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憧れと嫉妬の間
それぞれの想い
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箱根の大きな老舗温泉旅館に部屋をひとつとった。
(…みられたら困るんじゃないですか?)
理紗はとても気を使っている。
「コンクールを見学するだけですから大丈夫ですよ。」
(でも…。)
今日1日は、散歩をしたり、ゆったりと過ごす予定だ。
(あっ…。)
浴衣に着替えたばかりの理紗の胸元に隆は右手を滑り込ませた。
温かく柔らかな先端。
部屋の岩風呂は小さいとはいえ、ふたりがゆったりと入れる大きさだ。
指で弄ぶと、理紗が小さなため息をついた。
「一緒に入りましょう?」
風呂場へと手を引き連れて行くと、
理紗の浴衣の紐を解いた。
首から肩へと手を滑らすと、浴衣は、静かに床へとふわりと落ちた。
透ける様な肌に、手のなかにぴったりと収まる小ぶりの胸、くびれた細い腰。
「綺麗だ…。」
小さな三角形の黒く柔らかな繁みは、光に照らされると、うっすらと双丘が透けてみえた。
それらを恥ずかしそうに隠す長い手足を隆はマジマジと眺めていた。
(隆さん…恥ずかしいから見ないで…。)
太陽の下で、その光をはじく様な肌の白さに、隆は長い間、見惚れていた。
「あまりに綺麗だったから、見惚れてしまいました。」
理紗のは、髪を緩めのアップにしたが、細い頸に唇を押し付けたい衝動に駆られた。
ふたりで静かに湯船に浸かった。
湯気が当たり、顔に張り付いた理紗の髪の毛は艶めかしくて、隆は衝動を抑えられなくなった。
隣の部屋とは、垣根越しで繋がっている。
どうやら隣は家族連れのようだ。子供達のはしゃぐ声と、それを叱る父親の声が聞こえた。
「あなたと一緒に来れて良かった。」
理紗を抱き寄せて膝に乗せた。
うなじから肩に唇を這わせると、理紗がクスクスと笑った。
(くすぐったいわ…。)
大きな手が理紗の両方の乳房の先端を摘まんだ。
(あっ…。)
「あなたが喘がなければ、隣には聞こえないよ。」
隆が意地悪く小さな声で囁いた。
今度は、理紗は背中に当たる硬くなった棒を後ろ手でゆっくりと扱き始めた。
「あっ…。」
(隆さんも声を出さなきゃばれないわ。)
今度は理紗が意地悪く笑った。
「あなたはそうやって僕を煽っているの?」
隆は風呂の縁に座って笑った。大きくなった男根は隆の足の間で存在感を増して、臍にしっかりと張り付いていた。
理紗はすいーっと隆に寄って来て徐に男根を口に咥えた。
「あっ…理紗。」
先端をチロチロと舐めつつ、上目使いで隆を見つめながら微笑んだ。
明るい日差しの中で、自分のそれが、可愛らしい理紗の口からゆっくりと出し入れされる。
それを眺める隆。
「あなたにそんな顔をされると…堪らない。」
紅潮した理紗の頬を優しく撫でた。
先端から返しの部分を口に含むと、
唇を窄めて何度も出し入れをしていた。
(気持ちが良い?)
理紗が聞くと、隆は静かに頷いた。
柔らかな表皮をゆっくりと上下させながら、先端に刺激を与え続けた。情動が泉の様に沸き上がって来るのが判った。
「はぁ…。」
少し前傾姿勢になった隆は理紗の髪を優しく撫でた。
「理紗…愛してるよ。」
理紗の中で拍動し始めた男根を、喉の奥へと誘った。
「あ…あっ…。」
切なく隆が喘ぎ、理紗の頭を上下にそっと動かし始めた。理紗の舌が、先端部から返し部分、そして縫線に合わせて蠢くと、隆の背中にざわざわとした感覚が広がった。
「気持ちが…良いよ。僕にそのいやらしい顔を見せて。」
隆のテカテカとした先端部が益々膨張し、横に張り出した。
「これ以上…は、駄目。」
理紗は、そっと隆の男根から口を離した。
理紗が微笑む口元から、透明な糸が引いた。
「あなたも気持ちよくなって欲しい。僕の上に座って?」
隆が理紗を支え、自分を跨がせた。
「さぁ…腰を落として。」
理紗は隆の首に腕を回し、反対の手で男根を握り、そっと自分の入り口に当てがった。
