小鳥遊医局長の結婚

月胜 冬

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Moronsの決闘

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「それどーしたんだよ?」

「あぁ。ちょっとぶつけちゃっただけ…だから大丈夫。」

冬の両手が塞がっている間に、栄一郎はサッと冬のマスクを毟り取った。

「あ…何するのよ。」

赤みはだいぶ引いたが、手形の痕がまだうっすらと残っていた。

「それってもしかして…俺のことで?」

いつもならバタバタと早く帰る、冬がこうして遅くまで残っていること自体がおかしかった。

「ううん・・・・違うって。」

「だって手形がくっきり残ってるぞ…小鳥遊先生か?それに君の母親が、手伝いに来てるっていってたよな?」

「こんなことはどうでも良いから…ちょっと手が止まってる。早く!」

鼻水と戦いながら、モニターを見続けた。科名、病名,入院期間、処方薬の内容と医師のIDなど、検索を絞っても多すぎて、冬の頭も情報が飽和状態で単純作業で必要なデーターを捌いていた。

「信じられないよ…温和そうな小鳥遊先生が…トーコ、実はDVされてたりしないよな?」

冬は声を出して笑った。

「そんなこと無いよ。大丈夫だから。」

冬は毟り取られたマスクの代わりに、備え付けの近くにあったディスポーザブルの大きな新しいマスクをつけた。

「どんな理由があろうとも、女を殴るヤツは許さない。最低だ。」

冬のことだ何も話さないから余計に疑われたのだろう。

「ちょっと…大げさな。良いから早く。」

冬はそれ以上は何も言わず黙々と作業を続けていた。

🐈‍⬛♬*.:*¸¸

小鳥遊は昼休みに、栄一郎に屋上に呼び出されていた。

小鳥遊が現れた瞬間、栄一郎はツカツカと小鳥遊に近づいたかと思うと、胸倉を掴みいきなり殴った。

「自分の奥さんに手を挙げるなんて最低ですよ。小鳥遊先生。」

鈍い音がして、小鳥遊はよろけた。

「あなたが、何を勘違いしてるのか分からないが、俺とトーコの間には何も無いんだ。」 

今度は小鳥遊が栄一郎の胸倉を掴むとワイシャツのボタンがブチブチと飛んだ…のと同時に顔を殴った。

「あなたに、僕たちの夫婦の問題に口を出される筋合いはありません。」

いつもなら、冷静でいられる筈の小鳥遊も、いきなり殴られて、頭に血が上った。

栄一郎の大きな体がフラフラと屋上の手摺にぶつかった。

「どうしてトーコを信じてやれないんですか?」

肩で息をしながらも、再び小鳥遊に掴みかかり、殴ると鈍い音がして、小鳥遊は尻もちをついた。唇の端からは、たらたらと血が流れだした。

「あなたが、妻を呼び捨てにするのも気に入りません。」

再び立ち上がると、よろめきながら、小鳥遊の拳がビシュッと音を立てて栄一郎の鼻に当たり、鼻血が噴き出した。

ふたりとも汗をびっしょりとかいて、体にシャツが張り付いていた。

「あいつは不器用だから、浮気を出来る様な、女なんかじゃないんだ。」

小鳥遊の拳からも血が出ており、少し下を向き手を軽く振った。

「まるで、彼女をよく知ってるような口振りですね。」

栄一郎は再び殴りつけると、小鳥遊は屋上の焼けたアスファルトの上によろけて手をついた。

小鳥遊の形の良い鼻がみるみる腫れだした。ボタンか何か当たったのか、眉毛の端も少し切れていた。

「兎に角…俺とあの人の間には、何も無いんだ…。」

栄一郎も肩で大きく息をしていた。顔は汗と血が混じり、シャツに赤い染みを付けていた。

「なんで…あなたは…トーコさんに…拘るんでしょう。」

小鳥遊は膝に手をゆっくりとついて立ち上がり、よろける足で再び栄一郎の顔を殴りつけた。栄一郎はよろけつつも、かろうじて立っていた。

「それは…一度は…愛した…人だから…ですよ。」

再び小鳥遊の胸倉を掴んで殴ると、鼻からたらたらと血が流れ出し、尻もちをついた。

昔の友人と言われた時から、薄々判っていた。

…あっ。あなたたち!!何をしてるんですか?

