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【2】ざわめく森は何を知る。
74)副団長の特殊っぷりは周知済。
しおりを挟む闘技場の一件後、午後の約束の時間まで間がそこそこある。ヴィクトールはリュシオンの元へ、ジークレストは防具類のメンテナンスにと別行動と相成った。
運が良ければ技術棟にドワーフの講師が……とも考えたが、いつだったか「摩耗や壊れ方が独特すぎる」と半ば怒鳴られた覚えがあったので、ここはやはりいつもの馴染みの店に向かう事にした。
*****
「なんでたった数日でこうなるのかね!」
「それだけ激しい戦闘があったんだよ。んでまだ継続中なんだよソレ。あとまた数日後に更にそうなると思う」
「うげぇ、お前さんは相変わらず規格外だなぁ」
騎士団馴染みの鍛冶屋の親父さんに鎧一式と使用した大斧を預ける。大剣まで預けたかったが、こちらは許容範囲内と判断されて戻されてしまった。まぁ大斧だけで場所を取るのに、更に大剣まで預けられたら身動きが取れない、というのが本音だろう。
「なるべく急ぎで仕上げてやるよ。明日の朝にでも取りに来るといい」
「いつもありがとな!親父さん!」
職人独特の強い言い方だが、その言葉に込められている親父さんの優しさが温かい。なんだかんだ言いながら要望にはきっちりと応えてくれるのだ。
「あ、後でトスリフ行くのに鎧無いけど……まぁなんとかなるか」
鍛冶屋を後にし、次は何を確認するんだっけな、と考えていると巨大な影が城下街を過ぎる。ふと空を見上げれば例の黒いドラゴンだ。街中には慌てて騒ぐ人と、ここ連日見掛けているからか慣れてしまった人に反応が分かれていた。あの親友はこの騒動を鎮めてくれていたんだな!すまん、と心の中で謝りつつ、ドラゴンが降り立った騎士団拠点へ戻る事にした。
*****
昼前の騎士団拠点は人が大勢集まっている。到着するや否や、街中よりも拠点内の方が大慌てだった。団長のイグニスは各部隊への連絡と作戦会議で席を外しており、先日目の当たりにしていたザックは世界樹。昨晩の見回りを担当していた騎士は交代して今は休んでいる最中。詳しく事情を知る者が少ないという、なんとも間の悪い時間帯だった。
「あちゃー」
「いや、あちゃーじゃないですよ副団長!とうにかして下さいよ!」
「馬達が完全に怯えきってます!」
「あ、あれ西の山のですよね!?討伐したんじゃなかったんですかーー!?」
嘆く者、震える者、立ち向かおうとする者、とにかく大混乱だった。幸いなのは誰も手を出していなかった事。ドラゴンは威嚇する事も無く、ただ自分の居場所の様に堂々とふんぞり返っているだけだ。
距離を置きつつ警戒心MAXの騎士達を掻き分け、騒動の中心であるドラゴンの元へ向かう。ドラゴンもジークレストを見つけるとパァッと表情が明るくなり、尻尾の先端が揺れる。その変わり方に騎士の誰しもがギョッとしただろう。
「よ!お帰り!その様子なら問題なさそうか??」
『グル!グルルッ!』
「おお!さすがだな!ん?頼まれ事?じゃあそれも一緒に探すとするか」
自信満々にニヤリと笑うドラゴンと対等に会話をする副団長という異様な光景に、騎士団員達も「問題なさそう?」「大丈夫じゃないか?」と次々に警戒を解いていく。こういった普通の想定を遥かに超える出来事は一人一人を説得するよりも実際に見せた方が早い。ただでさえ存在自体が色々と規格外と言える副団長である。騎士団員達も『まぁあの人だし』の一言で済ませて納得してしまうくらいには鍛えられている。
どんな会話が繰り広げられたのかは誰も理解出来ないが、とりあえずこのドラゴンは脅威の存在ではないという認識で騎士団内の意見は一致した。
「この後、まだちょっと用事があるんだよ。お前、あんまり寝てないだろ?昼寝でもしながら待っててくれ。夕方にまた来る」
『グル。』
何事もなく会話を終える頃には周りの騎士達も通常業務へと戻っていた。本当は気持ち端の方に寄ってほしいのだが、中庭の中心が丁度いい具合にぽかぽかと陽の当たる場所で昼寝や休憩にはピッタリなのだ。そのうち全員がこの光景に慣れてしまうことだろう。
騎士団拠点内の食堂で昼食を食べ終える頃には、時間も丁度いい頃合だ。約束の時間になる前に、と再び学校敷地内、生産棟へと向かうことにした。
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