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つわりの洗礼
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「うえっ…ぷ…。」
それは突然やって来た。
朝起きた時から胃の周囲が湧き上がるような不快感。
重い体をゆっくりと起こすと小鳥遊は冬の隣で静かな寝息を立てていた。
…なにこの気持ち悪さは?
忙しいと言いつつも、どんなに疲れていても病院には泊らず、家に戻って来て隣で寝てくれていた。
小鳥遊なりに冬を心配していることが良く分かった。彫の深いヨーロピアン的な顔立ちをした小鳥遊の顔に暫し見惚れた。
…お腹空き過ぎかな。
小鳥遊を起こさないように静かにベッドを抜け出した。顔を洗って、キッチンへ歩いていくとだんだんと不快感が湧き上がるように増殖してきた。
シンクで何度か嘔吐していると春が起きていた。
「良いわよ寝てて。ちょっと窓を開けてあげる。」
春は笑いながら、まだ寒い外の空気と入れ変えた。春は初めての孫が出来た事をとても喜び、冬の家に入り浸っていた。
大袈裟だと冬は嫌な顔をしていたが、お守り役の春が居てくれるので、小鳥遊も今泉も安心だった。
「お腹空いてるのに…。」
はぁと洗面所のシンクの縁に手をつき、深いため息をついた。お腹なんて全然出てないのに,胎児たちは存在を主張していた。
「食べられるものを食べて、無理しなくても良いのよ。」
春がヨーグルトを手渡すと冬は寒い窓の近くでそれを食べた。
「こんなに突然来るものなの?悪阻って。朝気持ち悪くて目が覚めるなんて人生初よ。でもちょっと落ち着いたかも。」
出来るだけ口で呼吸をするようにしながら配膳を始めた頃に,今泉が起きてきた。
「トウコさんおはよう♪なんか寒いね。」
身震いをしながら寝室から出て来た。
「冬のつわりが始まっちゃったのよ。」
いつもの様に今泉に抱きしめられ、何気なくされたキス。
今泉の甘いフローラル系の香水の香りが鼻に届いた瞬間だった。
―――嘔吐。
「大丈夫?」
大量の吐しゃ物で今泉のパジャマを汚してしまった。
「ちょっと…冬。」
春が飛んできて今泉のパジャマを拭いた。
…ごめんなさい…。
落ち着かない吐き気に慌ててシンクに戻ったが、小さな吐き気の波は続いた。
「ごめんなさい。すぐ…着替えを…。」
少し落ち着き今泉の服をと思い、リビングに戻ったが再び吐き気が襲ってきて、キッチンへ逆戻りした。
「トウコさん…大丈夫だから。僕は気にしないで。」
…大好きな香りだったのに。
春が今泉の新しい洋服を出しに走った。
「静さん…お風呂入って。本当にごめんなさい。」
冬はキッチンから声を掛けた。騒ぎを聞きつけて、小鳥遊が起きて来た。
「どうしたんですか?朝から騒がしいですね。」
そろそろ起こさなければならない時間だったが、すっかり忘れていた。
「あなたもうお給仕しなくて良いから寝てなさい。」
春が大きな声でキッチンで吐いている冬に声を掛けた。
「寒いのに窓を開けたりしてて大丈夫ですか?」
小鳥遊は小さな吐き気が襲うたびにシンクの上に覆いかぶさる冬の背中を優しく撫でた。
「あっ…でもガクさん…来たら…駄目。」
冬は手を挙げてそれ以上自分に近付かないようにとジェスチャーをしたが、一向に構わず、小鳥遊は背中を擦りつづけた。
悪阻に苦しむ妻は、心配だったが子供が出来た兆候が目に見える形で現れた事に小鳥遊は幸せを感じた。
冬は吐き気の応酬に身構えた。
…あれ?
小鳥遊の胸に抱きついて深呼吸をした。
…いつもの爽やかな香り。
「あれ…ガクさんは大丈夫だ。」
小鳥遊はそのまま静かに抱き寄せていたが、犬の様に匂いを嗅いでいる冬を見て笑った。
「どうしてかしら…不思議。」
その後も、冬は何度も抱きついて深呼吸をして小鳥遊の香りをかいでいた。
「ではこれからは、毎晩僕と寝ましょう♪」
寂しそうにお風呂場に向かった今泉を横目に、小鳥遊が満面の笑みを浮かべて言った。
…だが…断る。
「今日から自分の部屋で寝ます。早くご飯食べないと遅刻ですよ。」
冬は小さな洗面器を持って弁当を詰めたり、ウロウロしていた。笑ってはいけないと思いつつもその珍妙な姿に小鳥遊は声を出して笑った。
「自分のことは自分で出来ますから。」
今泉がシャワーから上がってきた。
「…ホントにごめんなさい。」
冬は寂しそうだった。今泉とは、普段から小鳥遊の数倍は、手を繋いだりベタベタするのが日課で、それが愛を確かめ合う方法だったからだ。
「朝から嘔吐の洗礼を受けると思わなかったんでびっくりだよ。」
今泉が笑いダイニングテーブルについた。
「トウコさん。僕らのことは気にせずにゆっくり休んでね。」
小鳥遊が静かにお茶を飲んだ。
「病気じゃないから…平気よ。」
…吐くものが無くなり、落ち着いた。
「暫くは香りがあるのは、駄目ですね。」
さりげなく言ったつもりの小鳥遊だったが、ウキウキとした気持ちが言葉の端につい浮かんでいるのを感じた。
「静さんの香り大好きなのに…くっつけないと分かると余計にくっつきたくなる…ううっ。」
今泉に抱きつくと、冬は慌てて洗面器を抱えてキッチンへ駆け込んだ。
「なんか…ちょっと寂しいかも。僕の匂いそんなにきついかなぁ。」
今泉が自分のシャツの香りを嗅ぎながら寂しそうにため息をついた。春も小鳥遊もそれを見て笑った。新聞を広げて読み始めた小鳥遊は、冬を独り占めできると内心ほくそ笑んでいた。
「ずっと続くわけでは無いでしょうし、そのうち良くなるでしょう。」
小鳥遊は今泉をちらりとみた。
…変態エロ…ちょっと意地悪なこと考えてるな。
そんな小鳥遊の様子を冬はじっと見ていた。
小鳥遊が病院から帰って来ると、普段ならソファでいちゃいちゃしている筈の今泉と冬が,別々に過ごしていた。
スーパーへの買い物も、車に一緒に乗れず,春と一緒に行ったと今泉は悲しそうに小鳥遊に話した。
「僕、トウコさんの傍に居れないと欲求不満になりそうです。」
冬が自室で洗濯物を畳む姿を今泉は遠いリビングから眺めていた。
「また…大袈裟な。」
今泉の口から今迄聞いた事もない言葉が飛び出したので小鳥遊は思わず吹き出した。
「はいはいどーぞ笑って下さい。」
大きなため息をついた。今泉にとっては,話をしたり,一緒に風呂に入ったり、買い物に出かけたりすることがお互いの愛を確かめ合う術だった。
「僕にとっては,ガクさんがトウコさんとセックスを毎日するのと同じぐらいにボディタッチが大切なんです。」
小鳥遊は、あけすけな会話がキッチンに居る春に聞こえないか,ドキドキしながら聴いていた。
「何か対策を考えなくっちゃ…トウコさんは、大丈夫でも僕が辛すぎる。」
寝る時間になっても今泉の寝室からは、ゴソゴソする物音が続いていた。
「静さん大丈夫ですかね。」
その物音に小鳥遊は耳を澄ませていた。
…変態…顔がやけに嬉しそうじゃない?
