一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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233 どだなだず、紹介してけろ

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    私の名前は渋谷しぶや真澄ますみ。24歳。名前は渋谷でも出身は東京じゃない。山形県出身のマンドリン奏者兼講師だ。

    6月にアポロニオスのワールドツアーに参加してから、私の人生は好転した。鏡セアラさんと知り合ってから、もう4ヶ月が経とうとしている。

    体感としてはあっという間だ。

    ドイツ・バイロイト公演からアポロニオスのオーケストラに所属し、ツアーファイナルを迎えてから、私の注目度は増した。

    おかげさまで、私のマンドリン教室の生徒さんは10倍に増えた。といっても元の生徒さんが3人だったので、ようやっと本来の教室として機能し始めた感じだけれど。

    さらにアポロニオスは、先週アメリカ・ハピネスドリームチャッピーランドのクルーズツアーに参加し、ライブを行った。オーケストラは不参加と聞いて、ちょっぴり残念に思っていたら、なんとなんと劇団リリカルリリックから声が掛かった。私は俳優としてショーに参加することになってしまった。

     恥ずかしながら、お芝居はずっと好きで、舞台はちょくちょく観劇していた。だけど舞台の上に立ったことなんて一度もない。それでも座長の金田さんがとても優しく面倒を見てくれて、私は勇気を出して稽古にのぞんだ。 

    台詞覚えは良いほうで、あとは感情の表現が問題だったが、なんとかなってしまった。

     目の前で、あの赤村あかむら朱人あけひとが演じているのだ。演劇界の超新星が私の眼前で苦悩し、いまにも消えてしまいそうな儚い存在に成り果てているのだ。それを見たら、自然と私の感情も動いていた。

    いや、私の心は動かされていたのだろう。他動的なのに能動的だと思わされていたのだろう。私は大いなる力に巻き込まれたに過ぎない。

    しかし、これがまた好評を博して、私はニュース番組でフィーチャーされてしまった。私の知名度は勝手にグングンあがってしまった。番組のコーナー名が「あの知らない人は誰?」だったのは軽く傷ついたけれど。

     その影響かどうかは知らないけれど、6月に別れた元カレのたっちゃんから「やり直さないか」と連絡をもらった。

    私は田舎のじいちゃんばりのゴリゴリの山形弁で「ずぶんばり、いいげばいいて、かんじょしったなんねべな?    あがすけ、たげでんなよ!」と返事をした。標準語にして要約するなら「ばかたれ、調子のんなよ」とキレ散らかしたのだ。 勝手に浮気しといて、いまさら何を言ってるべしたってもんだ。

    私はさっさと新しい恋に進みたかったのだけど、私はいま、とてもとても困っている。悩んでいる。

     人は見た目が全てじゃない。それは重々承知している。だからといって、じゃあ中身だけで全て判断するかというと、私はそこまで綺麗事は言えない。少なからず外見は、恋を始める上では重要なファクターのひとつだと思っている。

    最近の私はアポロニオスやリリカルリリックと行動を共にしていた。

    離瀬夜りせや京次きょうじ

     未琴みことシュウ。

    赤村あかむら朱人あけひと

    イケメンの見本市みたいな場所で生活していた。アニメの世界から飛び出してきたような見目麗しい殿方に囲まれて過ごしてきた。それが災いして、いざ現実世界に帰還すると、並大抵の男性ではときめかなくなってしまっていた。

    私は幼なじみで親友の早坂はやさか伊織いおり(山形県在住)に男性を紹介してもらおうと「誰かイイ人いねぇべか。いたら紹介してけろ」と電話した。

    そしたら伊織は「地元の男じゃたっちゃんの二の舞になっちまうかもしんねぇずら。けど私、東京に知り合いなんていねぇもん」と簡単にさじを投げた。

「東京で出会いを求めるなら、東京のひとに聞けば?    それこそ鏡セアラや間桐まぎりりょうとも仲良くなったんだべ?    私より交遊関係広いに決まってるべしたよ」

