鮮血の非常識

おしりこ

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「……一体、どこに行きやがったんだ?」

 月光と星光煌く夜空。その光を一身に受ける鉄竜は電柱の上に立つ。
 古里町の全体を見渡せるこの場所で、町の様子をグルリと見渡すが、めぼしいものは見つからない。
 元々、視力には自信があったのだが、どうも状況が違う。
 月光に照らされ、星たちが輝いていたとしても、光の量が足りていない。
 古里町全体を思うように照らさず、深夜という時間帯もあってか、闇に染まっている。一部、街頭が照らされている場所ならば視認できるが、照らされていない場所は最早暗黒が広がるだけで、殆ど見えない。
 鉄竜は電柱の上にしゃがみ込み、顎に手を当てる。

「姫の奴……急に居なくなりやがって……」

 そもそも、この原因が分からない。
 何故、姫は家を何も言わずに出て行く必要があったのだろうか。
 昨日、きちんと話しをして、彼女の事を受け入れる事が出来たはずだ。自分たちの気持ちをしっかりと伝える事が出来たはずだ。なのに、彼女はたった一晩で居なくなってしまった。
 もし、彼女が誘拐されたと考えるのなら、あの血痕は抵抗をした跡だと納得できるし、それはそれで別に構わない。構わない、というのには語弊があるが、そうだったとしたら、鉄竜のすべき事は一つだからだ。
 けれど、もし、彼女が自分の意志で出て行ったとするのなら。
 だとしたら、あの争ったような形跡の血痕に血の蒸発の説明がまるで付かない。
 鉄竜が顎に手を当て考え込んでいると、唐突にパーカーのポケットに入れっぱなしになっていた携帯電話が鳴る。

「ん? 誰だって……愛か」

 鉄竜は発信者の確認をしてから、通話ボタンを押す。

「愛、どうした?」
『あ、テツくん? 今、家を出たんだけど。テツくんはどのあたりを探してるのかなって』
「俺は一応上から探してるが、町の全体からして、東側をメインにしてる」
『了解。じゃあ、私は西側を探してみるね』
「ああ、任せた。っと……悪い、ちょっと電話を切る」
『へ? あ、うん……とりあえず何かあったら、すぐに叫ぶね』
「おう。気をつけるんだぞ」

 その言葉を最後に鉄竜は電話を切り、先ほど、視界に入り込んだ人間を見つめる。
 その人間は昼頃に出会った男、名刺を渡してきた男。名前は――獅子堂正義。
 正義は何かを探すように辺りを見渡し、フラフラと町の中を彷徨っている。

「……アイツ、何やってんだ?」

 最初に出会った頃と同じようなダボダボの黒いロングコートを羽織り、夜に染まる町の中を歩き回っている。
 時折、足を止め、辺りを探るように見渡し、またも歩き始めている。
 その姿はあまりにも怪しい。鉄竜は電柱の上に立ち上がり、近くの屋根に飛び移る。
 あの男、初めて出会った時から鉄竜の中で違和感が覚えた男だ。
 何か――人間とは混ざってはいけないものが混ざった――鉄竜と似た空気を。
 鉄竜はパーカーのフードを頭まで被り、立ち上がる。

「……アイツ、あの事故現場に居た奴だよな。だったら、姫に何か関係あるかもしれねぇ。姫を探しつつ、上からアイツも一緒に尾けるか……」

 その言葉と同時に鉄竜は飛び、他の屋根へと飛び移る――。




      □



「さてと……私も私で頑張らないと!」

 フンス、と胸の前で両腕を構え、気合を入れる愛。
 場所は鉄竜が暮らすアパートの一階、階段前。ちょうど街灯の照らされる場所。
 愛は腕を組み、目を閉じて、考え込む。

「姫ちゃんがどこに行くか……」

 こうした人間の捜索をする場合、その人間が行くかもしれない場所から探るのが定石だ。
 けれど、姫の場合はどこに行くのだろうか。愛は考えるが、首を傾げた。

「この町の事、姫ちゃんはあんまり知らないよね……400年くらい前の人だし……ん?」

 と、ここで、愛はようやく気が付いた。
 400年前? 鉄竜も疑問に持っていた、というよりも、愛自身も聞いた時から疑問に思っていた事。
 何故――何故、彼女は400年もの時を生きているのか? というあまりにも常識的過ぎる疑問だ。
 元々、人間の寿命は100年も生きられない。それはこの世の常識であり、理だ。
 けれど、常識は時として覆る。それが――鉄竜と同じ、妖魔という存在だ。
 人の理をはずれ、常識を超越した非常識の存在。常識を諸共しない、非常識の感覚でのみ生きる存在。
 彼らに常識は一切合切通用しない。つまり、人間でのみ言える寿命の概念は無い。