パジャマの上から自分の胸を揉んでいる小鳥遊に冬は眉を顰めた。
…全然説得力無いぞ?
「ガクさん…ご自分で気が付いて無いと思うけど,なんか嬉しそうよ?」
寝返りをうち冬は小鳥遊を見た。
「そんなことは無いですよ。」
小鳥遊は真面目な顔で冬に答えたが、手はモゾモゾと動き続けていた。
…目の端が笑ってる。
「私だってもうすぐエッチが出来なくなる時期が来るんですからね。その前にお腹が張ったりしたら即禁止って産婦人科ドクターに言われてるんですから。」
上半身裸の小鳥遊の胸の温かさに眠くなってきた。
「無念無想の境地にいる僕には隙はありませんから。」
キリッとした表情は、病棟でいつも見ている小鳥遊の真面目な顔だった。
…煩悩の申し子が何をイッテルノ?
「今夜は…その境地とやらを…見せて頂きましょうか?」
冬は下半身に触れる硬い愛棒を感じたが、既に夢うつつだった。静かになった冬に声を掛けたが返事が無かった。
「えっ」
数分後には寝息を立て始めた。
「トーコさん…本当に寝ちゃうなんて酷い。」
小鳥遊は切ない声をあげた。
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「潔癖症の静さん発動中なの。そっとしておいてあげて。」
日曜の朝早くから、今泉は香りがついているものは、片っ端から洗濯をしていた。
「静さん手伝いましょうか?」
ラップトップを見ながら、小鳥遊が静かに言った。
「いえ…もうすぐ終わるので大丈夫。」
結局一日中掃除をしていて落ち着かないので、
冬と小鳥遊は近くの公園へと散歩に出かけた。
小鳥遊も流石に今泉を気の毒に思い始めていた。
「これ以上つわりが酷くならなきゃ良いけど…。料理は、ほぼお母さん任せになっちゃっているし…。」
「春さんが居てくれるからこそ、甘えたら良いじゃないですか?あなただけのときはコンビニ弁当や病院の食堂で済ませますし。」
冬の手を小鳥遊が大きな手で包み込んでいた。ふたりでベンチに静かに座って子供達が遊ぶのを眺めた。
「夏には…家族が2人も増えるって,不思議な感じ。」
冬が優しく笑った。
「僕はとっても楽しみです。今までは…天涯孤独だったから。家にいると,いつも誰かが居る気配がすることが,特別な気がします。」
まだ肌寒い公園で,子供達は元気よく駆けまわっていた。
「ささやかな幸せこそが、特別な幸せだと思います。」
小鳥遊は遠くを見つめながら言った。
「いつまでも…続くと良いな。」
冬がさりげなく呟いた。
「あなたが僕に愛想をつかさなければ、ずっと続きます。」
真面目な顔で小鳥遊が言った。
「ガクさんが浮気をしなければ,愛想はつかしませんから大丈夫。」
些細なことで自分が嫉妬することに気が付いていたが、それがなぜなのか冬自身にも判らなかった。
「もうトーコさん以外とはしませんから。」
耳元で囁いた。
「…ただし,プロは除く…でしょう?」
冬が笑ったので,小鳥遊がムッとした。
「ごめんなさい…嫉妬深くなっちゃって…自分でも変なの。ふたりがとてもモテるのを知ってるから心配。今までそんなこと無かったのに…おかしいよね。」
それを聞いて小鳥遊は少し嬉しかった。
「それもまた…新鮮で良いですね。」
冬の頭に優しくキスをした。
「さぁ…寒くなったから帰りましょう。」
冬を労る様に小鳥遊は立ち上がった。
「ふたりのパパが立ち合い出来るように生まれて来てね。」
冬はまだ目立たないお腹を触りながら言った。
「本当に…あなたもそして子供達も無事で生まれて来てくれることを願うだけです。元気なら男の子でも女の子でもどちらでも良いですから。」
パパという言葉を聞き、小鳥遊は気恥ずかしさを感じたがとても幸せだった。
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「あれ?指輪どうしたの?」
今泉が3人でつけていたお揃いのマリッジ・リングを冬がしてない事に気がついた。
「なんか…ブカブカになっちゃって。なくしたら嫌だから。」
冬は笑ったが、顔が少し痩せた気がした。
「トーコさん…あなた脱水は大丈夫ですか?」
大丈夫と言いつつ、しょっちゅう吐いている冬を小鳥遊は心配していた。
「血液検査だけでもしましょうか?吐き続けてるから心配です。一度、定期健診前に産婦人科受診してみたらどうですか?」
「元気だけが取り柄だから大丈夫~。」
冬は笑って答えたが、小鳥遊は抱きしめた時に、冬の体が少し小さくなったような気がしていた。
夕方、小鳥遊が病棟で回診が終わり、何気無く携帯をチェックすると春から何度も電話が来ていた。今泉からもメッセージが来ていた。
(今泉:トーコさん脱水で産婦人科に入院したそうです。)
「…だから、言わないこっちゃない。」
小鳥遊は白衣のまま、産婦人科病棟へと向かった。
病室へ行くと、春が付き添っていた。
「ガクさん…白衣姿久しぶりに見たけど、相変わらず素敵ねぇ。」
春は小鳥遊をみてホッとしたのか軽口を叩いた。冬はベッドで点滴をして眠っていた。モニターも何も付いていないことから大したことは無い事が伺えた。
「主治医の先生は?」
「あら…まだ病棟にいらっしゃるわよ。お腹の子供達は大丈夫ですって。」
「ちょっと話をしてきます。」
暫くすると私服に着替えた今泉もやって来た。
「今ガクさんが主治医と話をしているみたい。」
