24 / 83
2日目
女の子が増えた朝
しおりを挟む
小陽が朝食を食べに食堂へ向かうと、セーラー服を着た睦美と、同じくセーラー服を着た菜々緒が向かい合ってお弁当を食べていた。
「……え? は? ……え? ……増えてる?」
「あっ、おっはようーハルハルー」
「……おはよう、ハル君」
「うっ、うん、おはようふたりとも……。あの……菜々緒くんはどうしてセーラ―服を着てるの?」
「どうしてって、女の子だから当たり前っしょ? まあ、アタシのはムッツリンのとはちゃんと差別化してあるけど? ミニスカ可愛いっしょー!」
菜々緒は食事中にも関わらず立ち上がると、ランウェイを歩くモデルの如く回り始めた。
丈が短く腹部が露出しているセーラー服。スカートも丈の短いミニスカだが、代わりに長いニーハイを履いている。色合いこそ睦美と同じく暗いものの、その言葉通り服装としては別物である。
しかし菜々緒の服装よりも、小陽は菜々緒の言葉の方が気になっていた。
「おっ、女の子って……菜々緒くんは男の子でしょ? 昨日だってあんなに力説してたのに、どうしちゃったの?」
「それがさー、昨日の夜に逃げ出そうとしたんだけど、えるーんに見つかっちゃってさー」
「えっ!? 菜々緒くん、本当に逃げ出してたの!?」
「そりゃ逃げるっしょ? 昨日のアタシは、こんな所一日だって居られるかって感じだったし……あっ、でもでも今は違うよん。えるーんにはお説教されちゃったけど、そのおかげで本当のアタシに気付かせてもらえたって言うの? とにかく、アタシは女の子なんだって、素直に認められるようになったんだー。だから、昨日のアタシの発言は忘れていーよ?」
小陽は言葉を失っていた。
菜々緒があのヘルメットを被ったのは間違いないが、睦美の変貌を見ている菜々緒が自分の意思で被ったとも思えない。睦美の時と同様に、菜々緒はえるにおねだりされたと考えるべきだろう。
(やっぱり、あのおねだりには特別な力があるってこと? 条件はあるのかもしれないけれど、えるはその気になればいつでも僕たちにヘルメットを被せられるんだ……)
生徒たちの話し合いの結果に依らず、えるに逆らえば無理矢理女の子にされる可能性がある。菜々緒が女の子になっているという事実は、小陽の精神を着実に蝕んでいた。
「ハル君、大丈夫かな……? もしかして、あんまり寝られなかったのかな?」
小陽を心配してか、席を立ち上がって近づいてくる睦美。それを小陽は心配無いと片手で制した。
「ううん、大丈夫だよ。僕自身の問題だから、睦美は気にしないで」
「あ、うん……ごめん……そうだよね……ボク、もう行った方がいいかな?」
「え? ……睦美?」
小陽の声掛けも無視して、睦美はさっさと食堂を出て行ってしまった。
誰よりも辛いはずの睦美に気を遣わせるわけにはいかない。そう考えての小陽の発言は、逆に睦美を傷つけてしまったように見えた。
「あー、ハルハルってばムッツリンのこと泣かしたー! いけないんだー!」
「な、泣かしてなんか無いよ……無かったよね?」
「うーん、どうだろうね? とりあえず、さっさと昨日のこと謝って、仲直りした方が良さげなのは確かじゃない?」
「昨日……あっ――」
『……そうだよね、ごめんねハル君。ずっと男の子だったくせに、いきなり女の子になりましたなんて……気持ち悪いよね』
「ちっ、違うよ! あれは誤解で、僕は睦美を気持ち悪いなんて思ってないよ!」
「うっさっ!? もう、それアタシに言ったって仕方ないじゃん。言うならムッツリンにでしょ?」
「あっ、そっ、そうだよね……ごめん」
「別にアタシに謝る必要も無いけどさー……あっ、でもやっぱり、ハルハルには謝ってもらわないといけないかも?」
「えっ? 僕、何かしちゃった?」
「アタシの服の感想、言ってないじゃん。女の子が可愛いって訊いてるのに、ガン無視って酷くない?」
「無視はしてないつもりだけど……」
「でも、可愛いとも言ってくれてないっしょ? ほらほら、どうどう?」
きゃぴきゃぴとしたポーズをとる菜々緒だったが、小陽は何も言えず閉口していた。
