一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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140 スーパームーン

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 こんばんは。「エリーの日曜日は終わらない」パーソナリティーの淵神利栄子ふちがみりえこです。

    7月14日の月曜日、午前6時になりました。皆様、如何お過ごしでしょうか。

 七夕からもう一週間。ビュンと一瞬で過ぎ去ってしまいましたね。皆様、短冊に書かれた願いは叶ったでしょうか。天の河は遠い銀河です。そんなに早くは届かないだろ、と思われるかもしれません。しかし人間界でさえ光通信の時代です。きっと天の河らへんはたくさんの願い事メールが殺到して大混乱に陥っているのではーーなんて想像しちゃうと、自分で叶えられる願いくらいは自分で叶えたほうが早そうです。

 さて、やっぱりトップニュースはこちらから。アポロニオスワールドツアー、シンガポール公演ですね。日本とは時差が1時間しかないので、リアルタイムで配信を観られた方、多いと思います。私も観ました。

 体調不良を心配されていた鏡セアラさんですが、完全復活。圧巻のパフォーマンスでファンを魅了していました。私だったらオープニングアクトの半分くらいで力尽きてしまいそうですが、セアラさんはとてつもないアクロバットを連発し、途方もないスタミナと運動神経の良さを改めて見せつけてくれました。

 さきほど私はセアラさんの完全復活と申し上げましたーーが、しかし。それはあくまでステージに立てる最低限のコンディションが整った状態です。私のような専門家から見ると、まだ少し、セアラさんの疲れが抜けきれていないようにも見えました。ゆっくり充電期間をとって、次の台湾公演に臨んでもらいたいです。台湾は日本からも近いのでチケットを買った人も多いのではないかと思います。

 私は買えなかった!    もうね、人気過ぎて無理です。ファンクラブ入らないと厳しいですね。

 そしてアポロニオス情報をお伝えしたからには、こちらもお伝えしないといけませんね。

 ムーンバレットの全国47都道府県ツアー。先週は群馬と埼玉でした。そして、今週は東京と神奈川ーーつまり、ムーンバレットはいま、東京にいるわけです。

 はい、皆様。ついに私もこの台詞を言うときがきました。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。いや、お待たせし過ぎたかもしれません。

 今週のスペシャルゲェスト!

 そんなタイトスケジュールで大丈夫なのか?    や、だいじょーぶ。彼女らのライフ残量はインフィニティー!    1度始まっちまったら最後!    決して終わらないネバーエンディングストーリー!

 北の大地から始まったツアーも絶好調。向かうところ敵なし。最強のスリーピース・ガールズ・ロックバンド!

 ムーンバレットの皆様でーす!    バレットファンのみんなー。ついにメンバー全員が来てくれましたよー!

 では改めて一人ずつ自己紹介をどーぞ! 

「エリーファンの皆様、こんばんは。そしてご無沙汰しています。お久しぶりです。初めましての方は初めまして。ムーンバレットのリーダー、南野みなみの歌奈かなです。ボーカルとギターをやっています。次はーーアサね」

「初めまして。今日ムーンバレットを初めて知った方に自己紹介を。ムーンバレットではベーシストをしていて、時折モデル活動もしていて、最近ダブルネックの楽器に出会いギターも弾く二刀流になり、スマホのアルバム写真は酒瓶のラベルだらけで、好きな言葉はゲット・ドランクーーそれが私。朝丘あさおかめぐみ、ですーーハイ、次はリコよ」

「は、はじめまして……ムーンバレットでドラム叩いてます。倉持くらもち里子りこです。今日はよろしくお願いしますーーカナ、アサ、リコ、せぇーの?」

「「「3人合わせてムーンバレット!ーーです。よろしくお願いします!」」」

 はい、来てくれてどうもありがとう。いやあ、ホントに私は嬉しい。ムーンバレットのファンもね、3人揃ってのゲスト出演を待ち望んでいたと思います。カナちゃんは3回目の出演。アサちゃんとリコちゃんは初出演です。じゃあ今日はアサちゃんから訊こうかな。楽屋ではちょいちょい顔を合わせていましたけれど、こうやってちゃんと対面して話すのは初めてですね。

 ダブルネックに驚かされて、ギターの演奏力に驚かされて、ライブで披露するウォーキングも素晴らしい!

