7 / 67
聖剣に仇なす者たち
小さな掌を広げ、小さな胸に手を当て、少ししてからチェルは唇を動かした
しおりを挟む
「あ、カイナ兄。来たんだ」
ラノイの報告通り、チェルは鍛冶屋に居た。椅子の背もたれを抱き込むようにして座りながら、鍛冶師に聖剣を磨かせていた。
今日も肌が透けて見えるほどに薄い寝間着の格好であり、火と鉄が踊る鍛冶場にはあまりにも不釣り合いだった。
「バーグ殿、毎度のことながら世話になる」
「い、いえいえ! カイナ様にお礼を言われるなど、滅相もありません! しがない鍛冶師ではありますが、チェル様の為に精一杯やらせていただいております」
剣士として鍛えているカイナよりも大きな肉体を小さく縮こまらせながら、バーグは兄弟に向けてへこへこと頭を下げた。
70歳を超えているバーグは国一番の鍛冶師であり、チェルとカイナ以外で唯一聖剣を触ることを許されている人間でもある。国一番の鍛冶師を捕まえてやらせることが聖剣の表面を磨かせるだけというのも申し訳ないが、他に任せられる人間が居ないのが現状である。磨く対象が国宝でもある聖剣ともなれば、扱う人間にも格が求められてしまう。
そもそもとして、聖剣の刃は毀れない。普通の剣とは異なり消耗品ではなく、研ぐ必要すらない。しかし、付着した汚れを放置していれば固まり、切れ味も悪くなれば見目も悪くなり臭いまで発するので、手入れが不要というわけではない。
言ってしまえばバーグの仕事は聖剣の掃除であり、長年鍛冶師を続けてきた身からすれば大した仕事では無いはずである。それでもその指先が震えているのは年によるものではなく、聖剣の持ち主がチェルだからなのだろう。
「へくちっ」
不意にチェルがくしゃみをし、それに驚いたバーグが聖剣を床に落とした。鍛冶師が仕事の最中に剣を落とすなど本来であればあってはならないことだが、大量殺人者の剣を磨かされているとなれば話は別だろう。今この瞬間も、バーグはチェルが身に帯びる聖剣たちにその身を取り囲まれているのだから。
「もっ、申し訳ありませんチェル様! てっ、手が滑ってしまいっ……どっ、どうかっ、お赦しをっ……!」
「? ……うん、いいよ?」
頭に疑問符を浮かべたまま、チェルはバーグを許した。その顔には、そもそも謝られた理由がわからないと書いてあった。
チェルは容易く人を殺すが、誰でも殺すわけではない。あくまでも悪事を為した人間を殺すだけであり、享楽殺人者ではない。
しかしそんなことは余人の知るところではない。悪を計る物差しはチェルの中だけにあり、チェルが何を悪とみなすかがわからぬ以上、必要以上に緊張して畏まる他ない。
そして、チェルにはそれがわからない。なぜ自分が恐れられているかを理解していないどころか、恐怖の対象である自覚すら無い。一方的に蹂躙される弱者としての経験が無さすぎるが故に、チェルには民の気持ちがわからない。
「ここは安全な場所だ。残りの聖剣は、俺が預かっておこう」
「どうして? 浮かべとけばいいと思うけど……」
「バーグ殿が集中できないだろう。チェルは慣れているかもしれないが、聖剣は大切な国宝であり、危険な武器だ。そんなのが近くに浮いている状況では気が気でないだろう」
「そうかな……? そう、かも……? まあ、いいや。カイナ兄に任せる」
バーグが磨いている最中の聖剣を除いた7本を手に取り、カイナは2人から距離を取った。
「……」
「カイナ兄? そんなに聖剣見つめてどうしたの? 磨き残しでもあった?」
「いや、そういうわけじゃない……」
チェルが加護を得るまではただの国宝であり、シンボルでしかなかった聖剣。その三角形の形は武器としては扱いにくく、8本もありながらも扱いは宝石と変わらなかった。
それが、今では他国にまでその武勇が伝わる兵器だ。数多の獣の命を絶ち、大量の人の血を浴びてきた。縦横無尽に宙をかける刃から逃れることはできず、使い手を護る鉄壁の盾は背後からも破れない。
チェル以外にこの聖剣の加護を得た人間は、歴史書によると一人しかいない。このイクスガルドの建国者、初代の国王だ。文献に残された記述によると、初代はチェル同様に8本の聖剣を自由自在に操り、周囲の集落を統一してこのイクスガルドという国を興したという。人同士の争い、魔獣の討伐、食料調達の狩り。あらゆる場面において聖剣を操る初代は中心にあり、その内容は御伽噺そのもので、チェルが加護を得るまでは誰も真実だとは思ってもいなかった。