今の菜々緒は洗脳によって性自認を変えられており、その変化は服装にも表れている。本来の菜々緒が目指していたのは男の子としての可愛さであり、今の女の子としての可愛い恰好とは異なるのではないか……そう思うと、小陽には今の菜々緒をただ可愛いと褒めることは出来なかった。
「……恰好なんて、関係無いと思う。僕は、いつだって可愛いを目指してる菜々緒くんのことを可愛いと思うよ」
「きゅん……ハルハルってば、意外と口が上手いんだね。ムッツリンもこれに堕とされちゃったんだ……ちょっと納得かも……」
「昨日も否定したけど、僕と睦美って別にそういう仲じゃないからね?」
「でもそれはそれとして、今のアタシはこの恰好も含めて可愛いって言われたいのー! 可愛いって言え、ハルハル! 褒めろ褒めろ褒めろ褒めろー!」
承認欲求モンスターになれ果て騒ぐ菜々緒。それを止めたのは通りすがりのイヨだった。
「可愛らしいですよ、ナナオさん。羞恥心を置いてけぼりにした破廉恥な改造制服はわたくしの趣味ではありませんが、ナナオさんにはとてもお似合いだと思います」
「えーっ、イヨラーってばありがとー! アタシすっごく嬉しい……それって褒めてるんだよね?」
「もちろんです。可愛いですよ、ナナオさん」
「ありがとありがとありがとー! イヨラーも今日も可愛いよー! 真っ黒な髪で清楚アピールしておきながらあざといぱっつんも、さりげなくうなじをアピールしてるまとめ髪も、センス有りすぎてバビっちゃうよー!」
「ナナオさんのように可愛らしい方に褒めていただいて光栄です……それ褒めてますよね?」
「? 当たり前じゃん? 何でそんなこと訊くの?」
首を傾げた後、承認欲求モンスターはジジとミコトの方へと去って行った。どうやらイヨの言葉だけでは満足できなかったらしく、ふたりにまで襲い掛かっているのが遠目にも見えた。
「菜々緒くん、女の子にはなっちゃったけど性格はあんまり変わってはないみたい。あのヘルメットはあくまで性自認を変えてるだけで、大きな影響は無いのかな?」
「どうでしょうか……目に見える形で表出する内面など、ごく一部だとわたくしは思います。そもそも親しい間柄というわけでもありませんので、変化に気付けていないというのも有るはずです。影響は軽微だと決めつけるのは危険だと、わたくしは思いますよ?」
「そっ、そうだよね。ごめん、軽率なこと言って……忘れて欲しいな」
年下であるイヨに正論で窘められて落ち込む小陽。イヨはそんな小陽を見て微笑んでいた。
「ふふ、どうして謝るのでしょうか? コハルさんは不思議な方ですね……不思議と言えば、もう一つ気になっていたことがありました。どうして、ナナオさんの恰好を褒めて差し上げなかったのですか? コハルさんは優しい方だと思っていましたので、意地悪をされているのが少々意外でした」
「意地悪をしていたつもりなんて無くて…‥ただ、その……うーん……」
イヨに小陽の心情を伝えるべきか。伝えるにしてもどう伝えるべきか。頭を悩ませる小陽の顔を、イヨは微笑みながら覗き込んでいた。
「もしかして、ナナオさんの恰好はコハルさんの好みでは無かったのですか? ……コハルさんもわたくしと同じく、楚々とした花のような装いの方が好みですか?」
イヨの細い指が髪をまとめる白いリボンを撫でる。髪も学ランも真っ黒な中での白いリボンはまさに花のようであり、目立たないけれどさりげないオシャレは慎ましい美しさを感じた。単純な小陽の好みだけで言うならば、確かに菜々緒よりもイヨになるだろう。
「ううん、僕が褒めなかったのに好みは関係無いんだ。えっとね……今の菜々緒くんの恰好を褒めてもいいのかがわからなかったんだ。もしかしたら、今の菜々緒くんは本来の好みとは違う恰好をしてるのかもって考えちゃって。それなのに今の菜々緒くんを褒めたら、元の菜々緒くんはどう思うかなって……それが気になっちゃったから、褒められなかったんだ。イヨくんはどう思う?」
