一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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008 魔女先生

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 魔術はプログラミングと同じです、と魔女先生は言う。

 プログラムとは、コンピューターに対して、どのような手順で仕事をすべきかを、機械が解読できるような特別な言語などで指示するもの。

 魔術もまた同じ。世界に対して、どのような手順で超常現象を起こすべきかを、自然や精霊、あるいは神々に対して、解読できるような言語で指示をする。

 中には知能の低い神もいるので、あまりに難解な言葉を並べ立てると応えてくれなかったり、品性の欠片もない悪魔などには、かえって乱暴で粗雑な言葉を並べ立てたら、意外に力を貸してくれたりもする。

 初めて魔術を習う者に、魔女先生はこう告げる。

「まず世界を知りなさい」

 先生。それは抽象的ではありませんか、と挙手もせずに、金髪の美男子が言った。金髪という特徴も、美男子という称号も、一概に悪い人間を指す言葉とはいえないが、金髪の美男子は往々にして悪い人間だ。

 では生まれつき性格の良い金髪の美男子はどうすればよいのかと、たまに尋ねてくる友人に、私はこう言う。

 そんな奴がそうそういてたまるかよ、である。

 滅多にいないことに変わりはない金髪の美男子に、魔女先生は確認した。

「あなたは抽象という言葉の意味がわかっておられますか?  曖昧とした、なんだかよくわからない事象などと思っていませんか?」

 魔女先生に訊かれて、金髪の美男子は「それが何か?」と知能の低い神みたいな反応をした。彼に難しい言葉を並べ立てると魔術が使えないかもしれない。

「たしかに抽象は、事物または表象のある側面、性質をき離して把握する心的作用です。しかし一般概念は多数の事物、表象間の共通の側面、性質を抽象して構成されるものです。これは魔術においても重要なポイントとなります」

 私はすかさずノートにメモをする。魔女先生の言葉は一言一句聞き逃してはならない。

「では炎を出す魔術を使うとしましょう。具体的に温度を設定して神に伝えても、それは人間が定めた温度であって我らにはわからんよ、と言われてしまいます。だからこそ抽象的な言葉で、互いの共通認識を探すのです。ほんのりあったかい、とか、骨まで灰にするほど熱く、とか」

 当たり前のように炎を放つ対象が生物になっている。それも仕方ない。そもそも魔女先生の専攻は⬛⬛魔術である。

 金髪の美男子程度の魔術師など、手を触れずに、いともたやすく葬れる。私であれば、とりあえず巻き爪になる魔術を金髪の美男子にかける。

 魔女先生は金髪の美男子に問いかける。

「そもそも、この広い世界を具体的に知る、とはどういう作業工程になるのでしょう?  地図を広げてみても、実際に足を運ばないとわからないこともあるでしょう。そして悲しいことに、足を運んでもわからないこともあるでしょう。だから、漠然と世界を捉えて観たほうが、魔術においては近道でしょうね。○○くん」

 金髪の美男子の名前は○○というらしい。同性同名の○○くんの名誉を守るためにも、ここは敢えて文字を伏せて○○としておく。

 魔女先生の助言を○○は気に入らないようだった。生意気にも、まだ口答えをする。

「僕は高い授業料を払って入学したんですよ。一刻も早く立派な魔術師になって、戦争で活躍したいんです」

 ○○の発した、なんらかの言葉に魔女先生は反応した。無表情ではあるが、視線は極寒の南極みたいに冷たい。

「あなたはご自身に魔術の才覚があると信じておられますか?」

 険しい目付きだった。魔女先生の眼光が○○を射抜く。

 ○○は自慢気に言う。

「でなきゃ、この学校を選びませんよ」

 声を荒げる○○に魔女先生は、ほくそ笑んだ。

「いけませんね。あなたには魔術の才覚がない。なぜなら、私がいま、あなたに魔術を仕掛けたことにも気づいておられない」

 私には聴こえた。魔女先生が発したーー不気味な言葉。

「……いったい、何を?」

 ○○が尋ねても、魔女先生は答えない。逆に質問する。

「なぜあなたは、信じるという言葉を使わなかったのです?」

「言うまでもないと思ったからです」

「「ほんとう、にぃ?  ほんとうは、あなた自身が、一番あなたを信じていないのではありませんか?」」

 魔女先生の声が、二重になって聴こえる。

「違う、僕は……僕は信じて」

「「「信じてぇ?  なんですかあ?  きこえませんねぇ」」」

 今度は三重。またひとつ声が重なった。

「僕は……僕は……先生、いったい僕に何をしたんですか?」

「「「「とりあえず命にかかわる魔術とだけ」」」」

 さらに四重だ。これ以上は本当に命にかかわる。

「早く、それを解いてください、先生!」

「「「「「人にものを頼むときはぁ、なんて言うんでしたっけ」」」」」

 五重なんて、私は聴いたことがない。なんという呪いの連鎖反応だろう。○○は観念して魔女先生に懇願する。

「お願いします!  助けてください!」

 ぱん、と魔女先生は両手を重ねた。気味の悪い幻聴が皆の耳から消えてなくなる。

「皆さんも、これでよくわかったと思います。神や精霊、悪魔などにお願いするときは、簡単で、誠実な言葉が一番です。何か代償を払えと言ってくる神もいますが、幸いなことに私は人間ですので、皆さんの魂をいただいたりしません」

 ただし、と魔女先生は注釈をつける。

「仮に、私の魔術詠唱を聞き取れた人がいれば、その方は気を付けたほうがよろしい。その人には魔術の才覚があります。そして才覚があるということは、良いことではありません。多くの魔術師から命を狙われる危険性を伴いますからね」

 私は胸の内で嘆く。

 やっべぇ、聞こえちゃったよ、と。



【魔女先生・了】
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