先端でくちゅくちゅと入り口の縁を辿り始めると、すぐにぬるぬるとした愛液が理紗から出始めたのが判った。
「自分でそんなことをして…とってもいやらしいね。あなたは…。」
つるつると入り口で滑り始めた先端をぐぐぐっと突き刺した。
「うっ…。」
温かい皺壁に包まれると、隆は思わず声をあげた。理紗は人差し指を口に当てた。
(しーっ。静かに。)
妖艶に微笑むと、ぐちゅりぐちゅりと腰を沈めていく。
「理紗…ああ君の中は熱くて…僕を痛いほどに締め付けてるよ。」
熱い口づけを交わしながら、理紗は隆の上で大きく動き始めた。理紗の背中を両手で支えている隆には、スピードをコントロールすることは出来ない。
「理紗…そんなことされたら…あなたの中に零してしまいそうだよ。」
理紗は静かに頷いた。
「くっ…。」
理紗を抱えあげると、隆は立ったままで理紗を激しく突いた。
(ああ…駄目…隆…さ…ん。い…く…。)
きつくしまる感覚がしたのと同時に、隆の首に捕まっていた理紗の手から力がふわりと抜けた。慌てて理紗をしっかりと抱き寄せて、そのまま風呂に浸かった。
(隆…さんの…意地悪…。)
クッタリと隆に預けたまま、ささやいた。
「後でまたあなたをいっぱい愛したい。愛してるよ…理紗。」
余韻に浸る理紗の背中を優しく撫でていた。
🐈⬛
翌日のコンクール会場には、生徒や保護者、そして付き添いの先生方が犇めいていた。
隆の学校は3番目ですと理紗に見せた。
県内の私公立の中から上位6校の中から、優勝、準優勝、3位が決まる。
「恩田さんがこの高校に来てから、うちの合唱部は少しづつ順位をあげているんですよ。今年は初めて上位6位に残れたんです。」
混声四部合唱。理紗は今までに聞いたことが無い曲だった。
(私が高校生の時とは全然違うんですね。)
「そうかも知れませんね。定番の曲と言うより、毎年若い歌手が作った曲が増えてきています。」
ピアノ奏者と指揮者は、コンクールの主催者から派遣されているようだった。
ステージから近い通路側が丁度空いていたので席に付いた。
「ちょっと僕、恩田先生に声を掛けて来ます。」
まだざわついている会場の中を、自分の高校の生徒が居る席へと歩いて行った。
「きゃ~♪隆ちゃーーん。」「うっそ…マジ…担任来た~。」
振り返ると、後方の席から黄色い声があがり、皆が声がする方に振り返ると、隆は慌てて口に指を当てて生徒に何か言っていた。
…やっぱり隆さん女子生徒に人気があるのね。
理紗はその声を聞いて笑った。
10分程で一組目の合唱が始まった。ステージ上はライトが当たって熱いのか、ピアニストがしきりに汗を拭いていた。5分程の曲だったが、理紗はすぐに気が付いた。
…ピアノが…遅れてる?
奏者は、そこそこ知られた楽団から来ているピアニストだった。
1曲目が無事に終わり、課題曲の2曲目が終わりステージの袖へと奏者、生徒達が消えた。
そして二組目。1曲目の途中でピアノ奏者が倒れた。
「あっ…。」
会場がざわついた。隆の生徒達は既に、ステージの袖て待っている筈だ。
理紗と隆は慌ててステージの袖へと向かった。
ざわざわする生徒達をかき分けて行くと、恩田と会場の係員が、ピアノ奏者を抱えるようにして舞台から連れ出した。
「まぁ!あなた酷い熱。こんな熱を押してまで演奏するなんて。」
一旦ステージの幕がしまり、会場のざわつきが裏まで聞こえて来ていた。
指揮者も戻って来て、心配そうに様子を伺っている。
「代わりに音楽教師が弾いても良いけど…。」
恩田は、どうしようか悩んだ。
…声楽卒業の教師が多い。学校で練習曲は弾けても、大きな会場で弾いたことが無い先生達よね。
会場に10分の休憩のアナウンスが流れていた。
「無伴奏でするしかないようだね。」
理紗が、静かに手をあげた。
(お手伝いできるかも知れません。)
「そうだ。理紗なら…」
隆は理紗を連れて指揮者と、ピアニスト、恩田の元へと向かった。
「あら!宮子理紗っ。どうしてここに?」
恩田が声をあげた。
具合の悪いピアニストが理紗の顔を見てハッとした。
「あ…あなたは…。」
(それより楽譜を貸して頂けますか?)