「……やはり、コハルさんは優しい方なのですね。わたくしはそのコハルさんの気持ちはとても大事だと思いますし、愛おしいとも思います」
「いっ、愛おしい!? あっ、あははっ……イヨくんはちょっと大げさだね……」
「そうでしょうか? 優しい方を好ましく感じるのは、人として自然な感情だとわたくしは思います。ただ、同時に少し心配でもあります。コハルさんのような方は他人のことで考えすぎたり、悩みすぎたりして、苦しまなくとも良いことで苦しんでしまったりするものですから……どうか、ご自愛くださいね?」
「うっ、うん……気を付けます……」
イヨは小陽の右手を両手で握りこむと、祈るような上目遣いで気遣った。
余りにも素直に愛の話をぶつけてくるイヨに、小陽は気恥ずかしさを覚えた。隣に立つイヨの距離感が近いような気さえしていた。
「わたくしは、コハルさんがナナオさんを可愛いと思ったのでしたら、それを伝えるべきだと思います。だって、可愛いものは可愛いのですから。えるさんではありませんが、素直になるのは大事だと思いますよ?」
「そうだよね……。ありがとうイヨくん、とても参考になったよ」
「恐れ入ります。それでは、わたくしは失礼いたしますね。話に付き合わせてしまったわたくしが言うことでは無いかもしれませんが、どうか時間にはご注意を……一限の始まる時間が迫っていますので」
「えっ!? うわっ、急いで朝ごはん食べないと!!」
慌てる小陽を見てクスクスと笑うイヨ。その立ち去りかけた背中に、小陽は気になっていた質問を投げかけた。
「そういえば気になってたんだけど、イヨくんって菜々緒くんと同じで、可愛いって誉め言葉を普通に受け取るんだね。僕だったら言われ慣れてないから、なんだか恥ずかしくなっちゃいそうだよ……」
「……――」
――イヨは少しの間を置いてから、後ろ手に組んだまま上半身だけで振り返った。
「ナナオさん程の強い思想は持ち合わせておりませんが、可愛いに男女は関係無いとわたくしも思っています。それに、所詮はただの誉め言葉に過ぎませんから……それでは」
背中越しに微笑みを残して、イヨは食堂から立ち去っていった。
「……え? は? ……え? ……増えてる?」
「あっ、おっはようーハルハルー」
「……おはよう、ハル君」
「うっ、うん、おはようふたりとも……。あの……菜々緒くんはどうしてセーラ―服を着てるの?」
「どうしてって、女の子だから当たり前っしょ? まあ、アタシのはムッツリンのとはちゃんと差別化してあるけど? ミニスカ可愛いっしょー!」
菜々緒は食事中にも関わらず立ち上がると、ランウェイを歩くモデルの如く回り始めた。
丈が短く腹部が露出しているセーラー服。スカートも丈の短いミニスカだが、代わりに長いニーハイを履いている。色合いこそ睦美と同じく暗いものの、その言葉通り服装としては別物である。
しかし菜々緒の服装よりも、小陽は菜々緒の言葉の方が気になっていた。
「おっ、女の子って……菜々緒くんは男の子でしょ? 昨日だってあんなに力説してたのに、どうしちゃったの?」
「それがさー、昨日の夜に逃げ出そうとしたんだけど、えるーんに見つかっちゃってさー」
「えっ!? 菜々緒くん、本当に逃げ出してたの!?」
「そりゃ逃げるっしょ? 昨日のアタシは、こんな所一日だって居られるかって感じだったし……あっ、でもでも今は違うよん。えるーんにはお説教されちゃったけど、そのおかげで本当のアタシに気付かせてもらえたって言うの? とにかく、アタシは女の子なんだって、素直に認められるようになったんだー。だから、昨日のアタシの発言は忘れていーよ?」
小陽は言葉を失っていた。
菜々緒があのヘルメットを被ったのは間違いないが、睦美の変貌を見ている菜々緒が自分の意思で被ったとも思えない。睦美の時と同様に、菜々緒はえるにおねだりされたと考えるべきだろう。
(やっぱり、あのおねだりには特別な力があるってこと? 条件はあるのかもしれないけれど、えるはその気になればいつでも僕たちにヘルメットを被せられるんだ……)
