一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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187 それでも恋は恋

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    秋田県にあるキャパ30の小さなライブハウス「シャーロット」。鏡セアラは久しぶりに実家への帰省を果たしていた。

    いつもと違うのは、一人ではないこと。婚約者の離瀬夜りせや京次きょうじが一緒である。

    婚姻届の証人欄に父である新堂しんどう勇介ゆうすけの署名を求めたところ、勇介はそれを拒否した。腕組みをして、険しい表情である。

    恐る恐るセアラは勇介に尋ねる。

「おとうは……結婚に反対なんだべか?」

「いんや。だけんど、京次くんは離瀬夜家の一人息子だべ?    おらは向こうのお父さんの気持ち考えたら、婿入むこいりは反対だ」

    シンプルにセアラが離瀬夜家に嫁入りするなら、勇介は賛成だと言う。法的に親子でなければ、父親を助けてあげられない状況が起こるかもしれないから、と。

    週刊誌に書かれた記事の全てが真実ではないが、何かとの離瀬夜家である。特に親戚筋にあたるひいらぎ家は何をしてくるかわかったものじゃないーーそんな伏魔殿にセアラを送り込んでいいものか、京次は迷う。

    けれど、京次は約束した。セアラにも。ファンにも。

    ずっと一緒に寄り添い、助け合い、守り抜き、生涯を共に過ごしていくと。

「ではーー改めてお願い申し上げます。お義父とうさん。かおるさんと結婚させてください。どんな困難や障害も二人で助け合って乗り越えていきます」

    頭を下げる京次に、勇介は固まる。正直なところ、どちらが婿入りしようが嫁入りしようが構わないのだが、なんとなく父親として威厳みたいなものをアピールしておきたかったのである。

    なんせ、こんなに早く結婚相手を連れてくるとは思わなかった。少しでも抵抗したかったのだ。

    ほれ、なんか言わないと。勇介の横では妻のシャーロットが肘を出して突っついてくる。

    勇介は腹を括った。

「んだら、しょうがねぇ……薫を、薫を、薫を……」

    勇介の鼻水が垂れそうになっていたので、シャーロットはティッシュを丸めて、勇介の鼻の穴に突っ込んだ。こうなると完全に威厳は喪失してしまい、勇介は涙ながらに言う。

「娘をよろしくお願いします」

    勇介は海よりも深く頭を下げた。


ーー◇◇◇◇◇◇◇ーー


    そうして、いつの間にやら宴会モードになっていた新堂家。セアラの兄、冬馬とうまの提案もあり、せっかくなので居住スペースよりも広い、ライブハウスのテーブルで食事をすることになった。そこでセアラは疑問に思う。以前よりライブハウスのテーブル席が増えている気がする。

    いや、絶対増えてる。 

「おとう。なして立ち見のスペースを減らしたんだべ?」

「出る側の演者も減ってるけどよ、単純にライブを観にくるお客さんも減ってんだ。だがらスポーツバーみてぇな真似も始めたんだ。そすたら、これが好評でよ、久しぶりに黒字になったんだべ」