今泉は寝ている冬を静かに見つめていた。明るい蛍光灯の下で見るとやはり冬は顔色が悪く、目の下にはクマが出来ていた。
「良かったです。」
「暫く入院が必要みたいなの。驚かせてごめんなさいね。買い物から帰って来たら倒れてたのよ。もう~びっくりしちゃって…救急車呼んじゃったの。」
「春さんが居て本当に良かったです。」
冬の頭の上のネームプレートには
“小鳥遊 冬”
と書かれており、今泉はそれを静かに眺めていた。内緒にしていた冬の妊娠だったが、安定期を待たずに知られてしまった。
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「へぇ~月性さんもママかぁ。」
小峠は意味深な笑いを浮かべた。
「どっちの子…だろうねぇ。しかも,留学してる時でしょう?小鳥遊先生も心配じゃ無いのかねぇ。」
以前、小鳥遊が付き合っている時期が被っているかもしれないと冗談とも本気ともとれることを言っていた。
しかも結婚式では、今泉が親類席に座っていたことが変な噂や憶測を呼んだ。
病院の誰もが知らなかったが、月性家が相当な資産家だったことに、小峠は臍を噛んでいた。
…今泉の子だとしたら面白いことになるのに。
「小峠先生…医局長に聞かれたらまずいわよ。」
設楽看護師が慌てて周りを見回し静かに窘めた。
「設楽さんだって、今泉先生のこと好きだったんでしょう?」
設楽は今泉の名前が出ても動じなかった。
「小峠先生は、月性さんに未練たらたらねぇ。なんでみんな真面目が取り柄なだけの月性さんが良かったのか判らないわ。」
設楽は少し不機嫌になった。自分の気に入った医者は悉く冬に奪われていたからだ。少なくとも設楽はそう思っていた。そしてここにも冬に恋い焦がれている男が居ると思うとイライラした。
「ところで、設楽さん…今度僕と食事でもどう?」
小峠は、設楽の肩にそっと手を置いた。
「あら…食事だけ?噂とは違うのね。」
設楽はちらりと小峠を見て意地悪く笑った。
設楽はほろ酔い気分だった。
「小峠先生こそ沢山遊んでるんでしょう?」
「そうでもないですよ。」
病棟で禿と呼ばれるこの男と食事に来たのは、小鳥遊と冬のことについて聞きたかったからだ。
結婚前の自分と小鳥遊との浮気を目撃したあの時、今泉も冬も自分のことを見た筈なのに、何も言わずに去って行ったのには、何か理由があるのでは無いかと思っていた。
…あのふたりは一体いつから。
「ねぇ…小鳥遊先生と月性さんはいつから付き合ってたの?」
「今泉先生と別れたのは,留学前みたい。本人に聞いてもはぐらかすから分からないけれど。」
…あの時には,もしかしたら二股を掛けていたのかも知れない。
そう思うと冬に苛立ちを感じた。
「なんで?もしかして設楽さん…医局長のことも好きだったの?」
一瞬ドキッとした。
…好きな筈は無い。あれはたった一度の遊びだった。
お互いにただ寂しさを埋めたかっただけだ。
設楽の驚き様に小峠が,嬉しそうに反応した。こんな時だけ小峠の勘はよく当たる。
一時期,設楽と小鳥遊の間がギクシャクしていた事があった。丁度今泉と付き合っている宣言をして暫く経ってからだった。
「あ♪僕わかっちゃった。もしかして…設楽さん…。」
設楽は何も言わずに目を伏せた。
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目が覚めると、設楽は小峠と一緒にベッドの中に居た。
頭が酷く痛んだ。
「なんで 小峠先生と?」
設楽が裸のままベットから慌てて起き上がった。
「え?帰っちゃうの。昨日は凄かったよ~♪設楽ちゃんってとっても積極的でびっくりしちゃったよ。」
頭がくらくらとした。ワインを数杯飲んだ覚えがあるが、悪酔いする程飲んだ覚えは無かった。
「ええ…ちょっと用事があるの。」
レストランで食事をし、バーで飲んだ後から記憶が曖昧だった。
「ねぇ…君って院内の医者と寝てるってホント?」
設楽も,流石にストレートに聞かれて苦笑した。
「小峠先生って,デリカシーが無いわね。判ってたけど。教えない。」
設楽は刺々しく返したが,小峠は続けた。
「何人と寝たの?ちなみに…その中で一番エッチが上手だったのは?」
小峠はニヤニヤしていた。
「そこまで突き抜けちゃってると尊敬すら覚えるわ。ごめんなさい私が何を言ったのか覚えて無いけど、全くのアクシデントだわ。これっきりだから。」
設楽はベッドサイドに落ちた下着や洋服を拾いさっさと着替え始めた。
「そんなこと言わずにさぁ。設楽ちゃん、また会おうよ。君からは面白い話が聞けそうだから♪」
小峠は意地悪く笑って設楽の背中を見送った。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:🐈⬛-:+:-:+:-:
「小鳥遊先生の奥さんってどんな人なんですかぁ~。」
冬を知らない新人が小鳥遊に聞いた。
「うーん。美人で料理が上手ですよ。僕には勿体ない妻です。」
PCでオペ前の点滴をオーダーしながら言った。
「わ~。小鳥遊先生の、おのろけを聞いちゃった。看護師だったんですよね?」
勤務表をデスクで作っていた師長が言った。
「人望が厚いし、患者さんにも人気があった人でしたよ。」
小鳥遊は師長が冬のことをべた褒めするのを聞いて、お世辞だとしても、嬉しかった。
「へぇ~。渋い小鳥遊先生が旦那さんなんて羨ましいなぁ。」
…
