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第二章 寝言の強制力と魔法使い
魔法使いのすれ違い
しおりを挟む「わぁ……」
「これは……」
私たちは目の前の光景に絶句した。
荒れ果てた庭、花は枯れっぱなし。
木造の建物の壁や屋根は所々ひび割れて隙間風の通り道と化している。
ここが──メレの町の孤児院……。
ピエラ伯爵領の孤児院とは全く違うその荒れ果てた環境に、私の胸がざわつく。
『このピエラ伯爵領の孤児院は、環境も良いし待遇も良い。そしてなにより、セレン様と言うお優しいお嬢様に出会えた子どもたちは、きっと幸せなんだと思います。孤児院というものは、領地によっては劣悪な環境である場所もまだまだありますからね』
アイリスの言葉が思い出される。
ここがそうなのだろうということがすぐに私の中で理解できるほどに、この孤児院はあまりにも荒れていた。
「……入るぞ」
「えぇ……」
シリウスがゆっくりとその古い木の扉をトントンと叩くと、中から「はーい」と女性の声が聞こえてきた。
ギギギ……。
頼りない音と主に扉が開き、出てきたのはオスマンさんと同じほどの年頃であろう老女。
私たちを見るなりに少しおびえたように顔をこわばらせた彼女に、私はシリウスと顔を見合わせた。
「あの……領主様の関係のお方、でしょうか? 今月の借地料は明後日のはずでは……」
借地料!?
この量は孤児院から借地料を取ってるの!?
領地の土地を借りて店や畑をする場合、通常は借地料として売り上げの数パーセントを領地に収めるという義務がある。
だけどすべての店や畑でそれをしてしまえば、材料費や器具費などに加えて借地料で生活が苦しくなる領民が出ることもあり、その義務を課せられているのは大手仕立て屋や大きなカフェや本屋など、ある程度継続した収益のある施設経営のみに限定されている。
孤児院や教会は営利目的ではないし、国を挙げての慈善事業。
借地料を取ることなどありえないというのに……!!
「私たちはこの領の者ではない。カルバン公爵家の者だ」
「カルバン公爵家の!? ではあなた様が、シリウス・カルバン副騎士団長様……!!」
さすがシリウス。
こんな王都から離れた町にまでその名が知れ渡っているだなんて。
そんなすごい人の妻が私で本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あぁ。妻にかかった呪いを魔法使い殿に説いてもらうため、ここまで来た。が……その前にそちらの話も聞かせてもらえるかな? 借地料のこと、この領のことも──」
シリウスが穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、安心したように息をつき、老女は「どうぞ中へ」と私たちをその崩れかかった孤児院内へと招き入れた。
***
「どうぞ。薬草茶です」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
目の前に差し出された、透明な緑色をしたその薬草茶を一口飲むと、身体をポカポカとした温かさが巡った。
「あったかい……!!」
思わず驚きの声を上げる私に、老女が穏やかに笑った。
「それは魔法使い様が残していかれたものなのですよ」
「魔法使いが、か……?」
「えぇ。子ども達が寒さに苦しんだ時、風邪で震えている時、これを大量に作って持ってきてくださったのです。だから倉庫にまだたくさん茶葉があるんですよ。……あの方は、いつもこの孤児院に寄り添ってくださいました」
そう懐かしそうに目を細める老女は、再び私たちに目を向けると、にっこりと笑った。
「先ほどは失礼いたしました。私はこの孤児院の院長で、ベルダと申します。ここで11人の子ども達と暮らしております」
この古い孤児院に……11人!?
「他にシスターは……?」
「いません。働き手が無くて……。若い人は都市部に出ていってしまいますし……。人員確保を領主様にお願いしても、自分で何とかしろ、と……」
ひどい……。
領主が役割を果たしていないだなんて……!!
「メレの町の領主は──確かローマ伯爵だったな。5年前に前当主一家が事故で亡くなり、前当主の実の弟が継いだとか……」
「えぇ……。それからです。借地料が値上がりし、孤児院運営に必要な経費も出していただけなくなったのは……。それまでも借地料とわずかな経費でやりくりしなければならなかったのですが、今はもう……やりくりすら厳しい状態です。子ども達と私で内職をし、それを隣町へ売りに行きながらなんとか借地料を捻出し、町の人達がお裾分けしてくれる食料と、裏庭の家庭菜園で食事を賄っております」
借地料を取るばかりか、本来領主が管理すべきことがまるでなされていないだなんて……!!
実家とはあまりに違うその対応に、胸がモヤモヤする。
「魔法使い様は、ここへ若い男性の姿で通ってくださいました。子どもたちと遊び、勉強を教え、薬草の扱いを教えてくださいました。とても優しく、少し癖のある、面白いお方で……。皆、あの方が大好きでした」
穏やかな笑みを浮かべてそう言った院長に、オスマンさんと同じ、魔法使いへの信愛の念が垣間見えた。
きっと町全体で、魔法使いのことを大切に思っていたのだろう。
「……だからこそ、最後に見た魔法使い様の悲し気なお顔と最後の言葉が忘れられないのです」
「最後の言葉……?」
「はい。“あなた達は知っていて私を泳がせていたのか──もう、ここに来ることはない”と……」
泳がせていた?
来ることはない?
そんな……それじゃまるで……。
「まるで町の人がグルになって国に通報した、みたいな……」
「……」
まさか──。
「おそらく魔法使い様はそう思っておいででしょう」
悲しげに伏せられた目に、胸がギュッと締め付けられる。
ならずっと……魔法使いは町の人のことを誤解したまま、どこかに移り住んでいるっていうこと?
町の人は魔法使いを知っていながら知らないふりをしていたのに。
優しさがすれ違い縺《もつ》れたまま。
そんなのきっと、あの本のあとがきで書かれていた“幸せ”なんかじゃない……!!
「シリウス」
「ん?」
「私、絶対に魔法使いを見つけたい……!!」
さっきまではどちらでも良いと思っていた。
どちらにしても離縁は三年経てば瑕疵なくできるんだし。
【小鳥姫と騎士】の作者としての魔法使いに会ってみたいとは思ったけれど、いないならば仕方がないだろう、と。
でも……会いたい。
会って、町の人についての誤解を解いてあげたい。
きっと誤解をして、魔法使い自身も傷ついているだろうから。
「セレン……。うん。そうだね。私も同じだよ。──院長。手掛かりはやはりないのだろうか?」
「えぇ……何も……。ただ、この町の向こう。海を渡った先のこの町が管理する小島で、不思議な薬草茶があると先日聞きました。もしかしたら、魔法使い様が訪れたのかもしれません」
「!!」
メレの町は国の最南端。
その一番端である場所が、メレの町から渡ることのできる孤島。
今は限られた小さな村しかないと聞いているけれど……行ってみる価値はあるのかもしれない。
「ありがとう。院のことは、私から王太子殿下に報告し、何とかできるよう取り計らおう。これで明後日の借地料を払うと良い。あと少し、耐えてくれ」
シリウスがそう言って金貨の入った小袋を懐から取り出し院長に手渡すと、院長は目に涙を浮かべて頭を下げた。
「あぁ……っ、ありがとうございます……!!」
そして私たちは孤児院を出ると、馬車に再び揺られながら宿へと向かった。
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