     よく見れば、ドリンクコーナーがやけに充実している。特に冬馬がバーテンダーとしてカウンターに立つと女性客が殺到するらしい。

「へぇ、おにいもやるでねぇか。そろそろまた彼女でもできたりしてな」

    セアラは冗談半分で言ったのに、家族全員が沈黙した。触れてはいけない話題だとあんに告げてくる。

「……なんか隠してるべな?」

     セアラがいぶかしむと、勇介はとっさに言う。

「いんや別に?    なあ冬馬」

「んだ。いまはおめぇの結婚でそれどころじゃねぇ。なあお母?」

「んだんだ。別にムーンバレットのメンバーとは仲良くしてねぇよ?」

    もっと上手に嘘をつけと説教したいくらい、新堂家の人々は嘘が下手だった。セアラは、はっとする。

     倉持くらもち里子りこ五十嵐いがらし勇輝ゆうきと正式に交際を開始した。となるとーー

    残るは、二人。

「どっちとだ?    カナ?    朝丘あさおかさん?」

     セアラは冬馬に詰め寄る。冬馬は無視して京次に話しかけた。

「京次さんはビールでいがったですか?    おかわり大丈夫ですか?」

「ええ。美味しく頂いてます」

    京次はジョッキを見せて、まだ中身が健在だとアピールした。その隣でセアラは頬を膨らまして抗議する。

「無視すんでね!」

    もじもじしながら、冬馬は声のボリュームを小さくした。

「だっでよ……まだ付き合ってるわけでねぇしよ」

「んなら、そのうち付き合うつもりなんだべ?」

「そんなもん、わがんねーよ。向こうはいま忙しいしよ。おれのことなんて、かまってる場合じゃねぇ」

「で、どっちだ?」

「なーんでおめぇに教えなきゃなんねぇだ?」

「家族になっかもしんねぇだ。気になるべさ」

    むむむ、と冬馬とセアラは睨み合いを続ける。先に折れたのはセアラだった。仕方なく、第三者に意見を求める。

「キョージはどっちだと思う?」

「気のせいかもしれないけど、秋田公演から朝丘あさおかめぐみの音は良くなった気がする」

    ちらり、と京次は冬馬を見る。わかりやすく冬馬は顔を逸らした。軽く揺さぶるつもりが、いきなり正解を出してしまった。京次は満足そうにジョッキを傾けた。

    セアラは頬杖をついて、悩ましげに眉間にシワを寄せる。

「朝丘さんか。何気なにげに一番やりにくい相手なのよね。私とはずっと一定の距離を保ってるし」

    訛りが消えて、セアラは普段の喋り方に戻る。よく涼は仲良くやれてるよね、と京次に同意を求める。京次は言う。

って側面そくめんもある。セアラとリョウちゃんの関係性も少し似てる気がするけど?」

「いまふと思い出したんだけどーードイツにいたときさ、キョージとリョウ、レストランのテラス席でイイ雰囲気じゃなかった?」

     京次は透かさずジョッキをからにして、冬馬に話しかけた。

「お兄さん、ビールのおかわりを頂けますか?」

「無視すんでね!」

    いきり立つセアラにシャーロットがきりたんぽを差し出す。

「ほら、ぷんすかしてねーで、これでもえ」

    ありがと、と久しぶりに我が家のきりたんぽを頂くセアラ。さっそく一口かじる。はあ、帰ってきたなあと心がじんわりする。

    心に余裕ができたセアラは時計を見て、またすぐに焦りだした。

    時刻は間も無く、午後6時15分。もうすぐムーンバレットの京都公演が始まる時間だ。

「どーしよ、もうすぐムーンバレットのライブが始まっちまう。おら配信チケット買ってるんだ」

「なーに、心配はいらねぇべ」

    勇介はリモコンを操作した。120インチのプロジェクタースクリーンが電動で天井から降りてくる。

「元々、スピーカーにはこだわってるがらよ、最高のライブ配信が観れるべ」

    高性能スピーカーこそが他のスポーツバーにはない「シャーロット」の売りだ。ライブハウスならではの立体的な音響を楽しめる。権利の都合上、普段の営業で音楽のライブ映像を流すことはないが、で楽しむぶんには構わないーーと、ムーンバレットの会報誌にも書いてあった。勇介は言う。

「京次くんはもう、おらの息子だがらな」

「……ありがとうございます」

    京次は初めて父性の愛情を感じ取って、勇介に頭を下げた。

    ちなみにセアラは、Moon  Bulletのファンクラブ「Moon  Vip」のファーストクラスである。会報誌の「がんばれ!    むんばれ!」は、創刊したVol.001から愛読している。ちょいちょい自分の名前が出るとーー嬉しい。

「なんかみんなでライブに来たみたいでワクワクするべ!」

    自分だって散々派手なステージを披露してきたのに、セアラはいつまでもムーンバレットになのだった。    

 
ーー◇◇◇◇◇◇◇ーー


    8月30日(Saturday)18:30開演。

    会場は、京都パルスプラザ大展示場。

    キャパ5000。

「Moon  Bulletーー全国47都道府県ツアー2025~月の弾丸をブッ放せ!    届かねぇから、届かせるんだ!~」

    場内アナウンスが終わり、暗転。ステージ中央と両サイドの巨大液晶に文章が流れ始めた。背景は黒、文字の色は白。文字のフォントは気合いの入った明朝体。音声のナレーションは倉持くらもち里子りこが担当していた。