そして、初代が没してからは聖剣の伝説はぴたりと途絶えた。初代の血を分けた子供でさえも聖剣の加護は得られず、聖剣はお飾りと成り果て、イクスガルドは長いこと小国として燻り続けた。
チェルはきっと、初代と似ているのだろう。初代の血を半分も引いているその息子よりも、ずっとチェルは初代に近い存在なのだ。だからこそ、チェルは聖剣の加護を得た。歴代の国王ではなく、現国王ではなく、カイナではなく、聖剣はチェルを選んだ。
「カイナ兄……お腹空いたの?」
「それはお前の方だろう」
「うん、空いた。ねえ、まだ終わらないの?」
「もっ、もう少しでございます! もう少々だけお待ちを」
「チェル、世話になっている立場で横柄な態度を取るものじゃない」
「ふーん……じゃあ、カイナ兄はお世話になってる僕に敬語を使ったらどう?」
「それで言う事を聞いてくれるなら、敬語くらいいくらでも使うさ」
「? ……僕そんなにわがままだっけ? カイナ兄の気のせいじゃない?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみるといい。それでもそう思うなら、俺も何も言わん」
小さな掌を広げ、小さな胸に手を当て、少ししてからチェルは唇を動かした。
「…………お腹空いた」
ラノイの報告通り、チェルは鍛冶屋に居た。椅子の背もたれを抱き込むようにして座りながら、鍛冶師に聖剣を磨かせていた。
今日も肌が透けて見えるほどに薄い寝間着の格好であり、火と鉄が踊る鍛冶場にはあまりにも不釣り合いだった。
「バーグ殿、毎度のことながら世話になる」
「い、いえいえ! カイナ様にお礼を言われるなど、滅相もありません! しがない鍛冶師ではありますが、チェル様の為に精一杯やらせていただいております」
剣士として鍛えているカイナよりも大きな肉体を小さく縮こまらせながら、バーグは兄弟に向けてへこへこと頭を下げた。
70歳を超えているバーグは国一番の鍛冶師であり、チェルとカイナ以外で唯一聖剣を触ることを許されている人間でもある。国一番の鍛冶師を捕まえてやらせることが聖剣の表面を磨かせるだけというのも申し訳ないが、他に任せられる人間が居ないのが現状である。磨く対象が国宝でもある聖剣ともなれば、扱う人間にも格が求められてしまう。
そもそもとして、聖剣の刃は毀れない。普通の剣とは異なり消耗品ではなく、研ぐ必要すらない。しかし、付着した汚れを放置していれば固まり、切れ味も悪くなれば見目も悪くなり臭いまで発するので、手入れが不要というわけではない。
言ってしまえばバーグの仕事は聖剣の掃除であり、長年鍛冶師を続けてきた身からすれば大した仕事では無いはずである。それでもその指先が震えているのは年によるものではなく、聖剣の持ち主がチェルだからなのだろう。
「へくちっ」
不意にチェルがくしゃみをし、それに驚いたバーグが聖剣を床に落とした。鍛冶師が仕事の最中に剣を落とすなど本来であればあってはならないことだが、大量殺人者の剣を磨かされているとなれば話は別だろう。今この瞬間も、バーグはチェルが身に帯びる聖剣たちにその身を取り囲まれているのだから。
「もっ、申し訳ありませんチェル様! てっ、手が滑ってしまいっ……どっ、どうかっ、お赦しをっ……!」
「? ……うん、いいよ?」
頭に疑問符を浮かべたまま、チェルはバーグを許した。その顔には、そもそも謝られた理由がわからないと書いてあった。
チェルは容易く人を殺すが、誰でも殺すわけではない。あくまでも悪事を為した人間を殺すだけであり、享楽殺人者ではない。
しかしそんなことは余人の知るところではない。悪を計る物差しはチェルの中だけにあり、チェルが何を悪とみなすかがわからぬ以上、必要以上に緊張して畏まる他ない。
そして、チェルにはそれがわからない。なぜ自分が恐れられているかを理解していないどころか、恐怖の対象である自覚すら無い。一方的に蹂躙される弱者としての経験が無さすぎるが故に、チェルには民の気持ちがわからない。
「ここは安全な場所だ。残りの聖剣は、俺が預かっておこう」
「どうして? 浮かべとけばいいと思うけど……」