「…って僕言われちゃったんです…。以前はカッコ良いいとか素敵~とか言われていたのに…“渋い”なんておっさんみたいで嫌です。」
仕事中にこっそり冬の病室へ来た小鳥遊が寂しそうに愚痴をこぼした。
「だって…23~4歳の新卒にしたら、おっさんカテゴリーで正解じゃ無いですかね?」
…ふふふっ。タイトルは年齢と共に変わるんだよ…おっさん。
「ひ…酷い。奥さんが僕の事“おっさん”って言った。」
…またすぐ拗ねる
「“渋い”ですよ?“渋い”。むさくるしいとか、うっとうしいとか、加齢臭がするとか、変態エロとか…そんなんじゃないだけ良いと思うんですけどね。」
…白衣着てるのに、家と同じキャラってギャップがありすぎ。
冬はついつい笑ってしまった。
「…あなたの言葉には、棘がある気がするんだけど。」
冬はベットサイドに座る小鳥遊のネクタイをそっと引っ張り耳元で囁いた。
「ねぇ…私の“渋い”小鳥遊せんせ♪ お医者さんと患者さんごっこしたくなっちゃった。」
小鳥遊は満面の笑みを浮かべた。
「よし…しよう♪」
…ふたつ返事。立ち直り早すぎ。
「看護師が検温に来るまで30分ぐらいあるん…だけ…ど。」
冬が言い終わる前に、小鳥遊は点滴棒を冬に持たせ、個室のユニットバスに二人で入り鍵を閉めた。
狭いバスルームで冬が貪る様にキスを求めた。
「積極的なトーコさん…好き。」
冬の優しく頬を撫でた。
「白衣の先生…ちょっと興奮。早くしないと看護師が来ちゃう。」
冬は再びキスをしながら、小鳥遊のベルトを緩め、ズボンを下した。パジャマの裾からモゾモゾ大きな手が入ってきた。
「あれ…なんか…おっぱい大きくなってる♪」
感触を確かめるように乳房を揉んだ。
「子供用おっぱいへトランスフォーム中です。」
冬はショーツを下した。
「嫌だ…トーコさんのおっぱいは…僕のだったのにぃ。」
…いいえ。私のですから。
「バックでさせて下さい。」
冬はシンクに手を置いた。鏡には小鳥遊の顔が映っていてゆっくりと冬の中に入ると,冬の切なそうな顔が鏡越しに見えて興奮した。
「気持ちが…良いよ…トーコ。」
腰を動かす度に、恍惚の表情を浮かべる小鳥遊と冬は鏡越しに見つめ合っていた。快感がじわじわと広がり始め,冬の足が震えた。
「大丈夫…僕が支えてあげる。」
小鳥遊は背後から抱える様に冬に被さった。小鳥遊の荒い息と繰り返し囁く甘い言葉が、頭の芯を熱くした。
痺れるような高揚感が冬を包み込んだ。
「うぅ…感じ…る。」
――――― ガラガラッ
病室の引き戸が開く音が聞こえた。
「小鳥遊さーん。検温でーす。」
…まずい!!!
快感から引き戻され,冬は慌てて洗面台の蛇口をめいいっぱい開いた。
「すみません…また気分が悪くって。」
冬が大きな声で看護師に答えた。
…トーコさんの嘘つき。
冬が抗えないのをいい事にピンポイントで攻め始めた。
…ちょっと…こんな時に…ズルい。
…だから楽しい♪貴女が静かにしてればバレません。
「大丈夫ですか?」
冬は快感を抑えるのに必死だった。動く度にため息の中に喘ぎ声が漏れてしまう。
小鳥遊は鏡越しの必死に耐える冬が苦悩する姿を見て,愛おしいと思った。
「はぁい…だいじょうぶですぅ。暫く休んでから出ます。」
冬は一気に冷や汗をかいたが、小鳥遊は冬の後ろで相変わらず激しく蠢いていた。
…変態エロ…自重しろ。
小鳥遊から逃げようとすればするほど,激しさは増した。
…お願いだから早く出て行って。
…あなたのその姿とっても興奮するよ。
小鳥遊は冬の耳を甘く噛んだ。
…これ以上刺激しないで。
「酷いようなら、ナースコール押してくださいね。」
…感じてるね…とっても可愛いよ。
低く澄んだ小鳥遊の声は興奮を隠せず揺らいでいた。
…あぁ…いっちゃう。
声を出さずに 冬の唇が開き始め小鳥遊は快感の度合いを知る事が出来た。
「はぁ…い…ぅぅ。」
――――ガラガラ…トン。
ドアが閉まった。
「…あ…僕…もうイキそうです。」
…そっか…暫くぶりだ…から?
「ちょ…と。」
冬の腰をがっしりと小鳥遊は掴んで、動きが更に激しくなった…と思ったら止まった。
鏡の向こうの小鳥遊の顔が切なそうに歪んだ。
「…あ…イッちゃった…ゴメン。」
小鳥遊は冬を抱きすくめた。それは、ピクピクと力強く冬の中で拍動した。
「えー…。」
冬は高まりは一気に消滅していき,不満そうに小鳥遊に甘えた。
「大丈夫です…ほら♪可愛いトーコさんとだと…もう復活。座位でしましょう。」
そう言うと、小鳥遊は便座の蓋の上に座った。
「このドキドキ感が高校生のエッチみたいで良いですね。」
…回数は今も高校生並みだがな。
優しく引き寄せ膝の上に乗せた。
「ベッドでしないのは…付き合っていた時以来かも知れません。」
ゆっくりと小鳥遊の上に腰を下ろした。
「正しくは“大人の関係”の時ですね。」
冬は小鳥遊を訂正した。
「…またトーコさんは、僕をそうやって虐める。」
寂しそうに言った。
「事実を言ったまでです。」
小鳥遊の首に腕を回すと白衣からは消毒薬の香りがした。
「…このままじゃ私…欲求不満よ…だから気持ちよくしてね。」
甘い声で小鳥遊の耳元で囁いた。
「大丈夫ですよ。僕が毎日こうして入院中も愛してあげますから。」
それは突然やって来た。
朝起きた時から胃の周囲が湧き上がるような不快感。
重い体をゆっくりと起こすと小鳥遊は冬の隣で静かな寝息を立てていた。
…なにこの気持ち悪さは?
