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第三章

来世に期待します。ただしもうしばらく後で。

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 その翌日、エルフの大賢者であるお師匠様により、私が聖女であること、そしてお姉様に力が無いということ、測定石が反応したのは付き添っていた私の魔力に反応したのだということが発表された。

 そしてお姉様の取り調べで、何者かに盗まれた測定石はお姉様が持ち出したということが分かった。
 聖女として認定をされていたお姉様は神職扱い。
 つまり容疑者になりえる人物であったということを、誰もが失念していたのだ。

 全ての取り調べで私への虐待を知られることとなったフェブリール男爵家はお家取り潰しとなり、お父様もお母様も平民に落とされた。
 お姉様は聖女である私の暗殺を企てたこと、そして手違いとはいえルヴィ王女殺害未遂を起こしたことで、極刑という判決が下された。

 何も思わない、わけはない。
 生まれてからついこの間まで一緒に暮らしてきたし、お姉様が聖女認定される前は普通の家族だった、と記憶しているのだから。

 お姉様は私にたくさん絵本を読んでくれたし、お母様は時々クッキーを焼いてくれた。
 お父様もぬいぐるみを買ってくれたことだってあった。

 力と権力を手に入れてしまって、全てが変わってしまっただけで。

 力は毒だ。
 それはたとえ聖なる力と言われる聖女の力であっても例外ではない。

 だけどきっと、私は、そして私の周りの人々は変わらないだろう。
 トレンシスが一つの町になり人の出入りが増えても。
 私が聖女として認定されても。
 大切なものは何一つ変わらない。


「セシリア」
「オズ様」

 甘い匂いにつられたのか、オズ様が足音もなく私の背後から姿を現した。
 私の目の前には甘い甘い出来立てのチョコレートタルト。

「ま、まだ駄目ですからね!? まる子とカンタロウがお散歩から帰ってきてから、皆で食べるんですからねっ!?」

 ただいま絶賛トレンシスの町をお散歩(本人たち曰くパトロール)中のまる子とカンタロウ。
 二匹を待ってから食べないと、後々うるさいのよね。
 ひどいときはカンタロウにくちばしで突っつかれる。ひたすら。

「む……。なら、こっちをもらおうか」
 そう言ってオズ様は私の頬へと後ろから顔を近づけると──。
「ひゃぁっ!?」
「ふむ。甘いな」
 ──私の頬をぺろりと舐め上げた。

「なっなっ、なっ……!?」
「とても甘くて、おいしかった」

 甘いのはオズ様です!!!!
 あぁもうっ。ちょっと前まで修行でハグするだけでも真っ赤になってたくせに、時々オズ様はとんでもなく大胆なんだから……。

 晴れて婚約者同士となった私たちは、1年後に結婚することが決まっている。
 本当はすぐにでも、と思ったのだけれど、私は一応聖女。
 そしてオズ様はこの国で一番の公爵家当主様。

 そんな二人の結婚には王家も、他国の王族までもが出席することになるらしく、盛大な挙式にいろいろと準備が面倒なのだとか。

 私もオズ様も、トレンシスでひっそり挙式できればそれでいい、とか思っていたのだけれど、陛下と殿下、そしてルヴィ王女から大反対が起こった。

「そういえば、王女から、今度セシリアを城に連れて来るように言われた」
「ルヴィ王女が?」

 あれだけオズ様のことが好きだと言っていた王女だけれど、あの毒殺未遂事件から私のことを慕ってくださるようになり、今や聖女セシリアファンクラブなるものを設立し、その会長の座に収まっているのだとか……。
 なお、詳しい活動内容を聞く勇気はない。

「聖女様のありがたいお話が聞きたいんだとか。あのわがまま王女をよくあそこまで手懐けたものだと、陛下も王妃様も殿下も驚いていた。それと同時に、陛下たちはもちろん、今までルヴィ王女のわがままに付き合わされていた城の人間たちは皆君に感謝しているようだぞ? ルヴィ王女が聖女の力で更生した、聖女の力はわがまますら治すことができるんだ、とな」

 ごめんなさいそんな力私にはありません。

「私はただ解毒したり、その後も時々お話し相手になるぐらいしかしてないんですけど……」
「その話が良いんだろう。解毒で崇拝心を煽っておいてから話を聞かせて更生を促す。なかなかやるじゃぁないか」

 いたずらっぽく笑ったオズ様に顔面の温度が急上昇する。
「~~っ。お、オズ様、最近変ですっ」
 苦し紛れにそう言うと、オズ様の端正なお顔がさらに私の顔に近づいた。

「ほぉ? 俺の何が変だと?」
 近い!!
 近すぎる!!
 顔面偏差値高い顔で近づかないでくださいオズ様!!

「と、とりあえず距離が近いです!! それと、なんか、甘いし……甘いのになんか、いじわるだし……。こ、困ってしまいます」

 元々婚約者どころか友達すらいなかった私にはハードルが高い。
 どんな反応をするのが正解なのかがわからなくて、いつも一人でわたわたとしてしまう。

「お、オズ様はモテモテで慣れてらっしゃるかもしれませんけど、初心者の私には刺激がですね──!?」
 抗議する私の手が後ろから大きな筋張った手に拘束され、私は強制的にくるりと向きを変えられ、オズ様と真正面から向き合わされる。

「俺が、慣れてる?」
「ふぁっ!?」

 ち、近い……!!
 正面からこの近さはもはや拷問です……!!

「そんなわけないだろう? 俺は、悪い魔法使いなんだから」
 言いながら私の右頬をオズ様の左手が這う。

「っ……」
「悪い魔法使いを甘くさせることができるのも、いじわるにさせることができるのも、君だけだ。君こそ本当の──魔法使いだな」
 ふわりとやわらげられたその赤い瞳がさらに近づき、唇が触れそうなほどに近づいて、私達はどちらからともなく瞳を閉じた──が……。


「ただいまぁぁああ!!」
「この匂いはチョコレートタル──」

「……」
「……」

 時が止まった。
 なにこのタイミング……!! 

「オズが盛ってる!!」
「オズ、あんまがっつくと嫌われるよ? 初心者こそ余裕をもってだねぇ──」
「ほっとけ!!」

 あぁ、これがここの日常だ。
 私が愛おしむ日常だ。
 失いたくない、大切な。

「ふふっ。皆そろいましたし、チョコレートタルト、食べましょうか」
 ワゴンの上に出来立てのチョコレートタルト。
 それにオズ様の薬茶。
 穏やかな時間をもたらしてくれる、魔法の組み合わせ。

 私はこれからもここで、変わらずチョコレートタルトを作って、大好きな人の隣で、笑って過ごしたい。
 そこにはまる子もいて、カンタロウもいて──。
 そんな幸せな日々を、私は生きたい。

 私の悪い魔法使い様が来世へ送ってくれる、その日まで。


 END


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