「バーグ殿が集中できないだろう。チェルは慣れているかもしれないが、聖剣は大切な国宝であり、危険な武器だ。そんなのが近くに浮いている状況では気が気でないだろう」
「そうかな……? そう、かも……? まあ、いいや。カイナ兄に任せる」
バーグが磨いている最中の聖剣を除いた7本を手に取り、カイナは2人から距離を取った。
「……」
「カイナ兄? そんなに聖剣見つめてどうしたの? 磨き残しでもあった?」
「いや、そういうわけじゃない……」
チェルが加護を得るまではただの国宝であり、シンボルでしかなかった聖剣。その三角形の形は武器としては扱いにくく、8本もありながらも扱いは宝石と変わらなかった。
それが、今では他国にまでその武勇が伝わる兵器だ。数多の獣の命を絶ち、大量の人の血を浴びてきた。縦横無尽に宙をかける刃から逃れることはできず、使い手を護る鉄壁の盾は背後からも破れない。
チェル以外にこの聖剣の加護を得た人間は、歴史書によると一人しかいない。このイクスガルドの建国者、初代の国王だ。文献に残された記述によると、初代はチェル同様に8本の聖剣を自由自在に操り、周囲の集落を統一してこのイクスガルドという国を興したという。人同士の争い、魔獣の討伐、食料調達の狩り。あらゆる場面において聖剣を操る初代は中心にあり、その内容は御伽噺そのもので、チェルが加護を得るまでは誰も真実だとは思ってもいなかった。
そして、初代が没してからは聖剣の伝説はぴたりと途絶えた。初代の血を分けた子供でさえも聖剣の加護は得られず、聖剣はお飾りと成り果て、イクスガルドは長いこと小国として燻り続けた。
チェルはきっと、初代と似ているのだろう。初代の血を半分も引いているその息子よりも、ずっとチェルは初代に近い存在なのだ。だからこそ、チェルは聖剣の加護を得た。歴代の国王ではなく、現国王ではなく、カイナではなく、聖剣はチェルを選んだ。
「カイナ兄……お腹空いたの?」
「それはお前の方だろう」
「うん、空いた。ねえ、まだ終わらないの?」
「もっ、もう少しでございます! もう少々だけお待ちを」
「チェル、世話になっている立場で横柄な態度を取るものじゃない」
「ふーん……じゃあ、カイナ兄はお世話になってる僕に敬語を使ったらどう?」
「それで言う事を聞いてくれるなら、敬語くらいいくらでも使うさ」
「? ……僕そんなにわがままだっけ? カイナ兄の気のせいじゃない?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみるといい。それでもそう思うなら、俺も何も言わん」
小さな掌を広げ、小さな胸に手を当て、少ししてからチェルは唇を動かした。
「…………お腹空いた」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました
ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」
優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
――僕には才能がなかった。
打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
運極のおっさんが挑む明るいダンジョン攻略のススメ~攻撃も防御も素早さも初期値だけど運だけで乗り切るぜ~
TB
ファンタジー
第三次世界大戦後、地球にダンジョンが現れた。
主人公『速水アキラ』は三十九歳のアラフォーリーマンだったが、勤務していたブラック企業に嫌気がさして、一念発起、【バラ色の人生】を目指してダンジョンシーカーとして生きる道を選択した。
チュートリアルダンジョンのゴール地点に到達したアキラが手に入れる一つのアイテム。
【ラッキーリング】実はこのアイテム名前は凄いが結構な地雷アイテムだった。
全てのステータスがLUCに変換され、他は全部初期値に固定されてしまう。
しかも外せない。
ダンジョンシーカーとしては致命的とも思えるスタートとなったが……アキラは果たして【バラ色の人生】を手に入れることは出来るのか?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる