レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

文字の大きさ
33 / 63
幼少期編

33 ユリウスお兄様が怒ったんです

しおりを挟む
 アームストロング領へ続く扉をユリウスが開き、エスコートされるがまま中へと入ると、シシリーが扉を閉めた音で、レティシアはようやく安堵の息を吐いた。

「疲れたー……」
「レティ」

 気が抜けた状態で、突然手を強く引かれたレティシアは、そのままユリウスの胸の中へすっぽりと収まる。
 その拍子で反対の手に持っていた薔薇が床に落ちてしまった。

「に、兄様?」
「レティ」

 ギュっと力強く抱き締められる。

(な、なに?! いきなりどうしたの兄様?!)

 ドキドキと息苦しさで、いつの間にか逞しくなっていた胸板を軽く叩いた。

「ユリウス兄様……く、苦しい……」
「レティ、……レティ」

 レティシアの名を呼ぶばかりで、抱き締める力は弱まらない。

(す、凄ーく心配してくれたのは分かるのだけれども! 此処には、気配を完全にしたシシリーが居るんですけど!?)

「に、兄様、変な嫌味を言われてたみたいだけど、大丈夫? あ、あの、さっきはごめんね。領主達を押し付けちゃって……」

 もしかしたら嫌味で凹んでいるのかと思い、ユリウスを労わってみる。

「そんな事はどうでもいい」

 違ったらしい。

 緩むどころか、更に抱き締める力が強くなった。

 胸板に顔を押し付けられて本気で息苦しくなってしまい、何とか顔を動かして横を向くと、気配を消して壁際に佇むシシリーと目が合った。

(助けてシシリー!!)

 目力で何とか助けを求めるが、シシリーは爽やかな笑顔でサムズアップ応答した。

(シシリーーー!! お前、私と同じ穴の狢ざんねんなヤツなのかーー!?)

「レティ」
「は、はいっ!」

 少し力が緩まったので、ホッとしてユリウスを見上げたら、予想以上に近いユリウスの美顔があった。
 あまりの近距離にレティシアは一瞬で真っ赤になった。

(うひぃ! スチル顔は画面越しならウェルカムだけど、実物は尊過ぎて無理ぃ!!)

「……どうして。アイツ等は、レティを呼び捨てなの?」
「あ、あの……」
「どうしてアイツ等に、敬称無しを許したんだ? どうして婚約を申し込まれてる? どうして気に入られるような真似をしたんだ!?」

 ユリウスの、今まで見たことも無い剣幕に羞恥心は消え失せ、兄が何故これほど怒っているのかレティシアは分からず、ただ呆然とユリウスを見つめるしかなかった。


(兄様が…私に、怒ってる)


 ユリウスに初めて怒られたレティシアは思わず涙が溢れてきた。

「ユリ…ウス……兄様……」

 みるみる涙を浮かべるレティシアに目を見張ったユリウスは、我に返ったようにレティシアから顔を離した。

「っごめん。……強く、言い過ぎた」
「……ううん、私の軽率な行動が悪いんだから。ごめんなさい、兄様まで迷惑ごとに巻き込んでしまって……」

 泣きたくなるのを歯を食いしばって耐えたが、初めての怖いユリウスを目の当たりにした所為か、堪え切れず一雫、涙が溢れた。
 ユリウスは心底後悔したような顔で、レティシアの目元を優しく拭った。

「巻き込まれたなんて思ってない。……本当にごめん……。レティを怖がらせたかったんじゃないんだ。ただ、アイツらが許せなくて……。それなのにレティに当たってしまうなんて…どうかしてた。本当にごめん……。レティ、泣かないで……」

 今度はユリウスが泣きそうな顔で謝る。
 レティシアの顔に手を添える優しいいつものユリウスに、レティシアは少し安心して弱々しく微笑んだ。

「大丈夫、ちょっと驚いただけだから。少し気が抜けちゃっただけ」
「レティ、僕は……」

 レティシアは自分の頬に添えられたユリウスの手に、自分の手を添えて瞳を閉じた。

「ありがとう、兄様。いつも側に居てくれて。今日も一緒に居てくれたから、私頑張れたよ」
「レティ」

 レティシアは瞳を開いて、笑顔でユリウスを見た。

「兄様、お母様が心配だしそろそろ帰ろう? もしかしたらもう生まれているかもしれないし」

 そう口にした途端、改めて母ルシータの事が心配になってきた。
 レティシアの心情に気が付いたのか、ユリウスはなぜか苦笑してレティシアの頬から手を離した。

「確かに義母様が心配だしね。帰ろう。……疲れただろう? 僕が抱き上げて帰ろうか?」
「大丈夫です!!」
「じゃあ、せめて僕に寄り掛かって」

 ユリウスはレティシアの腰に手を回して、強く引き寄せた。

「さ、早く帰ろうか」

 そう言うとユリウスがそのまま歩きだしたので、レティシアは腰を抱かれたまま密着して歩かざるを得なかった。

(あ、歩きにくい……!)

 シシリーに助けを求めようとシシリーを見た。

 シシリーは先ほどレティシアが落とした薔薇を持ち、気配を消しながらこちらを見て、ありがたそうに拝んでいた。

(オイ! お前シシリーーー!! 後で覚えとけよーーっっ!!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

処理中です...