DA天使によろしく

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1-9. 灰の王子

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9)灰の王子

テッド・ローゼンバーグの乗ったフライトは午前5時に羽田に到着予定だ。交通の混み具合によるが社に着くのは7時頃だろう。日曜日の早朝だというのに非常収集でもかけられたのか社員が出社し始めている。僕は会議室でネオに週明けからの仕事の指示を送っていた。チャラ男が昨夜は徹夜すべきでなかったと小言を言っている。

6時半頃、廊下が騒がしくなりディレクターが飛び込んで来た。
「テッドから何か連絡はないか?」
「ありませんが、どうしました?」
なんで僕にテッドから連絡があると思うんだ?
「空港で待ってる運転手が、テッドがまだ出てこないと言っている」
廊下に出てみると、役員や秘書達が「空港を間違えたかもしれない」だのと、てんやわんやしていた。

「な~に騒いでるんすかね。子供じゃないんだから放っておいても一人で来れるでしょうに」
チャラ男があくびまじりに発言して周りから睨まれている。
ディレクターの秘書が電話を耳に当てながら近づいて来た。
「あの・・・」
「連絡ついたか!?」
「いえ。下の警備員から・・・」
「下!?」
「テッド・ローゼンバーグって名乗る不審者がロビーにいるらしいです」



その場にいた全員がエレベーターに乗り込んでロビーに降りてみた。



無人の受付カウンターの前で、よれたTシャツとチノパン姿の若者が床にへたりこんでいた。ウェーブした豊かな髪が顔にかかってるが、横顔の輪郭からしてテッド・ローゼンバーグに間違いない。しかし役員達ですら、どう労っていいものか分からない状況らしく、それぞれがお互いの背中に隠れて先頭を押し付け合う恰好になった。結局チーフディレクターが前に押し出されて、及び腰でテッドに近づいた。


カツン、カツン、カツン・・・・
チーフディレクターを遮るように、遠くからしっかりした足取りの靴音が静まり返ったロビーに響いてきた。エレベーター脇の非常階段からだ。
一定の速度で階段を降りてくる。
日光に照らされた非常階段から長身の人影が現れた。

シュルツだった。

ダークグレーのタートルネックにコーデュロイのスラックスといういつもよりカジュアルな恰好だったが、相変わらず冷ややかな顔をしている。
いつのまにか出社してたのか。
テッドを迎えるために、早朝から出て来て待ってたのか。

シュルツは歩調を変えずに歩いて来て僕達の前を通り過ぎていった。まるで僕達が目に映ってないかのような態度だった。シュルツはテッドの前で止まって、テッドを見下ろした。
「テディ」

「あっ!ルディ~~~~~ッ!」
テッドが飛び上がってシュルツに抱きついた。
「会いたかったよぉぉぉ~~!!」
抱きつく音が聞こえてきそうなハグだった。足までシュルツに巻き付けている。
今の今まで、ヘロヘロで死にそうな顔してたくせに、シュルツを見たとたんにこれだ。

「渋滞情報が出てたから電車で来たんだ~。さすがにしんどかった~っ」
「ちょっと離れてくれないかな」
「フライトも乗り継ぎだったんだよ~~!疲れてもう歩けなぁいぃ~」
「君は乗り物に弱いはずだろ」
「ルディのために我慢して乗ってきたんじゃないかぁ~」
テッドがシュルツの首に腕を回したまま、顔を離してシュルツを見つめたので、二人がキスするのかと思った。シュルツは上を見上げて溜め息をついた。
「どこに行きたいんだ?僕の部屋でいいのか?」
シュルツはテッドを抱き上げ肩に担いで、エレベーターに向かった。テッドはご満悦だ。
「なあ、お前ちょっとやせた?また髪が伸びてきたな。日本でスタイリスト見つけてないのか。俺が切ってやろうか?・・・・」
テッドはシュルツの髪に指を差し入れて玩んでいる。

へええー。仲がよろしいことで。
まるっきり二人の世界じゃないか。

しかしテッドのおかげで、この間から感じていた妙な気分の正体が分かった。
僕は嫉妬している。
シュルツに触れるものに僕は嫉妬している。
シュルツが触れる物にすら嫉妬している。
また嗤いそうになった。
いつからこんな感情を持っていたんだろう。
いつから?
彼があんな顔で僕を見るから。
初めて会った時に。
勘違いだ。
彼の勘違いした視線に僕も勘違いした。
目が合っただけで、体が熱くなる経験なんて初めてだったから。
そしてこれからもないだろう。
少なくとも、僕がシュルツの髪に触ることはもうないんだ。
さっきも手を伸ばせば触れるくらい近づいたのに、相手の目に僕が映ることはない。