 アサちゃん、いつからギターを始めていたの?

「本格的にはツアーの途中からですね。けど実は、それまでもカナちゃんのギターをよく観ていて、こうしたほうが良いんじゃない、って生意気にも私が教えていたんです。練習自体はバンドを始めた頃から一緒にしていましたね」

    それにしても、熟練のギタリストのように素晴らしい演奏でした。私にはアポロニオスの間桐まぎりりょうさんを彷彿とさせるスムーズな指捌きに見えましたが、彼女の影響は受けていない?

「いえ、まったく。そもそもアポロニオスのライブではベーシストの未琴みことシュウくんの演奏ばかり目がいってしまいますからね。間桐さんを観ていると、才能溢れるアポロニオスのメンバーに囲まれて大変だろうな、とつい同情してしまうんです。本当に彼女、頑張って頑張って、やっとのことで、あのポジションにいるんです。皆様、もっと間桐さんを応援してあげて欲しいんです。ああ……ごめんなさい、思い出すだけで涙が」

 私には、アサちゃんの目に涙らしきモノはまったく見えません。アサちゃんは普段から間桐さんと親交があるとうかがっているので、きっとエールを送っているのでしょう。

 そしてそしてリコちゃん!

 いままでもリコちゃんの演奏技術は素晴らしくて、知る人ぞ知る実力者って感じだったのですが、最近では小学生の女の子たちがリコちゃんのファンになっているらしいんですよね。それについては何か実感ある?

「はい。ドラムってセットで揃えたり、家で叩く用に電子ドラムを買ったり、初期投資が大変なんです。私をきっかけにドラムを始めたという声をいただくと大変嬉しいです」

 そうねぇ。特にドラムは「最悪、打ち込みでよくね?」と諦められて、バンドにドラマーを入れるという選択肢までなくなっちゃいますからね。ドラマー人口が増えるのは、ロックファンとしても嬉しい限りです。

 それとこれは切り込むか迷ったんだけど、切り込まないとエリーの番組じゃなくなるので、ズバリ訊いちゃいますよ。   

 週刊誌にアイアンメンマのリーダー、ユーキさんとリコちゃんのツーショット写真が撮られました。リコちゃん。アレについて話せる範囲で話してくれる?

「いいですよ。アポロニオスをやめた者同士、互いの現状を報告しあって、これからはそれぞれのバンドで頑張ろうって励ましあっただけです。皆様の想像しているような事は一切ありません」

 そうよね。お互い忙しくて会える暇なんてないもんね。ユーキさんは作曲とレコーディングに集中しないといけない。ムーンバレットは11月の沖縄公演が終わるまで東京には帰ってこられないんですから。ねぇ、みんな?

「「ですよねぃ~」」

「や、やめてよ。逆に怪しいから」

 リコちゃん、照れております。これはもしかするともしかするのかな?

 カナちゃんはどう思う?

「そう簡単にリコは渡しません。メンマはラーメンに入れてよく噛んで胃袋に流し込んでやりますよ。ね、アサ?」

「そうね。シメの一杯といわず、飲む前に食べてやりましょう」

 ということらしいので、艶っぽい展開にはならなそうです。 リコちゃんといえば、茨城県でゲームセンターに寄った動画がバズっていましたね。ドラムのリズムゲーでパーフェクトスコアを達成していたんです。もちろんゲームなので普段の叩き方とは違うんですけど、アレ、ちょっとの叩き方、意識してませんでした? 

 リコちゃん、正直に教えて欲しいなー。

「……コレはって。さっきも正直ですから。動画に関しては、エリーさんの考えている通りだと思います。アポロニオスの離瀬夜りせや京次きょうじさんを意識しました」

 それで何か掴めた?

「はい。凄いドラマーですけど、真似する必要はないとわかりました。私が京次さんと同じように叩くとパワーの違いで軽くなっちゃうんです。私は私のリズムを大事にして、なによりカナちゃんのために叩くことが大事だとわかったんです」

 ゲームは落ちてくるバーに合わせれば決まった音が出ますけど、実際のドラムは叩き方で音の違いが出ちゃいますからね。私はリコちゃんのドラム、最近んですよね。前より楽しそうにプレイしているのを感じて、こちらまで楽しくなってくる。自分ではどう感じてる?

「楽器を始めた頃ーーこれはもしかしたら、どんな趣味でも当てはまるかもしれませんが、最初はみんな楽しくて始める。だけど段々、みんなそれだけでは物足りなくなるし、上手くなるにはつらい練習もするだろうし、少しずつ楽しいだけの自分をーー上にいけばいくほど、そんなものは皆無になる。、なんです。どうせ何もかも楽しくなくなるんです。楽しくしよう、とか、楽しくやろうとか、そう思わないと損だし、どんな辛いことや苦しいことの中からでも、私は楽しみを見つけたいと思ったんです」

 どうしましょう……私、じんとしています。最初に知ったのがリコちゃんが高校生のときですから、成長したな、って。ごめんね。なんか勝手に保護者気取りで。

「いえいえ、とんでもない」

 でも、そうよね。みんな辛いとき苦しいとき、ムーンバレットの曲聴いてくれるんだもんね。悄気しょげてらんないよね。

 って、そろそろお知らせの時間が近づいているので、ゲストのスペシャルライブにいきましょうか。実は、今日はリコちゃんからラブコールを頂きまして、エリーも一緒に演奏に参加します。ギタリストとして。リコちゃん、ホントにいいの?

「はい。今日はアサちゃんにベースに専念してもらいたくて。プラス、カナちゃんにも歌うことのみに専念してもらって。それにエリーさんのギターが加わったら、物凄いことになりそうな気がしたんです」

 しかも選曲が渋い。リコちゃんの得意分野だね。じゃあ、えーっと、どうしようかな。先に楽器チームスタンバイで。カナちゃん。その間繋いでもらって、自分で曲振りしてもらうけど、いい?

「わかりました。それじゃ、いつものライブの感じでーーエリーファンのみんな、こんばんは。ムーンバレットです。月が地球に一番近づく日をスーバームーンって言うんだけどさ、それっておとといくらいだったらしいのね。だけど、此処に離れていかない月があります。此処に大きいままの月があります。ずっと輝いている月があります。なんといっても今日は、ヤバいです。伝説のロックスターELLYと一緒にライブです。いまからやる曲は、へヴィメタルの始祖とも云われるオジー・オズボーンが初期に作ったバンドから、1曲チョイスしてきました。さあ野郎ども!   月曜日の朝からブッ飛んでけ!   今日のアタシたちはムーンバレットじゃねぇ!    スーパームーンバレットだ!    今日最初にお送りするナンバーはーー」