理紗がピアノ奏者にジェスチャーで伝えた。
「は…はい。」
5ページ程の楽譜にさらりと目を通した。
(はい…大丈夫です。)
理紗はにっこりと笑った。
指揮者が心配そうにしている。
(あと…残りの学校の楽譜も…。)
指揮者がピアノ奏者をちらりと見た。
「この方なら大丈夫…説明はあと…。」
ピアニストが、真っ赤な顔で荒い息をしながら指揮者に言った。
会場のスタッフが、いつ再開できそうかを何度も聞きに来ていた。
(あと5分もあるんですよね。大丈夫です。)
時計を見ながら理紗が言った。指揮者とピアノ奏者、理紗の3人は筆談で打ち合わせをしていた。
「ねぇ…どうしてあなたと宮子理紗が一緒に居るの?」
恩田が、打ち合わせを見ながら隆に言った。
「僕たちは…その…付き合っているんだ。」
隆は少し小さな声で言い難そうだった。恩田の目が大きく見開かれた。
「いつからなの?」
「夏休みが始まる前…だったかな。」
「あの人…人妻よ?」
恩田が眉を顰めた。
「ええ。分かってます。」
離婚調停中なことは世間に知られていないのだから、恩田にも話す訳にはいかない。
「不倫じゃない!」
恩田は呆れたように言った。
「そういうことになりますね。」
隆が別段気にする様子も無く冷静に答えるのを聞いて恩田は腹立たしさを覚えた。
「帯原先生…そういうことになりますね…じゃ…無く…て…。」
ステージの袖で、楽譜に眼を通している理紗を見ながら恩田が言った時、会場スタッフが大きな声を出した。
「はーい。あと1分で幕が上がります。2組目の生徒さん達はスタンバイをして下さい。」
バタバタとステージへと生徒達が移動し、指揮者と理紗もそれに続いた。
隆と恩田との話はそこで途切れてしまったが、ステージをじっと見つめている隆に恩田はまだ何か言いたそうだった。
隆は、自分の席へと戻り、ステージ上堂々としている理紗を眺めたまま
まるで最初から奏者としてそこに居たような錯覚さえ覚えた。
指揮者を見ながら微笑む余裕すら見せていた。
軽やかで澄んだ音が、響き渡る。
「やっぱり凄いわね…。」
恩田は、ステージの袖で
理紗を眺めながら呟いたまま
「こ…こんなところで…リサ・コンスタンティー二が…弾いてるなんて…。」
ソファーに横になるピアノ奏者が呟いた。
「誰も気が付かないでしょうね。」
恩田が笑った。
「こんな地方の合唱コンクールの伴奏をリサ・コンスタンティー二がしたなんて・・・・誰も信じてくれないわ。」
ピアニストは真っ赤な顔をしながらも、
ステージの上で楽しそうに弾く理紗の背中を見つめていた。
隆には、理紗がステージ上で生き生きと弾く姿は、いつものBarで弾いている時とは明らかに違っていた。
コンクールは全て無事に終わった。
「いやぁ…一度も音合わせしなくても、指揮がし易かった。どこかの楽団に所属してるのかい?」
(いいえ…。)
理紗は恥ずかしそうに首を振った。
「僕の友人が●●交響楽団ってとこで、コンダクターをしてるんだけどさ、パートタイムのピアニストを探していたんだよ…何処の楽団も今時は苦しいところばかりだからねぇ。」
指揮者はバックから名詞を取り出して理紗に渡した。
「興味があったら電話を下さい。」
(お誘いありがとうございます。
それでは…失礼します。)
理紗はにっこり笑って、隆と共に楽しそうに会場を後にした。
舞台の片づけが慌ただしく始まり、指揮者はピアニストの様子を見に行った。
「いやぁ~堂々としてるし、可愛いし…でも…あの子どっかで見た事があるような気がするんだけど…。」
指揮者は首を傾げて呟いていた。
「…楽団にスカウトしたよ。」
指揮者は水を飲みながら、ゆっくりと起き上がったピアニストに言った。
「ちょっと…何言ってるの?リサ・コンスタンティー二よ。指揮者のコンスタンティー二の奥様の…。」
薬を飲んで横になっていたピアニストが、
にやっと笑った。
「えっ。」
それを聞いた途端、指揮者は絶句した。
「あの有名な指揮者の奥さん?」
「ええ…そうよ。」
「どうしよう…俺、パートタイムの仕事で良ければ、うちに来ないかって名刺渡して誘っちまったよ。」
指揮者は頭を抱えてしゃがみ込むのを見て、ピアニストが笑った。
🐈⬛
「やはりあなたは凄い人だったんだね。」
旅館へ帰る道すがら、ふたりで手を繋いで歩いて帰った。久しぶりのステージで理紗は、興奮していた。
「あの光の中に戻りたいとは思わないの?」
隆は、演奏後から顔を紅潮させて静かに何かを考えて居る理紗に言った。
(いいえ。帰りたくないと言えば嘘になるけれど、今は心をもう少し休めたい。)
…これからのことは少しづつ決めればいいわ。
「そう…だけど、あなたはいつも好きなものの傍にいるべきだと思う。」
理紗は静かに頷いて笑った。
「どうしたの?急に笑って。」
突然何かを思い出した様に微笑んだ理紗を見て隆は不思議そうな顔をした。
(何でもないわ。)
イヴァンの元から逃げる事だけを必死に考えていた時は、ピアノを弾きたいとも思わなかった。
ひっそりと暮らそうと思っていても、結局は、こうして観客の前で、ピアノを弾いている自分が居る。
🐈⬛
隆が理紗の屋敷に引っ越した事を恩田が知ったのは、随分経ってからだった。
「帯原先生。何度も言うけどリサ・コンスタンティー二は人妻よ?」
離婚の手続きは全て弁護士に任せていた。
後は、イヴァンがサインをするだけだった。
しかし、イヴァンは離婚を理紗が彼の元を離れてから2年経った今も拒んでいると理紗から聞いた。
「ええ。判ってます。」
