お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

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聖剣に仇なす者たち

小さな掌を広げ、小さな胸に手を当て、少ししてからチェルは唇を動かした

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「あ、カイナ兄。来たんだ」

 ラノイの報告通り、チェルは鍛冶屋に居た。椅子の背もたれを抱き込むようにして座りながら、鍛冶師に聖剣を磨かせていた。

 今日も肌が透けて見えるほどに薄い寝間着の格好であり、火と鉄が踊る鍛冶場にはあまりにも不釣り合いだった。

「バーグ殿、毎度のことながら世話になる」

「い、いえいえ! カイナ様にお礼を言われるなど、滅相もありません! しがない鍛冶師ではありますが、チェル様の為に精一杯やらせていただいております」

 剣士として鍛えているカイナよりも大きな肉体を小さく縮こまらせながら、バーグは兄弟に向けてへこへこと頭を下げた。

 70歳を超えているバーグは国一番の鍛冶師であり、チェルとカイナ以外で唯一聖剣を触ることを許されている人間でもある。国一番の鍛冶師を捕まえてやらせることが聖剣の表面を磨かせるだけというのも申し訳ないが、他に任せられる人間が居ないのが現状である。磨く対象が国宝でもある聖剣ともなれば、扱う人間にも格が求められてしまう。

 そもそもとして、聖剣の刃は毀れない。普通の剣とは異なり消耗品ではなく、研ぐ必要すらない。しかし、付着した汚れを放置していれば固まり、切れ味も悪くなれば見目も悪くなり臭いまで発するので、手入れが不要というわけではない。

 言ってしまえばバーグの仕事は聖剣の掃除であり、長年鍛冶師を続けてきた身からすれば大した仕事では無いはずである。それでもその指先が震えているのは年によるものではなく、聖剣の持ち主がチェルだからなのだろう。

「へくちっ」

 不意にチェルがくしゃみをし、それに驚いたバーグが聖剣を床に落とした。鍛冶師が仕事の最中に剣を落とすなど本来であればあってはならないことだが、大量殺人者の剣を磨かされているとなれば話は別だろう。今この瞬間も、バーグはチェルが身に帯びる聖剣たちにその身を取り囲まれているのだから。

「もっ、申し訳ありませんチェル様! てっ、手が滑ってしまいっ……どっ、どうかっ、お赦しをっ……!」

「? ……うん、いいよ?」

 頭に疑問符を浮かべたまま、チェルはバーグを許した。その顔には、そもそも謝られた理由がわからないと書いてあった。

 チェルは容易く人を殺すが、誰でも殺すわけではない。あくまでも悪事を為した人間を殺すだけであり、享楽殺人者ではない。

 しかしそんなことは余人の知るところではない。悪を計る物差しはチェルの中だけにあり、チェルが何を悪とみなすかがわからぬ以上、必要以上に緊張して畏まる他ない。

 そして、チェルにはそれがわからない。なぜ自分が恐れられているかを理解していないどころか、恐怖の対象である自覚すら無い。一方的に蹂躙される弱者としての経験が無さすぎるが故に、チェルには民の気持ちがわからない。

「ここは安全な場所だ。残りの聖剣は、俺が預かっておこう」

「どうして? 浮かべとけばいいと思うけど……」

「バーグ殿が集中できないだろう。チェルは慣れているかもしれないが、聖剣は大切な国宝であり、危険な武器だ。そんなのが近くに浮いている状況では気が気でないだろう」

「そうかな……? そう、かも……? まあ、いいや。カイナ兄に任せる」

 バーグが磨いている最中の聖剣を除いた7本を手に取り、カイナは2人から距離を取った。

「……」

「カイナ兄? そんなに聖剣見つめてどうしたの? 磨き残しでもあった?」

「いや、そういうわけじゃない……」

 チェルが加護を得るまではただの国宝であり、シンボルでしかなかった聖剣。その三角形の形は武器としては扱いにくく、8本もありながらも扱いは宝石と変わらなかった。

 それが、今では他国にまでその武勇が伝わる兵器だ。数多の獣の命を絶ち、大量の人の血を浴びてきた。縦横無尽に宙をかける刃から逃れることはできず、使い手を護る鉄壁の盾は背後からも破れない。

 チェル以外にこの聖剣の加護を得た人間は、歴史書によると一人しかいない。このイクスガルドの建国者、初代の国王だ。文献に残された記述によると、初代はチェル同様に8本の聖剣を自由自在に操り、周囲の集落を統一してこのイクスガルドという国を興したという。人同士の争い、魔獣の討伐、食料調達の狩り。あらゆる場面において聖剣を操る初代は中心にあり、その内容は御伽噺そのもので、チェルが加護を得るまでは誰も真実だとは思ってもいなかった。

 そして、初代が没してからは聖剣の伝説はぴたりと途絶えた。初代の血を分けた子供でさえも聖剣の加護は得られず、聖剣はお飾りと成り果て、イクスガルドは長いこと小国として燻り続けた。

 チェルはきっと、初代と似ているのだろう。初代の血を半分も引いているその息子よりも、ずっとチェルは初代に近い存在なのだ。だからこそ、チェルは聖剣の加護を得た。歴代の国王ではなく、現国王ではなく、カイナではなく、聖剣はチェルを選んだ。

「カイナ兄……お腹空いたの?」

「それはお前の方だろう」

「うん、空いた。ねえ、まだ終わらないの?」

「もっ、もう少しでございます! もう少々だけお待ちを」

「チェル、世話になっている立場で横柄な態度を取るものじゃない」

「ふーん……じゃあ、カイナ兄はお世話になってる僕に敬語を使ったらどう?」

「それで言う事を聞いてくれるなら、敬語くらいいくらでも使うさ」

「? ……僕そんなにわがままだっけ? カイナ兄の気のせいじゃない?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみるといい。それでもそう思うなら、俺も何も言わん」

 小さな掌を広げ、小さな胸に手を当て、少ししてからチェルは唇を動かした。

「…………お腹空いた」
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