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【1】きっかけは最初の街から。
11)ツェリディアの過去。
しおりを挟む依頼を終え、道具屋を去ったツェリディアはギルドへの道を進みながら物思いにふけっていた。不思議な雰囲気をまとった少年だと思っていたが、平原に出てすぐ妖精達が現れるし、更には精霊まで。精霊の方は自ら契約を結ぶなど異例であった。
元々ツェリディア自身も妖精を呼びやすい体質だった。下手すれば視界が埋まる程に付きまとわれたこともあった。別に不快ではないのだが。
ふと浮かぶとある妖精。学生だというアリオットのおかげで思い出した。毎日のように現れていた、あの火の妖精を。
あの子は今、どうしているんだろう。
「また、会えると思うんだけどな」
ポツリと呟いた言葉は何処に向けて発したものなのか。
さて、逸れた思考を戻す。
彼の名前はアリオットと言った。
「彼が始まりの者……だったら今回の件も色々と進展すると思うんだけどねぇ」
◆◆◆◆
幼い頃、お祭りからの帰り道だった。薄暗くなる時間、兄と一緒に歩いていた際に通りすがりの占い師に声を掛けられた事があった。
『お前達はいつか始まりを名に持つ者と出逢う。その時運命は流転するだろう。急速に、急激に。お前達の力はその時の為に』
その時は占い師の放つ気迫に押され、ただ恐怖が身を襲った。動けない私を兄が懸命に手を引いて走って走って走って。家に着いてからも暫く兄の手を離すことができなかった。
◆◆◆◆
当初は何を言われているのか全く理解出来なかった。そりゃ幼い子どもに言い聞かせるには言葉が少し難解だ。だが、忘れる事無く覚えている。それは兄も同じくだった。
過去にツェリディアは始まりを名前に持つ者と出逢った事がある。未だに信じられないが、彼と出逢ってから妖精に関するスキルが変化した。まぁそれだけではなかったけども。未だに頭は上がらないし、かけがえのない大事な人だ。今、自分が抱えている件はその彼と彼に纏わる人達も関わってくる。必ず、必ずや真相を解明しなくては。
ふと武器屋の前で足を止める。ショーウィンドウに写る軽鎧姿。腰に下げているのは細かい装飾の入った剣と鞘。今の姿には似使わないデザインだ。それもそのはず。よく見れば柄と鞘には王都騎士団の紋章が刻まれており、騎士団員しか持つことができない特殊な誓約魔法が込められた装備品だ。ただし、この剣は途中から折れてしまっており、現在は何の力も感じることができない。
カルティタニア王国の王都騎士団は国と国王に誓いを立て、その誓約をもって国王からの恩恵・加護を受ける事ができる。その鍵となるのが『誓約の剣』。ある者は力を、ある者は魔力を、ある者は守護を望み今も騎士団に従事している。
決して折れることのない剣の筈だった。
あの日までは。
◆◆◆◆
「とある地区で『契約切りの魔道具』が悪用・乱用されているフシがある。すまないが魔力や魔法抵抗値が高い第三部隊に調査に出てもらいたい案件だ。行ってもらえるだろうか」
「了解。まずは人員を厳選して向かいます。」
団長であるイグニス・サラマンドラからの特務。
嫌な予感はした。『契約切り』、名前の通りありとあらゆる契約・目に見えない縛りを切断する魔道具。
第三部隊は魔騎士とも呼ばれている。出で立ちは騎士だが、剣術にも魔法に優れた部隊だ。隊長であるツェリディア、副隊長のカイルと隊員のザック、レストンの4人で現地に向かう。
王国領土内北、隣国との境目にヤツらはいた。契約切りの『魔剣』を扱う剣士と『短剣』を振るう魔術師。
結果、カイル、レストンの2名は負傷しつつも魔術師を拘束、『短剣』を破壊し回収。
召喚術を使役するザックは負傷しつつも剣士と対峙。ただ、『契約切りの魔剣』が召喚術では相性が悪く、戦況は不利な状態だった。隙を突いて振りかざされた魔剣、防御が間に合わないと誰もが見て取れる状況にツェリディアが渾身の力を込めて剣士へ何かを投げ放った。
