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昔話 ~繋ぐ傷跡~
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「メールのアカウントは名前のアルファベットとランダムな英数字の組み合わせで割り当てられてて、その紙に書いてあるよ。あと、初期パスワードも同じ紙の……えっと、あ、ここに書いてある」
「んーと……ああ、なるほど。じゃあ、とりあえずアカウントにログインして――」
皮肉だ。
これは、なんて皮肉なのだろうか。
ただ業務に関する教育をしているだけなのに、私の中に彼との思い出がどんどんと積み重なっていく。
失恋したのに。
もう届かないのに。
小学生の頃から大切に抱いてきた、ちっぽけな思い出なんて簡単に塗りつぶして。
6年間同じクラスだった奇跡もまるでなかったことのように。
私の中に今の彼の存在が蓄積されていく。
こんな近くで声を聴いたことなんてなかった。
こんな長く話したことなんてなかった。
それを少しだけ悲しいと思う私がいる。
ずっと私の中に居た小学生の彼が、大人になって結婚している彼によって易々と上書きされていくことが。
彼と話せて、近づけて嬉しい反面。
胸の奥を棘のイバラで巻かれているような心地だ。
「……あっ、指」
「えっ?」
「その指って、もしかして……」
「ああ、これ? もしかして片山さん覚えてた?」
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。
彼の右手の人差し指。
その桃色の指の腹に微かに残っている跡。
「やぐちくん、5年生の時ミシンで指をケガしてたよね。それって、その時の?」
「うん、そうだよ。すごいね、もうほとんど跡なんて残ってないのによくわかったね」
「……ずっと心配だったから」
当時彼と碌に話したことのなかった私。
家庭科の授業中にミシンで指を縫ってしまったあなたに話しかけることなんてできなくて。
後日指に包帯を巻いたあなたに話しかけることもできなくて。
告白できなかったことと同じくらいに。
お見舞いをできなかったことを後悔していた。
「もう痛みもないの?」
「全然ないよ。運よく針が骨に当たらなかったみたいで、小さな跡が残った以外には特に」
「よかった……。ちゃんと治ったんだね。ほんとに、よかった……」
その小さな傷跡が、昔の彼と私の思いを繋ぎ止めていてくれたような気がして。
彼の指がとても愛おしく感じられた。
「……なんか、片山さんに心配されるのちょっと嬉しいかもしれない」
「え?」
「当時の僕は結構ナイーブになってて、このまま一生穴が塞がらなかったらどうしよう、なんて考えてたんだ。今思えば子供っぽいけどね。だから、片山さんがそんなに親身に心配してくれてたっていうのは素直に嬉しいなって」
「……っ」
「でも、小学生の時からずっとって、心配しすぎじゃない? もしかして似たような経験があったりとか?」
そう言って彼が笑った。
その笑顔で、私は勘違いをしてしまった。
私の心は、勝手な期待を抱いてしまった。
「あ、あの、やぐちくん……!」
「ん?」
「……っ、よ、よかったら、今日の仕事終わり、い、いっしょに食事でも、どう?」
「んーと……ああ、なるほど。じゃあ、とりあえずアカウントにログインして――」
皮肉だ。
これは、なんて皮肉なのだろうか。
ただ業務に関する教育をしているだけなのに、私の中に彼との思い出がどんどんと積み重なっていく。
失恋したのに。
もう届かないのに。
小学生の頃から大切に抱いてきた、ちっぽけな思い出なんて簡単に塗りつぶして。
6年間同じクラスだった奇跡もまるでなかったことのように。
私の中に今の彼の存在が蓄積されていく。
こんな近くで声を聴いたことなんてなかった。
こんな長く話したことなんてなかった。
それを少しだけ悲しいと思う私がいる。
ずっと私の中に居た小学生の彼が、大人になって結婚している彼によって易々と上書きされていくことが。
彼と話せて、近づけて嬉しい反面。
胸の奥を棘のイバラで巻かれているような心地だ。
「……あっ、指」
「えっ?」
「その指って、もしかして……」
「ああ、これ? もしかして片山さん覚えてた?」
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。
彼の右手の人差し指。
その桃色の指の腹に微かに残っている跡。
「やぐちくん、5年生の時ミシンで指をケガしてたよね。それって、その時の?」
「うん、そうだよ。すごいね、もうほとんど跡なんて残ってないのによくわかったね」
「……ずっと心配だったから」
当時彼と碌に話したことのなかった私。
家庭科の授業中にミシンで指を縫ってしまったあなたに話しかけることなんてできなくて。
後日指に包帯を巻いたあなたに話しかけることもできなくて。
告白できなかったことと同じくらいに。
お見舞いをできなかったことを後悔していた。
「もう痛みもないの?」
「全然ないよ。運よく針が骨に当たらなかったみたいで、小さな跡が残った以外には特に」
「よかった……。ちゃんと治ったんだね。ほんとに、よかった……」
その小さな傷跡が、昔の彼と私の思いを繋ぎ止めていてくれたような気がして。
彼の指がとても愛おしく感じられた。
「……なんか、片山さんに心配されるのちょっと嬉しいかもしれない」
「え?」
「当時の僕は結構ナイーブになってて、このまま一生穴が塞がらなかったらどうしよう、なんて考えてたんだ。今思えば子供っぽいけどね。だから、片山さんがそんなに親身に心配してくれてたっていうのは素直に嬉しいなって」
「……っ」
「でも、小学生の時からずっとって、心配しすぎじゃない? もしかして似たような経験があったりとか?」
そう言って彼が笑った。
その笑顔で、私は勘違いをしてしまった。
私の心は、勝手な期待を抱いてしまった。
「あ、あの、やぐちくん……!」
「ん?」
「……っ、よ、よかったら、今日の仕事終わり、い、いっしょに食事でも、どう?」
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