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謎の異国風の青年

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 すると足元に広がる雲のような淡い陰影の中から、異国風の青年が姿を現した。浅黒い肌のちょっとのっぺりした、でもちょっとハンサムな東洋風の青年だ。
 青年は脚を大きめに開き、少しひざを曲げて腰を落とし、やや前のめりの体勢になる。と同時に指を開いた両腕のひじを軽く曲げ、それを約九十度左右に広げた姿勢のまま、真剣な表情で尋ねる。十本すべての指先にも強い力が込められている。
「ねぇレオン。君のお母さんの幸せって、なんだと思う?」
 このお方はもしかすると、以前にお嬢さんが言っていた天使さまかもしれない……。きちんと答えなきゃ。
「はい。家族みんなが仲良く元気で、笑顔で暮らすことです。毎日おなかいっぱい食べて」
「ちょっと待って。今……なんて言った? おいレオン! 今なんて言った ⁉ 毎日おなかいっぱい食べて、家族みんなが仲良く元気で笑顔で暮らすこと ⁉」
 驚いたように彼は問う。
「はい。家族みんなの幸せが、母さんの幸せだと思います」
「家族みんなの幸せが、母さんの幸せ、とか言ってる間はずっとダメなんだよ!」
 彼はレオンを叱り飛ばす。
「え……? でも『みんなが毎日おなかいっぱい食べられるようになって、母さんもう何も言うことはないよ』っていうのが、母さんの口ぐせなんです。だから、それ以外にはちょっと思いつかないんですけど……」
「考えろよ! もっと考えろよ!」
 彼は熱く励ます。
「いや……、それ以外には多分、もう……ない……」
「ないことない。ないなんてことはない! どこかにあるはず、探そうよ!」
 彼は熱くあっつく励ます。
「うーん、そうだなぁ。もっとゆっくり家族と一緒に過ごすことかなぁ……。母さんは毎日、家族全員分の洗濯と家中の掃除で忙しいから」
「ほらあるじゃない! ほらみろ! あるじゃないか!」
「じゃあ母さんの代わりに、家事をしてくれる人を雇えばいいんだ!」
「そうだ!」
 彼は笑顔で力強くうなづき、レオンに自信を与える。
「うん。洗濯婦を雇おう!」
「もっと ! !」
「掃除婦も雇うよ!」
「はい、今死んだ」
「えぇっ ⁉」
「『家族みんなの幸せが母さんの幸せ』、なんて思ってた思いやりの足りないほんの子供だった君は死んだよ」
 なんだびっくりした。そういうことか!
「今日から君は、お母さんを幸せにすることができる思いやりを持った孝行息子だ!」
 彼が力強い励ましの言葉をかけると、レオンは大きくうなづく。すると青年は安心したように爽やかな笑顔を残し、雲のような陰影の中に消えた。
 
 あ! お礼を言いそこなった! 以前にお嬢さんの前にも現れて、大事なことを教えてあげてくれたことのお礼も言ってなかった! そのおかげでお嬢さんが希望を持つようになって、見違えるほど生き生きと明るくなったことへのお礼も……。今晩、寝る前のお祈りで神さまにお礼を言わなくちゃ。「天使さまを遣わしてくだすってありがとうございます」って。それから、「天使さまに俺からの感謝の気持ちをお伝えください」ってお願いしとこう……。
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