忙しいと言いつつも、どんなに疲れていても病院には泊らず、家に戻って来て隣で寝てくれていた。
小鳥遊なりに冬を心配していることが良く分かった。彫の深いヨーロピアン的な顔立ちをした小鳥遊の顔に暫し見惚れた。
…お腹空き過ぎかな。
小鳥遊を起こさないように静かにベッドを抜け出した。顔を洗って、キッチンへ歩いていくとだんだんと不快感が湧き上がるように増殖してきた。
シンクで何度か嘔吐していると春が起きていた。
「良いわよ寝てて。ちょっと窓を開けてあげる。」
春は笑いながら、まだ寒い外の空気と入れ変えた。春は初めての孫が出来た事をとても喜び、冬の家に入り浸っていた。
大袈裟だと冬は嫌な顔をしていたが、お守り役の春が居てくれるので、小鳥遊も今泉も安心だった。
「お腹空いてるのに…。」
はぁと洗面所のシンクの縁に手をつき、深いため息をついた。お腹なんて全然出てないのに,胎児たちは存在を主張していた。
「食べられるものを食べて、無理しなくても良いのよ。」
春がヨーグルトを手渡すと冬は寒い窓の近くでそれを食べた。
「こんなに突然来るものなの?悪阻って。朝気持ち悪くて目が覚めるなんて人生初よ。でもちょっと落ち着いたかも。」
出来るだけ口で呼吸をするようにしながら配膳を始めた頃に,今泉が起きてきた。
「トウコさんおはよう♪なんか寒いね。」
身震いをしながら寝室から出て来た。
「冬のつわりが始まっちゃったのよ。」
いつもの様に今泉に抱きしめられ、何気なくされたキス。
今泉の甘いフローラル系の香水の香りが鼻に届いた瞬間だった。
―――嘔吐。
「大丈夫?」
大量の吐しゃ物で今泉のパジャマを汚してしまった。
「ちょっと…冬。」
春が飛んできて今泉のパジャマを拭いた。
…ごめんなさい…。
落ち着かない吐き気に慌ててシンクに戻ったが、小さな吐き気の波は続いた。
「ごめんなさい。すぐ…着替えを…。」
少し落ち着き今泉の服をと思い、リビングに戻ったが再び吐き気が襲ってきて、キッチンへ逆戻りした。
「トウコさん…大丈夫だから。僕は気にしないで。」
…大好きな香りだったのに。
春が今泉の新しい洋服を出しに走った。
「静さん…お風呂入って。本当にごめんなさい。」
冬はキッチンから声を掛けた。騒ぎを聞きつけて、小鳥遊が起きて来た。
「どうしたんですか?朝から騒がしいですね。」
そろそろ起こさなければならない時間だったが、すっかり忘れていた。
「あなたもうお給仕しなくて良いから寝てなさい。」
春が大きな声でキッチンで吐いている冬に声を掛けた。
「寒いのに窓を開けたりしてて大丈夫ですか?」
小鳥遊は小さな吐き気が襲うたびにシンクの上に覆いかぶさる冬の背中を優しく撫でた。
「あっ…でもガクさん…来たら…駄目。」
冬は手を挙げてそれ以上自分に近付かないようにとジェスチャーをしたが、一向に構わず、小鳥遊は背中を擦りつづけた。
悪阻に苦しむ妻は、心配だったが子供が出来た兆候が目に見える形で現れた事に小鳥遊は幸せを感じた。
冬は吐き気の応酬に身構えた。
…あれ?
小鳥遊の胸に抱きついて深呼吸をした。
…いつもの爽やかな香り。
「あれ…ガクさんは大丈夫だ。」
小鳥遊はそのまま静かに抱き寄せていたが、犬の様に匂いを嗅いでいる冬を見て笑った。
「どうしてかしら…不思議。」
その後も、冬は何度も抱きついて深呼吸をして小鳥遊の香りをかいでいた。
「ではこれからは、毎晩僕と寝ましょう♪」
寂しそうにお風呂場に向かった今泉を横目に、小鳥遊が満面の笑みを浮かべて言った。
…だが…断る。
「今日から自分の部屋で寝ます。早くご飯食べないと遅刻ですよ。」
冬は小さな洗面器を持って弁当を詰めたり、ウロウロしていた。笑ってはいけないと思いつつもその珍妙な姿に小鳥遊は声を出して笑った。
「自分のことは自分で出来ますから。」
今泉がシャワーから上がってきた。
「…ホントにごめんなさい。」
冬は寂しそうだった。今泉とは、普段から小鳥遊の数倍は、手を繋いだりベタベタするのが日課で、それが愛を確かめ合う方法だったからだ。
「朝から嘔吐の洗礼を受けると思わなかったんでびっくりだよ。」
今泉が笑いダイニングテーブルについた。
「トウコさん。僕らのことは気にせずにゆっくり休んでね。」
小鳥遊が静かにお茶を飲んだ。
「病気じゃないから…平気よ。」
…吐くものが無くなり、落ち着いた。
「暫くは香りがあるのは、駄目ですね。」
さりげなく言ったつもりの小鳥遊だったが、ウキウキとした気持ちが言葉の端につい浮かんでいるのを感じた。
「静さんの香り大好きなのに…くっつけないと分かると余計にくっつきたくなる…ううっ。」
今泉に抱きつくと、冬は慌てて洗面器を抱えてキッチンへ駆け込んだ。
「なんか…ちょっと寂しいかも。僕の匂いそんなにきついかなぁ。」
今泉が自分のシャツの香りを嗅ぎながら寂しそうにため息をついた。春も小鳥遊もそれを見て笑った。新聞を広げて読み始めた小鳥遊は、冬を独り占めできると内心ほくそ笑んでいた。
「ずっと続くわけでは無いでしょうし、そのうち良くなるでしょう。」
小鳥遊は今泉をちらりとみた。
…変態エロ…ちょっと意地悪なこと考えてるな。
そんな小鳥遊の様子を冬はじっと見ていた。
小鳥遊が病院から帰って来ると、普段ならソファでいちゃいちゃしている筈の今泉と冬が,別々に過ごしていた。
スーパーへの買い物も、車に一緒に乗れず,春と一緒に行ったと今泉は悲しそうに小鳥遊に話した。
「僕、トウコさんの傍に居れないと欲求不満になりそうです。」
冬が自室で洗濯物を畳む姿を今泉は遠いリビングから眺めていた。
「また…大袈裟な。」
今泉の口から今迄聞いた事もない言葉が飛び出したので小鳥遊は思わず吹き出した。
「はいはいどーぞ笑って下さい。」
大きなため息をついた。今泉にとっては,話をしたり,一緒に風呂に入ったり、買い物に出かけたりすることがお互いの愛を確かめ合う術だった。
「僕にとっては,ガクさんがトウコさんとセックスを毎日するのと同じぐらいにボディタッチが大切なんです。」
小鳥遊は、あけすけな会話がキッチンに居る春に聞こえないか,ドキドキしながら聴いていた。
「何か対策を考えなくっちゃ…トウコさんは、大丈夫でも僕が辛すぎる。」
寝る時間になっても今泉の寝室からは、ゴソゴソする物音が続いていた。
「静さん大丈夫ですかね。」
その物音に小鳥遊は耳を澄ませていた。
…変態…顔がやけに嬉しそうじゃない?
