君が女の子

papporopueeee

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3日目

3回目の話し合い、3回目も告発から

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 3日目の夜がやってきた。榎戸の隣には昨日と同じく睦美と菜々緒が並んで立ち、今日からはジジと桃莉も加わっている。並べた机にも空席が目立ち始め、もはや半分近くの机が主を失ってしまった。

 1日目は睦美が皆の為に自己犠牲を選んだ。
 2日目は始まりこそ桃莉の告発だったが、ジジが自己犠牲を選んだに等しい。
 はたして、3日目はどうなるのか。小陽が固唾を飲んで様子を窺っていると、火蓋を切ったのは久野絵だった。

「もうごちゃごちゃと面倒くせえのはいいだろ。各々の事情なんて知ったこっちゃねえし、知りたくもねえ。単純に、残ってるやつらの中で一番男らしくねえやつを挙げればいい……違うか?」

 語り口こそ全員に向けてはいたが、目線から久野絵のターゲットは明らかだった。ターゲット自身もその意図には気づいているようで、イヨが率先して言葉を返した。

「そこまで仰ると言うことは、クノエさんには目星がついていらっしゃるのでしょうか? 恥ずかしながら、わたくしには全く予想が着きません……どうか、ご教授いただけませんか?」
「ちっ、うぜえな。てめえのその演技がかった白々しさ、鼻についてうざったいんだよ、藤原」
「白々しいだなんて、心外です。わたくしにはそんなつもりは無いのですが……愚直な方とお話する際は、もっと会話のレベルを下げた方が良いようですね」

 交錯するふたりの視線に、もはや他の生徒は入っていなかった。騎士が手袋を投げつけるように、侍が鞘から刀を引き抜くように、不良がガンを付けるように……今ここに、久野絵とイヨの決闘が始まった。

「どう考えたって、この中で一番女々しいのはてめえだろうが藤原。良家のお嬢様でも気取ってんのか? 仕草が一々なよなよしてるし、話し方も気持ちわりい。てめえが男だって主張するつもりなら、もうちっと男らしくしてみたらどうだ?」
「教養は言葉にこそ表れると言います。語彙の足りないクノエさんには難しいかもしれませんが、女々しいではなく品があると表現するべきかと。それと、丁寧な物腰というのは礼儀作法の話であり、性別とは関係ありません……それくらいはわかりますよね?」
「だったら、風呂場でのあの恰好は何だ? わざわざタオルで上半身まで隠してたよな、てめえは。男性用の水着を見たことねえのかよ? 胸を隠すような奴が、自分を男だって主張するのは無理があんだろうが」
「クノエさんは感性が古いのですね。わたくしはただ、繊細な羞恥心を持ち合わせているだけです。胸を隠すだけで女の子扱いするなんて、久野絵さんは横暴な方……ああ、もしかしてそれが目的でしたか? 裏を返せば、胸を見せればクノエさんに男の子扱いしてもらえるということになりますから……クノエさんはそんなにも、わたくしの胸に興味を持たれていたのですね?」

 激しさを増していくふたりの口論。互いに罵り合い、傷つけ合う口喧嘩を、小陽はただ見ていることしかできなかった。
 口を挟んだ所で場を取りなせる自信は無く、取りなせた所で大した意味も無い。自己犠牲を申し出る人間が居ないのならば、争って一人の犠牲者を決めるしか無い。
 男の子でなければならない小陽は、流れ玉に当たらぬように祈るだけだった。

「初日の話し合いで桜に化粧を指摘された時、藤原はナチュラルメイクを認めてたよな。それに、大した長さでもねえのにわざわざリボンで髪をまとめてやがる。薄化粧も結い髪も、男受けを狙ってんのは明らかだ。男が男に媚びるか? てめえが女だから、男に良く見られたくてそんな恰好をしてると考えるのが普通じゃねえか?」
「わたくしは自分に似合うと思っている装いをしているに過ぎません。男性受けだなんて、わたくしは考えたこともありませんでしたが、どうやらクノエさんは色恋に敏感なご様子……クノエさんが先ほどから申されている悉くが、クノエさんご自身を表しているように思えてなりません。男性からの視線が気になって仕方が無いのは、本当はどちらなのでしょうね?」