「私はまだ受けた恩を返しきってないずら。その上、男を紹介してくれなんて言ったら山賊みたいなもんだべ」

「ますみん。嘘も方便。ワールドツアーに呼び出されている間に彼と溝が出来て別れましたって言うずら。そうすりゃ責任を感じて離瀬夜京次ばりのイケメンを紹介してくれるべ」

「そんなん詐欺師だべ」

「正直なだけじゃ世の中渡っていけないの。たっちゃんがヨソの女と浮気した事実を伏せて、逆に名誉を守ってあげてると思えばいいの」

「都合良すぎない?」

「世の中都合良くないんだから、自分で都合良くしていかないと、いつまでもマンドリンだけが恋人になっちゃうよ。楽器は楽器、恋人は恋人。しっかり分けないとダメずら。想像してみるべしたよ。10年後、20年後、30年後、ますみんの頭に白髪が混じりだした頃に、周りに誰もいない。ひとりぼっちで後悔しても遅いべ?」

「この上なく苦しい時間旅行をプレゼントしてくれてありがとさま。おかげで、なりふりかまってらんないことだけは、よぉーくわかったずら」

「だべ?    ますみんの健闘を祈るずら」

    バーイ、とアメリカ人みたいに軽い感じで伊織は電話を切った。

     私はセアラさんーーに話をするのはやっぱりまだ恐れ多くて、涼さんに電話した。それでも緊張する。どちらも私より歳下なのだけど、若くして成功したひとは独特のオーラがある。けれどセアラさんに比べると涼さんのほうが親しみがあるというか、過去の恋愛もわりと奔放だったと、インタビューなどでも赤裸々に語っている。

     私は涼さんに伊織が書いたシナリオに沿って、話を進める。おたくらのワールドツアーに付き合っていたら彼氏との時間がなくて別れてしもうたんですわ、どうしてくれますの?   と。

    まるでチンピラみたいなやり方である。真面目な涼さんは伊織の思惑通り責任を感じてしまい、そういうことならわかった、力を尽くすわ、と本来果たさなくていい責任を果たそうとしてくれた。

    涼さん、いいひと。

「私の兄貴なら手っ取り早く紹介できるんだけど、それだと罰ゲームみたいなものだし、兄貴は性格がアレすぎて友だちいないから、兄貴から別の人は紹介してもらえないし、他の線をあたってみるね」

    自分のお兄さんにずいぶんとひどい言い様だった。いいひとじゃないかもしれない。

    涼さんはひょんなことから知り合った小田おだ真希まきさんという女性の彼氏、小田おだ真希人まきとさんを通じて同僚の男性たちに働きかけたが、ほとんどの人が妻帯者もしくは彼女持ちという、私にとっては悲惨な結果に終わった。

「あと10年くらい待ってくれたら、シュウの弟たち全員紹介できるんだけど、それじゃダメよね?」

    ダメではないが、その頃私がダメだと言われると思う。

「ユーキはリコに夢中だし、アイアンメンマの連中は曲づくりでそれどころじゃないらしいし、キョージにあたってみるね」

     楽しみにしててね、と涼さんは言い、私は連絡を待った。

     再び連絡をくれた涼さんは私に「Yabure  Kabure」という飲食店で待つように言い、私はその店に向かう。そうして私の前に現れたのはーー

     離瀬夜りせや京次きょうじさんと、彼に連れられてやってきたーー小さな子どもだった。7歳の男の子で、名前を北浜きたはま奏太かなたくんというらしい。

「やあ、渋谷さん。助かったよ」

    私が首を傾げると、京次さんは言う。

と遊んでくれるって聞いてさ、奏太はお父さんが仕事しているとき暇だからさ、大人がついてくれると安心だよ」

     まさかの伝言ゲームあるある!

     どっかで話がぐいんと曲がっちゃうやつ!

    私はせめてひとときの甘い夢を見ようと京次さんにすがりつく。     

「……京次さん、これからの予定は?」

「俺はこれからセアラとデートだ」

    んじゃ、とビッとトップガンでトムクルーズが見せるような二本指敬礼をして京次さんは去っていった。

    ど……

    ど……

    ど……

    どだなだずぅ(なんでやねん)!!

    項垂れる私の肩に、奏太くんは手を置く。

「お姉ちゃん、元気だして」

   なんでだろう。いまはこの優しさが妙に心にみる。私はほんのり涙腺からもれた涙を拭って、奏太くんに向かい合う。

「大丈夫。お姉ちゃんは元気だよ。ただお姉ちゃんの結婚が遠ざかっただけだから」

「お姉ちゃん、結婚したいの?」

「……そうね。すぐとはいわないけれど、近いうちには」

「安心して。僕が王様になって、イップタサイセーでお姉ちゃんとも結婚できるようにするから」

    誰か変な教育したね。日本国に置いてそんな法律ないと教えなあかんね。しかも、お姉ちゃんとも、ってことは、他にもう先約があるね。

    でもこういうの大人が間違いを正すと妙に冷めて、逆にグレて不良少年の道を歩んでしまったりなんかしたら、私は責任とれない。かといって第2夫人になるつもりは毛頭ない。ここはお姉さんとして、さらっと流そう。

「気持ちは嬉しいけれど、奏太くんには、本当に好きな人と結婚して欲しいな。奏太くんには幸せになって欲しいから」

「ありがとう。僕もお姉ちゃんには心から好きな人と結婚して欲しいな。他人の紹介に頼って出会ったくせに文句を言ってすぐ別れるような人にはなって欲しくないよ」

    あれ、胸がすんごく痛い。子どもって、言葉の峰打ち使わないよね。真剣で叩き斬ろうとしてくるよね。オブラート包まないよね。 

「奏太くんはどんな人が好きなの?」

「まだよくわからない。誰かを好きになることで悲しい想いをしている大人、いっぱいいるでしょ。ちょっと離れている間に心の距離まで離れちゃって、別れちゃう大人を見ると思うんだ。誰かを好きになるより、好きな気持ちをずっと持ち続けることや相手に好きでいてもらい続けることのほうが大事かもしれないって」

    私にできなかったことずら!

    奏太くんは私の至らないところを容赦なく指摘してくる。本人は無自覚だけど的確に。

「そ……そうだね。そうかもしれないね」

     顔をひきつらせた私に奏太くんは優しく言う。

「だから僕はまずは自分が頑張ろうと思う。ずっと好きでいてもらえるような魅力的な人間になろうと思う。誰かをずっと好きでいられるような強い心を持とうと思うんだ」

    あんれぇまあ、なーすてわたすったら胸がドキドキしちまってるんだべか。まずい。この子は将来、本当に王様になって多くの女性と関係を持ってしまいそうだ。ここはやはり、私が心を鬼にして真実を伝えねばなるまい。

「奏太くんは将来モテモテになりそうだけど、ちゃんと相手はひとりに絞るんだよ?     一度に多くのひとと付き合っちゃダメだよ?」

「どうして?」

「たまにニュースで黒いスーツに黒いネクタイした芸能人がイカみたいに真っ青な顔で、たくさんのマイクを向けられているのを見たことない?」

「たまにある。なんか怒られてるみたいだった。お父さんになんで怒られているか聞いても、教えてくれないんだ」

「それはなんてゆーのかなあ、こうね、奥さんがいるのに、よその女のひとのところに行って、こうね、奥さんにも言ってるようなことを言っちゃって、奥さんを傷つけちゃったんだ」

「それは……よくないね」

    よかった。奏太くんの物わかりが良くて。奏太くんは目をキラッキラに光らせて言う。

「その人にはその人だけの特別な愛の言葉が必要だよね。僕だったらちゃんとその人に合った言葉を言うよ。10人いたら10人全員に違う愛の言葉を言うよ」

    ダメだった!

    むしろ覚醒させたまである!

    ごめんなさい、奏太くんのお父さん。私は今日、未来の王様が歩くためのレッドカーペットを敷いてしまったかもしれません。

    今日も今日とて私の「どだなだず(なんでやねん)」な日常は終わらない。



【どだなだず、紹介してけろ・了】
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