    むかしむかし、
    この世に人間が現れるはるか前

    世界は天も地もひとつになり

    ドロドロと溶岩のように
    漂い流れておりました

    やがてそれが少しずつ固まり
    4つの大陸ができました

     その中のひとつ
     東勝神州とうしょうしんしゅうの一部に山がありました

    その名を花果山かかざんといいます

    その後、
    何万年経ったことでしょう
    この花果山に
    不思議な石が生まれました

    石から生まれたこの卵は
    まるで霊魂れいこんでも
    宿っているかのようでした

    そしてある嵐の夜ーー

ーーステージに雷の落ちる演出。まずは閃光がまたたき、遅れて轟音が鳴り響く。その後、やけに明るくポップな音楽が始まる。

    ステージのドラムセットにスポットがあたった。

    ディスカウント・ストアで売っていそうな尖り耳のコスプレ道具を身に付けて、顔を真っ赤にして「ぶひぶひー」と叫ぶ、恥ずかしがり屋100パーセントの熱愛ドラマー。

    天蓮元帥てんぽうげんすい    猪八戒ちょはっかい

    Starring    倉持くらもち里子りこ

    スポットはステージから見て右側に移動。

    グリーンのシースルーライダースーツを着用し、スケスケスーツの下からは黒のビキニ姿をのぞかせ「カッパッパ」と謎の鳴き声を叫ぶセクシーモデルベーシスト。

    捲簾大将けんれんたいしょう    沙悟浄さごじょう

    Starring    朝丘あさおかめぐみ

    そしてスポットはステージの空中に移動する。直径3メートルはありそうな超巨大な黄色い雲の上で踊り狂う人影がある。

    如意棒にょいぼうをブンブン振り回し、額には暴れすぎるとぎゅぎゅっと頭を締め付ける「緊箍児きんこじ」の冠を身につけて「ウッキッキー」と叫ぶピュアピュアドラゴンボーカリスト。

    斉天大聖せいてんたいせい      孫悟空そんごくう

    Starring    南野みなみの歌奈かな

    ムーンバレットの3人が揃っても、まだまだサプライズは終わらない。スポットはステージから見て左側に。

   純白の法衣を身に纏い、両手を合わせて、合掌しながらテレキャスターを担ぐレジェンドロッククイーンギタリスト。  

    玄奘げんじょう    三蔵法師さんぞうほうし

    Special  Guest

    Starring    淵神ふちがみ利栄子りえこ

ーーライブ映像を見ながらセアラは大絶叫。エリーだべ!    エリーとムーンバレットがまた一緒に演奏するだか?   セアラの幸せそうな笑顔を見て、家族全員が笑顔になった。

    ステージの巨大液晶に意味不明なタイトルが映し出される。

「ーー全力全開ぜんりょくぜんかい!    月弾つきたま西遊記さいゆうきまき?」

     雲から降りた歌奈は如意棒型のマイクーー特殊警棒のように伸縮自在であるーーを短くし、スタンドにセット。

    歌うのは当然ーーゴダイゴの「モンキーマジック」。

「Born  from  an  egg  on  a  mountain  topーー」

    山頂の卵から生まれた

「The  punkiest  monkey  that  ever  poppedーー」

    今まで見たこともない乱暴な猿

「He  knew  every  magic  trick  under  the  sunーー」

    彼はこの世のあらゆる妖術を
    身に付けていた

「To  tease  the  Gods  And  everyone  and  have  some  funーー」

    神や人々をからかって楽しむために

「Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic」

「What  a  cocky  saucy  monkey  this  one  isーー」

    なんと傲慢で無礼な猿め

「All  the  Gods  were  angered  And  they  punished  himーー」

    全ての神は怒り彼を懲らしめた

「Until  he  was  saved  by  a  kindly  priestーー」

    やがて彼は慈悲深い僧侶に救われた

「And  that  was  the  start  of  their  pilgrimage  westーー」

    そしてそれは
    彼らが西へ旅立つ始まりとなった

「Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic」

ーー歌奈は自己紹介をする。

「こんばんは、ムーンバレットです!    これからアタシたち、西へ西へズンズン進んじゃいます!    まるで遊んでるみたいに楽しんじゃいます!    そんな楽しそうなアタシたちがみんなの記憶に残るようにはっちゃけます!    ムーンバレットなりの西・遊・記をゼヒゼヒ楽しんでね!    スペシャルゲストでエリーも来たよー!    エリーのギターを聴きやがれ!」

    スケジュールの都合上、エリーのディナーショーに行けなかったセアラ。エリーのギタープレイを映像で観て、感涙した。もう二度と観れないかもしれないと思っていたギターヒーローの姿を目に焼き付けた。

