロッテの斜め後ろで腕を組んで突っ立っていた。威圧的な態度でロッテを見下ろして、ゲオルグがぶっきらぼうに告げる。
「火傷の薬だ」
「ああ、職人さんの。お役に立てたならよかったです」
ロッテはにっこりと笑ってみせると、手元の調薬器具に視線を戻した。
なにせ実際に目にするのは初めての代物ばかりなのだ。ロッテは夢中になって新しい道具の点検と確認を続けた。
***
テーブルに並んだ調薬器具の数々が、窓から差す陽の光を浴びてきらきらと輝いている。美しく整然としたその光景を満足げに見下ろして、ロッテは幸せな溜め息を吐いた。
これでようやくリーゼロッテのレシピを試すことができる。メモ用紙を片手に早速作業に取り掛かろうとしたところで、傍に立つ黒い影に気がついて、ロッテはこくりと息を飲んだ。
今日の監視役はゲオルグらしい。部屋に荷物を運んできてから、彼はずっとロッテの斜め後ろに控えていたようだ。新品の調薬器具に興奮していたせいで、ロッテは今の今まで彼の存在をすっかり忘れてしまっていた。
毎日ディアナに監視されていたとはいえ、彼女はいつも窓辺のソファから遠巻きにロッテを見ていたし、私物を持ち込んで余所事をしたりもしていた。だから監視と言われても、ロッテはそれほど気にしていなかった。けれどもこれは——ゲオルグの監視下では、今までと状況が大きく異なり過ぎていた。
軍に所属していると言うだけあって、罪人や危険な魔獣の監視を任されることもあるのだろう。ゲオルグの監視は、まさしく文字通りのものだった。こんなに至近距離で行動の一部始終をじっくりと観察されていては、息が詰まって仕方がない。唯一の救いは、ゲオルグはディアナと同様、薬草学の知識が無いらしいということだ。
気不味い思いは拭いきれないけれど、ロッテは気を取り直して精油の瓶に手を伸ばした。
「魔獣討伐で怪我をした際、すり潰した薬草で傷の手当てをしているのだが、傷薬程度でそんなに傷の治りに違いが出るものなのか?」
唐突に低音で問われ、びくりと心臓が跳ねる。落としかけた精油の瓶を慌てて掴み、ロッテが後ろを振り返ると、ゲオルグが神妙な面持ちでロッテを真っ直ぐ見下ろしていた。
——聞きたいことがあったから、こんなに側に立っていたのね。
大きく息を吸って胸の鼓動を落ちつかせて、ロッテはゲオルグに向き直った。
「殺菌作用や炎症を抑える成分の配合なんかも考えて効き目が良くなるように調合してるんですから、ただ薬草をすり潰して患部に塗布するよりは効果が出てくれないと困ります。傷の種類によって治療に必要な成分も変わるから、その都度薬草の種類や配合を考えているわけですし」
「随分と自信がありそうだな」
「それしか取り柄がないので」
「魔女を名乗るくらいだから、怪我も病気も魔法で治すものだと思っていた」
「そんな便利な魔法は使えません」
唇を尖らせて、ロッテはぷいとそっぽを向いた。
嫌な話をする男だ。傷を癒す魔法どころか、物探しや天気を読むといった初歩的な魔法すら、ロッテは使うことができないというのに。
ちょっぴり不貞腐れて頬を膨らませていると、ロッテの身体を覆うように机の上に影が落ちた。背を屈め、ロッテの顔を覗き込んで、ゲオルグがおもむろに口を開く。
「騎士団の連中に傷薬を作ってやってくれないか」
意外な言葉に、ロッテは眼をまるくして顔を上げた。てっきりゲオルグは、ロッテのことを魔女の名を騙る詐欺師だと決めつけていると思っていたのに。
思いのほか真剣なゲオルグに少しばかり躊躇いながら、ロッテは応えた。
「……騎士団の連中って簡単に言いますけど、具体的にどのくらいの量が必要なんですか?」
「そうだな……この大きさの瓶に……二十個は必要だな」
テーブルの上に並ぶ硝子の容器の中から、ロッテの手のひらにようやく底の部分が収まるほどの大きさの三角フラスコを指差して、ゲオルグが大真面目に答えた。
「ひとりでそんなにたくさん作れるわけないじゃないですか」
「そうなのか」
「そうです」
ロッテがはっきりと否定すると、ゲオルグは「うーん」と低く唸って眉間に皺を寄せた。
傷薬を作るのは簡単でも時間のかかる作業だ。ゲオルグの注文どおりに作っていたら、時間がいくらあっても足りない。けれどロッテにだって、この国で暮らす人々のために西へ東へ奔走し、魔獣討伐の任務にあたる騎士達の助けになりたい気持ちはある。
ほんの少し考えて、ロッテはぽんと手のひらを合わせた。
「自分で作ってみたらどうですか?」
「冗談だろう。薬を作った経験なんてないぞ」
「簡単だから大丈夫ですよ。ゲオルグさんが作りかたを覚えて、訓練の合間にでも皆さんに教えてあげてください」
ゲオルグは反対したけれど、ロッテは構うことなく壁際に置かれた戸棚に向かい、引き出しから予備の乳鉢を取り出した。木製のスツールを部屋の隅から引っ張ってきて、ロッテの作業用スツールの隣に置く。ロッテが席について空いたスツールをぽんぽんと叩いてみせると、一連の行動を見ていたゲオルグは、渋々スツールに腰を下ろした。
「乾燥させたアニシアの葉を乳鉢に入れて、丁寧にすり潰して粉末状にします」
アニシアの葉を一枚ゲオルグに手渡して、口頭で説明しながら乳棒を動かしてみせる。叩いて擦り混ぜてを繰り返し、黄味を帯びた綺麗な粉が出来上がったところで、スプーン一杯の馬油を加え、丁寧に練るように混ぜていく。隣に座るゲオルグも見様見真似で手を動かした。
「意外と大変だな」
ゲオルグがぽつりと弱音をこぼすから、ロッテは思わず笑ってしまった。
「クリームみたいになめらかになるまで練ってくださいね」
緩んだ口元を押さえながら、ちらりと隣に目を向けると、ゲオルグもロッテと同じようにちょっぴり口元を緩ませていた。
それはとてもめずらしい、ロッテが初めて見るゲオルグの笑顔だった。
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