 激化する口論にもついに終わりが見え始めた。イヨと久野絵の己の性を懸けた争いは、心を傷つけ合う舌戦から肉体を傷つけ合う実戦へと移行しようとしている。久野絵の身体は既に前傾姿勢になっており、今にも机を飛び越えてイヨに襲い掛からんばかりだった。

「てめえ、喧嘩売ってんのか? オレは別にそれでもいいんだ……てめえの身体に直接わからせてやる方が、話が早くてスムーズだもんなぁ?」
「恐ろしい物言いですね……そんなに睨みつけられては、わたくしは怖くて何も言い返せそうにありません。どなたか、こんな哀れなわたくしを助けてくださる、優しい方はいないものでしょうか?」

 それは特定の誰かに向けた水向けだった。見ていただけの小陽ではなく、敵対している久野絵でもなく、当事者でも無いのに怯えているミコトでもなく、イヨは弥生に発言を求めていた。

 クノエを含めた全員の視線が集まる中で、弥生はたった一言だけ、簡潔にその意思を示した。

「今日は私がヘルメットを被りましょう」

 それは他者を思い遣る優しさの発露であり、自らを女の子だと受け入れる自白宣言だった。結局はまた、誰かの自己犠牲によって話し合いは終わった。

 小陽の胸に渦巻くのは自分がまだ男の子で居られることへの安堵と、ヘルメットを免れたという解放感と、誰かの自己犠牲を喜んでしまっている自身への嫌悪と……小陽が自身の胸を手で抑える一方で、久野絵は弥生の胸倉を掴んでいた。

「てめえぇっ……如月、どういうつもりだ?」
「どうもこうもありませんよ。ただシンプルに、争い事は好ましく無いというだけの話です。それ以外の他意はありません」
「だからてめえが被ってそれで解決しようってか? ざけんじゃねえ、そんな戯けが認められるわけねえだろうが」

 それは、少し違和感のある光景だった。
 久野絵は優しくないわけではない。荒っぽい印象を受ける行動が多い一方で、他者を気遣う行動も多い。暴力を振るった睦美へ謝罪したり、菜々緒に追い詰められる小陽を助けてもくれた。久野絵は薄情な人間では決してない。

 しかし、弥生の自己犠牲を諫めるような人情的な性格だっただろうか。小陽と同様に、イヨも久野絵に違和感を抱いているようだった。

「クノエさんはおかしなことを仰るのですね。ヤヨイさん本人が良いと言っているのに、どうして他人が認めないなどと言えるのでしょうか……2日前のご自身のお言葉を、もうお忘れになってしまわれたのですか?」

『いいじゃねえか、話が早くて。勝手にさせとけよ朝比奈、如月。本人が良いって言ってるんだ、止める理由もねえだろ?』

 睦美とジジの自己犠牲を止めようとした小陽たちを、久野絵は否定していた。当時は女の子になるという真の意味を誰も理解していなかったが、久野絵は自己犠牲を肯定する立場を取っていた。
 今更自身の立場を変えられると思うな……イヨは久野絵にそう言っているのだ。久野絵が吐いた言葉は翻って、久野絵自身に襲い掛かっていた。

「二重規範、ダブルスタンダード……私情で行動を変えるだなんて、我儘で、傲慢で、最低ですね。クノエさんはムツミさんの目を見ながら仰ることができるのですか? ムツミさんの犠牲はどうでもいいけれど、ヤヨイさんの犠牲は許容できないなんて――」

 イヨからの問いかけに久野絵は行動で答えようとしたが、弥生によって止められた。ふたりの席が並んでいなければ、血が流れていたかもしれない。
 久野絵は振り返ることなく、イヨを睨みつけたまま背後の弥生に問いかけた。

「如月……てめえは、本当にそれでいいんだな? 如月は、そっちを選ぶんだな……?」
「……はい。それが私の意思です。私は、皆ほどに自分を強く信じられていませんから。だから、私はこれでいいんです」

 その短いやり取りには、ふたりにしかわからない思いが込められていたのかもしれない。見開いた久野絵の瞳は溺れそうなくらいに揺れていて、マスクをしているのにその感情がありありと伝わってきた。

「っ……なら、勝手にしろ……」

 短く吐き捨てると、久野絵は教室から歩き去ってしまった。久野絵を見送った弥生は自ら机に囲まれた中央へと歩み出ると――

「それでは、手早く終わらせてしまいましょうか」

 ――まるで他人事みたいに冷静に、自らの男の子を手放した。
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