チャラ男に腕をつつかれて我に返った。
「里見さん、役員達、上に戻っちゃいましたよ?里見さんも上に行きますか?」
「え?ああ」
チャラ男はエレベーターのボタンを押した。CEO室のフロアに止まったエレベーターは役員達が降りるのに時間がかかっているらしく、反応しない。最上階にいたもう一つのエレベーターが先に動き始めた。こういう機械制御のフローチャートをいつも頭に思い浮かべてしまう。
「あ~あ。里見さん」
「なんだよ」
「なんか大人っぽくて頼もしい顔してます」
「何が悪いんだ」
「なんか寂しいな~。ちょっと天然のくらいが可愛らしいのになあ~」
チャラ男、一昨日から言ってること支離滅裂だ。僕にどうあって欲しいんだ?それともただおもしろがってるだけか?

CEO室からのエレベーターも降り始めて2台の箱が競争している形になった。僕達は先に着きそうな扉の前に立った。
「里見さん、テッドはタヌキの皮を被ったタヌキです」
「それ笑わそうとしてるのか?」
「テッドと交渉するのに議論するなってことです。あっちはアルファベットを習う前にディベートを習う種族ですよ。おやつを貰うのにもディベートしてきた人間です。お行儀良くしてたらおやつが貰える日本人とは違います。ディベートでは絶対に勝てません」
「それって差別じゃないのか」
「そんなに酷い奴なわけなかろうと、うかつに近づいた奴らは、みんな、タヌキに食べられてしまいましたとさ」
「アハハッ」
タヌキの着ぐるみを被ったテッドが獲物をくわえているシーンが容易に想像できてしまった。これからテッドに会う度に笑ってしまいそうになるじゃないか。どうしてくれるんだ。チャラ男はそれが狙いだったのか僕の顔を覗き込んでニヤッと笑う。
「とにかく、向こうが何言おうが、聞き流して、里見さんの要求を伝えて下さい。テッドは飲まざるを得ません。なんだかんだ言って里見さんはテッドが欲しい物を持っているからです」
果たしてテッドは僕が欲しい物を持っているんだろうか。
それが肝心なんだけど。

チャラ男はポケットから何かを取り出して差し出した。
「そこで今日のラッキーアイテム」
鍵だった。
貸金庫の鍵は初めて見たが、想像より普通で単純な型だ。縞猫のキーホルダーが付いている。僕はチャラ男を睨んだ。猫は嫌いだってあれほど言ったのに。チャラ男はしたり顔で笑っている。
「正解はレッドタビー」
「・・・・・ジンジャーっても言うよ」
「なんだ。やっぱり知ってるんじゃないですか。天然を装っちゃって、罪な男」
やわらかい電子音がして、エレベーターの扉が開いた。中は無人だ。
「とにかくね。いざという時はレッドタビーを思い出して」
チャラ男の声に背中を押されるように僕はエレベーターに乗り込んだ。

「あれ、チャラ男は?」
チャラ男は扉の外側で手を振っている。
「もう上に行くのはうんざりです。その辺をぶらぶらしてますから、もし用があったら呼んで下さい」
そう言いながら僕に背を向ける。
エントランスの方へ歩いて行く。
僕は階数ボタンを押した。
「チャラ男、ごめん」
チャラ男は振り向いた。
笑っている。
「里見さん、俺ね」
チャラ男は後ろ向きに歩きながら、敬礼みたいな仕草をした。
「こういう時はありがとうって言って欲しいんだな」
ドアが閉まる風が顔にかかる。
体が浮き上がる。
天に昇るみたいに。
行き先は、ろくでもない所なのに。
鍵を取り出して眺めた。
マスコットの猫は口を半開きにして何か言いたげな顔で僕を見上げている。
ごめんね。
僕が欲しい物は猫じゃないんだよ。
それでも猫に傍にいてもらったらちょっとは心が落ち着く気がして、僕は鍵をそのまま握りしめていることにした。



エレベーターから降りたら、テッドの怒鳴り声を浴びて仰け反りそうになった。

さっきの、甘ったれな声を出してたテッドと同一人物とは思えない。

テッドって瞬間湯沸かし器なんだな。

役員が怒られているのか?