「With  a  little  bit  of  monkey  magicーー」

    ほんの少しのモンキーマジックで

「You'll  see  fireworks  tonightーー」

    今夜は大騒ぎさ

「With  a  little  bit  of  monkey  magicーー」

    ほんの少しのモンキーマジックで

「Every  thing  will  be  all  rightーー」

    全てうまくいくよ

「Born  from  an  egg  on  a  mountain  topーー」

    山頂の卵から生まれた

「The  punkiest  monkey  that  ever  poppedーー」

    今まで見たこともない乱暴な猿

「He  knew  every  magic  trick  under  the  sunーー」

    彼はこの世のあらゆる妖術を
    身に付けていた

「To  tease  the  Gods  And  everyone  and  have  some  funーー」

    神や人々をからかって楽しむために

「Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic……Monkey  magic」

    オリジナルではシンセサイザーで鳴らしている音を、エリーがギターをひずませて鳴らしていく。その横では楽しそうに歌奈悟空が踊っている。

「はーい、ラストいくよ!   せぇーの、マンキィ・マズィック!」

     曲が終わると、歌奈は改めてエリーの紹介をする。

「本日のスペシャルゲスト!   ロック・クイーン、淵神ふちがみ利栄子りえこ!」

「ムーンバレットファンの皆様、こんばんはーー淵神利栄子です。エリーです。今日はお邪魔させて頂きます!」

    ドスドスドス、と里子がバスドラを叩く。観客は生のエリーに大興奮。画面越しにセアラは「そりゃそうだべ。近くで見ると年齢を疑うレベルのべっぴんさんなんだ。いまさら驚くなんてまだまだだべ」と、さりげなく古参アピールをする。

    歌奈は感謝を込めて言う。

「エリーさんのラジオが最終回を迎えて、アタシ、連絡したんです。お疲れ様でしたって。それで無茶を承知でライブ出てくださいよ、ってお願いしたら、ホントに京都まで来てくれました。ありがとーエリーさん」

    エリーは親友のひとり、まりっぺの真似をして手を振る。

「なーんも。なーんもだで。気にさねでけれ。好きで来ちゃったんだから。無理やり来たんだから」

ーー画面を見ながら、京次はセアラに尋ねる。悔しくないのか、と。セアラは首を横に振った。

「順番なんだって。だからエリーにとって、今日はカナが一番可愛い日なの」

    セアラの優しげな微笑を見て、そうか、と京次は短く納得した。

    歌奈は頼もしげにエリーを見て続ける。

「今日はエリーさんがいるので、ぶっといサウンドをぶちかませるチャンスです。アタシも全力でいくから、みんなもちゃんと付いてきてよ?    Are  You  Ready?」

    オオオオー、とレスポンスが返ってきても、歌奈は納得しない。

「アンタらさ、アンタたちにだってさ、何かひとつくらいがあるだろ?    もしさ、腹の底から声を出したらその願いが叶うって言われたらさ、絶対そんなもんじゃないよね?    絶対もっと声を張り上げるよね?    全力でアタシたちに向かってくるよね?     世界中にいるアポロニオスのファンはそんなもんじゃないと思うんだよね。もっとセアラにラブコール送ってるよね?     負けたくないよね?     日本にいるムーンバレットのファンの力って、そんな程度じゃないと思うんだよね。もっと!    もっと!   もっと!    すんごく凄い熱気で盛り上がれるはずだよ!    もう一回聴くよ。AreーーYouーーReady?」

    オオオオオオオオオオ!!

「最高」

     歌奈はイントロなしで、荒々しいラウドボイスで歌い始めた。      

    Foo  Fighters.

    Best  of  you.

「I've  got  another  confession  to  makeーー」

    もうひとつ告白することがある

「I'm  your  foolーー」

    俺は笑い者なんだ

「Everyone's  got  their  chains  to  breakーー」

    だれもが断ち切るべき鎖に
    繋がれている

「Holdin'  youーー」

    お前もそのひとり

「Were  you  born  to  resistーー」

    お前が生まれてきたのは
    抵抗するため?

「Or  be  abusedーー」

    それともののしられるためか?

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Are  you  gone  and  on  to  someone  new?ーー」

    去って誰かの上に立とうと
    思っているのか?