「だとすると……やっぱり、妖魔絡みって事は間違いないわけだよね……。どんな妖魔か、なんだけど……やっぱり――だよね」

 愛は独り言のように呟き続ける。

「うん、彼女は一緒なんだよね。全部が。けど、まだ断定は難しい……。うん。やっぱり、探さないと!!」

 愛は一人で納得したように頷く。

「分からないなら、手当たり次第に探すしかないよね」

 愛は夜の町へと足を踏み出す。
 勿論、愛の居た場所には他の人間は存在せずに静寂が流れ、街灯が煌々と照らすだけ。
 しかし、愛は一切気にせずに、足を踏み出し、路地を歩いていく。
 この町全体は碁盤目状になっているのが特徴的である。
 四角の敷地がいくつも並んで配置され、その間が全て路地になっている。けれど、その中で街灯が照らされているのは、路地の交差点のみ。つまり、路地の真ん中辺り、街灯が届きにくく、薄暗い。そのせいで、視界はかなり制限され、見通しが悪くなってしまう。田舎町の悪いところである。
 愛は注意深く、歩き回りながら、時に足を止め、辺りを見渡し、姫の行方を探る。
 けれど、手がかりらしい手がかりすらも得る事が出来ず、むしろ、住宅地が続くばかりで、静寂に包まれる。

「何処にも居ない……何処に行ったんだろ、そんなに、遠くには行ってないのかな?」

 愛は一人で呟くが、すぐに首を横に振った。
 遠くに行っていないという考えは捨てなければならない。近くに居るかもしれないし、遠くに居るかもしれない。そのくらいに柔軟な考えを持っていなければ、彼女を探す事は出来ないだろう。
 けれど、打開策が無ければ、このまま探して終わりである。
 愛は街灯の照らす角で一度足を止め、歩き続けた足を休ませる為に、壁にもたれ掛かる。

「ふぅ……何処に行っちゃったんだろ……隣町、とか?」

 と、独り言を呟いた瞬間。
 ふと――横にあったものが視界に入ってきた。それを見た瞬間に、愛はすぐさま口元を抑え、目を背け、叫びそうになる悲鳴を押し殺した。
 あまりにも隣にあった光景が現実離れし、更には今も尚、進行していることだったからだ。
 ちょうど愛に背を向けた闇に染まった何者かが、一心不乱に何かに喰らい付き、血を撒き散らしている。鮮血は愛のもたれている壁を汚し、地面を血で染めていく。その存在は一目見て分かった

 ――人間。それも――年若い女性だった。
 
 愛の足元にも広がっていく血の海。それを視界で捉えた瞬間、愛は足が竦み始めた。

 あまりにも現実離れした光景に。
 あまりにも残酷すぎる状況に。
 あまりにも未来が想像できてしまった絶望に。

 愛は自身の両足を震える感覚、恐怖が胸の中にどんどんと膨れ上がっていき、呼吸も荒くなる。
 けれど、ここで呼吸音すらも聞かせてしまえば――このすぐ近くにいる何者かに知られてしまう。
 そもそも、今の状況は最悪ではあるが、まだ最良だと言える。
 隣に居るにも関わらず、まだ気づかれていないからだ。そんな事があるか、と言えるが、その喰らう手を一切止めず、一心不乱に、わき目も見ずに、その存在は――人を喰らっている。喰らって、喰らって、喰らい続けている。
 あまりにも非情すぎる現実が愛の心を掻き乱し、愛は目を閉じ、心の中で叫んだ。

――テツくん、たすけて!!

 声に出す事は出来ない。精神を保つ事に、立っていることに、必死だから。
 足を動かす事も出来ない。恐怖で足が竦んでしまっているから。
 けれど、それでも助けを呼ばなければならない。この場から逃げなければならない。
 このままここにいれば、確実に、愛自身も最悪の未来しか待っていない。
 そんな未来は絶対に嫌だ。だからこそ、愛は必死の思いで、決死の思いで、足を一歩踏み出した。
 けれど、瞬間、血の海を弾く水の音が、静寂の中、響き渡った。
 失策だった。人を喰らい続ける悪魔は地面を血で汚していた。その血は水溜りのようになり、愛の足元を汚していた。その音が、その踏みしめた音が――辺りに響いてしまった。
 
 愛の心の中に絶望が顔を出す。最悪の結果が頭を過ぎる。
 愛はすぐに視線をその闇へと向けた瞬間、その存在を捉えた。
 人を喰らう悪魔。その存在は言うなれば――闇だった。人の形を象る闇。ただ、その口元は――真っ赤な血で汚れていた。目も、鼻も、胴体も、足も、黒くて何も分からない。ただ人の形をした闇。それだけだ。
 闇は愛と視線を交差した瞬間、両手で頭を抱えた。

「うぅぅうう、うがあああああああああああああああああああああああ!!」

 悲鳴にも似た絶叫。慟哭とも呼べるのだろうか。闇は突如、叫び始め、悶え始める。
 愛は絶叫を聞いた瞬間に、腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。
 足の力を完全に失ってしまった。この絶叫で、動く意志を、折られてしまった。
 心の中に沸き起こる死への恐怖。頭の中を過ぎるフラッシュバックのような思い出たち。
 愛はまだ僅かに動く両手を必死に動かし、その闇から距離を取る。
 尻が血で濡れる感覚があるが、そんなものに構っていられない。愛は震える手を必死に動かし、距離を取る。けれど、闇は苦しそうに、迷いのある一歩、また一歩と足を進め、愛との距離をつめていく。

「あ、あぁ……ま、まって、わ、わたしは、その……」
「ウゥ……ゲロ……オネ……ゲロ……」

 愛は恐怖にのみ突き動かされ、必死に距離を取る。けれど、その距離はすぐに詰められてしまった。
 眼前に迫る闇。表情も、顔も何一つ分からない。ただ理解できるのは、闇の存在ではなく、愛がもう死んでしまうという事。愛は恐怖と絶望に顔を染まり、涙を流した。

「ま、まって、しにたくない……なんでもするから……ころさないでぇ……」
「メロ……イツハ……ヤツダ……タクナイ……」

 闇は真っ黒な片手を貫手の形にし、構えた。これで心臓を一突きするといわんばかりに。
 それを見た瞬間、愛の心臓は一気に脈動を早めた。そして、過ぎる己の死に様。

 やだ、やだ、死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 そう心の中で叫び続け、愛は叫んだ。

「て、テツくん! 助けてよぉ!!」

 慟哭にも近しい叫び声。瞬間、貫手は一気に動き出した。
 愛はすぐにやってくるはずの衝撃に最後の抵抗でもある両腕で守り、目を閉じた。
 けれど、その衝撃がいつまでもやってこない。愛は恐る恐る目を開けた瞬間、眼前にある光景に目を疑った。

「テツ……くん……」
「……間に合って……良かった……お前の烙印が滅茶苦茶に乱れてた……からな……」

 愛と闇の間に割ってはいるように鉄竜が姿を現し、愛の変わりに貫手の一撃を胸で受けていた。鉄竜の左胸を貫く闇の腕は確実に鉄竜の心臓を抉り、貫いている。
 飛び散る鮮血。地面、壁、愛にも跳ね返り、顔を衣服を汚す血は全て蒸発し、煙へと変わり、血痕が消える。
 けれど、鉄竜はがっくりと膝から崩れ落ち、愛の元へと倒れこむ。
 倒れこんだまま愛は鉄竜を受け止め、すぐに抱き締めた。

「テツくん!? 大丈夫!?」
「……わりぃ、ちょっとデカイ一撃貰っちまった……回復まで時間が掛かる……けど――恐らくだが……問題はねぇはずだ」

 耳元で囁かれる声にくすぐったさを覚えるが、それ以上に気になったのは問題ないという言葉。
 愛が疑問を抱いた瞬間、愛の眼前に居た闇の胸を貫く一筋の光と――銃声が鳴り響いた。

「ウガッ……」

 喉が潰れるような声を漏らし、闇はその場にへたり込む。
 愛は視線を銃声の発生源へと視線を動かす。そこは、闇の背後、一人の男――獅子堂正義が一丁の銃を構え、出会った頃とは違い、眼光鋭く――闇を睨みつけていた。

「……ようやく見つけたよ、血濡れの伯爵夫人。君の命は僕、獅子堂正義が貰い受けるよ」
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