いや役員はそろってCEO室前の廊下に整列しているが、怒声はCEO室の中から響いている。

デッドがシュルツに怒鳴っているのか??

あの二人、いちゃいちゃしてたと思ったら今度は喧嘩を始めたのか?英語が完全に理解できたら耐えられないんじゃないかってくらいの酷い言葉だ。グレースの言う通り、これに比べたら僕の暴言など可愛いものだ。

よく聞いたら言い争っている相手はシュルツではない。テッドに負けじと汚い言葉を発している相手はCKOだ。シュルツの声は全く聞こえない。

テッドとCKOが言い争っているらしい。

ディレクター達は自分らが怒られているわけでもないのに、直立不動で冷や汗をかいている。僕はおかしくなってきた。蛇とマングースの戦いならぬ、タヌキとトカゲの喧嘩というか、なんだか低俗な喧嘩に思える。

ドアが乱暴に開いてCKOが出て来た。
テッドのFワードがその背中に浴びせられる。CKOは慣れたものなのか涼しい顔をしている。僕の前を通り過ぎる時、流し目で僕にウィンクしていった。

チーフディレクターがよせばいいのに、扉を押さえて中に入っても良いかどうか聞いている。そして振り向いて僕を手招きした。役員達の視線が一斉に僕に注がれる。

ちょっと待ってよ!
僕は猛獣の巣穴に自ら入るネズミじゃないか?いや、ディレクター達からしたら言葉通り生け贄だ。しかも部屋の奥にいたテッドと目が合ってしまった。
「やあ!ハル!ちょっと待って・・・いや入って!」
テッドは僕に逃げる隙を与えず部屋から出て来て僕を抱きしめた。
誰にでも抱きつくのか。この男は。
「ハル。やっと会えた。ハルって呼んでいいよね」

感慨とか言う前にタバコの匂いでむせそうになった。
前室に引っ張り込まれると、コーヒーテーブルの上に火をつけたばかりらしいタバコと携帯灰皿が置いてある。
「煙たい?ごめんね。フライト中も眠れなくてさ。喫煙がグレースにバレたら殺されるよ」
「少し休まれては?」
「ありがとう。ちょっと、これ吸い終わるまで待っててくれる?まあ、座って」

そう言いながらテッドが指したのは前室の待ち合い客のためのソファだ。テッドはグレースの椅子を引っ張りだして僕の前に座った。さすがのテッドもシュルツの部屋には入らないのか?僕の視線は自然に奥のドアに行ってしまった。
「ルディなら、もう帰ったよ。さっきすれ違わなかった?」
テッドが煙を吐きながら言った。

さっきの、エレベーター。
無人の2台のエレベーターが同時に下がることはない。
あの片方にはシュルツが乗っていたんだ。

さっき、シュルツと鉢合わせしてたら、僕は何と言っただろうか?

いや、今はそんなこと考えている場合じゃないんだ。いずれにせよ、シュルツは用が済んだから帰った。やっぱり僕が交渉しなければならない相手はテッドなんだ。僕はシュルツのことを頭から締め出した。

目の前にいるテッドに集中する。

僕に煙がかからないように気を使っているのか、僕から顔を背け、グレースの机に、靴を履いたままの足を載せている。テッドが目を閉じて煙を味わっているのをいいことに、僕はまじまじと彼の横顔を観察した。

タレ目がちの目、素で口角が上がっているアヒル口、それぞれのパーツはきれいなのだが、短めの鼻といい、目と口が大きすぎるあたり、絶妙なバランスの上に成り立っている顔と言うか、完璧なハンサムとは言いがたい。

初めて会った時も、若々しくて驚いたが、頬にはそばかすが残っているし、今日は特に、灰色がかった茶色の髪がくしゃくしゃで目にかかっているうえに、いつ買ったか分からないような色あせたTシャツにハーフパンツ姿は、高校生くらいの少年にしか見えない。

しかもやってることはもっと幼い。

シュルツのオフィスに負けず劣らずグレースの机周りは清潔だから、机の上に足を載せてタバコの灰をまき散らすなんて、グレースが怒ることは分かりきっているだろうに、敢えてママを怒らせようとしている中学生に見える。

テッドが溜め息のように深々と煙を吐き出して、けだるそうな目で僕をちらりと見たので、ひやりとした。何を見ているんだ僕は。交渉を有利に進めるための情報集めなくちゃいけないところだろ。