「I  needed  somewhere  to  hang  my  headーー」

    俺には
    首を吊る場所が必要だった

「Without  your  nooseーー」

    お前の縄を使わずに

「You  gave  me  something  that  I  didn't  haveーー」

    お前は
    俺が持ってなかったものをくれた

「But  had  no  useーー」

    でも役には立たなかった 

「I  was  too  weak  to  give  inーー」

    屈するには俺は弱すぎて

「Too  strong  to  loseーー」

    負けるには強すぎた

「My  heart  is  under  arrest  againーー」

    また心が捕まっては

「But  I  break  looseーー」

    それもバラバラに壊れる

「My  head  is  giving  me  life  or  deathーー」

    生きるか死ぬか
    必死に考えても

「But  I  can't  chooseーー」

    それも選べずにいる

「I  swear  I'll  never  give  inーー」

    誓うよ
    もう屈しないと

「I  refuseーー」

    そう断るのさ

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Has  someone  taken  your  faith?ーー」

    信念を奪われたのか?

「It's  real,  the  pain  you  feelーー 」

    お前の感じる痛みは本物だ

「You  trust,  you  must  confessーー」

    信じる必要があるんだよ

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

ーー掻き鳴らすギター。打ち鳴らすドラム。刻み鳴らすベース。歌奈は叫び、エリーは歪ませた音で世界観を広げていく。

「Has  someone  taken  your  faith?ーー」

    信念を奪われたのか?

「It's  real,  the  pain  you  feelーー」

    お前の感じる痛みは本物だ

「The  life,  the  love  you'd  die  to  healーー」

    必死に癒そうとする命や愛

「The  hope  that  starts  the  broken  heartsーー」

    傷ついた心を再起させる希望

「You  trust,  you  must  confessーー」

    信じる必要があるんだよ

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

ーー歌奈はギターを弾き続ける。里子はドラムを叩き続ける。朝丘は二人を繋いで調和を生み出す。エリーはコーラスを歌う。それに観客たちが乗っかり会場は一体になる。オーオオオー、オオーオオオー、と手を振る。少しずつ里子がギアを上げていく、いつもなら歌奈の限界値を見極めて合わせているが、今日に限って遠慮はいらない。必要ない。百戦錬磨のエリーがいる。遠慮なく身を預けられる。里子は回転数を上げていく。どんなに激しく叩いても、エリーは余裕で付いてくる。まだいける。まだまだいける。里子はついに、セアラが恐れていた通りの怪物ぶりを発揮した。超高速のストロークに、手の数が6本にも8本にも見える。

    いなーー千本の手を持つ千手観音と化していた。

    歌奈と朝丘は、鳥肌を立たせながら、アドレナリンを脳いっぱいに分泌させる。

「I've  got  another  confession,  my  friendーー」

    もうひとつ告白することがある

「I'm  no  foolーー」

    俺はもう笑い者じゃない

「I'm  gettng  tired  of  starting  againーー」

    もうやり直すことには疲れてきた

「Somewhere  newーー」

    どこか新しい場所で

「Were  you  born  to  resistーー」

    お前が生まれてきたのは
    抵抗するため?

「Or  be  abused?ーー」

    それとも罵られるためか?

「I  swear  I'll  never  give  inーー」

    誓うよ
    もう屈しないと

「I  refuseーー」

    そう断るのさ

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを?

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  best?ーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    お前の頑張りを

「Has  someone  taken  your  faith?ーー」

    信念を奪われたのか?

「It's  real,  the  pain  you  feelーー」

    お前の感じる痛みは本物だ

「You  trust,  you  must  confessーー」

    信じる必要があるんだよ

「Is  someone  gettng  the  best,  the  best,  the  bestーー」

    誰かがお前の頑張りを
    バカにしたのか?

「The  best  of  you?」

    おまえの頑張りを

ーーついにくる、と感じたセアラは唾を飲み込んだ。

「Wowhooooーーゥゥゥゥーーァァァァーー********ーーーー****************」

ーーもはやそれは、ホイッスルボイスですらない。

     人間の歌声じゃない。

     伝説の生物の威嚇だ。

     あまける龍の雄叫びだ。

ーーそれまでセアラの表情を伺う余裕のあった京次も画面に釘付けにされていた。音楽を聴いて、初めて恐怖を覚えた。大きな海蛇レヴィアタンに丸呑みにされた感覚だった。

   慣れない異国の土地。長い移動時間。日本とかけはなれた時差。確かに諸々もろもろのハンディキャップはあったが、それでも単純な数で計算してしまうと、アポロニオスはワールドツアーで10本の公演しかしていない。