屋上に見回りに来た警備員が血だらけの二人を見て駆けつけた。

「あの人を…悲しませるな…。」

栄一郎はゆっくりと、屋上の入口へと向かった。

「そんな…こと…あなたに…言われなくても…判ってます。」

小鳥遊は守衛に支えられてよろよろと立ち上がった。

「先生大丈夫ですか?」

「…はい…すみません。」

小鳥遊の白衣は二人の血液が飛び散っていた。



「きゃっ!小鳥遊先生一体どうしたんですかっ?」

若い看護師が叫び、ナースステーションにいた看護師達の視線が一斉に小鳥遊に注がれた。

汗びっしょりで、血液で汚れたその姿は、酷かった。

冬は何が起こったのかを悟ると、ナースステーションから飛び出していった。その背中を小鳥遊は静かに見送った。

「…ちょっと…お借りします。」

「手伝いますよ。」

師長は、自分で回診車を押して処置室へ入ろうとする小鳥遊に声を掛けた。

「月性さんっ!!月性さんはどこにいるの?」

師長が大きな声で冬を呼んだ。

「あ…主任さんなら、今さっきナースステーションを飛び出していきましたよ。」

新人看護師が廊下を指さした。ナースステーションにいたスタッフ全員が、お互いの顔をみやり、心配そうに小鳥遊が入った処置室を見つめた。

「こんな怪我をして…誰がこんな酷いことを…。」

師長は消毒をしつつ、処置室から顔を出した。

「ちょっと悪いけど、小峠先生に病棟へ来てもらうように言ってちょうだい!あ。それから小鳥遊先生のスクラブを持ってきてって伝えて!」

…あ…はい。

中堅看護師が慌てて小峠に電話を掛けた。師長はちょっと待ててくださいというと、ガーゼを水で濡らして持ってきたのと同時に誰かが氷が入ったビニール袋を師長に手渡した。

「あ…どうもありがとう。」

小鳥遊はお礼を言うと左手で鼻に当てた。

「痛い…です。」

怪我をした場所を丁寧に消毒していく、師長に思わずつぶやいた。

「当たり前ですよ…こんなに切れちゃって。」

傷の周囲を濡れたガーゼで綺麗に拭いて、消毒をした。

「先生…この手じゃ、暫く手術が出来ませんよ?」

師長が大きなため息をついた。皮が大きく剥けてじわじわと血液が滲んでいた。

「はい…ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」


処置室のドアをノックする音が聞こえ、返事をすると小峠が顔を出した。

「小鳥遊先生…どうしたんですか?」

酷い状態の小鳥遊を見て、小峠も驚いた。

「小峠先生…スクラブをそこに置いといて。」

両手が塞がっている師長は、視線でベッドの上に置くように伝えた。

「着替えて頂かないとこんな姿じゃ外来も出来ませんよ。それに…鼻折れてますよ。小峠先生レントゲンのオーダーをお願いね。」

飛び出して行った冬は、栄一郎を心配しているのだと思うと、少し寂しかった。

「傷はナートしなくても大丈夫そうですよ。全く、あなたは医局長ですよ。しっかりして下さい。」

口元の消毒が終わり、絆創膏を張り付けた。

「大丈夫です…ちょっとした喧嘩です。」

「まぁっ呆れた…高校生でも今時こんな派手な喧嘩はしませんよ?レントゲン取って、耳鼻科に行った方が良いですね。ご自分で何とかしてくださいねっ。全く。」

師長は、小鳥遊を叱りつけた。

「はい…本当にすみません。」

小鳥遊が処置室から出ると、皆が心配していた。丁度、冬が戻って来たところで、高橋にIDを見せて、何かをオーダーして貰っているところで、それは栄一郎の検査オーダーであることが容易に想像出来た。

「ご心配をおかけ致しました。申し訳ありません。」

小鳥遊はスタッフに頭を下げた。冬は、師長をステーションの端に呼び、何かをこそこそと話しながら何度も申し訳ありませんと謝った。

「師長さん…では、私ちょっと抜けます。」

小鳥遊の前を通り過ぎても、冬は視線さえ合わせなかった。


小鳥遊がレントゲン室へ歩いていくと、栄一郎がスクラブを着させられて既に待合室で待っていた。

小鳥遊は栄一郎の隣に座った。大の男が同じような恰好でレントゲンを待っている姿は滑稽だった。

「トーコ…物凄い怒ってますよ。」

しかもスタッフが前を通るたびに、ふたりの顔を二度見していった。

誰でも知っている顔二つが傷だらけで並んでいるのだから、それは当然のことだった。

「ええ…そうでしょうね。」

レントゲン待合室では、小鳥遊の後に来た患者も含め、数人待っていた。

スタッフ用のドアから、技師と冬が出て来た。

「じゃぁ…石動さん…から。」

技師は、ふたりの様子を見てぎょっとした。

「いいえ!一般の患者さんから先にして下さい。この人たちはいくらでも待てますから。」

レントゲン技師は困った顔をして小鳥遊を見たが、言う通りにして下さいと眼で合図を送った。

冬は眉間に皺を寄せ仁王立ちのまま、静かにふたりの隣に立っていた。

「判りました。」

技師は戸惑いながらも部屋に一度入り、外来患者と病棟患者を次々に呼んだ。

待合室に誰も居なくなると、栄一郎が口を開いた。

「なぁ…トー…。」

栄一郎が冬に声をかけようとすると、サッと手のひらを栄一郎の前に出して、すかさず遮った。

「私語禁止。」

待合室は静まり返り、院内放送で医者を探すアナウンスが時々流れた。

「あの…僕た…。」

今度は小鳥遊が何か言いだそうとしたが、冬は怒りをあらわにしながら、きつい言葉を浴びせた。

「…Shut up」

技師がドアから顔を出し準備出来ましたよと冬に言った。

「Ok, Morons.レントゲンを貰ってから、そのまま耳鼻科へ行きなさい。連絡しておきましたから。では。」

技師に宜しくお願いしますと挨拶をすると冬はさっさと立ち去った。

「モーロンズ?」

あなたからどうぞと小鳥遊に言われて立ち上がった栄一郎が聞いた。

「ええ Moronの複数形ですね。意味は…聞かない方が良いと思いますよ。」

小鳥遊は大きなため息をつき、
背もたれに体を預けた。

―――レントゲン室の帰り

冬は院長室の前に立っていた。その重厚な院長室のドアは、わざわざフランスから取り寄せた特注品で、前に立つ者に威圧感を与えた。

「はぁ…よしっ…。」

ドアをノックすると、はい…どうぞ…と中から院長の声が聞こえた。金色のドアノブを捻り、失礼しますと、冬は部屋に入った。

「おお…月性君じゃないか。どうしたんだい。」

事務員が傍で働いていたが、冬がちらりと見やると御用があるときにはお呼びくださいねと言って部屋から出た。

「院長…実は…。」

冬は簡潔にゆっくりと話し始めた。



🐈‍⬛♬*.:*¸¸


小鳥遊と栄一郎の殴り合いの喧嘩は瞬く間に病院中に広まった。その話は、院長の耳にも入ったようで、院長から師長へ直接電話があり、呼び出された。

「私も一緒に行きます。」

申し出た冬を止めた。

「大丈夫。私ひとりで行ってきますから。」

師長は緊張した面持ちでナースステーションを後にした。

「あーあ。誰かさんが戻って来た途端、この騒ぎ。ほんとに迷惑よね。」

モニターの前に座っていた設楽したらが聞こえよがしに言った。

「設楽さん…あなたほんんっと、性格悪いわね。ここのスタッフに馴染めないなら、元愛人の居る整形外科に戻ったら?」

友田が冬の代わりに応戦した。

「友田さん…良いのよ。本当のことだから。皆さんに迷惑をお掛けして済みませんでした。」

冬は再び謝った。

「あなたが謝らなきゃいけないのは、医局長じゃないの?」

設楽の減らず口は続いた。

「関係無いでしょ?中堅なら黙って仕事しないさいよ。」

友田が再び声を荒げて設楽に言った。

「友田さん…ありがとうね。」

冬は、ナースステーションの端で、来月の勤務表作りを始めた。

師長は複雑な表情で戻って来て冬の隣に静かに座った。

「結論から言うとね、今回のことを荒立てる必要は無いでしょう…ですって。院長先生は、笑っていらっしゃったわ。」

冬はホッとため息をついた。

「あなたは、看護研究発表しようとしているの?だから石動さんのところへ通ってたって言うじゃない?どーしてそれを早く言わないのっ!!」