パジャマの上から自分の胸を揉んでいる小鳥遊に冬は眉を顰めた。
…全然説得力無いぞ?
「ガクさん…ご自分で気が付いて無いと思うけど,なんか嬉しそうよ?」
寝返りをうち冬は小鳥遊を見た。
「そんなことは無いですよ。」
小鳥遊は真面目な顔で冬に答えたが、手はモゾモゾと動き続けていた。
…目の端が笑ってる。
「私だってもうすぐエッチが出来なくなる時期が来るんですからね。その前にお腹が張ったりしたら即禁止って産婦人科ドクターに言われてるんですから。」
上半身裸の小鳥遊の胸の温かさに眠くなってきた。
「無念無想の境地にいる僕には隙はありませんから。」
キリッとした表情は、病棟でいつも見ている小鳥遊の真面目な顔だった。
…煩悩の申し子が何をイッテルノ?
「今夜は…その境地とやらを…見せて頂きましょうか?」
冬は下半身に触れる硬い愛棒を感じたが、既に夢うつつだった。静かになった冬に声を掛けたが返事が無かった。
「えっ」
数分後には寝息を立て始めた。
「トーコさん…本当に寝ちゃうなんて酷い。」
小鳥遊は切ない声をあげた。
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「潔癖症の静さん発動中なの。そっとしておいてあげて。」
日曜の朝早くから、今泉は香りがついているものは、片っ端から洗濯をしていた。
「静さん手伝いましょうか?」
ラップトップを見ながら、小鳥遊が静かに言った。
「いえ…もうすぐ終わるので大丈夫。」
結局一日中掃除をしていて落ち着かないので、
冬と小鳥遊は近くの公園へと散歩に出かけた。
小鳥遊も流石に今泉を気の毒に思い始めていた。
「これ以上つわりが酷くならなきゃ良いけど…。料理は、ほぼお母さん任せになっちゃっているし…。」
「春さんが居てくれるからこそ、甘えたら良いじゃないですか?あなただけのときはコンビニ弁当や病院の食堂で済ませますし。」
冬の手を小鳥遊が大きな手で包み込んでいた。ふたりでベンチに静かに座って子供達が遊ぶのを眺めた。
「夏には…家族が2人も増えるって,不思議な感じ。」
冬が優しく笑った。
「僕はとっても楽しみです。今までは…天涯孤独だったから。家にいると,いつも誰かが居る気配がすることが,特別な気がします。」
まだ肌寒い公園で,子供達は元気よく駆けまわっていた。
「ささやかな幸せこそが、特別な幸せだと思います。」
小鳥遊は遠くを見つめながら言った。
「いつまでも…続くと良いな。」
冬がさりげなく呟いた。
「あなたが僕に愛想をつかさなければ、ずっと続きます。」
真面目な顔で小鳥遊が言った。
「ガクさんが浮気をしなければ,愛想はつかしませんから大丈夫。」
些細なことで自分が嫉妬することに気が付いていたが、それがなぜなのか冬自身にも判らなかった。
「もうトーコさん以外とはしませんから。」
耳元で囁いた。
「…ただし,プロは除く…でしょう?」
冬が笑ったので,小鳥遊がムッとした。
「ごめんなさい…嫉妬深くなっちゃって…自分でも変なの。ふたりがとてもモテるのを知ってるから心配。今までそんなこと無かったのに…おかしいよね。」
それを聞いて小鳥遊は少し嬉しかった。
「それもまた…新鮮で良いですね。」
冬の頭に優しくキスをした。
「さぁ…寒くなったから帰りましょう。」
冬を労る様に小鳥遊は立ち上がった。
「ふたりのパパが立ち合い出来るように生まれて来てね。」
冬はまだ目立たないお腹を触りながら言った。
「本当に…あなたもそして子供達も無事で生まれて来てくれることを願うだけです。元気なら男の子でも女の子でもどちらでも良いですから。」
パパという言葉を聞き、小鳥遊は気恥ずかしさを感じたがとても幸せだった。
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「あれ?指輪どうしたの?」
今泉が3人でつけていたお揃いのマリッジ・リングを冬がしてない事に気がついた。
「なんか…ブカブカになっちゃって。なくしたら嫌だから。」
冬は笑ったが、顔が少し痩せた気がした。
「トーコさん…あなた脱水は大丈夫ですか?」
大丈夫と言いつつ、しょっちゅう吐いている冬を小鳥遊は心配していた。
「血液検査だけでもしましょうか?吐き続けてるから心配です。一度、定期健診前に産婦人科受診してみたらどうですか?」
「元気だけが取り柄だから大丈夫~。」
冬は笑って答えたが、小鳥遊は抱きしめた時に、冬の体が少し小さくなったような気がしていた。
夕方、小鳥遊が病棟で回診が終わり、何気無く携帯をチェックすると春から何度も電話が来ていた。今泉からもメッセージが来ていた。
(今泉:トーコさん脱水で産婦人科に入院したそうです。)
「…だから、言わないこっちゃない。」
小鳥遊は白衣のまま、産婦人科病棟へと向かった。
病室へ行くと、春が付き添っていた。
「ガクさん…白衣姿久しぶりに見たけど、相変わらず素敵ねぇ。」
春は小鳥遊をみてホッとしたのか軽口を叩いた。冬はベッドで点滴をして眠っていた。モニターも何も付いていないことから大したことは無い事が伺えた。
「主治医の先生は?」
「あら…まだ病棟にいらっしゃるわよ。お腹の子供達は大丈夫ですって。」
「ちょっと話をしてきます。」
暫くすると私服に着替えた今泉もやって来た。
「今ガクさんが主治医と話をしているみたい。」
今泉は寝ている冬を静かに見つめていた。明るい蛍光灯の下で見るとやはり冬は顔色が悪く、目の下にはクマが出来ていた。
「良かったです。」
「暫く入院が必要みたいなの。驚かせてごめんなさいね。買い物から帰って来たら倒れてたのよ。もう~びっくりしちゃって…救急車呼んじゃったの。」
「春さんが居て本当に良かったです。」
冬の頭の上のネームプレートには
“小鳥遊 冬”
と書かれており、今泉はそれを静かに眺めていた。内緒にしていた冬の妊娠だったが、安定期を待たずに知られてしまった。
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「へぇ~月性さんもママかぁ。」
小峠は意味深な笑いを浮かべた。
「どっちの子…だろうねぇ。しかも,留学してる時でしょう?小鳥遊先生も心配じゃ無いのかねぇ。」
以前、小鳥遊が付き合っている時期が被っているかもしれないと冗談とも本気ともとれることを言っていた。
しかも結婚式では、今泉が親類席に座っていたことが変な噂や憶測を呼んだ。
病院の誰もが知らなかったが、月性家が相当な資産家だったことに、小峠は臍を噛んでいた。
…今泉の子だとしたら面白いことになるのに。
「小峠先生…医局長に聞かれたらまずいわよ。」
設楽看護師が慌てて周りを見回し静かに窘めた。
「設楽さんだって、今泉先生のこと好きだったんでしょう?」
設楽は今泉の名前が出ても動じなかった。
「小峠先生は、月性さんに未練たらたらねぇ。なんでみんな真面目が取り柄なだけの月性さんが良かったのか判らないわ。」
設楽は少し不機嫌になった。自分の気に入った医者は悉く冬に奪われていたからだ。少なくとも設楽はそう思っていた。そしてここにも冬に恋い焦がれている男が居ると思うとイライラした。
「ところで、設楽さん…今度僕と食事でもどう?」
小峠は、設楽の肩にそっと手を置いた。
「あら…食事だけ?噂とは違うのね。」
設楽はちらりと小峠を見て意地悪く笑った。
設楽はほろ酔い気分だった。
「小峠先生こそ沢山遊んでるんでしょう?」
「そうでもないですよ。」
病棟で禿と呼ばれるこの男と食事に来たのは、小鳥遊と冬のことについて聞きたかったからだ。
結婚前の自分と小鳥遊との浮気を目撃したあの時、今泉も冬も自分のことを見た筈なのに、何も言わずに去って行ったのには、何か理由があるのでは無いかと思っていた。
…あのふたりは一体いつから。
「ねぇ…小鳥遊先生と月性さんはいつから付き合ってたの?」
「今泉先生と別れたのは,留学前みたい。本人に聞いてもはぐらかすから分からないけれど。」
…あの時には,もしかしたら二股を掛けていたのかも知れない。
そう思うと冬に苛立ちを感じた。
「なんで?もしかして設楽さん…医局長のことも好きだったの?」
一瞬ドキッとした。
…好きな筈は無い。あれはたった一度の遊びだった。
お互いにただ寂しさを埋めたかっただけだ。
設楽の驚き様に小峠が,嬉しそうに反応した。こんな時だけ小峠の勘はよく当たる。
一時期,設楽と小鳥遊の間がギクシャクしていた事があった。丁度今泉と付き合っている宣言をして暫く経ってからだった。
「あ♪僕わかっちゃった。もしかして…設楽さん…。」
設楽は何も言わずに目を伏せた。
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目が覚めると、設楽は小峠と一緒にベッドの中に居た。
頭が酷く痛んだ。
「なんで 小峠先生と?」
設楽が裸のままベットから慌てて起き上がった。
「え?帰っちゃうの。昨日は凄かったよ~♪設楽ちゃんってとっても積極的でびっくりしちゃったよ。」
頭がくらくらとした。ワインを数杯飲んだ覚えがあるが、悪酔いする程飲んだ覚えは無かった。
「ええ…ちょっと用事があるの。」
レストランで食事をし、バーで飲んだ後から記憶が曖昧だった。
「ねぇ…君って院内の医者と寝てるってホント?」
設楽も,流石にストレートに聞かれて苦笑した。
「小峠先生って,デリカシーが無いわね。判ってたけど。教えない。」
設楽は刺々しく返したが,小峠は続けた。
「何人と寝たの?ちなみに…その中で一番エッチが上手だったのは?」
小峠はニヤニヤしていた。
「そこまで突き抜けちゃってると尊敬すら覚えるわ。ごめんなさい私が何を言ったのか覚えて無いけど、全くのアクシデントだわ。これっきりだから。」
設楽はベッドサイドに落ちた下着や洋服を拾いさっさと着替え始めた。
「そんなこと言わずにさぁ。設楽ちゃん、また会おうよ。君からは面白い話が聞けそうだから♪」
小峠は意地悪く笑って設楽の背中を見送った。
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「小鳥遊先生の奥さんってどんな人なんですかぁ~。」
冬を知らない新人が小鳥遊に聞いた。
「うーん。美人で料理が上手ですよ。僕には勿体ない妻です。」
PCでオペ前の点滴をオーダーしながら言った。
「わ~。小鳥遊先生の、おのろけを聞いちゃった。看護師だったんですよね?」
勤務表をデスクで作っていた師長が言った。
「人望が厚いし、患者さんにも人気があった人でしたよ。」
小鳥遊は師長が冬のことをべた褒めするのを聞いて、お世辞だとしても、嬉しかった。
「へぇ~。渋い小鳥遊先生が旦那さんなんて羨ましいなぁ。」
…
「…って僕言われちゃったんです…。以前はカッコ良いいとか素敵~とか言われていたのに…“渋い”なんておっさんみたいで嫌です。」
仕事中にこっそり冬の病室へ来た小鳥遊が寂しそうに愚痴をこぼした。
「だって…23~4歳の新卒にしたら、おっさんカテゴリーで正解じゃ無いですかね?」
…ふふふっ。タイトルは年齢と共に変わるんだよ…おっさん。
「ひ…酷い。奥さんが僕の事“おっさん”って言った。」
…またすぐ拗ねる
「“渋い”ですよ?“渋い”。むさくるしいとか、うっとうしいとか、加齢臭がするとか、変態エロとか…そんなんじゃないだけ良いと思うんですけどね。」
…白衣着てるのに、家と同じキャラってギャップがありすぎ。
冬はついつい笑ってしまった。
「…あなたの言葉には、棘がある気がするんだけど。」
冬はベットサイドに座る小鳥遊のネクタイをそっと引っ張り耳元で囁いた。
「ねぇ…私の“渋い”小鳥遊せんせ♪ お医者さんと患者さんごっこしたくなっちゃった。」
小鳥遊は満面の笑みを浮かべた。
「よし…しよう♪」
…ふたつ返事。立ち直り早すぎ。
「看護師が検温に来るまで30分ぐらいあるん…だけ…ど。」
冬が言い終わる前に、小鳥遊は点滴棒を冬に持たせ、個室のユニットバスに二人で入り鍵を閉めた。
狭いバスルームで冬が貪る様にキスを求めた。
「積極的なトーコさん…好き。」
冬の優しく頬を撫でた。
「白衣の先生…ちょっと興奮。早くしないと看護師が来ちゃう。」
冬は再びキスをしながら、小鳥遊のベルトを緩め、ズボンを下した。パジャマの裾からモゾモゾ大きな手が入ってきた。
「あれ…なんか…おっぱい大きくなってる♪」
感触を確かめるように乳房を揉んだ。
「子供用おっぱいへトランスフォーム中です。」
冬はショーツを下した。
「嫌だ…トーコさんのおっぱいは…僕のだったのにぃ。」
…いいえ。私のですから。
「バックでさせて下さい。」
冬はシンクに手を置いた。鏡には小鳥遊の顔が映っていてゆっくりと冬の中に入ると,冬の切なそうな顔が鏡越しに見えて興奮した。
「気持ちが…良いよ…トーコ。」
腰を動かす度に、恍惚の表情を浮かべる小鳥遊と冬は鏡越しに見つめ合っていた。快感がじわじわと広がり始め,冬の足が震えた。
「大丈夫…僕が支えてあげる。」
小鳥遊は背後から抱える様に冬に被さった。小鳥遊の荒い息と繰り返し囁く甘い言葉が、頭の芯を熱くした。
痺れるような高揚感が冬を包み込んだ。
「うぅ…感じ…る。」
――――― ガラガラッ
病室の引き戸が開く音が聞こえた。
「小鳥遊さーん。検温でーす。」
…まずい!!!
快感から引き戻され,冬は慌てて洗面台の蛇口をめいいっぱい開いた。
「すみません…また気分が悪くって。」
冬が大きな声で看護師に答えた。
…トーコさんの嘘つき。
冬が抗えないのをいい事にピンポイントで攻め始めた。
…ちょっと…こんな時に…ズルい。
…だから楽しい♪貴女が静かにしてればバレません。
「大丈夫ですか?」
冬は快感を抑えるのに必死だった。動く度にため息の中に喘ぎ声が漏れてしまう。
小鳥遊は鏡越しの必死に耐える冬が苦悩する姿を見て,愛おしいと思った。
「はぁい…だいじょうぶですぅ。暫く休んでから出ます。」
冬は一気に冷や汗をかいたが、小鳥遊は冬の後ろで相変わらず激しく蠢いていた。
…変態エロ…自重しろ。
小鳥遊から逃げようとすればするほど,激しさは増した。
…お願いだから早く出て行って。
…あなたのその姿とっても興奮するよ。
小鳥遊は冬の耳を甘く噛んだ。
…これ以上刺激しないで。
「酷いようなら、ナースコール押してくださいね。」
…感じてるね…とっても可愛いよ。
低く澄んだ小鳥遊の声は興奮を隠せず揺らいでいた。
…あぁ…いっちゃう。
声を出さずに 冬の唇が開き始め小鳥遊は快感の度合いを知る事が出来た。
「はぁ…い…ぅぅ。」
――――ガラガラ…トン。
ドアが閉まった。
「…あ…僕…もうイキそうです。」
…そっか…暫くぶりだ…から?
「ちょ…と。」
冬の腰をがっしりと小鳥遊は掴んで、動きが更に激しくなった…と思ったら止まった。
鏡の向こうの小鳥遊の顔が切なそうに歪んだ。
「…あ…イッちゃった…ゴメン。」
小鳥遊は冬を抱きすくめた。それは、ピクピクと力強く冬の中で拍動した。
「えー…。」
冬は高まりは一気に消滅していき,不満そうに小鳥遊に甘えた。
「大丈夫です…ほら♪可愛いトーコさんとだと…もう復活。座位でしましょう。」
そう言うと、小鳥遊は便座の蓋の上に座った。
「このドキドキ感が高校生のエッチみたいで良いですね。」
…回数は今も高校生並みだがな。
優しく引き寄せ膝の上に乗せた。
「ベッドでしないのは…付き合っていた時以来かも知れません。」
ゆっくりと小鳥遊の上に腰を下ろした。
「正しくは“大人の関係”の時ですね。」
冬は小鳥遊を訂正した。
「…またトーコさんは、僕をそうやって虐める。」
寂しそうに言った。
「事実を言ったまでです。」
小鳥遊の首に腕を回すと白衣からは消毒薬の香りがした。
「…このままじゃ私…欲求不満よ…だから気持ちよくしてね。」
甘い声で小鳥遊の耳元で囁いた。
「大丈夫ですよ。僕が毎日こうして入院中も愛してあげますから。」
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