ーー「Black  Sabbath/Paranoid」ーー


「Finished  with  my  womanーー」

    彼女とは終わったよ

「Cause  she  couldn't  help  me  with  me  with  my  mindーー」

    あの女じゃ俺の心を救えなかった

「People  think  I'm  insaneーー」

    皆は俺をイカれてると思ってる

「Because  I  am  frowning  all  the  timeーー」

    いつも塞ぎ込んでいるから

「All  day  long  I  think  of  things」

    1日中ずっと考え事をしても

「But  nothing  seems  to  satisfy」

    答えなんて出ないし、
    何も満たされやしない

「Think  I'll  lose  my  mindーー」

    いずれ気が狂いそうだ

「If  don't  find  something  to  pacifyーー」

    空虚な心を
    満たすことができないなら

「Can  you  help  meーー」

    助けてくれよ

「occupy  my  brain?ーーOh,  yeah」

    俺の脳を占領してくれ

「I  need  someone  to  show  meーー」

    人生を導いてくれる人が必要だ

「The  things  in  life  that  I  can't  findーー」

    満たされるものは
    俺には見つけられない

「I  can't  see  the  things  that  make  true  happinessーー」

    幸せになるものなんて
    俺にはわからない

「I  must  be  blindーー」

    俺には何も見えないんだよ

「Make  a  joke  and  I  will  sigh」

    ジョークなんて
    ため息をつくだけで

「And  you  will  laugh  and  I  will  cryーー」

    お前は笑うだろうけど
    俺は泣けてくる

「Happiness  I  cannot  feelーー」

    幸せを感じられないんだ

「And  love  to  me  is  so  unrealーー」

    愛なんて現実的じゃない

「And  so  as  you  hear  these  wordsーー」

    これでわかっただろう

「Telling  you  now  of  my  stateーー」

    これが、俺の現状なんだ

「I  tell  you  to  enjoy  lifeーー」

    お前はとにかく人生を楽しめよ

「I  wish  I  could  but  it's  too  lateーー」

    俺もそうしたかったが
    遅すぎたみたいだ


「ThanksーーElly's   Never  Ending  Sundayーーーーぇぇぇぇーーィィィィーー********」




ーー「エリーの日曜日は終わらない」お送りしています。淵神利栄子です。

 ムーンバレット、グッジョブです!    いやあ、私があと20歳若ければムーンバレットに電撃加入したかったんですが、さすがに年100本ライブやれる体力はありません。最初一発目のチョーキング(指で弦を引き上げて音程をあげる)から緊張したよーもう。若い頃、初めてお兄さんたちに混じって弾いたときを思い出しました。あの頃のお兄さんたちも、いまはもう立派なオジサマになってると思いますが。はい、エリーのエモい話、エリエモはどうでもいいですね。

 私のギターどうでした、リコちゃん?

「さすがエリーさんです。チョーキングも力強くて、的確で素早いハンマリング(ピッキングしないで弦を押さえるだけで音を出す)に、プリング(ピッキングしないで弦を離すときに音を鳴らす)の後の響きも素晴らしくてーーエリーさんのテレキャスが喜んでいました!」

 ありがとう。リコちゃん、楽器の気持ちがわかるのね。でもたしかに、この曲はシンプルでめちゃくちゃ気持ち良いのよね。私は正直へヴィメタにはそこまでハマらなかったのだけど、この曲は好きですね。

 アサちゃんも上手かったですね。前から弾いてたの?

「ええ。高校生のときにリコがベース入門編にちょうどいいって。ベースだけに限っていえば、初心者の方でも早い段階で弾けるようになると思いますーーもちろん頑張って練習すれば、ですよ?」

 そうですね。そこまで派手に指を動かすところはないので、入口としてはいいかもしれませんね。さすがリコちゃんね。

「……ど、ドラムも簡単ですよ?」

 はい、リコちゃん嘘つかない。

「ごめんなさい……」

 これはドラムに限った話ではなく、弦楽器、管楽器、打楽器、どの楽器でもそうですが、いきなり原曲のテンポで練習するんじゃなくて、最初はメトロノームをゆっくりにして、できてきたな、と思ったら速くしていけばいいと思います。いきなり本人たちと同じようにやろうとするから、挫折してしまうんです。

 凄い演奏を観て興奮。よし私もやろう。やってみる。 やっぱ私にはできん。やーめた。となるのは、ちょっともったいないと思います。最初のほうこそ、ねばってみてください。できねぇよ、が、できんじゃん、になる瞬間ーーとても気持ちいいですよ。

 さて。せっかくムーンバレットが来てくれているので、ツアーの話などをうかがっていきたいと思います。

 カナちゃん。千葉公演でも聴いたけど、凄いホイッスルね。本当に人間の喉から出ているとは思えません。喉のケアちゃんとしてる?

「吸引器をアサがプレゼントしてくれて、それくらいですね。あとーーお酒は飲まない」

 カナちゃんがアサちゃんを睨んでおります。そうだ。アサちゃんはお酒好きなんだよね?

「はい。茨城公演前に飲んだらバンジージャンプ飛ばされました。それからはちゃんとルールを守って飲んでます」

 動画で観ました。アサちゃんの動画は軒並み人気よね。普段しっかりしてるのに、たまにやらかしちゃうギャップがいいんだろうね。それとカナちゃんに聴きたいんだけど、カナちゃん温泉好きなんだよね?

「はい」

 それで、よくウチの番組のメールでも質問がきてるんです。左腕のタトゥーは温泉に入るとき、どうしてるんですか?ーーって。 

「それが意外とそのまま入れるところが多くて助かってます。テープで隠せばオッケーのところもありますし、貸し切りならオーケーのときは貸し切って、無理な場合は部屋風呂です。だけど部屋に露天風呂ついているところ、沢山ありますから、そこまで困ってませんね」

 スパとかプールは禁止のところ、多いよね?    そういうときは我慢?

「はい。禁止になっているところは行きません。それは覚悟の上で彫りましたから」

 ちょっと前に「タトゥーを入れたがる子どもが増えて、ムーンバレットは悪影響だ」なんてニュースもありました。それについては、どう思う?