テッドは無関心を装って、抜け目無く僕を観察していたに違いない。大体、会社にこんなだらしない格好で来たり、迎えの車を無視したり、人目もはばからず部下に怒鳴り散らしたり、謝りながらもタバコを吸い続けるあたり、自分の優位性を敢えて示しているマウンティングに他ならないじゃないか。

大勢の役員には目もくれず、シュルツにだけ馴れ馴れしくしたのも計算尽くだろうし、さっき僕に好意的に接したのも何か考えがあってのことだろう。

と、テッドが手早くタバコを灰皿に押し付け、機敏な動きで足を降ろして僕の方に向き直った。
「あ~!すっきりしたぁ~」
大きな目を線にして、喉の奥が見えそうなくらい大口を開けて笑っている。よく見ると前歯がちょっと隙っ歯だ。

ちょっと待てよ。こいつ、ひょっとして、素でこんなんなんじゃないか?

こいつ、今まで人に怒られたこと無いんじゃないか?

つまり、こいつって自分が他人にどう見られているかなんて、考えてないんじゃないか?

テッドの実家って元々、大金持ちらしいし、大事に育てられた子供のまま成長してないというか、それで今まで問題なくやってこれたんだろうな。

本当に、本当の王子様なんだな。




いや、待てよ。
さっき、テッドに怒鳴り返してた奴がいるじゃないか。

CKOだ。

あいつ、会社を潰したいのか、僕に意地悪したいだけなのか、何したいのかよく分からない嫌な奴だけど、自分のボスにあれだけ怒鳴り返せるって大したタマだ。

「さっき、出て行ったあの人はクビですか?」
思わず「クビ」だなんて言葉を自分で言ってしまってから、ヤバいと思ったけど、この際、細かいことはどうでもいいだろう。

テッドは大きな目を丸くしてきょとんとした。本当に子供っぽい顔ができる人だ。
「クビって、誰のこと?ああ、アラン?」
アランってのが、あのCKOの名前か。ま、これからも覚える気はないけど。

「さっき、彼とずいぶん言い合ってたじゃないですか」
何がおもしろかったのかテッドは弾けるように笑い出して、椅子の上で猫みたいに伸びている。
「ああ、ムカついたから、クビにしてやった。ってそんなわけないだろ。俺にそんな権限あると思う?」
「できないんですか?」
「役員の去就は理事会で承認されないとね。ヘタしたらこっちがクビになる」
その理事会を仕切っているのは誰だよ。他ならぬテッドだろ。

「まあ、近々辞めるけどね。元々うちの父親の会社の契約弁護士なんだけど、経営に詳しいから、今回ちょっと手伝ってもらっただけで、役目が終わったら元の事務所に戻る約束なんだ」
「今回の役目ってなんですか?」
「色々だよ。アランは、俺のいとこなの。さっきのはいつものことだよ。昔から仲悪いんだ。また顔見たらムカついたからちょっとからかっただけ」
ちょっとって、ちょっとか?
そもそも、顔見ただけでムカつく奴をわざわざ重役に据えたのか?

僕の怪訝な表情を読み取ったのか、テディは肩をすくめた。
「本当はね、あいつがルディの機嫌を損ねたから怒ったんだ。さっき、ルディがアランを見たとたんに俺をソファに落っことして帰って行ったからさ、『お前、一体ルディに何したんだよ』って怒鳴ったの。アランはルディには何もしてないって言ってたけど」
ルディには、ね。
確かに、あの人はシュルツには何もしてないだろう。僕に嫌がらせしただけで。

だけど僕とシュルツがこんなにもめた発端はあいつが僕のPCを没収したことだからだし、影でコソコソ動くアランはシュルツの性に合わないんだろう。

「シャビから言わせれば、こうなったのは俺のせいだから自分でなんとかしろだって。アランは会社の利益しか考えてなんだよ。まったく、どいつもこいつも役に立たないな。まあ、だからこうやって飛んできたんだけどさ」
どいつもこいつも?

テッドは両手で顔をゴシゴシこすっている。顔を上げたらテッドの表情が険しくなっていた。
「そもそも、ルディだけを東京に送り込んだのは失敗だった。最初から俺もついてくるべきだった。一日たりともルディと離れるべきじゃなかった。今日、俺が来たからにはすぐにでもルディを連れて帰る」
目が潤んでいる。

意外だ。

すごく意外だ。

テッドは僕との知財の問題を収めるために来たのかと思っていた。テッドからしたら僕のことはどうでもいいらしい。

「ルディは日本に来てからずっと体調が悪いだろ。聞いてない?」
そんなの聞いてないぞ。さっきだって軽々とテッドを担ぎ上げていたじゃないか。

「もともと、アレルギーを持ってるんだけど、こっちにはアレルゲンがいっぱいあるらしい。ルディが残りたいって我が儘言ったから、だましだまし二ヶ月もいたけど、もう限界だよ。俺が無理矢理にでも連れて帰る」

・・・・・なんだ。
テッドってもっとビジネスライクで金銭のことしか考えてない人かと思っていた。実際はシュルツのことしか考えてないんだ。そういえば、インタビュー記事でもSNSでもテッドはシュルツを持ち上げるコメントしかしてない。前から一貫してるじゃないか。だからシュルツからの信頼も厚いんだろう。


「で、ハルはどうする?」



「・・・・・は?」


「俺は、ルディを連れて帰るけど、ハルはどうする?一緒に来る?」


は?何言ってんの?


「ハルが一緒に来たいっていうなら俺は止めないよ。ルディがハルを気に入ってるからね」


気がついたら、テッドからまっすぐ見つめられていた。



「いや、行きませんよ。なんで僕が一緒に行くんですか?」
「ハルはルディが好きなんだろ。今、連れて帰るって言ったら悲しそうな顔したよね」
「は?」

何?このカウンターパンチ。無防備を装っておいて、しっかり僕の様子をうかがっていたのか。

だからタヌキと議論するなとあれほど・・・というチャラ男の声が聞こえたような気がした。


「いや、行くわけないじゃないですか。シュルツさんに嫌われてるのに」 
「ルディがハルをどう思ってるかは関係ないじゃん。ハルがどうしたいかを聞いてるんだよ」
「行きませんよ!はっきり言って彼はわけが分からない」
一夜一緒に過ごしただけの相手なのに、という言葉はさすがに飲み込んだ。

「わけが分からないってのはそうだろうね。あいつの頭の回転には誰も付いて行けない。だけど、ハルはルディの書いたプログラムが理解できたよね?ルディのバトラーを見ただろう。昨夜、開いたログが残ってたぞ」

バレた。

いや、しまった。

テッドは日本についてから今まで、シュルツのPCを立ち上げる暇すらなかったはずだ。単にカマをかけただけだ。狙い通りに僕がうろたえたのを見て、テッドは満足げに薄笑いを浮かべている。

「アランがしそうなことは大体想像がつく。アランにはルディの書いたものが理解できないから、君に見せた。君の反応でバトラーの価値を判断しようとしたはず。結果的に、アランは君の価値が理解できたみたいだな。君を排除するのは止めて役員に加えることに全面的同意する、と昨夜メールを送ってきた」

やっぱりこいつらはタヌキだ。アランもテッドも似たようなものだ。これ以上は相手にしてはいけないと手の中の猫が警告している。

「アランのことは気にするな。ハルがあれを見たって構わないよ。あれは、ハルのものだ」
「僕の物じゃありません。シュルツさんが書いたんだから、シュルツさんのものでしょう」
「ルディはあれの開発に全く興味ないし、俺は理解できないからな。ハルが開発しないならバトラーはお蔵入りになるぞ」
「じゃあ、僕がバトラー持って独立してもいいですね」
「いいよ。どうぞ」
「は?」
「だけど、ハルがR-bitを辞めるというなら、ハルは俺らの敵になる。バトラーが商品化したとしても、俺らは全力で潰す。うちのファミリーの力を使ってでも潰す。この世界にローゼンバーグファミリーに喧嘩を売ろうってバカもいないと思うけどね。そもそも本当にうちで以外にあれを売り出せると思ってる?商品化すら難しいだろうな。はっきり言ってムカつくんだよ。お前らは」