生徒たちの話し合いの結果に依らず、えるに逆らえば無理矢理女の子にされる可能性がある。菜々緒が女の子になっているという事実は、小陽の精神を着実に蝕んでいた。
「ハル君、大丈夫かな……? もしかして、あんまり寝られなかったのかな?」
小陽を心配してか、席を立ち上がって近づいてくる睦美。それを小陽は心配無いと片手で制した。
「ううん、大丈夫だよ。僕自身の問題だから、睦美は気にしないで」
「あ、うん……ごめん……そうだよね……ボク、もう行った方がいいかな?」
「え? ……睦美?」
小陽の声掛けも無視して、睦美はさっさと食堂を出て行ってしまった。
誰よりも辛いはずの睦美に気を遣わせるわけにはいかない。そう考えての小陽の発言は、逆に睦美を傷つけてしまったように見えた。
「あー、ハルハルってばムッツリンのこと泣かしたー! いけないんだー!」
「な、泣かしてなんか無いよ……無かったよね?」
「うーん、どうだろうね? とりあえず、さっさと昨日のこと謝って、仲直りした方が良さげなのは確かじゃない?」
「昨日……あっ――」
『……そうだよね、ごめんねハル君。ずっと男の子だったくせに、いきなり女の子になりましたなんて……気持ち悪いよね』
「ちっ、違うよ! あれは誤解で、僕は睦美を気持ち悪いなんて思ってないよ!」
「うっさっ!? もう、それアタシに言ったって仕方ないじゃん。言うならムッツリンにでしょ?」
「あっ、そっ、そうだよね……ごめん」
「別にアタシに謝る必要も無いけどさー……あっ、でもやっぱり、ハルハルには謝ってもらわないといけないかも?」
「えっ? 僕、何かしちゃった?」
「アタシの服の感想、言ってないじゃん。女の子が可愛いって訊いてるのに、ガン無視って酷くない?」
「無視はしてないつもりだけど……」
「でも、可愛いとも言ってくれてないっしょ? ほらほら、どうどう?」
きゃぴきゃぴとしたポーズをとる菜々緒だったが、小陽は何も言えず閉口していた。
今の菜々緒は洗脳によって性自認を変えられており、その変化は服装にも表れている。本来の菜々緒が目指していたのは男の子としての可愛さであり、今の女の子としての可愛い恰好とは異なるのではないか……そう思うと、小陽には今の菜々緒をただ可愛いと褒めることは出来なかった。
「……恰好なんて、関係無いと思う。僕は、いつだって可愛いを目指してる菜々緒くんのことを可愛いと思うよ」
「きゅん……ハルハルってば、意外と口が上手いんだね。ムッツリンもこれに堕とされちゃったんだ……ちょっと納得かも……」
「昨日も否定したけど、僕と睦美って別にそういう仲じゃないからね?」
「でもそれはそれとして、今のアタシはこの恰好も含めて可愛いって言われたいのー! 可愛いって言え、ハルハル! 褒めろ褒めろ褒めろ褒めろー!」
承認欲求モンスターになれ果て騒ぐ菜々緒。それを止めたのは通りすがりのイヨだった。
「可愛らしいですよ、ナナオさん。羞恥心を置いてけぼりにした破廉恥な改造制服はわたくしの趣味ではありませんが、ナナオさんにはとてもお似合いだと思います」
「えーっ、イヨラーってばありがとー! アタシすっごく嬉しい……それって褒めてるんだよね?」
「もちろんです。可愛いですよ、ナナオさん」
「ありがとありがとありがとー! イヨラーも今日も可愛いよー! 真っ黒な髪で清楚アピールしておきながらあざといぱっつんも、さりげなくうなじをアピールしてるまとめ髪も、センス有りすぎてバビっちゃうよー!」
「ナナオさんのように可愛らしい方に褒めていただいて光栄です……それ褒めてますよね?」
「? 当たり前じゃん? 何でそんなこと訊くの?」
首を傾げた後、承認欲求モンスターはジジとミコトの方へと去って行った。どうやらイヨの言葉だけでは満足できなかったらしく、ふたりにまで襲い掛かっているのが遠目にも見えた。
「菜々緒くん、女の子にはなっちゃったけど性格はあんまり変わってはないみたい。あのヘルメットはあくまで性自認を変えてるだけで、大きな影響は無いのかな?」