「必ずしも消せないワケじゃないですけど、基本的には一生消えないモノだと彫り師の方に言われました。日本ではまだまだ良い印象を受けないのは知っていますし、だからといって私は、海外では文化やファッションだから軽いノリでやればいいとは思ってないんです。世の中には綺麗な肌が欲しくてたまらない人もいるって知ってますから。そういう方からすれば、私は憎しみの対象かもしれません。よく刺青は昔、罪人の証だったーーなんて云いますよね。そこで私は思ったんです。仮に私が罪人で、これが罪の証だとしたら、誰に許してもらいたいだろうってーー」

 ……それは、誰だったの?

「唯一の肉親である母と、最高の仲間であるアサと、リコ。そして私を愛してくれるムーンバレットのファンたちです。有り難いことに、母は私のワガママを許してくれました。アサとリコもです。ムーンバレットファンの皆様も許してくれています。この龍の意味は、ワケあって話せません。だけど私にとっては私の命と同等に大切な……私には……」

 ちょっと、カナちゃん。大丈夫?

 はい、ティッシュいっぱいあるからね。これ使って。

 ごめんなさい。私の質問悪かったね。

「ちょっとーーいいですか?」

 はい、アサちゃん。なんでしょう?

「ごめんね、カナちゃん。私はもう黙ってられない」

「……アサ」

「カナちゃんのおじいさまはーーエリーさんもよくご存知の名俳優、今年の5月14日に亡くなられた大鬼河原田おおおにがわらだ龍大三郎りゅうだいさぶろうなんです。カナちゃんの左腕のタトゥーはおじいさまの亡骸であり、遺影であり、形見であり、家族の絆なんです」

ーーカナちゃんーーほ、ほんとう……なの?

「……はい。アサ……勝手に言わないでって言ったのに」

「もうカナちゃんは有名人になっちゃったんだから、これ以上隠しても意味ないって。影響を問題視されているなら、子どもたちがカナちゃんの入れているタトゥーの意味を知っていたほうがいい。つまり、南野歌奈の真似をするってことは、自分の家族を身体に刻むってことだって。私には……正直、真似できないから」

「あの……私もいいですか?」

 ……はい、リコちゃん。どうぞ。

「みんな、子どもの頃、何かになりたいと思ったはずです。正義のヒーロー。人の命を救うお医者さん。スポーツ選手。それに、私たちみたいなミュージシャン。それと同じように純粋な動機でカナちゃんに憧れて、タトゥーを入れて、その後に後悔することはあると思います。だけどーー別にいいじゃないですか。後悔しても。バカだったな、って思っても。自分で選んだ選択には責任が付きまといます。失敗したら、人は必ず何かを失うんです。苦しくなって、痛くなる。できればそうなる前に、そうさせないように大人たちが心配するのもわかるんですけどーー勝手に意思を押さえつけられた責任は、誰が取ってくれるんですか?    衝動のままに生きられなかった時間は、誰が返してくれるんですか?    何かを好きだと言っても、多数に認められなかった人の気持ちは踏み潰していいんですか?    別にいいんですよ。子どもたちの自由を精一杯押さえつけて頂いて。だって、私たちが、ムーンバレットがすぐに解放しますから。何者にも縛られない翼を生やさせますから。なぜなら私たちは月のようにブッ飛ぶ弾丸です。私たちは誰も止められませんから」

 ……リコちゃん。

 ……と、めちゃくちゃ重い空気の中、お時間が迫ってきてしまいました。せっかくのムーンバレットのゲスト回なのに、エリーの配慮が足りませんでした。カナちゃん、アサちゃん、リコちゃん、ごめんなさい。それとムーンバレットのファンの皆様にも謝罪を。ごめんなさい。私もいまは色んな感情がごちゃごちゃになって上手く喋れているかどうかも怪しいです。

 最後にゲストからのリクエストを受けてエンディングなんですがーー今日は、リコちゃんです。

 リコちゃんはどうしてこの曲を?