ようやく本性を現した王子は脚を組み、肘掛けに手を置いて僕を見下ろしている。

「ハルは、俺がなんのリスクもなく、NYANCを買収したと思ってんの?NYANCを買収したのは、NYANCでお蔵入りになってるシーズを売るつもりだったからだ。NYANCには大金になりそうだけど、開発費がないシーズが眠ってるってリークがあった。ちょっとしたセンサー技術なんだけどさ。たまたま知り合いで大金を出してでも買いたい所があってね。シーズの内容がバレないように企業ごと買収してからハード開発部門だけを売っぱらうつもりだったんだ。その約束でオヤジのコネで金を借りたんだぞ。この取引がご破算になったら俺はシャレじゃなく破産だよ。ルディとアランはその契約を具体化するために来たってのに、今頃になってルディが反対しだした。ハード開発部門を売り払ったらハルみたいな人が働く場所がなくなるからだって。ところで、ハルがなんで営業部に配属されたか知ってる?」
「・・・・いや」
これ以上、テッドと話をしてはいけないと頭が警告しているのに、続きを聞きたくて動けない。
「理系の割に物腰が良いからだってさ」
「・・・・そんなこと、シュルツさんが知ってるんですか」
一社員の人材情報まで。
「知ってるよ。ハルだけR-bitに残せば良いって俺が言ったんだけど、今の環境のまま残してあげたいってルディは言い張る。それで俺は甘いこと言ってるんじゃねーって怒ったの。元NYANCには新しい商品開発するスキルは残ってないってな。そしたらルディは、開発スキルはあるから証明するって言って、コンペを始めたんだよな。アホか」
それがあのコンペか。
「そしたら、こっちが夜中だってのにルディに電話で叩き起こされた。腕時計型のデバイスと人工知能について凄いアイディアがあるってさ。そんなの開発に何年かかると思ってんだ?腕時計型デバイスなんか今から開発したって遅すぎて商戦にも乗れやしない。人工知能がもうできてるっていうなら話は別だけどなって言って電話を切った。まあ、ルディが仕事する気になったのは良いことだから、この売却取引が終わったら次に予算を付けてやろうと思ったよ。そしたら2週間後にあれだよ。また電話がかかってきて、できたって言うじゃん。人工知能がさ。それで、俺もあせって、アランに関連する知財を全部押さえろって指示したの。それでこの騒ぎ」
こうなったのはアランのせいにするつもりか。誰のせいとか、もう、どうでもいいや。とにかく僕とシュルツの関係は最悪なんだ。

テッドは言い訳するつもりもないらしく、立ち上がって僕を責めるように指差した。
「俺は、謝らないぞ。ていうか、ムカついてんだよ。ルディはな、あいつ、本当に頭がおかしいんだよ。凡人が逆立ちしてもできないことを気まぐれでプログラミングしてしまう。だけど、俺が頼んだって、簡単には作ってくれない。WBを作った時だって散々苦労した。例えて言うならな、こっちが電動自転車が欲しいって言ったらあいつは火星探索機を設計するようなもんだ。想像できるか?」
想像できすぎて、おもしろい。
「なのに、なんだよ。ハルの発案聞いただけで、2週間で人工知能作っちまったのかよ。なんなの。お前ら、ムカつくだろ。それでこの期におよんで、ルディが理解できないとか言うのかよ。俺にはもっと理解できないぞ」
そんなこと、僕に責められても・・・・

テッドは椅子に座り直して、ちょっと遠い目をした。
「飛行機に乗る前に、父親と大ゲンカしてきた。俺がセンサー技術は売らないって決めたから。いや、ケンカにもならなかったな。父親は『金の出所はどうでもいいから、約束通りに返せば良いよ』だってさ。あーあ、俺の一族みんな敵に回しちゃったよ。俺にはもう帰る家がなくなったな」

「・・・・・・あなた、さっき、ローゼンバーグファミリーを敵に回す馬鹿はいないって・・・」
「・・・・そう。バカやっちゃったよ。3分の一は自分の意志で、3分の一はルディのせいで、残りは君のせいだと思うから、責任とって欲しいんだけど・・・」
テッドの茶目っ気のある瞳を見て、僕は爆笑してしまった。チャラ男の言う、タヌキに食われるってこういうことなんだろうか。そしてチャラ男の言う通り、来るの遅すぎだ。なんで、もっと早く支社に来てくれなかったんだろう。そうすれば、きっと結末は変わっていたのに。

「で、ハルが付いてきてくれるっていうなら、ハルは俺らの身内だから、もちろんハルの希望も聞くよ。なんか要望ある?」
「シュルツさんに会わせて下さい」
僕は間髪入れずに言った。これ以上、タヌキに喰われてたまるか。

テッドは怪訝な顔をした。
「いいけど。会ってどうするの?」
「お礼を言うんです」
バトラーに日の目を見せてくれたお礼だ。
テッドは増々怪訝そうにした。
「それで?」
「僕が持っているバトラーの特許に必要なものをお渡しします」
僕は鍵を握りしめた。
「あとは?」
僕は肩をすくめた。
「それだけです」



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