残業で他の教師も職員室に残っていたが、ふたりよりも先に終わり、お疲れさまと行って帰って行った。その様子を見届けてから恩田は隆に話しかけた。
「だったら何で?」
引っ越したという話は聞いたが、まさか理紗と同棲するとは思っても居なかった。
「彼女は僕にとって必要な人だから。もう彼女が居ない生活なんて考えられないよ。」
静かに笑う隆の横顔は、穏やかで優しかった。
「不倫になるのよ?」
机の上を片付け、壁に掛かる教職員室の鍵を恩田は掴んだ。
「理紗は家を飛び出して来た時から離婚したがっていたんだ。それを夫が拒否し続けていることが理解できないよ。」
隆も帰りの準備を始めた。
「しかも女遊びが酷いって教えてくれたのは恩田先生じゃないですか。」
恩田と一緒に廊下へと出た。
「…。」
身の置き所の無い痛みを恩田は感じていた。
… こんなことなら、早く好きだと言って居れば良かった。
職員室の鍵を閉め乍ら、恩田は静かに言った。
「帯原先生?わたし先生のことがずっと好きでした。ずっと前から…。」
恩田はゆっくりと振り返り、隆をじっと見つめた。
「えっ…。」
隆は恩田の事を友人ぐらいにしか思っていなかったので、戸惑いを隠せなかった。
薄暗く誰も居ない廊下でふたりは立ち尽くしていた。
「あっ…。」
恩田が隆の胸に突然抱き付いて来た。
「本当に好きなの。」
眼に涙を溜めた恩田がそっと隆の顔を見上げると、両手で隆の顔を挟み、ゆっくりと顔を近づけた。
恩田がしようとしていることに気が付き、慌てて顔を背け、恩田の身体をそっと自分から離した。
「…だとしたら、僕はあなたに謝らなければいけません。僕はあなたの気持に答えることが出来ない。」
恩田を真っすぐに見ている隆の眼に強い意志を感じた。
「あの人は…こんなところにいちゃいけない人。世界で活躍しなきゃいけない人なのよ。」
恩田にしてみれば、何年も慕い続けて、やっと一緒にお酒を飲みに行ける関係になったところで、突然 美貌と才能を併せ持つ理紗が現れて、隆を攫って行ってしまったような気分だった。
「僕は…彼女しか愛せないんです。彼女が活躍する時には、しっかりと支えたい。」
隆が困ったような顔をしたが、
それが余計に恩田を傷つけた。
「リサは、才能という強い翼を持ってるの。それに比べて…。」
恩田は言葉を濁した。
「判ってます。僕はしがない高校教師…。」
「だったら…。」
「それでも、彼女だから僕は好きになった。」
これ以上、何を言っても自分が惨めなだけだと判っていても、我慢ならなった。
「マスコミにでも知られたら…それこそ大変な騒ぎになるわ。コンスタンティー二だって、黙っていないと思う。」
イヴァンが今も理紗を探し続けていることなどをふと思い出した。
「彼女がひっそりと暮らしたいと思っているんだから、そっと見守って欲しい。
あの人は結婚生活で心をすり減らしてしまったんだよ。」
美しくて才能に溢れているのにも関わらず、ひっそりと暮らしたいと思う理紗の気持が恩田には理解が出来なかった。
かつては自分も声楽で世界を目指したいと思い留学した。だが、学んだのは挫折感だけだった。世界の大きさを痛感し自分に限界を感じ、音楽教師になった。
…リサは贅沢だわ。彼女は全てを持っているじゃない。地位も教養も美貌も。それなのに臆病なだけじゃない。
恩田は理紗に対する嫉妬と苛立ちで心がギシギシと音を立てていた。
「さぁ…もう帰りましょう。」
隆は動揺しつつも、冷静な振りをして恩田に言った。恩田は何も言わず隆の隣を歩いた。
「今日は車で来たんですけど、家まで送りましょう。」
いつもの優しい隆の態度に涙が溢れそうになった。
「いいえ…結構です。ひとりで帰れます。お疲れさまでした。」
玄関の守衛に鍵を渡しながら、隆に振り向きもせずに言い、足早に去って行った。
その後姿を隆は暫くの間、眺めていた。
恩田は、その足で理紗がピアノを弾いている“Bar Tae”に寄った。
平日のせいか客はまばらだった。
「あら…先生♪おひとりでなんて珍しいわね。」
バーのママ、タエがカウンターに座った恩田に声を掛けた。恩田はチーズとグラスワインを頼んだ。
「帯原先生は一緒じゃないんですね。」
コースターの上にグラスを静かに置きながらタエが言った。
「ええ…。」
理紗はいつものように静かにピアノを弾いていた。理紗は年齢は自分よりも少し上だが、同じ年齢ぐらいに見えた。
プロとして芽が出なかった自分に比べ、理紗はなんと恵まれているのだろう。
ひとりで飲みたい恩田の気持を察してか、タエはそれ以上は何も聞かなかった。
時々客に声を掛けられて、にこにこと微笑む理紗を恩田は眺めていた。
…あの人と張り合おうとするなんて、自意識過剰も良いところね。
下らない妄想を恩田は反芻しながら苦笑した。そんな時に、ふと目があいお互いの軽い会釈を交わした。
――― ♪~♪
恩田の携帯が鳴った。見ると母親からで、お見合いの勧めだった。
いつもならすぐに断る恩田だったが暫く考えた後、判ったとだけ答えて切った。
それとなく理紗の夫イヴァンのホームページをスマホで見ていた。プロフィールの写真には、イヴァンと肩を並べて幸せそうに優しく微笑む理紗の姿があった。
「恩田先生?大丈夫ですか?ちょっと今日は飲み過ぎですよ。誰かお迎えにでも来て貰いましょうか?」
恩田はふらふらしながら、酔った手でメールを打ち始めた。
「いいえ…これが終わったら帰りますから大丈夫です。」
スマホの画面から目を離さずに、恩田は答えた。
(…みられたら困るんじゃないですか?)