「この曲は東京公演でカバーするつもりだったので、ファンの皆様が予習するのにちょうどいいと思ったんですが、はからずも、いまの私の気持ちを表すのにピッタリですね」

 今日最後のリクエストナンバーは。


ーー「Rage  Against  the  Machine/Take  The  Power  Back」ーー


ーー◇◆◇◆◇◆◇ーー


    音楽が流れると、淵神利栄子はすぐに南野歌奈に駆け寄った。抱き締めた。何度も謝った。

「ごめんね、カナちゃん。ごめんね」

「こちらこそ、ごめんなさい。エリーさんの背中の傷、知ってるからーー」

    この世には綺麗な肌が欲しくてたまらない人がいるーーそう言って、目の前にいる利栄子に歌奈は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。どうしても、涙を我慢できなかった。

    利栄子は歌奈の背中を懸命にさする。

「いいの。私のことなんて気にしなくて。だーいじょぶ。ね?」

「……はい」

    歌奈が落ち着きを取り戻すと、朝丘恵は利栄子に頭を下げた。

「すみません。こちらも熱くなってしまってーーほらリコも」

    朝丘に促されても、倉持里子は頭を下げなかった。謝らなかった。

「私は……間違ってない」

「わかってる。でも、此処はエリーさんの番組でしょ。場を荒らしてしまったのはこちらの非よ」

「……やだ。私は謝らない」

    いつになく強情な里子に、朝丘は戸惑う。

「ちょっと、リコ……」

「ムーンバレットは、私の全てなの。カナちゃんは、私の希望なの。傷つけられたら、黙ってられない。カナちゃんは優しいから、誰にも怒らない。だから、私がカナちゃんのぶんまで怒る」

   目を真っ赤にさせて里子は言う。涙を堪えながら、唇をへの字に曲げたまま。

    歌奈はゆっくり里子に近づき、そっと里子を抱き締めた。

「リコ……ありがとう。でも、もう怒んなくていいよ。リコは笑ったほうが可愛いに決まってるんだから」

    里子もまた、歌奈の背に腕を回して言う。

「実は、自分が一番ビックリしてるの……私って、こんな風に自分の意見、誰かにぶつけたことないから……」

「それだけアタシのこと、大事に思ってくれてたんだよね。ごめん、アタシがもっと強くならないと、だね」

    違うよ、と里子は首を横に振った。

「カナちゃんは家族を亡くしてからすぐにツアーをやらなくちゃいけなかった。ここまでずっと気丈に振る舞ってきた。カナちゃんは物凄く強いよ。だから余計に悔しかったの。何も知らないくせに、適当なこと言う人たちが」

「それはアタシが秘密にしてたのもあるし……エリーさんも知ってたら、質問変えたと思うから……ね?」

    歌奈は祈るように里子に懇願する。利栄子を許して欲しいと。

    里子は黙って頷いた。

    歌奈から離れて、里子は利栄子の前に立って、頭を下げた。

「……ごめんなさい。ムキになってしまって。私、エリーさんのこと大好きなのに……番組、変な感じにしちゃって……その……」

    利栄子を前にして、里子の頭にのぼっていた血がすっと引いていく。少しずつ普段の里子に戻っていく。冷静になればなるほど、とんでもないことをしでかしたんじゃないかと、里子は恥ずかしくなってくる。

「わ、私たちにできることならなんでもするので、その……ど、どうしたらいいんでしょう?」

    淵神利栄子は合掌しながら、どうにかムーンバレットの印象が悪くならないように、思考を巡らす。

「私は全然平気。だけどやっぱり和解のあかしがあるとファンも安心するだろうからーーこれに、サインをくれる?    そうすれば私が後で文章を考えるから」


ーー◇◇◇◇◇◇◇ーー
    

「エリーの日曜日は終わらない」の放送を視聴した皆様へ。

    この度は私、淵神利栄子の配慮の至らなさから、ムーンバレットのメンバー、ファンの皆様に対して不快な気持ちにさせてしまったこと、深く反省し、謝罪させて頂きます。

    誠に申し訳ありませんでした。

    南野歌奈さん、朝丘恵さん、倉持里子さんにも謝罪をいたしました。

     私が悪いにも関わらず、ムーンバレットの皆様は寛大な心で私を許してくれました。そして私の番組に対して失礼があったと、逆に謝ってくれました。本当に誠実な方々です。

    仲直りの証にと、メンバーは私の宝物を、さらにもっと価値ある宝物にしてくれました。

    私は、これからも大好きなムーンバレットを応援します。

    これからも「エリーの日曜日は終わらない」をよろしくお願いします。


    淵神利栄子

 




【スーパームーン・了】
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