それがツェリディアが腰に下げていた『誓約の剣』だったのをザックは未だ鮮明に記憶している。
剣士も魔剣で振り払う。その隙に間合いを詰めて使い慣れた大鎌を振り抜く。ガキィィンと鍔迫り合いの音が響く。魔剣の効果が自らにかけた肉体強化の魔法も消し去る。しかし消される度にかけ直す。何度も何度も何度でも。しかしその均衡は数分で崩れた。
魔剣が触れた『誓約の剣』は不穏な黒い渦を纏い、パキンと折れた。
その瞬間、ツェリディアから溢れ出た桁外れの魔力により戦況は逆転。爆発的な肉体強化が剣士を吹き飛ばした。残念ながら相手も瞬間的に防御力を上げていたらしい。魔剣を手放した為に魔法による強化が十分に効果を成したのだろう、剣士はそのまま逃走。追いかけたかったがこちらも負傷者が多い。深追いはせず、放置された魔剣を回収し王都へ戻ることにした。
その後の調査で『契約切りの魔道具』はとある教団組織によるものと判明。呪いの一種に近いという。
ツェリディアが誓約で願った王の恩恵・加護は「魔力の制御」。生まれながら持ち合わせている桁外れの魔力をどうにか制御したかった。暴走はしないにしろ、魔力を持ち得る者にとっては畏怖であり、近寄り難い存在となる。感覚の鋭い者はもちろん、動物、魔物ですら近寄らない。
あの時のメンバーで制御系の誓約をしていたのはツェリディアのみ。(そもそも通常であれば力の制御など望みはしないだろう。)例え『契約切り』が施行されたとしても戦力には影響が出ない。例え折れたとしても、大切な人達が住むカルティタニア王国への忠誠心は変わりはしない。
この相手では魔法を放っても魔剣の効果でほぼ無効化されるのが見えていた。物理で、尚且つターゲットを外らす為の外的要因が必要だった。石やナイフのような小物ではなく、そこそこの大きさで魔力に打ち勝てるもの。
それがたまたま腰に下げていた『誓約の剣』だった。
『誓約の剣』はカルティタニア王国の騎士の証。剣士だろうと魔術師だろうと弓士だろうとメイン武器とは別に全員が必ずこの剣を帯刀している。魔法誓約の効果で、現在誰が在籍しているのか管理の意味も成す。
剣を失うことは騎士団員の証を失う事。
剣が折れたのと同時刻、在籍一覧から一人の名前がスっと消えたのを団長のイグニスは目撃していた。
「隊長、俺の…俺のせいで…っ!」
「気にしないで。これが一番被害が少ないと判断して私が勝手に動いたんだ。一隊長として仲間を守れて良かったと思ってるよ」
「しかし……!!」
……その判断は誤っていたかもしれない。今でも思い出す、その場にいた3人の痛烈な表情。特にザックはその責任を重く感じていたかもしれない。
それでも部下を、仲間を庇った事に関しては後悔はない。
****
重苦しい空気の騎士団長室。
「団長。もし、剣を直すことができたら騎士への復帰ってできるんですかね?」
「ああ、もちろんだ。俺の権限全力使ってでも戻させる」
だからこいつは預かっとく、と受け取った退団届を引き出しの奥底にしまった。
「ありがとう……ございます……っ」
視界が歪む。ポタポタと雫か床に染み込んでいく。今頃になって涙が溢れてきたのだ。悔しかった。家族のような仲間に囲まれたこの場所を奪われたことに。だから何としてでも戻りたかった。
「泣くな、必ず帰って来い。」
頭を撫でてくれる団長の優しさに、とうとう堪えきれなかった涙腺は決壊し、号泣してしまった。
◆◆◆◆
切れたなら、また結ぶだけ。
私の心は未だに折れてはいない。
「必ず、取り戻す。」
祈るように静かに剣を鞘に戻し、ギルドへ向かう。
今日はきっと進展する何かがあると信じて。
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