理紗はとても気を使っている。
「コンクールを見学するだけですから大丈夫ですよ。」
(でも…。)
今日1日は、散歩をしたり、ゆったりと過ごす予定だ。
(あっ…。)
浴衣に着替えたばかりの理紗の胸元に隆は右手を滑り込ませた。
温かく柔らかな先端。
部屋の岩風呂は小さいとはいえ、ふたりがゆったりと入れる大きさだ。
指で弄ぶと、理紗が小さなため息をついた。
「一緒に入りましょう?」
風呂場へと手を引き連れて行くと、
理紗の浴衣の紐を解いた。
首から肩へと手を滑らすと、浴衣は、静かに床へとふわりと落ちた。
透ける様な肌に、手のなかにぴったりと収まる小ぶりの胸、くびれた細い腰。
「綺麗だ…。」
小さな三角形の黒く柔らかな繁みは、光に照らされると、うっすらと双丘が透けてみえた。
それらを恥ずかしそうに隠す長い手足を隆はマジマジと眺めていた。
(隆さん…恥ずかしいから見ないで…。)
太陽の下で、その光をはじく様な肌の白さに、隆は長い間、見惚れていた。
「あまりに綺麗だったから、見惚れてしまいました。」
理紗のは、髪を緩めのアップにしたが、細い頸に唇を押し付けたい衝動に駆られた。
ふたりで静かに湯船に浸かった。
湯気が当たり、顔に張り付いた理紗の髪の毛は艶めかしくて、隆は衝動を抑えられなくなった。
隣の部屋とは、垣根越しで繋がっている。
どうやら隣は家族連れのようだ。子供達のはしゃぐ声と、それを叱る父親の声が聞こえた。
「あなたと一緒に来れて良かった。」
理紗を抱き寄せて膝に乗せた。
うなじから肩に唇を這わせると、理紗がクスクスと笑った。
(くすぐったいわ…。)
大きな手が理紗の両方の乳房の先端を摘まんだ。
(あっ…。)
「あなたが喘がなければ、隣には聞こえないよ。」
隆が意地悪く小さな声で囁いた。
今度は、理紗は背中に当たる硬くなった棒を後ろ手でゆっくりと扱き始めた。
「あっ…。」
(隆さんも声を出さなきゃばれないわ。)
今度は理紗が意地悪く笑った。
「あなたはそうやって僕を煽っているの?」
隆は風呂の縁に座って笑った。大きくなった男根は隆の足の間で存在感を増して、臍にしっかりと張り付いていた。
理紗はすいーっと隆に寄って来て徐に男根を口に咥えた。
「あっ…理紗。」
先端をチロチロと舐めつつ、上目使いで隆を見つめながら微笑んだ。
明るい日差しの中で、自分のそれが、可愛らしい理紗の口からゆっくりと出し入れされる。
それを眺める隆。
「あなたにそんな顔をされると…堪らない。」
紅潮した理紗の頬を優しく撫でた。
先端から返しの部分を口に含むと、
唇を窄めて何度も出し入れをしていた。
(気持ちが良い?)
理紗が聞くと、隆は静かに頷いた。
柔らかな表皮をゆっくりと上下させながら、先端に刺激を与え続けた。情動が泉の様に沸き上がって来るのが判った。
「はぁ…。」
少し前傾姿勢になった隆は理紗の髪を優しく撫でた。
「理紗…愛してるよ。」
理紗の中で拍動し始めた男根を、喉の奥へと誘った。
「あ…あっ…。」
切なく隆が喘ぎ、理紗の頭を上下にそっと動かし始めた。理紗の舌が、先端部から返し部分、そして縫線に合わせて蠢くと、隆の背中にざわざわとした感覚が広がった。
「気持ちが…良いよ。僕にそのいやらしい顔を見せて。」
隆のテカテカとした先端部が益々膨張し、横に張り出した。
「これ以上…は、駄目。」
理紗は、そっと隆の男根から口を離した。
理紗が微笑む口元から、透明な糸が引いた。
「あなたも気持ちよくなって欲しい。僕の上に座って?」
隆が理紗を支え、自分を跨がせた。
「さぁ…腰を落として。」
理紗は隆の首に腕を回し、反対の手で男根を握り、そっと自分の入り口に当てがった。
先端でくちゅくちゅと入り口の縁を辿り始めると、すぐにぬるぬるとした愛液が理紗から出始めたのが判った。
「自分でそんなことをして…とってもいやらしいね。あなたは…。」
つるつると入り口で滑り始めた先端をぐぐぐっと突き刺した。
「うっ…。」
温かい皺壁に包まれると、隆は思わず声をあげた。理紗は人差し指を口に当てた。
(しーっ。静かに。)
妖艶に微笑むと、ぐちゅりぐちゅりと腰を沈めていく。
「理紗…ああ君の中は熱くて…僕を痛いほどに締め付けてるよ。」
熱い口づけを交わしながら、理紗は隆の上で大きく動き始めた。理紗の背中を両手で支えている隆には、スピードをコントロールすることは出来ない。
「理紗…そんなことされたら…あなたの中に零してしまいそうだよ。」
理紗は静かに頷いた。
「くっ…。」
理紗を抱えあげると、隆は立ったままで理紗を激しく突いた。
(ああ…駄目…隆…さ…ん。い…く…。)
きつくしまる感覚がしたのと同時に、隆の首に捕まっていた理紗の手から力がふわりと抜けた。慌てて理紗をしっかりと抱き寄せて、そのまま風呂に浸かった。
(隆…さんの…意地悪…。)
クッタリと隆に預けたまま、ささやいた。
「後でまたあなたをいっぱい愛したい。愛してるよ…理紗。」
余韻に浸る理紗の背中を優しく撫でていた。
🐈⬛
翌日のコンクール会場には、生徒や保護者、そして付き添いの先生方が犇めいていた。
隆の学校は3番目ですと理紗に見せた。
県内の私公立の中から上位6校の中から、優勝、準優勝、3位が決まる。
「恩田さんがこの高校に来てから、うちの合唱部は少しづつ順位をあげているんですよ。今年は初めて上位6位に残れたんです。」
混声四部合唱。理紗は今までに聞いたことが無い曲だった。
(私が高校生の時とは全然違うんですね。)
「そうかも知れませんね。定番の曲と言うより、毎年若い歌手が作った曲が増えてきています。」
ピアノ奏者と指揮者は、コンクールの主催者から派遣されているようだった。
ステージから近い通路側が丁度空いていたので席に付いた。
「ちょっと僕、恩田先生に声を掛けて来ます。」
まだざわついている会場の中を、自分の高校の生徒が居る席へと歩いて行った。
「きゃ~♪隆ちゃーーん。」「うっそ…マジ…担任来た~。」
振り返ると、後方の席から黄色い声があがり、皆が声がする方に振り返ると、隆は慌てて口に指を当てて生徒に何か言っていた。
…やっぱり隆さん女子生徒に人気があるのね。
理紗はその声を聞いて笑った。
10分程で一組目の合唱が始まった。ステージ上はライトが当たって熱いのか、ピアニストがしきりに汗を拭いていた。5分程の曲だったが、理紗はすぐに気が付いた。
…ピアノが…遅れてる?
奏者は、そこそこ知られた楽団から来ているピアニストだった。
1曲目が無事に終わり、課題曲の2曲目が終わりステージの袖へと奏者、生徒達が消えた。
そして二組目。1曲目の途中でピアノ奏者が倒れた。
「あっ…。」
会場がざわついた。隆の生徒達は既に、ステージの袖て待っている筈だ。
理紗と隆は慌ててステージの袖へと向かった。
ざわざわする生徒達をかき分けて行くと、恩田と会場の係員が、ピアノ奏者を抱えるようにして舞台から連れ出した。
「まぁ!あなた酷い熱。こんな熱を押してまで演奏するなんて。」
一旦ステージの幕がしまり、会場のざわつきが裏まで聞こえて来ていた。
指揮者も戻って来て、心配そうに様子を伺っている。
「代わりに音楽教師が弾いても良いけど…。」
恩田は、どうしようか悩んだ。
…声楽卒業の教師が多い。学校で練習曲は弾けても、大きな会場で弾いたことが無い先生達よね。
会場に10分の休憩のアナウンスが流れていた。
「無伴奏でするしかないようだね。」
理紗が、静かに手をあげた。
(お手伝いできるかも知れません。)
「そうだ。理紗なら…」
隆は理紗を連れて指揮者と、ピアニスト、恩田の元へと向かった。
「あら!宮子理紗っ。どうしてここに?」
恩田が声をあげた。
具合の悪いピアニストが理紗の顔を見てハッとした。
「あ…あなたは…。」
(それより楽譜を貸して頂けますか?)
理紗がピアノ奏者にジェスチャーで伝えた。
「は…はい。」
5ページ程の楽譜にさらりと目を通した。
(はい…大丈夫です。)
理紗はにっこりと笑った。
指揮者が心配そうにしている。
(あと…残りの学校の楽譜も…。)
指揮者がピアノ奏者をちらりと見た。
「この方なら大丈夫…説明はあと…。」
ピアニストが、真っ赤な顔で荒い息をしながら指揮者に言った。
会場のスタッフが、いつ再開できそうかを何度も聞きに来ていた。
(あと5分もあるんですよね。大丈夫です。)
時計を見ながら理紗が言った。指揮者とピアノ奏者、理紗の3人は筆談で打ち合わせをしていた。
「ねぇ…どうしてあなたと宮子理紗が一緒に居るの?」
恩田が、打ち合わせを見ながら隆に言った。
「僕たちは…その…付き合っているんだ。」
隆は少し小さな声で言い難そうだった。恩田の目が大きく見開かれた。
「いつからなの?」
「夏休みが始まる前…だったかな。」
「あの人…人妻よ?」
恩田が眉を顰めた。
「ええ。分かってます。」
離婚調停中なことは世間に知られていないのだから、恩田にも話す訳にはいかない。
「不倫じゃない!」
恩田は呆れたように言った。
「そういうことになりますね。」
隆が別段気にする様子も無く冷静に答えるのを聞いて恩田は腹立たしさを覚えた。
「帯原先生…そういうことになりますね…じゃ…無く…て…。」
ステージの袖で、楽譜に眼を通している理紗を見ながら恩田が言った時、会場スタッフが大きな声を出した。
「はーい。あと1分で幕が上がります。2組目の生徒さん達はスタンバイをして下さい。」
バタバタとステージへと生徒達が移動し、指揮者と理紗もそれに続いた。
隆と恩田との話はそこで途切れてしまったが、ステージをじっと見つめている隆に恩田はまだ何か言いたそうだった。
隆は、自分の席へと戻り、ステージ上堂々としている理紗を眺めたまま
まるで最初から奏者としてそこに居たような錯覚さえ覚えた。
指揮者を見ながら微笑む余裕すら見せていた。
軽やかで澄んだ音が、響き渡る。
「やっぱり凄いわね…。」
恩田は、ステージの袖で
理紗を眺めながら呟いたまま
「こ…こんなところで…リサ・コンスタンティー二が…弾いてるなんて…。」
ソファーに横になるピアノ奏者が呟いた。
「誰も気が付かないでしょうね。」
恩田が笑った。
「こんな地方の合唱コンクールの伴奏をリサ・コンスタンティー二がしたなんて・・・・誰も信じてくれないわ。」
ピアニストは真っ赤な顔をしながらも、
ステージの上で楽しそうに弾く理紗の背中を見つめていた。
隆には、理紗がステージ上で生き生きと弾く姿は、いつものBarで弾いている時とは明らかに違っていた。
コンクールは全て無事に終わった。
「いやぁ…一度も音合わせしなくても、指揮がし易かった。どこかの楽団に所属してるのかい?」
(いいえ…。)
理紗は恥ずかしそうに首を振った。
「僕の友人が●●交響楽団ってとこで、コンダクターをしてるんだけどさ、パートタイムのピアニストを探していたんだよ…何処の楽団も今時は苦しいところばかりだからねぇ。」
指揮者はバックから名詞を取り出して理紗に渡した。
「興味があったら電話を下さい。」
(お誘いありがとうございます。
それでは…失礼します。)
理紗はにっこり笑って、隆と共に楽しそうに会場を後にした。
舞台の片づけが慌ただしく始まり、指揮者はピアニストの様子を見に行った。
「いやぁ~堂々としてるし、可愛いし…でも…あの子どっかで見た事があるような気がするんだけど…。」
指揮者は首を傾げて呟いていた。
「…楽団にスカウトしたよ。」
指揮者は水を飲みながら、ゆっくりと起き上がったピアニストに言った。
「ちょっと…何言ってるの?リサ・コンスタンティー二よ。指揮者のコンスタンティー二の奥様の…。」
薬を飲んで横になっていたピアニストが、
にやっと笑った。
「えっ。」
それを聞いた途端、指揮者は絶句した。
「あの有名な指揮者の奥さん?」
「ええ…そうよ。」
「どうしよう…俺、パートタイムの仕事で良ければ、うちに来ないかって名刺渡して誘っちまったよ。」
指揮者は頭を抱えてしゃがみ込むのを見て、ピアニストが笑った。
🐈⬛
「やはりあなたは凄い人だったんだね。」
旅館へ帰る道すがら、ふたりで手を繋いで歩いて帰った。久しぶりのステージで理紗は、興奮していた。
「あの光の中に戻りたいとは思わないの?」
隆は、演奏後から顔を紅潮させて静かに何かを考えて居る理紗に言った。
(いいえ。帰りたくないと言えば嘘になるけれど、今は心をもう少し休めたい。)
…これからのことは少しづつ決めればいいわ。
「そう…だけど、あなたはいつも好きなものの傍にいるべきだと思う。」
理紗は静かに頷いて笑った。
「どうしたの?急に笑って。」
突然何かを思い出した様に微笑んだ理紗を見て隆は不思議そうな顔をした。
(何でもないわ。)
イヴァンの元から逃げる事だけを必死に考えていた時は、ピアノを弾きたいとも思わなかった。
ひっそりと暮らそうと思っていても、結局は、こうして観客の前で、ピアノを弾いている自分が居る。
🐈⬛
隆が理紗の屋敷に引っ越した事を恩田が知ったのは、随分経ってからだった。
「帯原先生。何度も言うけどリサ・コンスタンティー二は人妻よ?」
離婚の手続きは全て弁護士に任せていた。
後は、イヴァンがサインをするだけだった。
しかし、イヴァンは離婚を理紗が彼の元を離れてから2年経った今も拒んでいると理紗から聞いた。
「ええ。判ってます。」
残業で他の教師も職員室に残っていたが、ふたりよりも先に終わり、お疲れさまと行って帰って行った。その様子を見届けてから恩田は隆に話しかけた。
「だったら何で?」
引っ越したという話は聞いたが、まさか理紗と同棲するとは思っても居なかった。
「彼女は僕にとって必要な人だから。もう彼女が居ない生活なんて考えられないよ。」
静かに笑う隆の横顔は、穏やかで優しかった。
「不倫になるのよ?」
机の上を片付け、壁に掛かる教職員室の鍵を恩田は掴んだ。
「理紗は家を飛び出して来た時から離婚したがっていたんだ。それを夫が拒否し続けていることが理解できないよ。」
隆も帰りの準備を始めた。
「しかも女遊びが酷いって教えてくれたのは恩田先生じゃないですか。」
恩田と一緒に廊下へと出た。
「…。」
身の置き所の無い痛みを恩田は感じていた。
… こんなことなら、早く好きだと言って居れば良かった。
職員室の鍵を閉め乍ら、恩田は静かに言った。
「帯原先生?わたし先生のことがずっと好きでした。ずっと前から…。」
恩田はゆっくりと振り返り、隆をじっと見つめた。
「えっ…。」
隆は恩田の事を友人ぐらいにしか思っていなかったので、戸惑いを隠せなかった。
薄暗く誰も居ない廊下でふたりは立ち尽くしていた。
「あっ…。」
恩田が隆の胸に突然抱き付いて来た。
「本当に好きなの。」
眼に涙を溜めた恩田がそっと隆の顔を見上げると、両手で隆の顔を挟み、ゆっくりと顔を近づけた。
恩田がしようとしていることに気が付き、慌てて顔を背け、恩田の身体をそっと自分から離した。
「…だとしたら、僕はあなたに謝らなければいけません。僕はあなたの気持に答えることが出来ない。」
恩田を真っすぐに見ている隆の眼に強い意志を感じた。
「あの人は…こんなところにいちゃいけない人。世界で活躍しなきゃいけない人なのよ。」
恩田にしてみれば、何年も慕い続けて、やっと一緒にお酒を飲みに行ける関係になったところで、突然 美貌と才能を併せ持つ理紗が現れて、隆を攫って行ってしまったような気分だった。
「僕は…彼女しか愛せないんです。彼女が活躍する時には、しっかりと支えたい。」
隆が困ったような顔をしたが、
それが余計に恩田を傷つけた。
「リサは、才能という強い翼を持ってるの。それに比べて…。」
恩田は言葉を濁した。
「判ってます。僕はしがない高校教師…。」
「だったら…。」
「それでも、彼女だから僕は好きになった。」
これ以上、何を言っても自分が惨めなだけだと判っていても、我慢ならなった。
「マスコミにでも知られたら…それこそ大変な騒ぎになるわ。コンスタンティー二だって、黙っていないと思う。」
イヴァンが今も理紗を探し続けていることなどをふと思い出した。
「彼女がひっそりと暮らしたいと思っているんだから、そっと見守って欲しい。
あの人は結婚生活で心をすり減らしてしまったんだよ。」
美しくて才能に溢れているのにも関わらず、ひっそりと暮らしたいと思う理紗の気持が恩田には理解が出来なかった。
かつては自分も声楽で世界を目指したいと思い留学した。だが、学んだのは挫折感だけだった。世界の大きさを痛感し自分に限界を感じ、音楽教師になった。
…リサは贅沢だわ。彼女は全てを持っているじゃない。地位も教養も美貌も。それなのに臆病なだけじゃない。
恩田は理紗に対する嫉妬と苛立ちで心がギシギシと音を立てていた。
「さぁ…もう帰りましょう。」
隆は動揺しつつも、冷静な振りをして恩田に言った。恩田は何も言わず隆の隣を歩いた。
「今日は車で来たんですけど、家まで送りましょう。」
いつもの優しい隆の態度に涙が溢れそうになった。
「いいえ…結構です。ひとりで帰れます。お疲れさまでした。」
玄関の守衛に鍵を渡しながら、隆に振り向きもせずに言い、足早に去って行った。
その後姿を隆は暫くの間、眺めていた。
恩田は、その足で理紗がピアノを弾いている“Bar Tae”に寄った。
平日のせいか客はまばらだった。
「あら…先生♪おひとりでなんて珍しいわね。」
バーのママ、タエがカウンターに座った恩田に声を掛けた。恩田はチーズとグラスワインを頼んだ。
「帯原先生は一緒じゃないんですね。」
コースターの上にグラスを静かに置きながらタエが言った。
「ええ…。」
理紗はいつものように静かにピアノを弾いていた。理紗は年齢は自分よりも少し上だが、同じ年齢ぐらいに見えた。
プロとして芽が出なかった自分に比べ、理紗はなんと恵まれているのだろう。
ひとりで飲みたい恩田の気持を察してか、タエはそれ以上は何も聞かなかった。
時々客に声を掛けられて、にこにこと微笑む理紗を恩田は眺めていた。
…あの人と張り合おうとするなんて、自意識過剰も良いところね。
下らない妄想を恩田は反芻しながら苦笑した。そんな時に、ふと目があいお互いの軽い会釈を交わした。
――― ♪~♪
恩田の携帯が鳴った。見ると母親からで、お見合いの勧めだった。
いつもならすぐに断る恩田だったが暫く考えた後、判ったとだけ答えて切った。
それとなく理紗の夫イヴァンのホームページをスマホで見ていた。プロフィールの写真には、イヴァンと肩を並べて幸せそうに優しく微笑む理紗の姿があった。
「恩田先生?大丈夫ですか?ちょっと今日は飲み過ぎですよ。誰かお迎えにでも来て貰いましょうか?」
恩田はふらふらしながら、酔った手でメールを打ち始めた。
「いいえ…これが終わったら帰りますから大丈夫です。」
スマホの画面から目を離さずに、恩田は答えた。
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