    しかし、ムーンバレットは違う。その程度ではない。47都道府県全ての県でツーデイズを計画している。

    ムーンバレットが全国ツアーを始めてからーーこれが52本目のライブ。

    1本のライブの経験値の大きさが響き始めていた。

    ファンの数が抜かれただけだと、セアラと京次はまだどこかで余裕があった。しかしながら現実はもっと非情だった。バンドとしての実力差まで圧倒的に差をつけられてしまっていた。

     今日にいたるまで、セアラと京次はまだ事の深刻さに気づいていなかったのである。

    セアラは祈るように呟く。

「お願いだから……まだ目覚めないでよね……」

     ちらりと、セアラは冬馬を見る。だがその懸念は、もはやなんの意味もなさないと、次の曲が教えてくれる。

     歌奈はアコースティックギターに持ち替えて、ハーモニカホルダーを首に装備した。

「もうみんなも知ってのとーり、ウチのリコに彼氏ができました!    ラブラブです!」

     観客から冷やかすようにピーピーと口笛が鳴る。里子はハイハットをチャチャチャと素早く叩きながら「ちょちょちょ、やめてよ」と抗議する。

「でもねーー実はアタシ……知ってるんだ。もうひとり、恋に悩める乙女がいることをーー」

     だれぇー、と観客から尋ねられ、歌奈はハーモニカの音を鳴らして調子を確かめながら、朝丘を指差した。く、と朝丘は悔しさで唇を噛み締める。だから、この曲やろうって言ってきやがったのかカナちゃんは、と。

「どーもね、お相手の態度があんまりハッキリしないからね、アタシ代わりにでしゃばろうと思う。ウザウザおせっかいしようと思う。本当にアサが好きなら、ちゃんと伝えて欲しいって思う」

    じゃないと逃げちゃうからね、と歌奈は配信用のカメラに向かって片目をつむった。

    歌奈はギターとハーモニカを同時に鳴らした。

    選曲は松山千春の「恋」だった。    

あいする/ことに/つかれた/みたいーーきらいに/なったーーわけじゃないーー」

部屋へやの/あかりは/つけてーーくわ/かぎは/いつもの/ゲタばこなか/きっと/あなたは/いつものーーことと/わらい/とばすに/ちがいーーないーー」

「だけど/今度こんどは/本気ほんきみたい/あなたの/かおも/ちらつかないわーー」

おとこはーーいつもーーたせるーーだけでーー」

おんなはーーいつもーーちくたびれてーー」

「それでも/いいと/なぐさめていた/それでもーーこいはーーこいーー」

    歌奈はハーモニカを吹く。恋に恋焦がれる親友の、幸せな未来を願いながら。

多分たぶん/あなたは/いつもの/みせで/さけを/んで/くだをまいて/洗濯物せんたくものは/つくえうえにーー」

みじかい/手紙てがみ/そえておくわ/今度こんどまれて/くるとしたなら/やっぱり/おんなで/まれてみたいーー」

「だけど/二度にどと/ヘマはしない/あなたになんか/つまずかないわーー」

おとこはーーいつもーーたせるーーだけでーー」

おんなはーーいつもーーちくたびれてーー」

「それでもいいとーーなぐさめていたーーそれでもこいはーーこいーー」

おとこはーーいつもーーたせるーーだけでーー」

おんなはーーいつもーーちくたびれてーー」

「それでもいいとーーなぐさめていたーーそれでもこいはーーこいーー」

「それでもーーこいはーーーーーーーー」

こいーー」

    じゃらん、と歌奈はギターを弾き終えた。

ーーセアラは顔を両手で覆った。ああ、遅かったか、と嘆く。

    歌奈の歌声については、今更文句のつけようがないことはわかっている。里子が完全に本性を現して無双し始めているのも理解できた。せめてもの救いは朝丘の成長が他の二人に比べて遅れていることだった。

    けれど人間は、ときに想いの力を増幅して実力以上のパワーを出せると、セアラ自身がワールドツアーを通じて知ってしまった。

    特に、恋した人間の心の豊かさは、普段の何倍もの力を自分に与えてくれる。

    朝丘恵のベースは、ついに花開き始めた。

    セアラは隣で、のほほんとビールを飲んでライブ観賞している冬馬に文句を言う。

「お兄のせいでムーンバレットがアポロニオスより凄くなっちゃったじゃない!」

    そっだらごどおれに言われでも、と冬馬は激しく訛って、激しく困った。



【それでもこいこい・了】  
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