…えっ。

冬は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

「薬剤部の副部長さんもいらっしゃってたんだけど、院長は、あなたと石動さんに協力するようにっておっしゃってたの。」

…そういうことか。

冬は院長に感謝した。

「薬剤部の副部長さんのところへご挨拶に行ってらっしゃい。」

「はい…。」

冬がきょとんとしていると、師長がイライラした口調で言った。

「今すぐにですっ!!」

冬は慌てて席を立つと、薬剤部へと向かった。
薬剤部の副部長は冬の姿を見ると、すぐにやって来た。

「脳外科の看護主任の月性と申します。」

副部長は、以前から挨拶を交わすぐらいで、きちんと今まで話したことが無かった。

「ああ…あなたが噂の月性さんでしたか。」

わざわざ部屋の外へと出てきて挨拶をした。

「自分勝手で軽はずみな私の行いのせいで、迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした。」

深々とお辞儀をした。

「聞いた時はびっくりしましたよ。石動さんは怒ると怖い人でしたから、何となく想像はついたんですが、小鳥遊先生がねぇ。」

すみませんと再び冬は謝った。

「院長にも直接、看護研究に必要なデーターだから好きな時に使わせてやりなさい…と言われましてね。なのでいつでもお好きな時に来てください。」

では…と言って去ろうとする副部長に慌てて声を掛けた。

「あの…石動さんの様子は?」

「ああ…あの人は大丈夫です…ってほら、本人がやってきましたよ?」

冬が慌てて振り返ると、薬剤を積んだ大きな台車を押しながら栄一郎がこちらにやって来るところだった。

顔には絆創膏が張られて、頬は青黒く腫れていて痛々しかった。

「やぁトーコ。」

栄一郎はにこにこしながらやってきた。

…やあトーコじゃないわよ。

「今、派手な事をされて注目されると困るって言ったでしょう?何で自分からわざわざ注目を浴びる様なことをしたのよ。」

栄一郎は、薬剤部の入り口のドアを開け入り口に、大きな箱を下し始めたので冬が手伝った。

「俺の方が一発多く殴ったぜ。」

栄一郎は、にやにやしながら言った。

「…もう…信じられない。」

冬は呆れた。

「先に院長に話したんだな。サンキュ。副部長や、小鳥遊先生にも同じように説明してくれたみたいだから、これで動きやすくなったよ。院長が話を合わせてくれて、まっ…結果オーライだな。」

…結果オーライじゃないわよ。

「旦那さんは元気かい?」

「家に帰って来ないし、話してない。」

「おいおい…君こそ、早くしおらしく謝って、普通の生活に戻れよ。」

全てを台車からおろし終わって栄一郎は自分の腰をポンポンと叩いた。

「勝手に浮気と勘違いしたのは、あっちよ。探偵まで雇って…。」

「マジか…君は…ホントに愛されてるんだな。」

栄一郎が笑った。

「でも、浮気じゃないとすると弁護士が居た理由が付かない…もしかしたら、小鳥遊は何か感づいたかも知れないわ。」

「大丈夫だよ。どうせトーコのことだから、暫くこのままの状態を続けるんだろ?だとしたら、へーきだよ。」

まるで冬の行動を見抜いているようなその口ぶりに、冬はムッとした。

「ええ…そうする事にするわっ。」

冬が腕を組んで仁王立ちになった姿を見て、昔と変わらないなと思わず笑ったのを誤魔化すように慌てて言った。

「前より動き易くなったから、そうだな…あと2~3週間だろ。」

…そうだ。この時の為に頑張って来たんだ。

「そうね。またあとで…」

スタスタと大股で去っていく冬の後ろ姿を、栄一郎は笑いながら眺めた。

「もう1ヶ月近くでしょう?ガクさんはそれで良いの?」

電話越しの今泉は呆れていた。

「子供達と仕事で、トーコさんは別に僕たちが居なくても生活は変わらないんだろうなぁ。」

…確かにそうだ。

「良いわけ無いじゃないですか。僕だって謝りたいけれど、その隙も与えてくれないというか…だから早く日本に帰って来て助けて下さい。」

小鳥遊は情けない声を出したので、今泉が笑った。

「普通にただ今-って帰っちゃえば?きちんと謝れば、結構平気かも。」

「またいい加減なこと言って…。」

「万策尽きたから、ガクさんは僕に相談しているんでしょう?」

「判りました。今晩家に帰ろうと思います。」

電話を切ると、シャワーを浴び、ホテルの朝食を食べて病院へと出勤した。
(今夜、マンションに帰ります。)

春と冬にメールを送信した。

――― その夜。

「ただいま、戻りました。」

玄関でぎこちなく靴を脱ぐと春がすぐにやって来た。


「もうすぐ帰って来ると思うわ。子供達はもう寝ちゃったの。」

子供の部屋を覗くとふたりとも寝息を立ててぐっすりと眠っていた。1ヶ月振りに見る我が子は、また少し大きくなった気がした。

「はい。ご心配をおかけしました。ちゃんと話し合ってみようと思います。」

そうね。それが一番良いわねと小鳥遊からコートを受け取って春は微笑んだ。

小鳥遊が部屋着に着替えている途中で冬が帰って来た。着替えが終わり、ダイニングへ行くと、冬も着替えて出て来た。

「本当にごめんなさい。疑った僕がいけませんでした。」

冬は小鳥遊をちらりと見て、遅い夕食の支度をし始めた。

「ここは良いわよ。私がしておくからちゃんとお話ししなさい。」

春は冬をキッチンから追い出した。冬は観念して小鳥遊が座るダイニングテーブルの向かい側に座った。

「あなたに手をあげて本当に済みませんでした。」

「栄一郎さん…石動さんとの過去について何も言わなかったことは謝るわ。でも…昔は昔、今は今。もう石動さんとは全て終わったことなの。」

栄一郎のみが、知り得る管理者としての情報が冬には必要だった。

「本当は看護研究なんかじゃ無いの。睡眠薬盗難事件に関連したことをふたりで調べているの。」

「えっ!!なんでそれを?僕も院長から調べるように言われていたんです。あなた達はまた無茶なことを…。」

…夫婦ふたりで、お互いに内緒にしあっていたのか。

「…で、どこかのやきもち焼きが、危うく全てを駄目にするところだったんです。あんな大きな騒ぎを起こして。」

…そうか…そうだったのか。

「本当に僕が浅はかでした。院長も人が悪い…トーコさんのことを教えてくれれば良いのに。」

「違うの。あの騒ぎに乗じて院長にその話をしたのは私なの。もともと石動さんは、睡眠薬事件で調べるようにと言われていたんです。」

「ええ…僕もそのように言われましたけれど、なかなか暇が無くて…。」

「そうですね。探偵を雇ったり、喧嘩したりする時間はあるのにね。」

冬の毒舌は続いた。

「本当に済みません。」

冬と栄一朗で5年分のデーターを調べていたとしたら、根気がいる作業だ。

「実はその件に少し関連しているのですが、外科医局長のことを院長は煙たがっていて、どうも近々辞職になるようなのです。」

冬はこのことを聞いても別段驚く様子も無かった。

「ええ…それも睡眠薬関連だと思います。詳しくは言えませんけど。」

「あなた僕より情報通じゃ無いですか。どーしてそれを早く言ってくれなかったんですか?」

「言えば、自分で調べようとするでしょ?どーせガクさんのことだから、医局や病棟や外来のPCで調べるでしょう?」

「あっ。」

「履歴を見れば、あなたのIDが判るんだから、ガクさんが外科の患者に何の用があるのかって、相手に怪しまれるでしょう?」

…そうだ。薬局ならまだ怪しまれなくて済むのか。

そこまで聞いて、何故冬が薬剤部でいつも過ごしていたのかが、ようやく判った。

「11~12月を目途に、公表する予定で、弁護士さんとも相談していました。公になって無いので、病院の弁護士をまだ使う訳にはいかないんです。」

冬は探偵と弁護士に複数件はあるだろうと思われているレイプの件を相談していることは、秘密にした。また小鳥遊が逆上したりしたら、それこそ計画はつぶれてしまう。

小鳥遊は興奮した様子で言った。

「実は僕は事後処理の為に代理副院長にならないかと、院長から言われたんですが、僕はまだ若造ですし、年齢や判断能力からして麻酔科医局長の藤田先生が適任だと辞退したんです。」

院長はあの時点で確証は無いが、小峠と外科医局長が事件に繋がっていたこを知っていたのだと小鳥遊は悟った。

「で…今回の許す条件として…。」

「許す条件って…なんか自分が全く悪くないような言い方じゃないですか。元はと言えば、あなたが石動さんと、こそこそやっていたからであって…。」

小鳥遊は眉を顰めた。

「だから、何度も言わせないで下さい。石動さんじゃなきゃダメだったんです!!それにあの時点では何も言えなかったんです。」

「それはそうですけれど…。」

患者の個人情報は厳しく守られている為好き勝手には見られない。薬剤部なら、月や年単位での各科の薬の使用状況などから、ある程度、照らし合わせも出来た。

「条件ですが、自分で情報を集めようとしないこと。ガクさん嘘つくのが下手糞ですから、はっきりいってあなたはこの件については戦力外です。」

「戦力外…だなんて。」

「だって、手術や外来もあるのに、情報収集なんて出来ないでしょう?だからです。そして…一番大切なこと。」

冬は真面目な顔になった。

「これから先、私を信じて欲しいの。多くの人がこの事件に関わっているから、今回のようなことは慎んで下さい。」

冬は静かに小鳥遊を見つめた。以前より少し痩せて疲れているように見えたが、逆に生き生きしているようにも見えた。

「判りました。」

冬からは拘りや思いつめたような意気込みも同時に感じ、少々気になった。

「よし…さぁ夕飯食べましょう♪」

冬は、椅子から立ち上がり春を手伝った。



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