「どうでしょうか……目に見える形で表出する内面など、ごく一部だとわたくしは思います。そもそも親しい間柄というわけでもありませんので、変化に気付けていないというのも有るはずです。影響は軽微だと決めつけるのは危険だと、わたくしは思いますよ?」
「そっ、そうだよね。ごめん、軽率なこと言って……忘れて欲しいな」
年下であるイヨに正論で窘められて落ち込む小陽。イヨはそんな小陽を見て微笑んでいた。
「ふふ、どうして謝るのでしょうか? コハルさんは不思議な方ですね……不思議と言えば、もう一つ気になっていたことがありました。どうして、ナナオさんの恰好を褒めて差し上げなかったのですか? コハルさんは優しい方だと思っていましたので、意地悪をされているのが少々意外でした」
「意地悪をしていたつもりなんて無くて…‥ただ、その……うーん……」
イヨに小陽の心情を伝えるべきか。伝えるにしてもどう伝えるべきか。頭を悩ませる小陽の顔を、イヨは微笑みながら覗き込んでいた。
「もしかして、ナナオさんの恰好はコハルさんの好みでは無かったのですか? ……コハルさんもわたくしと同じく、楚々とした花のような装いの方が好みですか?」
イヨの細い指が髪をまとめる白いリボンを撫でる。髪も学ランも真っ黒な中での白いリボンはまさに花のようであり、目立たないけれどさりげないオシャレは慎ましい美しさを感じた。単純な小陽の好みだけで言うならば、確かに菜々緒よりもイヨになるだろう。
「ううん、僕が褒めなかったのに好みは関係無いんだ。えっとね……今の菜々緒くんの恰好を褒めてもいいのかがわからなかったんだ。もしかしたら、今の菜々緒くんは本来の好みとは違う恰好をしてるのかもって考えちゃって。それなのに今の菜々緒くんを褒めたら、元の菜々緒くんはどう思うかなって……それが気になっちゃったから、褒められなかったんだ。イヨくんはどう思う?」
「……やはり、コハルさんは優しい方なのですね。わたくしはそのコハルさんの気持ちはとても大事だと思いますし、愛おしいとも思います」
「いっ、愛おしい!? あっ、あははっ……イヨくんはちょっと大げさだね……」
「そうでしょうか? 優しい方を好ましく感じるのは、人として自然な感情だとわたくしは思います。ただ、同時に少し心配でもあります。コハルさんのような方は他人のことで考えすぎたり、悩みすぎたりして、苦しまなくとも良いことで苦しんでしまったりするものですから……どうか、ご自愛くださいね?」
「うっ、うん……気を付けます……」
イヨは小陽の右手を両手で握りこむと、祈るような上目遣いで気遣った。
余りにも素直に愛の話をぶつけてくるイヨに、小陽は気恥ずかしさを覚えた。隣に立つイヨの距離感が近いような気さえしていた。
「わたくしは、コハルさんがナナオさんを可愛いと思ったのでしたら、それを伝えるべきだと思います。だって、可愛いものは可愛いのですから。えるさんではありませんが、素直になるのは大事だと思いますよ?」
「そうだよね……。ありがとうイヨくん、とても参考になったよ」
「恐れ入ります。それでは、わたくしは失礼いたしますね。話に付き合わせてしまったわたくしが言うことでは無いかもしれませんが、どうか時間にはご注意を……一限の始まる時間が迫っていますので」
「えっ!? うわっ、急いで朝ごはん食べないと!!」
慌てる小陽を見てクスクスと笑うイヨ。その立ち去りかけた背中に、小陽は気になっていた質問を投げかけた。
「そういえば気になってたんだけど、イヨくんって菜々緒くんと同じで、可愛いって誉め言葉を普通に受け取るんだね。僕だったら言われ慣れてないから、なんだか恥ずかしくなっちゃいそうだよ……」
「……――」
――イヨは少しの間を置いてから、後ろ手に組んだまま上半身だけで振り返った。
「ナナオさん程の強い思想は持ち合わせておりませんが、可愛いに男女は関係無いとわたくしも思っています。それに、所詮はただの誉め言葉に過ぎませんから……それでは」
背中越しに微笑みを残して、イヨは食堂から立ち去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる