鮮血の非常識

おしりこ

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「ん……あれ……ここは……」
「姫ちゃん!?」
「……どうして、愛がここに居るんだ?」

 姫は己の状況が何一つ理解できなかった。
 何が起きたのか、それを頭の中で反芻する。確か、鉄竜が精神世界に現れ、消えていった。その後から、急に何故か己を縛っていた槍の全てが解放され、あの牢獄も消え去って、そこで意識が途切れたのだけは覚えている。そして、意識を取り戻したら、あの時、そう、鉄竜たちと初めて出会った時のように、ベッドに寝かされていて、目が覚めたら、目の前に愛が居る。まるで、理解できない。
 ふと、視界の横から何かしらの明かりが目を刺激し、思わず眉を潜める。

「明るい……どういう事……私は……」
「……やっと、目が覚めたのか?」
「……鉄竜!? なんで、君が……」
「ったく、一日寝てたら、寝ぼけるのかよ。あーあ。こんな事なら、胸でも揉んどけば……」
「てぇ~つく~ん?」
「冗談で~す」

 キッチンの方角から出てきたのは前にも着用していたパーカーに袖を通し、片手にペットボトルを握り締めた鉄竜だった。鉄竜は愛と軽口を叩いてから、姫の近くに腰掛け、ペットボトルを渡した。

「ほら、とりあえず、飲め。流石に一日寝っぱなしだったんだ。水分は取っとけ」
「いや、それよりも……一体、全体何が……」
「何がって、何も覚えてないのか?」
「覚えてない……いや、ちょっと待ってくれ……」

 姫は自身にあったことを再度反芻する。だが、やはり分からない。
 姫は小さく肩を落すと、その様子を見ていたのだろう鉄竜と愛が噴き出すように笑った。

「プッ……おいおい、俺はまた記憶探しからやらないといけないのかよ!」
「フフフフフフ、そうだね。けど、今回は必要ないよね?」
「……なんだ、二人揃って笑って。私は本当に混乱していて……」

 いきなり笑った二人に怒りがこみ上げる姫。
 状況が何一つ分からないのにも関わらず、彼らは何一つ説明をしてくれない。
 しかし、二人はずっと何だか嬉しそうに笑い続けている。

「ったく……全部、終わったんだよ」
「え? 全部……」
「そうだよ。全部、終わったの」

 鉄竜と愛は確信を持って口にする。全てが終わったというその言葉。そして、その意味を姫は反芻する。

「とりあえず、お前の中に居たエリザベートは俺が消滅させたし、獅子堂との賭けも俺が勝った。お前は助かったし、俺達も救われた。全部、全部終わったんだよ」
「そうか……そうか、私は……」
「姫ちゃん、おかえりなさい」
「……てつりゅぅ、あい……うぅ……」

 あの四百年の呪いが終わった。それだけでも、もう姫の心は嬉しさでいっぱいだった。
 ずっとずっと囚われ続けた。頭の中に響き続けた。人を殺し続け、血を奪い続け、続いた四百年。
 その全てがたった今、終結した。彼らがすべてを救ってくれたんだ。
 姫は止まる事のない涙を流したまま、愛に抱きついた。

「あああ、あああああああ……ほんとぅに、ありがとう……わたしは……」
「うん。大丈夫。もう、何にも怖い物なんてない。姫ちゃんは生きてていいんだよ」
「……うん、うん……」

 と、姫が愛の胸の中で泣きじゃくっていると、何やら言い難そうな顔を鉄竜がする。
 その様子に気が付いたのか、愛は鉄竜をジト目で睨んだ。

「あー、そういえば……ひ、姫ちゃん。す、すこ~し、お話をいいかな?」
「ぐすっ……なんだ?」

 それはそれは言いにくそうに顔を歪め、姫の見えない所で愛は鉄竜のわき腹に肘うちを何度もする。まるで、お前が話せ、と言わんばかりに。
 鉄竜は視線をあっちこっちと動かし、頬に少しばかりの冷や汗を流しながら、口を開いた。

「え、えっと、その姫を助ける為に、か、家族の印的なものを……」
「脚色しないの! ちゃんと全部言う!」
「……はい」

 一体全体どんな話をしているのか、姫にはまるで理解できないが、状況からとても言いにくそうな話なのだろう。姫は一旦愛から離れ、一つ鼻を啜ってから、鉄竜へと視線を向ける。
 すると、鉄竜は更に言いにくそうにそっぽを向くが、愛は姫にも見えるようにわき腹を突く。
 鉄竜はそれに観念したのか、大きく肩を落とし、真剣に姫を見た。

「単刀直入に言うとな……お前は、俺の眷属になった」
「け、眷属? それは、一体……」
「あーっとな、妖魔の王ってのは吸血行為を行った相手を眷属化させて、自身の命令を聞かせる事が出来る従者を作る事が出来るんだ。その証が、そのお前の右胸のソレだ」

 鉄竜が指差した場所を姫は見る。ちょうど、そこはいつの間にか着替えていたパジャマから覗ける右胸の谷間。そこに刻まれた脈動する紅き文字。
 ドクン、ドクン、と心臓のように鼓動し、息づくそれを姫は凝視する。

「これがあると何があるんだ?」
「単純に言うのなら――俺の命令は絶対に断れなくなる。後は、俺と強い繋がりを持つ事になる。良くも悪くもな。そう、言うんなら――お前はまた奴隷になったんだ。ごめん」

 鉄竜はすぐさま膝を折り、床に擦り付けるほど頭を下げた。

「本当ならお前がもう奴隷なんていやに決まってるよな。けど、お前を助ける為にはそうするしか方法は無くて、いや、それは言い訳だ。言い訳はしない。俺はお前を奴隷にした。勿論、俺を殴ってもいい。何なら――ここで、自分で命を絶つ。それくらいならする! だから、その……」
「……奴隷」

 姫は鉄竜の言葉を聞き、その紅き文字を撫でた。
 鉄竜の奴隷。それはあの四百年間と同じ奴隷なのだろう。しかし、考えてみると、鉄竜とエリザベートは大きく違う。エリザベートは狂気を孕んだ女だった。
 私利私欲、己の美しさの為に人を殺し、逆恨みによって、姫を支配した女。
 だけど、鉄竜は違うというのはすぐに理解出来る。誰かの為に、命を懸けてくれた人。命を懸けて、助けてくれた人だ。言うなれば、大恩人。その人の奴隷。
 確かに、奴隷は嫌だ。奴隷なんてのはもう沢山だ。けれど、姫は目を閉じ、小さく微笑んだ。

「私は――奴隷は嫌だ」
「……ああ、そうだよな」
「でも――友達なら良い。私は、その二人と友達になりたい。今までとは違う。ちゃんとした友達に」

 姫は自身の内にある思いをそのまま言葉にする。

「私はずっと一人ぼっちだって思ってた。ただ一人で何でもかんでも背負い込んで、それに私は人殺し。人のようには生きていけない。けど――こんな私でも、私は――生きていても良いんだよね?」
「姫ちゃん……当たり前だよ!」
「ああ。それは俺が絶対に約束する。お前は――生きていていいんだ。そして、これから先は一緒に考えればそれでいい」

 二人の真っ直ぐな言葉を聞き、姫は確かにそれを受け取った。
 これから先、どうなるかなんてものは誰にも分からない。けれど、彼らと一緒ならば、何かを見つけられる気がする。いつか、鉄竜が言った。
 『己が生きる意味を探している』と。それはきっと、彼らと一緒ならば、姫も見つけられるかもしれない。
 四百年間、空白だった時間を、その意味を。そして、これから先の未来を。

「なら、私は別に鉄竜に何かしてほしいとかそういうのはない。奴隷とかじゃなくて、私は友達として、二人と一緒にいたいよ。それで、見つけたい。私が生きる意味っていうのを。それじゃ……ダメかな?」
「……姫。ああ、俺がどれだけでも付き合ってやる。もう、お前は命を狙われる心配も無い。だから、ゆっくり見つければいい。お前は生きる意味を俺と一緒に探そうぜ。な」
「勿論。私も協力するよ! 姫ちゃん!」

 ぎゅっと飛びつくような抱擁を姫は何の抵抗もせずに受け入れる。
 彼らはとても変わっている。己が傷ついても、何一つ気にせず、他人の為に命を懸けられる人たち。
 優しい彼らを姫は傷つけたくなかった。エリザベートの真実を知って、彼らは絶対に絡んでくると思ったから。でも、彼らも、姫も絶対に諦めなかった。だから、今の結果があるのだろう。
 姫は思う。彼らは変わっているかもしれないけれど、正しいのかもしれない、と。
 だから、姫は愛を抱いたまま、鉄竜へと飛びつき、そのまま二人揃って、抱き締めた。

「私は――心の底から二人と出会えて良かった。ありがとう、鉄竜。愛。これから、よろしくね」
「うん! あ、そうだ!! そういえば、作っといたんだ」
「そうだな。俺が持ってくるよ」

 鉄竜は姫の抱擁から一旦離れ、キッチンの方向へと消えていく。
 そして、持ってきたものは、三つの塩おむすびだった。そう、姫が初めてここで食べたもの。
 あの味は二度と忘れないだろう。あんなにも暖かくて、優しい、真心こもった味を。
 鉄竜は一つ、愛も一つ、そして――姫も一つ手に取り。
 鉄竜は天高く掲げ、口を開いた。

「俺達は友達だ! だから、俺達は俺達の友達を絶対に見捨てねぇ! そして――何かあったら、俺が絶対に守ってやる! 約束だ!!」
「なら、私は! テツくんも、姫ちゃんも大事な親友だから! 何かあったら、絶対に力になって、皆とずっと一緒に居る!!」
「……私は!! 自分の生き方を見つけたい。そして、これからもずっと君たちと一緒に居たい! 約束、したい! 君たちと共に! これから先の人生を歩きたい!」
「ああ、これは俺達の約束だ!! それじゃ――」

『いただきます!!』

 そうして、三人は塩おむすびを頬張り、この場に居る全員が満面の笑顔になった――。
 こうして、鉄輪鉄竜不幸の一日は幕を下ろし、不幸などではなく、幸せな一日となった。
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